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第15話 断罪

 無遠慮に私に近づいてくるケーニヒを、険しい顔をしたステファンが(さえぎ)った。


 ケーニヒがそれを見て楽しそうに『(わら)った』。


「『ハインツ』、いや今はステファン第一王子だったか。

 貴様は相変わらずだな。

 そういうところはちっとも変っちゃいない」


 ――やっぱり、そうなの?!


 ステファンが苛立ちながら告げる。


「ケーニヒ第一皇子、私と会ったことがあるのか?」


「やはり貴様は覚えていないか。

 まぁいい、貴様に用はない。

 要があるのは――メルフィナ。お前だけだ」


 そういうとケーニヒは大きく腕を横に振るった。


 それに合わせて嵐のような突風がステファンを襲い、横に大きく吹き飛ばされて行った。


「ステファン!」


「案ずるな。邪魔者を風でどかしただけだ」


 ケーニヒは私の目前まで来て、その手で私の顎を持ち上げた。


「メルフィナ……お前は今も美しいな。

 そして相変わらず、見ていて飽きない女だ」


「……ケーニヒ。君も『そういうところ』は変わらないね」


 ケーニヒの瞳が楽し気に細められた。


「ああそうだ。俺は変わらない。

 今も、昔も、『俺はお前だけの味方』だ」


 ――ああ、やっぱり。


 ケーニヒは今も『ゾーン』なんだ。


「……今回は『人間』なんだね。

 魔族も生まれ変わることがあるの?」


創世神(そうせいしん)の考えることは俺にも分からん。

 だが、望みは叶ったので良しとしよう」


 ケーニヒは肩をすくめて微笑(ほほえ)んだ。


「望みって、何?」


「死ぬ前に創世神(やつ)に願ったのさ。

 『もう一度、お前と出会えるように』とな」


 ケーニヒ! 君って人は、どこまで――。


 吹き飛ばされていたステファンが起き上がり、苛立ちを込めて声を上げる。


「ケーニヒ! メルフィナも!

 お前たちは知り合いだったのか?!」


 ケーニヒがステファンを睥睨(へいげい)しながら『(わら)った』


「滑稽だな、ステファン第一王子。

 嫉妬は見苦しいぞ?」


 険しい顔になったステファンが駆け寄ってきて、ケーニヒの胸倉に手を伸ばした。


 だけど、その腕は壁に(はば)まれるように破裂音と共に弾き返されていた。


「今のは、私の?!」


「そう、お前の得意技だったな。

 見よう見まねの魔導術式だが、少しは様になってるかな?」


 ケーニヒはおどけるようにウィンクをしてきた。


「……私の真似をするほど気に入っていたの?」


「ああ、気に入っているとも。お前のすべてをな。

 お前は俺を気に入っていないのか?」


 それは――。


「頼もしい仲間だと、今でも思ってる」


 ステファンが何度もケーニヒに殴りかかろうと拳を振るい続けていた。


「メルフィナ! ケーニヒを知っていたのか?!」


 私は目を伏せて答える。


「ううん、ケーニヒ殿下とお会いするのは、今夜が初めてだよ」


「では、なぜ昔馴染みのように話をしている?!」


 話すべきか、どうするか。


 伝えたところで、信じてもらえるだろうか。


 ケーニヒがため息をついてステファンに告げる。


「貴様はどこまで器が小さいのか。

 嫉妬で愛する女を責めるのが貴様の愛か?

 伴侶にすると決めた女の言葉すら信じられないのか?」


 私は思わずステファンをかばうように声を上げる。


「ケーニヒ! 言いすぎだよ?!

