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第16話 秋夜の冷風

 風の音が聞こえていた。


 二人の間を、秋夜(しゅうや)の冷たい風が通り抜けている。


 ステファンが苛立つように吐き捨てる。


「……なんだったんだ」


「わからない」


 そう言って私は、左手の黒い指輪を見た。


 その宝石の輝きは、まるでケーニヒに見つめられているかのような錯覚を覚えた。


『俺はお前だけの味方だ』


 なら、なんでこんなことをするの……。


 苛立ちを隠さないステファンが私に歩み寄ってきて、私の手の黒い指輪に手を伸ばした。


「そんなもの、受け取るな!」


「やめて!」


 とっさに指輪をかばってしまった。


 ――なぜ、かばってしまったのだろう。


 こんなことをすれば、余計にステファンを苛立たせるとわかっているのに。


 ステファンが怒りを込めたような声で告げる。


「あいつが好きなのか?」


 ステファンが疑いの目で見ているような気がした。


 私は目を伏せ、首を横に振って答える。


「……彼はいつだって、私のためを思ってくれている。

 この指輪だって、私にこれから必要な物として渡したはずだよ。

 彼は考えなしにこんな事をするひとじゃないから」


「初めて会ったのに、随分(ずいぶん)と信頼してるんだな」


「……そうだね。ステファンと同じくらいに信じてるし、頼りにしていた人だよ」


 いつも場をかき乱していた。


 だけど最後はちゃんと『カリナ』の言うことに耳を傾けてくれた。


 事態が良い方向に向くように動いてくれた人。


 私は目を伏せたままに告げる。


「きっと彼には考えがあるはず。

 ステファンを(あお)ったことも含めて。

 その真意まではわからないけど」


 ステファンは何も答えてくれなかった。


 夜の冷えた空気が、私たちの心まで冷やしそうだった。


 しばらくして、ようやくステファンが口を開く。


「戻ろう。夜風は体に(さわ)る」


 私は黙って(うなず)き、バルコニーを(あと)にした。





****


 窓辺にはカタリナが控えて居た。


「ケーニヒ殿下から伺って、準備は整っております」


 泣いてしまって崩れた化粧を直しに、私はステファンと別れて控室に向かった。


 一足早い休憩時間だ。



 私はカタリナに化粧を直してもらってる間も、ぼぅっと考えていた。


 ケーニヒの言っていたことは、きっと半分は真実。


 ステファンが出した選択肢。


 『いつでも婚約を白紙に戻せる』というのは空約束。


 ケーニヒの言う通り、私にはこの婚約を白紙に戻す度胸なんてない。


 でも、私が彼を選んだとしても、そこに幸せがあるようには思えなかった。


 私の心はステファンを求めているのだから。


 『カリナ』も『ゾーン』にそう伝えたはずだ。


 でも彼は諦めなかったのか。


 ――聡明な彼のことだから、全てを分かってなお『自分なら幸せにできる』と言った。


 なぜ? どうやって?


「――メルフィナお嬢様、終わりました」


 私は目を開けた。


 鏡に映った自分を見る。


 崩れた化粧はきちんと直っていた。


 でもその瞳には生気が感じられなかった。


「ひどい顔だね」


 自嘲して(つぶや)いた。


「お嬢様……」


 カタリナは何も聞かない。


 聞きたいだろうに、私が伝えるまでずっと耐えている。


 彼女はいつもそうだった。


 ――よし!


「ねぇカタリナ」


「はい、なんでしょうか」


「……ステファンをここに呼んできて」


「……かしこまりました」


 そう言い残してカタリナは、私を一人残して控室から出ていった。





****


 廊下をカタリナが走り去っていく。


 物陰からそれを見届けたクラウスが、控室の近くにいる衛兵に近寄っていった。


 クラウスはシュバイク侯爵の従僕――メルフィナの身内だ。


 衛兵は警戒することもなくクラウスを通す――その隙をついて、クラウスが衛兵を昏倒させた。


 念入りに魔道具の眠り薬を投与した後、衛兵を通路の影に引きずっていく。


「どうぞ、準備が整いました」


 コツリ、と物陰から現れた少女が頷いた。


 クラウスから小さな刃物を受け取った少女は、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべながら控室に近づいていった。





****


 時計を見る――予定の休憩時間になっていた。


 だから話をする時間は、十分にあるはずだ。


 全てを話さないと。


 伝えることは伝えなきゃ、不信が不信を読んで私たちの関係は――終わる。


 私が鏡を見つめながら覚悟を決めていると、控室のドアがノックされた。


 ノック? カタリナじゃない?


