それなりに後の話
それなりに後の話です。
あれからそれなりの月日が経った。
先輩の抜けたサッカー部は、県予選の準決勝で敗退した。
前半は接戦だったけど、後半から立て続けに点を取られて敗れた。
勝ったチームはそのまま優勝して、全国大会に出場した。
先輩がいたらこうはならなかった……そう言う者達が一定数いることから、未だに先輩に対する風当たりは強かった。
複雑な気分だった。
鏡花がアイツと別れて、先輩と付き合うと言う話を聞かされた時、俺は納得してしまった。
俺なんかでは足元にも及ばない先輩であれば、鏡花とお似合いであるなんて思った時、俺は納得し、ずっと抱いていた鏡花への未練を、完全に断ち切れたのだ。
まぁ、その後とんでもない事が起きてしまったんだが。
正直に言って、鏡花とその、不順異性交遊をした事については、幻滅したところもあった。
あんな爽やかなイケメン顔で、やることを……よりによって鏡花としていたんだからな。
ヤリチン野郎と軽蔑出来れば、それはそれで楽だったんだろうけど、そう思う事が出来なかった。
俺ってチョロイよなー。
それに受け入れたのは鏡花なんだから、二人の選択に文句を言う筋合いは俺には無い。
まぁ、やった事は決して褒められないんだけどさ。
……明るみに出なければ、誰も問題視する事無く終わった事だったんだけどね。
二人は隣の市のホテルに行った。
隣と言っても、割と距離がある所だ
そんな所まで行ってストーカーされるとか、そりゃあ誰も予想出来んわな。
そこら辺にもドン引くわ。
執念深過ぎだろって。
……話が逸れたな。
先輩は結構な針の筵らしい。
俺の周りは先輩に同情的だったり、それ以上にアイツを嫌ってるからそうでもないけど、三年生からすると、やはり先輩に対しては厳しい。
先輩は仕方が無い、悪いのは自分だって言ってるので、その状況を甘んじて受け入れてるんだけど、それに納得しない者達がいる。
『杉原 誠一』君と『後藤 琉生』君、『佐々木 マキヲ』さんだ。
鏡花とも特に親しく、先輩とも仲の良い彼らは、三年相手にも食って掛かったりする。
かなり冷や冷やする。
毎度ぶつかりそうになる度に、先輩と俺で宥めるんだけど、中々大変だ。
クラスの友人からはストッパーとか言われてるけど、先輩がいなかったら俺では止められる気がしない。
そんなある日、先輩にウザ絡みする三年生と杉原君達が揉めかけた。
何時も通り先輩と俺で止めに入った。
「……済まなかったね。ただ、校内で揉め事は良くないだろ? ここは引いてくれないかな? 頼むよ」
そう言って先輩は、先ほど杉原君達と揉めそうになった三年生に頭を下げた。
「はん! 可愛い後輩達に慕われて羨ましいね~。何? 男もイケんの?」
そんな先輩を嘲笑う三年生に、杉原君達はキレそうになる。
先輩はそんな三人を制して三年生に向き合う。
「こんな僕でも、未だに慕ってくれる良い後輩達だよ。本当にありがたい事さ。だから、揉め事は控えて欲しいな。内申にも響くかもしれないし、ここで問題を起こすメリットなんて、ないでしょ?」
そう言う感じで先輩はやんわりと注意する。
悪態を吐く三年生も、先輩の態度やこの時期に問題を起こすのは不味いという意識から、この場はどうにか収まった。
三年生はさっさとこの場を去ったけど、それの背を憎々し気に睨んでいる三人。
「真面目な話、そろそろアイツらどーにかしません? つか、結構いいネタありますよ?」
かなりキレ気味な杉原君。
「先輩の事をアレコレ言えない程度には、厄ネタありますね。一度、思い知らせてやりましょう!」
後藤君も大分キている。
「拡散はまかせろー! バリバリー」
「やめて!」
ネタに走りつつも、実は相当キレてるマキちゃん。
それに乗りつつも、俺は真面目に止めて欲しいと思う。
これまで先輩にウザ絡みする三年生の、よろしくない厄ネタを何時の間にか集めてたりする。
報復する気満々過ぎる。
「はは、大丈夫だよ。別にアレくらい、なんともないさ。君達も、別に気にしなくて良いからね?」
先輩は先輩で、今の状況を受け入れている。
「しかしですね、先輩。外野がアレじゃあ、勉強にだって影響出るんじゃあ無いですか?」
「ああいう雑音はさっさと排除した方が、良いと思います。何なら、今日からでも……」
杉原君も後藤君も大分やる気だ……。
「はい。そこまで。今の状況は全て、僕自身が招いた事だからね。批判は受け入れるよ」
