黒巫女と呼ばれて〜無実の罪を着せられ許嫁に縁切りされて追放されましたが国を護っていた龍神は私に宿っています〜
「黒巫女真白! この神社から出ていってもらう!」
拝殿で祝詞を唱えていた私は、いきなり乗り込んできた人々に取り囲まれた。
「黒巫女? 私が?」
言葉の意味を理解するのに少しかかった。
黒巫女――神に身を捧げた清らかな巫女にあるまじき行為をする者が呼ばれる蔑称。
巫女の道を踏み外した者として人々から恐れられ、蔑まれ、忌み嫌われる存在。
今の私のように……人々の私を見る目が物語っている。
「私は――決して黒巫女などではありません。そう呼ばれる行為などした覚えもありませんし、今だってこうして、この国の平和を祈って」
「言い訳は通じんぞ」
私の言葉を遮り前に出てきたのは、この西の国を治める国長。
「これはもう決まったことだ。真白……お前を、この国から追放する!」
追放?
「そんな……身に覚えのない罪で追放など承知できません!」
「身に覚えがない? そんな装束を身に着けておきながら、よくそんなことが言えるな」
「ふてぶてしいぞ」
「罪の意識など微塵もない女だな」
口々に蔑む国長と人々の視線は――
私の巫女装束にそそがれた。
黒一色の巫女装束に……
「こ、これは! 緋木ノが!」
緋木ノ――
少し前に神社を訪ねてきて、この黒い巫女装束を包みから出して見せ、
「この国を護る龍神様は黒いというでしょう? だから、巫女装束も黒にしたらどうかと私の神社で話されているのよ。私は賛成したし、真白も着るといいわ」
「でも、黒は黒巫女に間違われるんじゃないかしら?」
私の不安を緋木ノは笑い飛ばした。
「大丈夫よ。この装束は国の人々にすぐ知れ渡り定着するわ。なにより、真白が清廉潔白な巫女だということは皆知っているから」
「そう――それなら」
その言葉に安心したのに!
「緋木ノ……」
国長の隣に現れた緋木ノは――黒い巫女装束ではなかった。
白衣に緋袴の巫女装束。袖や胸元に赤い花結びの飾り紐をつけた、清廉潔白で愛らしい姿。
その顔も――愛らしさのなかに悲しげなものをたたえている。
「真白、あなたが黒巫女だったなんて悲しいわ」
「何を言っているの!? この装束はあなたが」
「そんな格好をして、ついに本性を現したか」
私の訴えを遮り、緋木ノの隣に現れたのは――
陰陽師、禮冥。
私の許嫁……どうして、そんな冷たい目で見てくるの?
「真白、黒巫女となり穢れたお前とは縁切りする」
「禮冥まで、何を言ってるの?」
縁切り?
私との仲を――
「聞こえなかったか」
禮冥は、けわしい表情で一歩前にでてきた。
「お前との縁を切る!」
指で糸を切る仕草をした。荒々しく腕を振り上げて。
それを見て――本当に縁が切れた気がした。
私が今まで繋いできた全てが――
「真白。お前はもう私の許嫁などではない」
禮冥……
「緋木ノが私の新しい許嫁となる!」
緋木ノが!!
禮冥と緋木ノは微笑みあった。
緋木ノは禮冥も陰陽師の装束を黒にすると言っていた、黒い狩衣を着ると言っていたのに……今までと変わりなく白い狩衣を着ている。
「二人とも……どうして……」
禮冥がまた冷たい瞳を向けてきた。
「緋木ノから全て聞いた。お前の神社に行くのは、お前に会いに行くのは危険だと」
ここ最近会いに来てくれなかったのは……緋木ノに止められていたから……
「お前は得体のしれない祈祷をしている、得体のしれない邪悪な何かを宿していると緋木ノは言った。そして、邪悪な力を持ってこの国に災いをなそうとしていると。それだけでなく、緋木ノをも呪おうとしているな? 緋木ノはお前が現れる悪夢にうなされているそうだ」
「禮冥様がそばにいてくださるおかけで、助かりましたわ」
緋木ノは禮冥の腕に身を寄せた。
そのまま、私に向けられた顔には笑みがあった。
勝ち誇ったような微笑みが――それを見て悟った。
全て、緋木ノに仕組まれたと――
巫女といえど、結婚することはできる。
自分の好きな人と結婚することもできる。
緋木ノは禮冥と結ばれたいがために。
邪魔な私を黒巫女に仕立てあげた!
