僧侶の使命
二人が悲鳴のした方に駆けつけると、そこには一人の若い修道女が、複数の魔物に囲まれていた。
「シッ!」
歯の隙間から息を吐き、モネが短槍を投げる。
風切り音を放つ槍は魔物の頭部を貫き、その身体を大きくのけ反らせる。
「でゃあ‼︎」
モネは疾走した勢いのまま反転し、鋭い背面蹴りを放つ。
「モネくんはあの人を! ワシは周りを片付ける!」
「はい‼︎」
武具屋の店主から貰ったファルシオンを抜き、バクターはこちらをゆっくりと振り返る魔物に斬りかかる。
「……おお!」
と唸るのは、曲刀の威力と魔法の効果にだ。
振り下ろしたファルシオンは、文字通り魔物を叩き割った。
地属性の効果で強化された筋力と、風属性の効果で強化された切れ味によるものだが__何よりも、武器自体が軽い。
モネ曰く、ファルシオンは剣の形をした斧と言われるほど少し重量のある剣らしい。
それが軽く感じるのは、強化された筋力と風属性の副次効果によって軽量化されているからだろう。
これならば、一気に二十匹でも三十匹でも斬り続けられそうだ。
「良い買い物しちゃったなあ……!」
ラウンドシールドで魔物を殴りつけたバクターは、柄を握る手に力を込めた__
「大丈夫ですか⁉︎」
腰のショートソードを抜いたモネは、自身より少しだけ背の高い修道女に駆け寄った。
「あ、は、はい……」
ざっと見た感じでは、青ざめてはいるが、目立った外傷は見られない。
ほっと安堵の息を吐き、魔物に向き直ったモネは小剣を構える。
「やっぱまだ残ってたか……」
と言うのも、周りを囲む魔物はオークの群れであった。
「神の使いたるシスターを狙うとは、なかなかマニアック……じゃなかった__けしからんヤツらめ!」
手近にいたオークを袈裟斬りし、押し飛ばすように蹴りつける。
「ヴギャ!」
振り下ろされた剣を左の籠手で受け、隙ができた腹回りを切り裂く。
群がるオークを、斬って、蹴って、殴って、突いて__
剣術と体術を織り交ぜながら、踊るように舞う。
「ぜえぇぇぇぇいっ‼︎」
オークに突き刺さったままの短槍を引き抜き、長く持って振り回す。
遠心力の乗った一撃が骨を砕き、巻き込まれた仲間もろとも壁に激突する。
「き、気をつけて下さい! このオークたち、なにか、おかしいんです……!」
モネの背後にいる修道女が叫んだ。
彼女は手にしたメイスを胸の前に引き寄せて、小さく震えている。
「ひっ!」
「__ん⁉︎ ……こりゃあ……」
修道女が見ている方を向いたバクターは、顔を引き攣らせた。
先程切り裂いたはずのオークたちが、次々と立ち上がり、何事もなかったかのようにふらふらと歩き出す。
先程と違うのは、手足がなかったり、腹の中身を引きずっていたりしているくらいだ。
「ああ……やっぱ、そう言うことっすか……」
同じく顔を引き攣らせたモネが、ひとり納得したように言った。
「モネくん、アレって……もしかして、いわゆるゾンビってヤツ?」
「ですね。まさかとは思ってたんすけど__嫌な予感って、当たるんすよね」
ショートソードを鞘に納め、モネは短槍を両手で構える。
同じくバクターも、盾を突き出し、剣を顔の横に引き絞る。
「ヴギョォォォォ」
「ヴアァァァァ」
おぞましい悲鳴をあげるオーク=ゾンビたちの群れに、二人は突っ込んで行った。
「あのオークさんたち……苦しそう……」
修道女が、消え入りそうな声で言った。
今にも泣き出しそうな彼女は、持っているメイスを指が白くなるまで握りしめる。
「バクターさん! とりあえず背骨か頭粉砕したら動かなくなりますんで、できたら首とか狙って下さい‼︎」
「了解でーす! ちなみに噛まれたらワシらもゾンビになっちゃったりして?」
「いや、それはわかんないっすけど……ただじゃ済まないと思います!」
その時__二人は、視界の隅で動くものを捉えた。
何を思ったのか、修道女が乱戦エリアに入ってきたのだ。
「お、おい‼︎ なにしとるんじゃ⁉︎」
「んん⁉︎ シスター⁉︎」
何かを決意したような面持ちの彼女は、背後を向くオーク=ゾンビにゆっくりとメイスを振りかぶる。
「ヴギャァァァァ‼︎」
「ひっ⁉︎」
横から現れたオーク=ゾンビに、小さく悲鳴をあげて固まる修道女の前を、バクターとモネが割り込む。
「あんた、何しに出てきたんじゃ⁉︎」
「ま、まぁまぁ、バクターさん……シスター、危険ですのでどうか後ろに」
再び前を向いたモネは、背後にいる修道女に服を引っ張られた。
振り向くと、自分と目線を合わせるように腰を折った彼女の顔が間近にあった。
「し、死者は普通の攻撃では倒れません」
「ええ、存じてるっすよ。確か炎で浄化するか、聖別された武器で攻撃するか__」
「こっ、このメイス!」
いきなり鼻先に突き出されたので、モネは「おうっ⁉︎」と低く唸って首をのけぞらせた。
「シッ、シスターたちから旅立つ前に祝福を受けていて、聖別されてます‼︎」
「っシスター、それを我々に!」
しかし、修道女は首を横に振る。
「いいえ!これはわたくしの使命です‼︎」
モネは、無意識のうちに小首を傾げた。
「あのオークたちは命を弄ばれて、苦しんでます! 救いを求めています!」
震える喉で大きく息を吸いながら、修道女は続ける。
「救いは、誰にでも訪れる。それを導くのが、我々聖職者の使命__わたくしはそう、教会で教えられました!」
呆気に取られた表情をしたあと、モネは頷き、口元を小さく笑みの形にする。
「バクターさん聞いてました⁉︎」
「え? あ、ごめん。良く聞こえんかった……」
ぷはぁ、と息を吐き出した後、モネは叫ぶ。
「シスターがゾンビ倒せるんすよ! ボクたちはフォローにまわりましょう!」
「あ、そう言うこと。了解でーす!」
言葉通り、二人はオーク=ゾンビの動きを止め、攻撃が修道女に届かないように徹した。
修道女は必死で、祝福されたメイスを振るう。
メイスで浄化されるたび、オーク=ゾンビたちは、どこか安堵したような表情を浮かべた気がした。
最後の一匹を殴り終わる頃には、三人は肩で息をしていた。
「ハァハァ……」
「……さすがに、もういないっすよね……?」
二人は辺りを見渡したあと、修道女の方を向く。
「……神の御加護が、在らんことを__」
そう微笑んで、修道女は気絶した__