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第13話 挑戦状

 私が身を縮めて痛みを待っていても、それが襲って来ることはなかった。


 おそるおそる目を開けると――ステファンが前に立ち(ふさ)がり、男のナイフを取り(つか)んでいた。


 『私』は急いで男を魔法の(つる)で捕縛していく。


 捕縛された男は地面に転がり、身動きができないままベルンハルトに取り押さえられた。


 ……パターンが違う。


 いつもはステファンだけを狙い、失敗したと判断したら痕跡も残さず撤収していた。


 手慣れたプロの手腕だ。


 でも、この男の動きは素人のそれに近い。


 ステファンがぽつりと(つぶや)く。


「メルフィナを狙っていたな」


 私を? いつも暗殺を防いでる私が邪魔だった?


 考えても分からなかった。この男の取り調べを待つべきだろう。


 男は騎士たちが抱えて連行していった。


「――あ! ステファン、無事?!」


 私をかばって怪我なんて、してないよね?!


 ステファンは微笑(ほほえ)みながら、両手を挙げて手のひらを見せてくれた。


「ああ、問題ない」


 私は安堵(あんど)のため息をついた。


「よかった……というか! なんで護衛対象が危険に身を(さら)すのかな?!」


「お前が危ない――そう思ったら体が勝手に動いていた。それだけだ」


 ステファンは悪びれもせず言ってのけた。


「もっと自分の立場を考えて行動してよ?!」


 ステファンがいたずらっ子のようにニヤリと微笑んだ。


「だが、ようやくメルフィナを守ることができた。

 いつも守ってもらってばかりじゃ(しゃく)だからな」


 本当にわかってるのかな……。


 警戒魔法を展開しても、近くに敵意はないみたいだ。


 今度こそ大丈夫だろう。


 大通りだからって油断した……『カリナ』だったらやらないミスだ。


 私は自己嫌悪に(おちい)りながら帰路についた。





****


 屋根の上で、手のひらに炎の魔導術式を展開していたケーニヒが一息ついていた。


 ――まったく、ヒヤヒヤさせる。


 『カリナ』もそうだった。普段は鉄壁の癖に、意外なところでドジを踏む。


 そこが可愛いところでもあると、ケーニヒは感じても居るのだが。


 しかし――。


 ステファン第一王子、あれは『ハインツ』の動きじゃない。奴は記憶がないのか。


 となれば、奴に任せるには不安が大きくなる。


 プランBを検討する必要があるだろう。


 婚約が内定しているという噂はキャッチしていた。


 となれば、婚約披露パーティが必ず開かれる。


 ケーニヒはタイムリミットをそこに設定した。


 ――今度こそ失望させるなよ。


 黒い影は、夕やみの中に姿を消していった。





****


 夜、私はベッドの上で仰向(あおむ)けになって反省していた。


 今まで何度も防いでこれたのに、あんな失敗をするだなんて。


 『カリナ』の相手は魔王軍だったけど、時には人間も相手にしていた。


 彼女だったらこんな失態なんて犯さなかっただろう。


 防ぎ切ったと安心して『カリナ』を引っ込めてしまった。私のミスだ。


 『カリナ』の経験も万能じゃないんだなぁ。


 私だってしっかりしないと。


 ステファンが私を守ってくれた――それ自体は嬉しかった。


 だけど、あの人にそんな役目を負わせちゃいけない。


 私は今、彼を守るために(そば)にいるのだから。


 固く決意をして、私は目を閉じた。





****


 放課後の貴賓室(きひんしつ)で、ステファンが書類をテーブルに置いた。


「男の身元が判明した」


 ベルンハルトが書類を確認しながら(つぶや)く。


「貧民街の薬物中毒者か」


「明らかに今までにないパターンだな」


 そういう人材を暗殺者に仕立てるのは、裏社会のセオリーだそうだ。


 だけどプロ程そういう手口を嫌う。


 成功率が高くないし、何より証拠を残しやすいからだと。


 ステファンが告げる。


「男の言葉は要領を得ないが、『見知らぬ男に頼まれた』という証言は取れた。

 今は相手の人相を確認中だ」


 ベルンハルトが(あき)れたように告げる。


「随分と雑だな。今までの奴らが好む手口じゃない」


「それにターゲットも違った」


 二人の視線が私に向けられた。


「わ、私は王都に来たばかりだし、誰かに殺されるほど恨まれるようなことなんて――」


 脳裏に『聖女コルネリア』とサラ様の顔がよぎった。


 言葉を失った私に、ステファンが(うなず)いて告げる。


「ノウマン侯爵家について、現在追加で調査中だ。

 あそこは裏社会とのつながりが薄い。

 ああいう手合いしか、用意できなかったのだろう」


 婚約を突然破棄されたサラ様にとって、私はもう殺してでも排除したい存在なの?