「はーい、センパーイ。批判とチューショーは別物だと思いますー」
焼豚みたいな言い方だ。
「それでも、だよ。禊は終わっていない。それに、揶揄されている以外は実害は無いよ。この程度、なんとも無いさ」
先輩はアレから随分と周りに責められたようだ。
それは今でも続いている。
中には受験のストレス解消用のサンドバッグ扱いをしている輩もいるようだけど。
そういう輩は、流石に俺も見過ごせない。
三人が滅茶苦茶キレるから、押さえに回る立場に回って、実質何も出来ていないけど。
「本当にね、なんでもないんだよ。このくらいはね。あの時、格好良く守るなんて言っておきながら、守るどころか傷付けてしまった、最低な大馬鹿野郎だった時に比べれば……」
先輩はポツリと零す。
「先輩、それは……」
「「「……」」」
流石に何も言えなくなる。
「今の状況はね、僕にとっての戒めになってるんだ」
「戒め、ですか?」
後藤君は先輩の言葉に疑問を持つ。
「うん。さっきも言ったけど、今の状況は全て、自分自身の行動の結果なんだよ。僕は間違えた。だから、今度こそ、間違わないようにするため、僕は全部受け止める事にしたんだ」
「だからって、あんなに言われてるのは……サッカー部とかなら、わかりますよ? でも、殆どは関係無い奴らばかりじゃあないですか!」
杉原君としては、納得出来ないらしい。
「そうだね。でも、世の中なんてそんな物だろう? ……そう言う意味では僕達のやった事だって、あまり変わらない事だった」
「ッ……そ、それは……」
サキちゃんはバツの悪そうな顔をする。
「ああ、別に責めてる訳じゃないんだ。寧ろ感謝しているよ。皆のお陰で、本当に好きなった子に会えたんだからね。間違えたのはあくまで、僕自身の問題だよ」
「先輩……」
「あの時、鏡花さんと健斗君の別れ話の日に、僕は態々自分から出しゃばった。本来は二人だけで話し合うべき場に、あの時点では部外者である僕がいた事で、余計に健斗君の神経を逆撫でにした」
「先輩は鏡花の事を心配してたからですよね? だから……」
暗い時間だったし、心配するのは分かるんだけどな。
俺も話を別れ話を聞いた時には結構取り乱したし、健斗が逆上する事だって……いや、流石に健斗を低く見積もりし過ぎだな。
「いや、それでもだよ。考えてみてごらん? 別れ話をしている時に、別の男が隣にいるって、普通に考えて非常識も良いところだろ?」
「う……まぁ、その、確かに」
冷静に考えると普通に変だよな……。
三人もグゥの根も出ないようだ。
「その前の段階だって、そうさ。鏡花さんと付き合うにしても、もっと時間を掛けてからにするべきだったのに、別れて直ぐ僕と付き合うなんて、健斗君からしたら、ずっと前から浮気していたと思われるだろ?」
「……健斗だってそうじゃないですか アイツだって直ぐに別の子と付き合ったんですよ?」
「それはそうだけど、今は置いておこう。鏡花さんは、僕と付き合う前から健斗君と別れる事を決意していたけど、僕の一連の行動を見れば、そんな事を言っても信用出来ないでしょ? 僕が間違えていた所為でね、前提からおかしかったんだ」
「先輩……」
「極めつけはホテルに行った事。これは完全に言い訳のしようが無い事だ。バレるバレない以前に、やってはいけない事なんだからね。それなのに僕はやってしまった……」
「そーいうの、イマドキ珍しくないっしょ? ヤってる奴らなんて、どこにだって……」
「周りがそうだからって、自分もやって良い事の免罪符にはならないよ。 マキちゃんも本当はそれを分かっているよね?」
「う……」
正論なので、返す言葉も無い。
「我慢出来なかった僕が悪かったのさ。学校での短い逢瀬で満足していれば良かったのに、それ以上を求めた。全く以って浅はかで短慮、更に煩悩塗れの大馬鹿野郎さ。ヤリチンパイセンって言われても、否定出来ないよ……」
「いや、それはどうかと思いますって! 先輩大丈夫ですか? 結構参ってません?」
杉原君は自嘲する先輩に心配そうに声を掛ける。
「ん? ああ、大丈夫だよ」
そう言う先輩だが、こうしてよく見るとやつれている様に見える。
「兎に角だ。してはいけない、明るみに出ては絶対に不味い事を僕はしてしまった。その結果、大勢に迷惑を掛けてしまった。それもこれも全部僕が悪かったんだよ」
何処まで行っても自分が悪いと先輩は言っている。
俺だったらどうだろうか?