「緋木ノ……」
「真白……」
見つめると、緋木ノはまた悲しげな顔をみせた。
「真白なんて名前のあなたが、黒巫女になってしまうなんて悲しいわね」
悲しげに言うと、緋木ノはまた笑みを浮かべた。
なんて、邪悪な笑み――黒巫女
私よりよっぽど、緋木ノのほうが……
けれど、私が何を知ろうともう……
「お前は緋木ノを妬んでいたのだろう? 国の中心で黒龍神を祀る神社の巫女をしている緋木ノを。そして、この山奥の小さな神社で巫女をしている自分を憐れみ、いつしか穢れた行為に手を染めていったのだろう」
禮冥は勝手にそう決めつけたが、もう反論する気にもなれなかった。
緋木ノの策略を見抜けず、まんまと手中に堕ちてしまった許嫁の言葉など。もう胸に響かない。
「黒龍神を宿す偉大な神社の巫女が言うのだ。お前は黒巫女だ真白! すぐに出ていけ!」
国長が外を指さした。
「明日までに出ていかねば、その身を捕らえるぞ!」
人々の敵意に満ちた瞳が私を捕らえていた。
冷たい瞳を向ける禮冥と寄り添う緋木ノ。
もはや、抵抗するのを諦めたのを見て皆は去っていった。
出ていこう……行かないと。
あれだけバッサリ縁切りされたら、こちらとて未練はない。すっきりした。
すぐに捕らえられなかっただけ幸運だった。
そうせず、私自ら出るように猶予を与えたのは私の抵抗を恐れたからだ。人々の目は怯えてもいた。何か得体のしれない力で抵抗すると……そんな力など無いのに。私には……
「やれやれ、大変なことになったな」
静けさを取り戻した拝殿に、男性の声がした。
「黒龍様……」
目の前に現れたのは、この国を護る龍神様。
人の姿――黒髪を後ろに垂らした美しい顔の青年。
立派な長身に黒い着流しを着ている。
全ての縁が切れた気がしたけれど……黒龍様とはまだ繋がっていられた……
黒龍様は腕を組んで見つめてきた。
「お前が黒巫女だったとはな」
「違います」
「わかっている」
私にもわかっている。黒龍様は冗談で言ったと。
からかうように笑っているから。まるで、大したことでもないように。
「そんな、困った顔をするな」
「本当に困っています……」
「なぜ、こんなことになったのだ? あまりにも急な襲撃だった。人のすることはわからぬ……」
不思議そうな顔で、皆が乗り込んできた出入り口を見つめている。
「わからぬ」
もう一度言って、こちらを向いた。
「緋木ノは、お前と親しくしていたのではなかったか? その黒い巫女装束も緋木ノがくれたと喜んでいなかったか?」
「はい。喜んで着てしまいました」
「それで、黒い巫女装束を着ているから黒巫女扱いを受けるとはな。笑ってしまうところだったぞ」
自分のことだけならもう、笑えるけれど――
黒龍様も黒い巫女装束を喜んでいたのを思い出して、また胸が痛くなった。
「私も緋木ノと親しい、友人だとそう思っていました。ですが、違いました……緋木ノが私をこうして黒巫女に仕立てあげたのです」
「なぜ、そんなことを? 我を祀る神社の巫女が」
黒龍様は衝撃を受けて、悲しげに眉を寄せた。
「それは……私の許嫁、緋木ノの隣に居た陰陽師禮冥を自分の許嫁にしたくなったからでしょう」
「そうか――それで」
思い至ったように、黒龍様は目を見開いた。
「それで?」
「あの二人が抱き合っているのを見たのだ。そういうことであったか」
抱き合って……確証を突きつけられるとさすがに胸が痛い。
「お前から許嫁を奪うために……緋木ノとは穢れた巫女だな」
黒龍様の声音には、怒りと私への気づかいがあった。
「我は、そんな巫女の居る神社に祀られ続けるつもりはない」
「え?」
「出ていく」
「神社を出てしまわれるのですか!?」
「そうしよう」
大変なことに!
