冒険者ギルド
アドベンチャーズ・ギルド。
通称『組合』は、仕事の斡旋所と安宿、喫茶店と酒場を混ぜ合わせた雑然とした場所だ。
ギルドカウンターの横にある地下への階段は酒場へと続いており、常に誰かしらの騒めきと気の抜けたアルコールと安タバコの匂いが充満している。
要するに、あまり品のない連中が集まる場所__ここへ来るたび、モネはそういった思いを募らせている。
「馬刺し、サラダ付きで。あと、ブラッディメアリーを」
四人テーブルに腰掛け、短槍を空いた椅子に立て掛けてからウエイトレスに注文を入れる。
猥雑な場所ではあるが、しかし隠れた名店であるのも事実であり、特にここの馬刺しは新鮮で美味く量も多い。
身体が資本の冒険者にとって、一番の栄養補給であり、体力とモチベーションの回復にもってこいの料理なのである。
「お疲れさんでーす」
「お疲れーっす」
一階から降りてきたバクターが、向かいの席に座る。
手には、組合の刻印が入った袋を持っている。
中には通称『ギルド通貨』という特殊な硬貨が入っていて、冒険者専用の軽いメダルだ。
通常の硬貨と違うのは、大小の銀貨しか無いと言うのと、装備品や消耗品の購入から街の施設といったものを、比較的安い値段で利用できると言う点。
「あ、ワシは豆の塩茹でとバナナミルクをジョッキで」
モネの分の報酬金を渡しながら、バクターは近くを通ったウエイターに言った。
飲み物が先に来たので、二人は乾杯のグラスを交わす。
「依頼人がね」
とバクターが口を開いたのは、ようやく届いた料理を二、三口食べてからだった。
「遺跡の調査も頼みたいらしいんじゃけど、どうする?」
「あー、じゃあ続行って形で受けましょうか。ボクもあの遺跡は個人的に興味があるんで」
サラダを包んだ馬刺しを食べながら、モネはつぶやいた。
「バクターさん、クエスト受けるの先にします? それとも、メンテ先にします?」
「受付の人が言うには、受けるのは明日でも良いらしいから、今日はもう上がって鍛冶屋に行こうか」
「了解です__すいませーん、お勘定お願いしまーす!」
組合の建物を出た二人は、その足で鍛冶屋へと向かう。
仕事を終えた後に装備品のメンテナンスや消耗品の購入を小まめにするのは、プロの冒険者にとって当たり前の日課だ。
冒険者が立ち寄る店は、組合の建物の近くに密集している。
「いらっしゃい__なんにしますか?」
「装備品のメンテナンスお願いします」
二人は財布からギルド通貨を数枚カウンターに置いた。
「かしこまりました、お預かりしますので、奥へどうぞ」
頷き、通貨を受け取った店主は、にこやかに二人を奥の部屋へと案内する。
奥は脱衣所になっていて、籠とその隣に頭と胴体だけの木製人形が置いてある。
「お嬢ちゃんはそちらの仕切りで着替えて下さい__代わりの服は籠にございますので、それをお使いください」
ではごゆっくり、と言って、店主は戻って行った。
手足の鎧、メイルコイフ、ケトルハット、キュイールブイ、チェインメイル、フード、ギャンベソンの順番で脱ぎ、下着だけの姿となった二人は、籠の中にある貫頭衣に袖を通す。
「風呂行く?」
「そおっすねー、さっぱりしますかー」
着替え終わった二人は脱衣所を後にし、入って来たのとは別の部屋へと向かう。
「じゃ、またあとで」
「はい、ゆっくりしてください」
バクターたちはそれぞれ『男』『女』と書かれたのれんをくぐった。
「お、ラッキー」
日がまだ高いのもあってか、女湯の方はほぼ貸切状態だった。
ひっそりと安堵の息を吐いたモネは、先ほど着たばかりの貫頭衣を籠に置く。
そして『洗濯用』と書かれたプレートを下げ、洗濯板を構えたウッドゴーレムのタライの中に下着を放り込む。
それが起動条件だったのか、ゴボゴボと泡の混じったお湯を吐き出したゴーレムは、下着を洗い始めた。
それをぼんやりと眺め終わり、モネは風呂場へと向かって行った。
「……しっかし、いつ見てもロリロリしいというか、色気がないというか……」
と言うのは、湯船越しに見る自身の姿だ。
薬草のエキスで作った洗剤で、髪と身体を洗い終わってのことである。
見た目で言えば、十七から十八くらいの年齢で、頭の上で纏めたセミロングの髪は白い。
光の加減でときおり水面に反射する顔は青白く均整が取れていて、下ろした前髪から覗く大きな瞳は、長い睫毛に縁取られている。
細く小柄な肢体はよく言えば控えめで慎ましやか、悪く言えば肉付きが悪い。
肋骨と鎖骨が浮き出た胸部に、申し訳程度に膨らんだ乳房がぶら下がった、そんな身体をしている。
「どーやったら解けるんだろーなぁ……ま、解く気はないけど」
こちらの肉体の方が、男性の時と比べて柔らかくしなやかなので、筋肉と関節の動きによる瞬発力と爆発力を信条とするモネの戦闘スタイルには合っている。
「これホントに呪いなのかね?」
今のところ、何か異変は起きていない。
__今のところは。