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天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~  作者: みつまめ つぼみ
第2章 契約

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第10話 貴賓室

 教室に入ってきたステファンが、爽やかな笑顔でクラスメイト達に挨拶をしていく。


 そのまま彼は席に座ると、こちらに振り向いて告げる。


「よぉ、メルフィナ! おはよう」


「お、おはようステファン。

 同じクラスだなんて偶然ね」


 背後からベルンハルトの声が響く。


「それが偶然じゃないんだ」


「――えっ?!」


 振り向くと、苦笑を浮かべたベルンハルトが立っていた。


「あれ? いつの()に?!」


「ステファンの(あと)からだよ。

 なんだ、気づいてなかったのか?」


 気づいてませんでしたーっ!


 なんだか恥ずかしくなって顔が熱い。


「――それより、偶然じゃないってどういうこと?!」


 ベルンハルトがため息をついて答える。


「学院内の護衛役に、俺とメルフィナ嬢を同じクラスに配置したんだ。

 つまり、クラス分けに口出ししたのさ」


 (あわ)ててステファンに振り向くと、彼はいたずらっ子のように得意げな笑みを浮かべていた。


「ちょっとステファン?!

 淑女を勝手に護衛役にしないでくれる?!」


「まぁそう言うな。

 学院の警備は厳重だが、何があるかはわからん。

 危険があれば備える。当然だろう?」


 私はピンと来てステファンに(たず)ねる。


「まさか、サラ様が別クラスなのも……」


 ステファンが(うなず)いて答える。


「ああ、敢えて離した。

 あいつが同じクラスだと護衛対象が増える。

 この方があいつの身を守るためでもあるんだ」


 私はがっくりと肩を落としていた。


 これは……修羅場の予感!


 サラ様、絶対に意固地になるぞ?!


 ふと周囲がざわついてるのに気が付いた。


 見回すとこちらを見て小声で話しているようだ。


 ベルンハルトが私の肩を叩いて告げる。


「ステファンと敬語なしで話しているからな。

 間違いなく、悪目立ちしている。

 大変だろうが頑張ってくれ」


「ちょっとー?! どうにかならないの?!」


「どうにもならん。諦めてくれ」


 ベルンハルトが自分の席に戻る背中を見ながら、私は呆然としていた。


「メルフィナ様、少し(よろ)しいかしら」


「――はい、なんでしょうか」


 女子の声に慌てて振り向くと、そこには水色の長い髪をした女子生徒が立って居た。


 女子生徒が微笑(ほほえ)んで告げる。


「まさか同じクラスだなんて、光栄ですわ」


「――リアン様こそ、同じクラスだなんて嬉しく思います」


 いよっしゃあ! よくぞ名前を思い出した自分!


 人の名前を覚えられない私にしては上出来だ!


 リアン・エズジャン伯爵令嬢、初めての夜会で挨拶した覚えがあった。


 この特徴的な髪色のおかげかな。


 リアン様が私に(たず)ねる。


「殿下と敬語抜きでお話しされるだなんて、随分(ずいぶん)と親密ですのね」


 私はため息交じりで答える。


「殿下の命令ですのよ? 『自分の前で敬語を使うな』と。

 第一王子の命令では、逆らうわけにもいきませんわ」


「あら……それは災難でしたのね。

 では、特別に仲がよろしいというわけでは?」


 私は手を横に振りながら答える。


「そういう関係ではありませんのよ?

 誤解はなさらないでくださいませね」


 リアン様が満足気(まんぞくげ)(うなず)いて答える。


「ええ、わかりました。ではまた」


 リアン様はくるりと振り返ると、他の女子生徒の元へ戻っていった。


 ……何だったのかな、今の。探りを入れられた?


 噂好きの子、なのかなぁ。でも悪意は感じなかったし。


 仲良くなれるかなぁ。





****


 入学式典のために、全校生徒がホールに移動していく。


 私とベルンハルトはもちろん、ステファンの(そば)に居る。


 うーん、念のために≪警戒≫を使っておくか。


 半径三十メートル、こんだけあれば十分かな。


 私は警戒魔法で敵意を探知しながらホールへ向かっていく。


 今のところ、ステファン殿下への敵意は感じられない。



 そのまま全校生徒がホールに集まると入学式典が始まった。


 生徒たちへの訓示、そして学院長の祝辞で式典が無事に終わりを告げた。


 今日の学院はこれで終わりだ。


 何事もなくてよかった……。


 再び教室に戻っていくと、担任教師が解散を宣言して生徒たちが席を立つ。


 何やら固まって移動しているのを不思議に思って、ステファンに(たず)ねてみる。


「みんな、どこに行くのかな」


「たぶん食堂でお茶会でも開くんじゃないか?