 ……サラ様が『コルネリア』の生まれ変わりなら、同じ気性をしててもおかしくない、か。


 まさか、生まれ変わっても同じ目に()うだなんてね


 『カリナ』は人の悪意に(うと)いところがあった。


 たぶん、私もそうなのだろう。


 おの想いに(ふけ)る私にステファンが告げる。


「油断はするなよ? お前は変な所が抜けているからな」


「――変な所とはなによ?!」


「普段は頼りになる癖に、思わぬところで油断をするだろう?」


 事実だけに、反論できない!


 ステファンがニヤリと微笑(ほほえ)んだ。


「――クレープを食べれば、鼻にクリームが付いていても気づかずに『美味しい』と笑ってるしな」


「ちょっと?! それは今関係ない!」


 私は自分の頭が耳まで赤くなっているのを自覚した。


 あの(あと)、ステファンに笑いながらクリームを拭き取られてすっごい恥ずかしかった!


 なんでああいうことを、人前で平然とできちゃうかな?!


 ベルンハルトが軽く手を打ち鳴らした。


「はいはい、お楽しみは(あと)にしてくれ。

 宰相の方はどうなんだ?」


 ステファンが(うなず)いた。


「わずかだが、動きを補足できた。

 だがまだ足りないな」


「ま、わずかでも収穫があったなら前進だ。

 この調子で宰相を追い詰めていこう」


 ステファンがベルンハルトに(うなず)いた。


 私は二人の話を聞きながら、顔の火照りを冷ましていた。





****


 放課後の貴賓室(きひんしつ)で、私はステファンに告げる。


「昼間、カタリナが教えに来てくれたんだけど。

 お父様が王都に到着したよ」


 ベルンハルトが口笛を吹いた。


「となると、とうとう二人の婚約か」


「私は! まだ! それを了承した覚えはない!」


 私はベルンハルトの鼻に指を突きつけて声を上げていた。


 ステファンが悲しそうな表情で告げる。


「そんなに嫌なのか?」


 うっ、なんで私が悪者みたいな気分になるんだろう?!


「……まだ、早いと思うんだ」


 目を伏せながら、正直に告げた。


 そのまま私は言葉を続ける。


「私はまだ、ステファンとそれほど時間を積み上げてない。

 だからステファンがどうしてそんなに自信満々なのかもわからない」


 ステファンの声が私に向けられる。


「足りないのは時間だけか?」


「えっ?」


 思わず顔を上げてステファンを見た。


 彼の顔は真剣そのものだ。


「俺とお前の間に足りないのは、時間だけなのかと聞いている」


 私は(うつむ)いて考えてみる。


「……うん、そうだと思う。心を見極める時間が欲しい」


 ()かれてはいる。それは間違いじゃない。


 でもその自分の気持ちに、確信が持てない。


 これが『尊敬』なのか、『恋愛』なのか、それとも――『カリナの想いの残滓』なのか。


 ステファンが私に告げる。


「ならば俺に時間をくれ。婚約者となってそのチャンスをくれ。

 ――三年間。在学中にお前が納得しなければ、婚約は解消していい。

 それより前に答えが出た場合でも応じる」


 ――破格の条件、でたらめもいいところだ。


「ステファン?! 君は第一王位継承者の婚約者がどういうものか、分かってる?!

 三年間試して『はい駄目でした』なんて話、通用すると思う?!」


「通用させる。そもそも、三年もかけて女一人振り向かせられないようでは一国も背負えない。

 駄目だった場合は王位継承者の資格を返上する」


「何を……言ってるの……」


「弟は二人いる。どちらも王の器に足りると俺は見ている。

 俺が補佐に回れば、十分国家を回していけるだろう。

 もちろん、その後もメルフィナを諦めるつもりはないけどな」


 ――そうか、彼の中で私との婚姻は『決定事項』なんだ。

 『決意したことを覆したことがない』と豪語したことを、ただ実行するつもりだ。


 『ハインツ』もそうだった。


 『魔王を倒す』なんて荒唐無稽な決意をして、実際に達成して見せた。


 『カリナ』は『ハインツ』のそんな力強い生き様に憧れていた。


 私も『そんな人がいれば』と思っていなかったか。


 脱力しつつも、ついつい微笑(ほほえ)んでいた。


 ステファンのそんなところに()かれている自分に気が付いていた。


「……わかった。その期間限定の婚約、受けて立ってあげる!

 ただし! 廃嫡(はいちゃく)については受け付けないからね!」


 私はステファンに指を突きつけながら叫んだ。


 驚いてるステファンに私は続ける。


貴方(あなた)には生来のカリスマがある。それは国家を率いる上で必要な力。

 廃嫡(はいちゃく)して弟の下についても、きっと争いの種になる。

 だから、それだけは絶対にダメ」


 ――本当に考えなしなんだから!


 誰かが(そば)で軌道修正してあげないと、危なっかしくてみてられない。


 ステファンが感慨深げに(つぶや)く。


「メルフィナ……」


「あと、これも覚えておいて!

 その婚約期間中、私は王妃教育を受けなきゃいけないんだよ?!

 私にこれだけのことをさせておいて、失望させるなんて許さないからね!」


 ステファンが嬉しそうに(うなず)いた。


「わかった、肝に銘じる。ありがとう」



 こうして私とステファンは、婚約を結ぶ運びになった。


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