「どうぞ?」


 ドアを開けて入ってきたのは――サラ・フォン・ノウマン侯爵令嬢?!


 まさか、会場に来ていたの?!


 その目はどろりとした嫉妬にまみれ、手には小振りのナイフを持っていた。


 その顔つきは、『カリナ』が崖から落ちていくのを見届けた『コルネリア』にそっくりだ。


「あんたさえ……」


 サラ様がナイフを構えた。


「あんたさえ居なければ!!」


 彼女は私をめがけて駆け寄ってくる――。


 咄嗟(とっさ)に私は立ち上がり、瞬時に防御結界を展開――できなかった。


 突然、激しい眩暈(めまい)に襲われていた。


 ――なにこれ?!


 魔力を練るどころか、まともに立っていられない。


 ――マズい!


 サラ様の持つナイフが、私の心臓をめがけて迫ってくる。

 

 私は死を覚悟して、固く目をつぶった。


 ――パキン。


 破裂音と同時に乾いた音がして、私は慌てて目を開けた。


 サラ様の手には、刃が欠けたナイフがある。


 はじけ飛んだとみられるナイフの刃先が、甲高い音を立てて床に転がり落ちた。


 サラ様も何が起こったのか、理解できていないようだ。


「なに、これ……」


 サラ様は手の中のナイフをまじまじと(なが)めていた。


 私はなんとかサラ様から距離を取り、壁に寄りかかる。


 眩暈(めまい)は激しくなる一方だ。


 魔法はまだ無理、動いて逃げるのも無理、周りには誰もいない!


 カタリナはさっき出ていったばかり!


 八方(ふさ)がり――いや、ひとつだけあった。


 左手の黒い指輪に必死に念じる。


 ――助けて!


 指輪から『ぞろり』と黒い影が(にじ)み出た。


 影は人の形になり、私の前に背中を見せて立ち(ふさ)がっていた。


「どうした、もう必要になったのか?」


 影はケーニヒの姿をしていた――いや、いつのまにかケーニヒ本人になっていた。


 ケーニヒは素早くサラ様に一撃を加えて気絶させ、ナイフを奪って床に寝かせた。


 こちらに振り向いたケーニヒが、ゆっくりと私の元に戻ってくる。


 ケーニヒは私の顎を手に取り、目を覗き込んできた。


「……毒を盛られたな。

 体が思うように動くまい。

 俺も解毒の術式は使えん」


 ケーニヒはわたしを抱え上げると、衝立(ついたて)の奥にあるベッドに寝かせてくれた。


「いま医師を寄越す。もうしばらく我慢していろ」


 彼は自分の手に()まった指輪に「医師を連れて来い」と話しかけていたようだった。


 ケーニヒがベッドサイドに来て、私の手を握る。


 私はなんとか声を絞り出す。


「なん、で……ここ、に?」


「しゃべるな、まだ辛いだろう。

 ――お前が指輪に祈ったからだ。

 だから俺はここに居る」


 私は言われた通り、口を閉ざした。


 不思議な時間だった。


 私とステファンの絆を否定してきた彼が、今は私に黙って安らぎを与えている。


 しばらくしてドアがノックされ、医師が入ってきた。


 ケーニヒから手早く説明を受けた医師に診察されていく。


「……これなら、持ってきた解毒剤で中和できるでしょう」


 医師はそう言って私に薬を打った。


「もう少し安静にしていてください。お大事に」


 そう言い残し、医師は部屋を去った。


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