自分が悪かったって所から目を背けて、周りに責任転嫁とかしそうだな……。
「ま、僕としては言い返したりするよりも、試験で結果を出すなどして見返すだけさ。結構、やる気に満ちているんだからね?」
そう言う先輩の目には、闘志が宿っているように見える。
凄いな……こういう人だから、俺も尊敬しちゃうんだよな。
「おっと、もうこんな時間か。じゃあね、皆。また今度……」
そう言って先輩は去って行った。
堂々とした歩き方だった。
「あー、やっぱ先輩には敵わねーなぁ」
「全くだな。そういう人だから、俺達も付いて行ってるんだけどな」
「そーだね。あ~、センパイ聖人過ぎるヨ! 逆にウチらって、ホント……凹むわー」
三人とも感心したような雰囲気を醸し出しつつ、項垂れている。
「皆、責任を感じているの?」
項垂れているのはやっぱ、鏡花との事だよな。
「そうだな。先輩はああ言ったけど、原因としては、俺達が鏡花と先輩を引き合わせた所にあるからなぁ……」
「本当に付き合うかどうかは、分かんなかったけど、そーいう目的があったかって言われちゃうと、そーなんだよねぇ」
「鏡花の目が覚めるかもしれない……そんな勝手な押し付けだったな」
「それは前にも聞いたけど……」
「あの二人なら結構お似合いだなーって考えがあったから、セッティングしたのは、余計なお世話だったな」
「ちょっとやり過ぎだったと思うよ……鏡花の交友について手を出すのは、領分を越えてるって言うか……」
「そうだな。結局俺達は自分達の勝手で、二人を会わせた事で、騒動が起きる切っ掛けを作っちまった……」
「キョーカがセンパイと会えば、あのカスに対しての考えが改まるかなーって。その結果が今なんだから、責任感じちゃうね……」
「俺が言えた義理じゃないけど、良かれと思ってやっても、本人にとってそれが良い事かは分かんないと思うよ。報復についても、そうでしょ?」
「全くだな」
「まぁな……」
「センパイが言うなら、もうそれに従うしかないっショ!」
少なくとも、三人は先輩の言う事を聞くようだ。
本当に先輩の事を尊敬してるんだな。
「……そういえば、皆って先輩とはどうい経緯で知り合ったの?」
「ん? そーだな。俺達皆同中だったのは、話したっけ?」
「ああ、最初に紹介された時に聞いたと思う」
ただ、皆部活とか違うから、どうしてあんなに親しいのか分からなかった。
「そうだったな。まぁ先輩との馴れ初めには、特にドラマがあった訳じゃあないな。ぶっちゃけ、勝手に俺達が惚れ込んだだけだし」
「それなんだよね。皆、年上とか関係ねーって感じなのに、先輩に対してはかなり敬意を抱いてるのはどうしてかなって。いや、先輩が凄い良い人なのは分かるんだけど」
「あー、なんつーかな、まぁ簡単に説明するとだな……」
そう言って色々話してくれた。
まず、同じ中学校だった三人は昔は友達じゃなかったそうだ。
三年に上がるまではクラスも違ったし、精々顔見知りくらいの間柄だったそうだ。
学年で成績トップクラスだった三人は、三年の時に同じクラスになった際に友達になったそうだ。
ここまでは先輩は全然関わって無い。
というか、当時は全く知らない人だったそうだ。
中学の頃の先輩は、目立たない人だったそうだ。
で、高校進学の話になった時、この学校で一年生ながら凄い選手が現れて、それが同じ中学の卒業生で先輩達だという事を知った。
それが何だって話なんだけど、三人は奇妙な尊敬を抱いたそうだ。
俺には良く分からないんだけど、彼ら曰く、なんかそうなったらしい。
三人は昔から割りと何でも直ぐに出来る人間だった。
少し努力すればそこらの人よりもあっという間に上達する、天才肌だったらしい。
「今思えば、勘違いも甚だしいけどな」
「そーそー、アレだね。思春期特有のバンノー感ってヤツ」
「それでそれなりに結果を出していたからな。だから、勘違いに気付かなかった」
「……そうなんだ」
一瞬、アイツの顔が浮かんだ。
「それで、先輩の事なんだけど、要は自分に無い能力を持っている先輩に、なんつーか惹かれた」
「センパイって昔カラダ弱くて小中は全然ダメだったらしいヨ。それを努力で克服して、高校一年で頭角を現したんだってサ」
「俺らはそれまでロクに努力しなくてもそれなりにやれたからな、努力出来る人間が刺さるんだよ」