 まだ昼まで時間があるし、交友関係を深めるんだろ」


 なるほど……。細かい時間も社交に充てるのか。


 不意に教室の入り口から大きな声が鳴り響く。


「ステファン殿下! 一緒にお茶会に参加しませんか!」


 驚いてそちらを見ると、息を切らせたサラ様がステファンを見つめていた。


 ゆっくりと近寄ってくる彼女に、ステファンが立ち上がって答える。


「サラ、申し訳ないがこの(あと)、私はベルンハルトと打ち合わせをしなければならない。

 お茶会はまた今度にしてくれないか」


「――そんな?! 私より大切なことなのですか?!」


「どちらもないがしろにできないことだ。

 すまないが、ここは譲ってもらえないだろうか」


 しゅんとしたサラ様の頭を、ステファンが優しく撫でた。


「……わかりました。

 でも! 次回はきっと来てくださいね!」


「ああ、わかった」


 サラ様はなんども振り返りながら、教室を出ていった。


「……ふぅ。ようやく行ってくれたか」


 私も立ち上がってステファンに告げる。


「じゃ、私も帰るね」


「馬鹿、お前が帰ってどうする。

 これから貴賓室(きひんしつ)に行くぞ。

 三人で打ち合わせだ」


 私は驚いて声を上げる。


「なんで私まで?!」


 ステファンがニヤリと微笑(ほほえ)んだ。


「今後のための情報共有だ」


 結局私は、有無を言わさず連れていかれることになってしまった。





****


 ステファンが向かったのは、複数ある中で一番小さい貴賓室(きひんしつ)のようだった。


「父上から許可は取ってある。

 『在校中は俺がここを勝手に使用していい』とな」


 部屋の中は王立の貴賓室(きひんしつ)だけあって、上位貴族の応接間並みの調度品が揃えられていた。


 二人掛けのソファにステファンとベルンハルトが座ったので、私はその向かいに腰を下ろす。


「それで? 情報共有って何をするつもり?」


 ステファンが真剣な顔で告げる。


「暗殺を企てている首謀者の絞り込みが完了した」


 ――おっとお?! これは本当に真面目な話だ!


 私は姿勢を正してステファンの次の言葉を待った。


「確たる証拠はまだないが、状況的に宰相が一番可能性が高い。

 ここまでの外出時における襲撃の有無で、宰相以外に可能性がないと判断した」


 ああ、襲撃があった時に外出先を知ってたのが宰相で、襲撃がない時は宰相に教えてなかったのか。


 合計で十回も実行してなかった(おとり)作戦、効率的にやってたんだなぁ。


「でも、そんな偉い人に命を狙われてるの?」


 ステファンがフッと苦笑を浮かべた。


「宰相の姪が弟の婚約者なんだ」


 ――なるほど、第一王子を亡き者にすれば、姪が王妃の座に収まるってことか。


 血縁者が王妃になれば宰相の政治影響力はぐっと高まる。


 権力欲に取りつかれちゃった人かー。


「なんだか悲しい話だね」


「そうだな……だがこのことは父上にも報告済みだ。

 父上も密偵を動かし、証拠確保に動いておられると思う。

 だが確実に尻尾を掴むまでは、もう少し(おとり)として動く必要があるだろう」


 私は小さくため息をついた。


「つまり、私やベルンハルトの出番はまだあるってこと?」


「うむ!」


 威勢の良い返事に、私は頭痛を覚えて頭を押さえた。


 ……本当に無鉄砲なんだから。


「私が一緒に居られないときは、ちゃんと自重してよ?!」


「例えば、どんな時だ?」


「私だって、他の生徒みたいにお茶会に参加することだってあるはずだし!

 サラ様が同伴してるときも同じ!

 ちゃんと周りの言うことを聞いて、安全に動いてね?!」


 婚約者同伴の社交場で、私が(そば)に居るわけにはいかない。


 ステファンがきょとんとした顔で私に(たず)ねる。


「なぜだ? サラが居る時もメルフィナが(そば)に居れば安全だろう?」


 だめだ、こいつ全然分かってない……。


「あーのーねー! 婚約者より近くに居られるわけがないでしょ?!

 もう少しサラ様の立場という物を(わきま)えなさい!」


(わきま)えた上で命令する。俺が呼んだら(そば)に居ろ」


「私の立場が悪くなるって言ってるの!」


「だが、俺はお前に(そば)に居てほしい」


 まっすぐな視線で言いきられてしまった。


 私はその視線に胸が跳ね、思わず頬が火照る。


 ベルンハルトも呆気(あっけ)に取られているようだ。


「……だからって、できることと、できないことがあるでしょうが」


 そう言いながら、私は視線を()らせた。


 こいつ、こんなに心臓に悪い奴だったっけ……?


 ステファンが力強く告げる。


「わかった。その件についても俺が何とかする」


「――えっ?!」


 思わず目を向けると、ステファンはまだまっすぐこちらを見つめていた。


 その目には固い決意が(たた)えられている。



 その表情の意味を知るのは、一週間後の事だった。


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