そう思うのは人だけなのか、黒龍様はケロリとして笑っている。
「実はな、以前から緋木ノが巫女の役目をおろそかにしているのを見ていたのだ。緋木ノのほうは、我の姿が見えぬどころか気配を感じ取ることもできておらぬ。そんな巫女の居る神社にいるのも嫌気がして国をぶらぶらして、この神社に来てみた」
どうして突然、こんな小さな神社に。
小さいといっても黒龍様の神社だから別宅のようにしているのかと思っていたら。
「そうだったのですね」
「真白は我が見える力もある、巫女の役目も熱心にしている。こちらのほうが居心地が良くなって長居して――我はお前に宿っているようなものだ」
「黒龍様……光栄です」
私達は親しみの笑みを交わした。
「どうする? 我についてくるか?」
「はい」
ためらう理由など、どこにもない。
幼い頃から――両親を亡くしてから巫女として育ち暮らしてきた神社、さようなら。
「どちらへ、行くのですか?」
全幅の信頼は寄せているけれど、聞いておかなければ。
「案ずるな、行く宛はある」
黒龍様は力強く言った。
「東の国だ。我が気に入っている湖がある。国の中心地だから人もいる。そこで、新たな神社を探すか作らせればよい」
「はい――」
作らせるなんて……黒龍様ならできそう。
「旅装束に着替えてきます」
白い巫女装束に着替えて、市女笠を被り草鞋を履いた。持っていくものは特になく、着替えを風呂敷に包んで背におって、お金を懐に入れた。
「お待たせいたしました」
「よし、行こう」
黒龍様の後ろについて。
得も言われぬ安心感と共に、神社を出た――
「そうだ、我が出ていくことを人に知らせてやらねばな」
黒龍様はそう言うと、姿を消した。
再び、姿を現した時は黒い龍の姿をしていた。
国の中心にある黒龍神社から黒龍様が天目掛けて駆け登っていく。
天には黒雲が渦を巻き風が吹き荒れて神社を襲っている。
それを高い山道から見ていた私には、黒龍様の姿も見えていたけれど。
驚き神社を見守る人々に、緋木ノと禮冥には見えたかしら?
たとえ、黒龍様の姿は見えなくとも。
吹き荒れる嵐に襲われた神社を見れば、私と同じ予感はしたと思う――災いが起きるような不吉な予感が。
「行こう、真白」
「はい」
災いが起きても、私には何もできない。
黒巫女として追放される私には……
辿り着いた東の国の湖は、黒龍様が気に入るのもわかる美しさだった。
近くにある町も活気があり、大きな神社もあった。
「白龍神社。ここには我と親しい女神が居る。事情を話し、しばし身を寄せさせてもらおう」
「はい。私も神主様に事情を話して身を寄せさせていただけるか聞いてみます」
石の鳥居をくぐり、石段を登り、境内、神聖な空間を体に感じた。
「まずは神様に、ご挨拶を」
しようと本殿に近づくと、目の前に女性が現れた。
黒龍様と同じくらいの歳頃の、輝く白髪に美しい笑みをたたえた顔。白地に金の花模様の打ち掛けを着た緋袴姿。この方が――
「この神社の女神白龍だ。久しぶりだな」
「黒龍。よくおいでになった」
黒龍様と親しげな笑みを交わすと、白龍様は私に顔を向けた。
何者か確かめるように眺めきて、笑みを浮かべられた。
「美しい人を連れているではないか」
「あ、ありがとうございます。真白と申します」
市女笠を脱いで礼をしている間に、黒龍様が言った。
「この巫女と共に西の国を出てきた。しばし、ここに居させてくれぬか」
「西の国を出てきた? なぜ? そなたの居た神社はどうした?」
「それがだな」
話そうとしたところ、人の気配がした。
「参拝客です」
「ここでは落ち着かんな、湖で話そう」
黒龍様の提案に白龍様はうなずいた。
石段をまた人が登ってきた。
あの姿は、陰陽師。
「黄昏ではないか」
白龍様が親しげに笑いかけた。
黄昏様――私達の前まで来ると、白龍様に礼をした。
黒龍様にも。
「見えているのですね?」
思わず聞くと、黄昏様は私を見た。
澄んだ瞳の聡明な顔をしている方。
一目で優秀な陰陽師とわかった。
「はい。なにやら、強い力を感じてここまで来てみました。まさか、西の国に居るはずの黒龍神様がいらっしゃるとは思いませんでした」
黄昏様は黒龍様に微笑を向けた。