「なるほど……」
「まぁ、これも思い上がりも甚だしい考えだけどな」
「上から目線のリスペクトとか、アホ過ぎて泣けるネ」
人は自分に無い物に憧れる。
努力せずとも結果を出せた三人にとって、継続して努力を出来る人間はリスペクトの対象になるって事か。
「で、学力的にも問題ないし、憧れた先輩がいるって事で、ここに決めた」
「まー、そこで自分達がカエルだってのを知ったんだけどネ」
「受験に関しては真面目に頑張ったからな。お陰で1クラスに入れたんだが……」
「フツーに落ち零れたんだわ」
「考えてみれば、元々頭の良い連中が、真面目に頑張って来て入ったクラスだからな。中途半端な俺達が敵う訳が無い」
「あの時はヤバかったネー。中学じゃあトップレベルだったウチらが、クラスでドベの3バカになるんだから」
「そんな事が……」
「その時にキョーカと仲良くなって、それから成績も上がったんだけどネ」
「努力の大切さって奴を、身を以って知らされたぜ」
「その後、試験の成績以外でも内申点を上げるために、委員会の手伝いなんかをする事にしたんだが、そこで先輩と直で知り合った」
「リューが最初に会ってから、ウチらの交流が始まったんだよネ」
リューとは後藤君のあだ名だ。
「鏡花はその頃、一応彼氏持ちだったし、そっち優先だったから、先輩を紹介する事は無かったんだよな」
「あの頃はまだ、な」
「先輩の方も変なのに粘着されてたから、紹介するタイミングも悪かったっけ」
「なんかあったの?」
「んー、センパイってモテるから、変な女が寄って来たみたい」
「他の先輩のファンと結構揉めたらしいな」
「大変だね……」
「その時のセンパイの対応が神っててねー、もうマジリスペクト!」
「あれからだな、俺達が先輩にトコトン惚れ込んだのは」
「勝手に憧れてはいたけど、あれで先輩に対しては畏敬の念すら抱くようになったな」
「そ、そうなんだ……」
話によると、先輩に粘着したのは同じ中学出身の女子高生で、昔先輩をこっ酷くフッた人らしい。
それが高校に上がって頭角を現した先輩に擦り寄って来たって事から、三人は相当頭に来たらしいけど、そこを先輩が上手く治めたそうだ。
なんでもその後、例の女子高生は改心して、ギャルみたいな格好から真面目な格好になったとか。
良く分からないけど、なんか凄いな。
「……大体そんなところだな。俺らにとって、先輩は忠誠を誓いたいって感じの人なんだよ……先輩には言うなよ?」
「ウチらが勝手にリスペクトしてるだけだからネ~」
「モリヤーだから話したんだからな、頼むぜ?」
「ああ、うん。分かったよ」
何となく分かったような分からないような感じだけど、兎に角三人にとって、先輩は何か盛り立てたい人だって事は伝わったと思う。
「……鏡花にしてもさ、あいつスッゲー頑張ってるのが分かるじゃん? だから、先輩とだったら理想のカップルになるって、勝手に思っちまった」
「結果はあんな事になったけどな。本当に二人に対して申し訳ない気持ちで一杯だ」
「あのカスや他の奴らに報復したいってのも、結局は八つ当たりなんだよネ。だからセンパイやキョーカが止めてるんだと思う……」
大分凹んでいるな。
三人も今、結構周りから責められていたりする。
鏡花や先輩は元より、俺とも付き合いがある事でも。
自分達は何を言われても知った事かと聞き流しているけど、鏡花や先輩の事を言われるのは大分キツイらしい。
『お前らが余計な事したからこうなったんだろ!』が、かなり効くそうだ。
その点については、俺も擁護は出来ない。
尤も、俺だってなーんの役にも立ってない能無しだから、皆の事をアレコレ言えない立場だ。
先輩が周囲の悪意に晒されても、それを止める事は出来ない。
やろうとしても、自分達の所業を含めて、更に嘲られるだけだ。
周りからネチネチ言われて、それで仕返しに走ろうと思っても、先輩に止められるから、実質何も出来ない。
鏡花は転校してしまったので、直接手を貸す事も出来ないなど、ナイナイ尽くしだ。
こうして俺達は、無力感に苛まれつつ、日常を過ごすのだった。
ありがとうございました。
評価を頂けると嬉しいです。
また、感想や誤字脱字報告もして頂けると嬉しいです。