 誰だってこんな状況、不安になるよ!」


 ケーニヒが私を見つめて告げる。


「俺は違う。お前の幸福が他の男にあるというなら、それを祝福して見送ろう。

 お前が『初めて会った』と言えば、それを信じよう」


 実際、『ゾーン』は『カリナ』と『ハインツ』を祝福して送り出した。


 どんなに無茶な作戦も、『カリナ』が『できる』と言えば愚直に従った。


 彼が『カリナ』の言葉を疑ったことは、一度たりともなかった。


「だがなメルフィナ。

 俺は『カリナ』が死んだとき、一度だけ後悔した。

 せめて、『カリナ』を預ける男の資質はきちんと見定めるべきだった。

 だから今度はもう間違えない」


 私は眉をひそめて(たず)ねる。


「どういうこと?」


「この男ではお前を幸せにはできまい」


 ステファンが叫ぶ。


「どういう意味だ!」


 ケーニヒがようやくステファンに顔を向けて告げる。


「貴様とメルフィナの約定の噂を耳にした。

 『在学中にその気にならなければ、婚約を解消してかまわない』、だったか」


「それが……どうした?」


「貴様はこの国の将来を盾に、メルフィナを脅したのだ。

 『この国の未来と自分の未来、どちらかを選べ』とな。

 メルフィナは自分自身より国を優先するだろう。そういう女だ。

 ――貴様は選択肢を与えたようで、実際はメルフィナを縛り付けただけだ」


 私も声を上げる。


「そんなこと! そんなことないよ!」


 ケーニヒが私を見て優しく告げる。


「いいや、ある。お前は無意識に理解しているはずだ。賢い女だからな」


 再びケーニヒがステファンを見て告げる。


「貴様の今回の婚約が白紙になってみろ。まともな伴侶を見繕うのに、国をさかさまにした大騒ぎになる。

 その上、二度も婚約を破談させるような男が王太子になる。外交上も問題が出る。

 まず重要な契約など結んではもらえまい。

 信用を取り戻すには、長い時間が必要になる」


 ステファンは悔しそうに唇を噛み締めていた。


 その様子を見て、ケーニヒが鼻で笑った。


「つまりメルフィナはもう、婚約を白紙に戻すことなどできはしない。

 自分より国を尊重するメルフィナに、その選択肢を選ぶことはできない。

 貴様は本能でそれがわかっていたのだ――実に(いや)しい男だよ」


 軽蔑するようなステファンの視線に(さら)れていたステファンが、震えながら目を伏せた。


 私は必死にケーニヒに訴える。


「そんなことない……ステファンはちゃんと私のことを思ってくれていたよ」


「いいや? メルフィナが自分に心()かれ始めているのを知った。

 その時から、この男の中ではもう、お前を手に入れたも同然だという確信があったはずだ。

 『こう言えばメルフィナは婚約を受けるだろう』とな」


 私の弱弱しい主張は、ケーニヒに簡単に跳ね返されてしまった。


 ケーニヒの指が優しく私の顎を撫でる。


「メルフィナ、お前の言うことならば俺は信じよう。

 この男であれば幸福になれるというなら、それを祝福もしよう。

 ――だがもう一度言う。お前を預ける男は俺が見定める」


 ケーニヒの目には、激しい後悔の情念が燃え盛っていた。


 『ゾーン』はあの(あと)、どれほどの時間を後悔に(さいな)まれたのだろう。


 ケーニヒが私に優しく告げる。


「そして見定めた結果は――メルフィナ。お前にこの男は相応しくない。そういうことだ」


「どうして――」


 『こんなことを』と続けたかった。だけど涙が溢れ、声が出ない。


「言っただろう? 『俺はお前だけの味方』だ。

 お前ならば、この男と『ささやかな幸福』を得ることも可能だろう――己を犠牲にしてな。

 だがお前のような宝玉に路傍(ろぼう)の石を添えるような真似は我慢がならん」


「ささやかな幸せを願っては……いけないの?」


 ケーニヒの声はあくまでも優しく告げる。


「お前が()り潰される様など、黙って見過ごせるものか。

 この男はお前を使い潰すだけだ。

 お前を思って行動できるなら、ああも身勝手な選択肢など突き付けまい?」


 ケーニヒが侮蔑を込めた瞳でステファンを睥睨(へいげい)した。


「なぁ? そうだろう?

 貴様は自分が気持ちよくなりたいだけのエゴイストだ。

 そのためにメルフィナが必要だから求めた――それだけだ」


 ステファンが必死の形相で叫ぶ。


「それは違う! 俺は……そんなつもりじゃ……」


 その言葉には、どこか自責の念がこもって聞こえた。


 私も必死に声を上げる。


「そうだよ! ステファンはそんな人じゃない!

 いつも自分勝手で、自信過剰だけど……いつだって最善の選択肢を選び続けて来たよ!」


 ケーニヒが目を細めて私に(たず)ねる。


「その『最善の選択肢』が、『カリナ』の死だ。

 あれが本当に最善だったと言えるか?」


「それは……」


「俺ならお前を幸せにできる。

 宝玉のお前を、より輝かせることができる。

 真にお前を思いやれるのは俺だけだ。

 だから――今度は俺を選べ。もちろん、考える時間は与えよう」


 そう言ってケーニヒは私の左手を取り、人差し指に黒い指輪を()めた。


 その指輪には彼の瞳のような金色の琥珀インペリアル・トパーズが輝いていた。


 ケーニヒがささやくように告げる。


「当然、期限などない。俺はいつまでも待つ」


 彼はそっと黒い指輪に唇を落としてから、私を見上げるように見つめた。


「俺を必要としたとき、その指輪に願え。

 それで願いは届く」


 最後にもう一度、私の目を金色の瞳で射抜いた(あと)、ケーニヒは室内に戻っていった。


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