「驚いているが、余裕もあるようだな」
「黄昏は若いが強い力を持っている陰陽師よ」
白龍様が自慢げに言った。
「許嫁だった陰陽師とは違い、頼りになりそうだな」
黒龍様の囁きに、うろたえて黄昏様を見直してしまった。
目があったので挨拶を……
「私は、真白と申します」
「私は、この国の陰陽師をしている黄昏と申します」
私が巫女をしていたことも話さなければ。
湖に向かってから、ほとりに座り話をした。
西の国で何が起きたか、それは黒龍様が説明してくださった。
「人と人の愛憎のもつれに巻き込まれたか。黒龍、大変であったな」
白龍様はおかしそうに笑い、黒龍様は腕を組んで考えこんだ。
「我には理解できぬ、いざこざだった」
「わらわには、わかる。真白、悲しい目に遭ったな」
白龍様が気づかいの優しい眼差しをくださった。
「はい……」
「この地で傷を癒やすとよい」
「ありがとうございます」
「黒龍も真白も、わらわの神社で暮らすがよいぞ」
「ありがとう、白龍。久しぶりに共に湖で泳ごう」
「そういたそう」
龍の姿になって、湖に入っていき。
綺麗に澄んだ大きな湖で泳ぐ様子は、とても仲睦まじい。
見ていると、微笑ましくて幸せな気持ちになってくる――
「真白様、辛い目に遭われましたね」
隣で湖を眺めていた黄昏様が、呟いた。
その声音にも優しさがあって、胸が苦しくなってきたけれど。黄昏様の隣にいると心が落ち着いてもいられて、冷静に西の国での事を思い返すことができた。
「はい……ですが、こうなったのは私の弱さも原因だったのです」
「弱さ?」
「はい。私の……心が弱かったのです。私が居た神社は古くから黒龍様を祀る由緒ある神社でした。ですが、山の中にあって、あまり人が来てくれなくて寂しかったのです」
禮冥にも打ち明けて慰めてもらったっけ。最後には、そんな自分を憐れんで穢れに手を染めたと疑われてしまったけれど……そんなことしなかった。
「そこに、緋木ノがよく来てくれるようになって……彼女の言うことを疑いもせず信頼してしまいました」
心が強ければ、策略を見抜けたかもしれないのに。
「ああして、神社に来てくれていたのも……私に自分の言うことを信頼させるためにしていたんでしょうね。心が弱いばかりに、見抜けませんでした」
話を聞いてくれる黄昏様の眼差しが優しいから――
泣きそうになるのを、なんとか堪えていた。
うつむく私の隣に黄昏様は静かに寄り添ってくださっている。
「真白様。白龍様の言うように、この地で心の傷を癒やしてください。私も力になります」
「黄昏様……ありがとうございます」
黄昏様が白龍神社の神主様に話を通してくださった。
私が無実の罪で国を追放されたこと、西の国を護っていた黒龍神は私に宿っていること、黒龍神と白龍神は仲がよいことを。
神主様も神の気配を感じ取れる方で私を見ても疑わず、すんなり納得してくださった。
白龍神社の巫女にしていただける事になった。
巫女装束には愛らしい花結びの飾り紐があった。緋木ノを思い出して辛かったけれど、同じ装束を身に着けた巫女仲間達の清らかさと優しさのおかげで次第に気にならなくなっていった。
黄昏様も度々様子を見に来てくださり、ここでの暮らしに心が癒やされてきた。
「真白、ここでも変わらず熱心だな」
黒龍様も褒めてくださり、隣の白龍様に笑いかけた。
「どうだ? 白龍。真白の巫女っぷりは」
「よいものぞ。真白が来てからますます神社の住み心地が良くなった。黒龍が宿った巫女だけはある」
「ありがとうございます」
白龍様にも認めてもらえて。
弱さの原因だった、寂しさが消えていく――
新しい暮らしのなかで、過去のことは忘れられそう……
そう思い始めた時。
西の国の黒龍神社の神主様が白龍神社を訪ねてきた。
対応した神主様は話を済ませると、私達巫女を集めた。
「今日、西の国の黒龍神社の神主が訪ねてきた。話によると、西の国は干ばつによる飢えに加えて災いが続き国民が苦しんでいるそうだ。これらの凶事は、しばらく前に黒龍神社を襲った嵐をさかいに起こり始めたらしい」
そこで、神主様はチラと私を見た。
やはり、黒龍様が居なくなったことで災いが――
「黒龍神社の神主は力を貸してほしいと言ってきた。私は西の国に行かねばならないかもしれない。陰陽師、黄昏殿にも相談してみようと思う。皆も、西の国のために祝詞を唱えなさい」
「はい」
今までの私なら、心がざわめいたまま。
素直に祈れなかったかもしれない。
けれど、ここでの人々の優しさに包まれている今なら。
西の国のために、無心で祝詞を唱えることができた。
西の国の事態を知らせにきたのは、神主様だけではなかった。
黒龍様と白龍様と黄昏様と湖のほとりに行き、西の国のことを話そうとしたところへ――大きな白い犬がやって来た。
「よう、白龍に黄昏。隣に居るのは黒龍か? こんなところにいたのか」
白犬は人の姿になった。
白髪を後ろで結んだ、凛々しい青年。
狩衣に似た広袖の着物に裁付袴姿。
「白尾ではないか、久しぶりだな。こちらに座れ」
黒龍様が手招きすると、白尾様は隣にあぐらをかいた。
「真白、こいつは犬神の白尾だ。国から国へウロウロ旅をしている奴だ」
黒龍様が教えてくださり、私は頭をさげた。
「私は白龍神社の巫女をしております。真白と申します」
「よろしくな。こんな巫女居たかな?」
「真白は我と共に西の国から来たのだ」
「西の国から、そうだ。西の国はお前が居なくなって大変なことになっているぞ」
白尾様が鬼気迫る表情になり、私達は話に注目した。
「龍神のお前が加護も残さず居なくなったせいで雨が振らず干ばつに、お前の力を恐れて近寄らなかった悪いあやかし共も好き勝手して国の人間を苦しめてる」
「大変なことになったな」
黒龍様は他人事のように言って微笑した。
「何を笑ってるんだ、大変だぞ。災いを鎮めるために黒龍神社の巫女が人身御供になり黒龍神池に沈められるというんだぞ?」
黒龍神社の巫女が人身御供に!?
「その巫女の名は!?」
「緋木ノ、といったかな」
緋木ノが!
「誰が、そんなことを」
黄昏様が、けわしい表情で聞いた。
「黄昏、お前と同じ陰陽師が決めたんだよ。名は禮冥、だったな。俺達神の姿も見えてないし、特別力もなさそうだったから最終手段に出たんだろ」
禮冥……緋木ノを許嫁にしたはずなのに。
「どうして……」
「どうしてというと、あれは見たところ、陰陽師が己の力を見せつけたいがためだな。自分なら何とかできると息巻いていた、しかし、大した力は無い。そこで、同じく力を持つと言われている巫女を人身御供に選んだんだ」
己のために、緋木ノを……あのまま禮冥と一緒にいたらいずれ何かあった時、私も人身御供にされていたかもしれない。
ゾッとして震えてしまった肩に、黒龍様が優しく手を置いてなだめてくださった。
「やれやれだな、あの陰陽師が何をしようと、穢れた巫女を池に沈めようと我は帰らぬというのに」
「帰らないのか? 何か、巫女と陰陽師に怒りのあるような言い方をしているようだが」
不思議そうな白尾様に、黒龍様は事情を話した。
「――そうか、西の国で起きている災いは緋木ノという巫女と禮冥という陰陽師の自業自得だったか。やれやれだな」
「だろう。真白を苦しめ国から追放するように仕向けた奴らだ。国を襲う凶事は、よい懲らしめだ」
黒龍様の言う気持ちはわかる、けれど。
「黒龍、真白がまた苦しそうな顔をしているぞ」
白龍様が言って、黒龍様が不思議そうに私を見た。
「どうしてだ? 真白」
「……このままでいいのかと……緋木ノが人身御供になり死ぬのは……」
「そうだな、我も、穢れた巫女が我の水浴びしていた池に沈むのは気分が悪い」
「やめさせましょう。私が西の国の国長に進言して参ります」
黄昏様が名乗り出てくださった。
「そうしてくれるか」
「お願いいたします。黄昏様」
「わかりました」
黄昏様の優しい微笑みを見たら、安心できた。
「真白、もう許すか? それなら我も許してやってもよい」
「はい。黒龍様、お許しください」
何のためらいもなく頼むことができた。
黄昏様と龍神様達のおかげで、清らかな心でいられるから。
「ならば、西の国に帰るのか!? 黒龍!」
白龍様がすがるように黒龍様に問いかけた。
「帰らない……お前の居るこの地が、湖が、白龍神社が居心地良いからな」
「黒龍……」
黒龍様と白龍様は見つめあい微笑みあった。
見ていると胸が高鳴ってくるほど、仲睦まじい龍神様……黒龍様が私に顔を向けた。
「真白はどうだ? ここが居心地良いだろう?」
「はい」
私も――黄昏様と目をあわせて微笑みあっていた。
「帰らないのか」
白尾様の呟きにハッとして、二人で顔を向ける。
「ならば、俺が黒龍神社に住んでいいか?」
「お前が?」
黒龍様も驚いて白尾様を見つめた。
「構わぬが、旅はやめるのか?」
「あぁ、そろそろ落ち着ける地を見つけようと思っていたところなんだ。黒龍を祀っていた神社なら大きいから住みたいな」
あっけらかんと笑う白尾様。
黒龍様は心配そうな笑顔をみせた。
「住んでよいが、神社だけでなく国も壊れかけではないか?」
「建物は結構、綺麗なままだった。お前の加護を俺に持たせてくれ。そうすれば、雨も降って干ばつも終わるだろうし、あやかし共は俺の力で追い払うさ」
「わかった」
黒龍様が白尾様の胸に手を当てて光が入り、ご加護を授けられたのがわかった。
「これでよい。後は、西の国と神社に居る人が問題だな」
黒龍様は厳しい顔つきになられた。
「白尾もまた、我と同じ目に遭うかもしれんぞ」
「それは嫌だ」
白尾様は、いやいやと首を横に振った。
「とりあえず、お前達を苦しめた巫女と陰陽師はどっかにやってくれ。俺が追い払ってもいいが咬み殺してしまうかもしれんからな」
「私が、それも進言して参りましょう」
黄昏様がまた、請け負ってくだされた。
「西の国の黒龍神社には新たに犬神様が宿ると。そうなれば、雨は降り干ばつは終わり、あやかしによる災いもなくなると。そのためには、緋木ノと禮冥を巫女と陰陽師で居させてはならぬと」
厳しい顔つきで言われた。
私も龍神様達も話を聞いた神主様も安心して任せて、西の国に向かう黄昏様と白尾様を見送った。
しばらくして、届いた手紙には全て上手くいったと書かれていた。
国長は私を追放したことで西の国に災いをもたらしたのではないかと悩んでいたという。災いを鎮める力も無かった緋木ノと禮冥の言うままになったことを後悔していたそうだ。
黒龍神様は私に宿っていると黄昏様に聞かされて、やはりと悔やんだという。そのおかげか、私が暮らす東の国から来た黄昏様の進言を素直に聞いたと書いてあった。
私が関わらなくても、黄昏様の進言には従ったはず。
黄昏様も犬神様や龍神様が見える力の持ち主なのだから。
私とは違い、神様の願いを届けに行く力もある。
「ただいま戻りました、真白様」
「黄昏様、お帰りなさい」
湖に戻ってきてくれた黄昏様の微笑みが眩しかった。
「白尾様は神社に住まわれ、神社の名も白犬神社に改められ、雨が降るのを見届けて参りました。新しい巫女と陰陽師も素晴らしい方々です。真白様がおられた黒龍神社はそのままにして、こちらも手厚く祀られます。これで、西の国は元に戻るでしょう」
「ありがとうございます。黄昏様、あなた様が居てくださったおかげです」
私にとって、大事な方……
「これからも、どうか……」
なんと願えばいいか、わからない。
ただ、そばにいてほしい――
「真白様。これからも、お力になります。だからどうか、私と共に居てください」
「黄昏様……私のほうこそ。そう願っています」
想いが溢れそうな私を、黄昏様は優しく微笑み見つめてくださっている。
「真白様、今すぐとは言いません。いつか、私の妻になっていただけませんか?」
「私が、黄昏様の?」
「はい」
黄昏様は強く返事をくださり、
「あなたを禮冥に傷つけられたままにしておきたくない、私が真白様の新しい許嫁になりたいのです。いかがですか?」
差し出された手――
「ありがとうございます、黄昏様」
手をのせると、力強く繋いでくださった。
ここに来てよかった――
辛い縁切りを経験したけれど、素晴らしい方と縁結びすることができたのだから。
「よかったな、真白」
「黒龍様」
湖で泳いでいたはずの黒龍様と白龍様が。
いつの間にか、そばで微笑んでいた。
「ありがとうございます、黒龍様。全ては、黒龍様が私に宿ってくださったおかげです」
黄昏様と共に礼をした。
「我も、そなたに宿ってよかった。おかげで、白龍と夫婦になれたからな」
黒龍様は幸せそうな白龍様の肩を抱いて笑った。