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恋に狂った男の末路

先輩のお話です。

 『名護 清人』は今でこそイケメンと言われているが、以前はそうでは無かった。

幼少時は身体が弱かった彼は、小中学生時代は、あまりパッとした男ではなかった。

中学時代に結構な失恋をし、その後に必死に努力した結果、彼は高校で頭角を現す。

部活のサッカーや学業においても優秀で、有能イケメンサッカー部員として、結構な注目を集めるようになる。


 その結果、中学時代に自分を袖にした初恋の女性に執着される受難にあう。

どうにか説得して、彼女には諦めて貰った。

誠心誠意、真心を込めての説得だった。

これもあって、周りには見た目だけでなく、心もイケメンなどと言われるようになった。


 夏の大会では、全国に一歩及ばなかったものの、確かな手応えを感じていた。

日々の努力と実績によって、校内選考で選ばれた結果、大学への推薦もほぼ決まりかけるなど、順風満帆であった。


 何もかもが上手く行っていた。

日々の努力は報われた。

そんな彼だったが、それが脆くも崩れる事になるとは、その時は思いもよらなかっただろう。


 期末試験も終え、部活をやりつつも、多少の余裕があった彼は、ある時後輩達と遊びに出掛ける事になる。

そこで彼は出会ってしまった。

『香取 鏡花』という少女に。

彼女に出会った時、清人の心が震えた。

以前、どこかでそんな経験をした事がある。

それは……中学時代、とある女の子に恋をした時だ。


 清人は驚いた。

まさか、自分がそんな思いを抱くなんて……と。

中学時代にあったトラウマレベルの失恋で、清人のそういう欲求は薄くなった。

部活や勉強に邁進していた事もあったが、清人自身、恋する事に臆病になったというのもある。

実際、高校に入って異様にモテるようになった清人だが、誰とも付き合うことは無かった。

学業や部活を優先しているというのもあるが、単純に自分に告白して来る女性に対して、恋愛感情を抱けなかったからだ。

心苦しいながらも、告白を断り続けていた。


 そんな清人が、鏡花に一目惚れしてしまった。

最初の紹介で、鏡花には既に幼馴染の彼氏がいるというのに。

久方ぶりの恋は、始まった瞬間に終わった。

その後は先輩として普通に接しようと、必死に自分を殺して取り繕った。


 鏡花との会話は楽しかった。

彼女は色々な事を知っているようで、その知識量には驚かされる。

自分も結構知ってる方だと思っていたが、彼女は上回っていた。

そして、非常に話が合った。

趣味などの共通の話題から、好きなアーティスト、ファッションの話など、本当に話が合った。

話している内に、清人は益々鏡花に惹かれて行く事を自覚した。


 楽しくも切ない一日が終わった。

名残惜しいけど、彼女と会う事はもう止めようと思った。

これ以上は拙いからだ。

だから、今日で終わり。

今後は会わずに、自分は勉強や部活に精を出そう、三年生になるんだから、自分には色恋沙汰に迷っている暇は無いんだと、そう思っていた。


 しかしながら、家に帰ってからも思い出されるのは鏡花の顔だった。

彼女との会話の楽しさ、ころころ変わる彼女の表情、微かに漂う彼女の香り……頭から離れなかった。

結局清人は、遊びの誘いがある度に、それを受けてしまうのだった。


 鏡花と話すのは本当に楽しかった。

もう、清人は鏡花と会いたいという欲求に抗えなかった。

しかし、親しくなればなるほど、彼女には彼氏がいるという現実が重く圧し掛かる。

それでも、それを押し殺してはいた。

だが、最近鏡花と彼氏が上手く行っていないという話を聞く度に、顔も見たことが無い彼氏の不甲斐無さに、勝手ながらも怒りを抱く。

そもそも、彼氏がちゃんとしていれば、鏡花がこの場にいる事は無いのだから。


 どうにも彼氏の評判は良く無いらしい。

時々一緒に遊びに来る、鏡花と彼氏の共通の友人である、『守山 克也』こと、モリヤー君も、『……まぁ、アイツには、もう少ししっかりして欲しいとは思ってますね』といつも苦言を呈しているようだ。


 他人の色恋沙汰にアレコレ口を出す気はサラサラなにのだが、鏡花に関わる事だと、何か一言でも言ってやりたい気分になる。

もっとも、あくまで他人、学校の先輩に過ぎない自分が文句を言う筋合いではない。

自分に出来るのは、鏡花の話をちゃんと聞いて、少しでも彼女の心を軽くしてやったり、前向きになれるような言葉を掛けてあげるだけだ。

……周りの後輩達は、『先輩と鏡花ってお似合いっスね』なんて言ってくれるから、困った。


 そんな日々の中、遂に鏡花に限界が来た。

彼氏との別れを視野に入れるようになっていた。

その事で相談された。

清人は困惑と喜びといった、様々な感情を抱く。

どうにか冷静になって、鏡花から話を聞く。


 元々反応が薄いというか、淡白な彼氏に対して、鏡花は自分が空回りしているのではないかと、常々思っていた。

自分と彼氏との間にある温度差を気にしていた。

ちゃんと話し合おうとしても、彼氏は乗り気では無いし、自分のちょっとした変化も察してくれない。

何時も渡している弁当にだって、『美味しかった』『いつもありがとう』といった言葉も無い。

彼氏は本当に自分を好きでいるのか、分からなくなった。

それに、自分自身も、彼氏を好きなのか分からなくなったようだ。


 何故自分にそれを相談するのか聞いてみた所、何時もの友達だと、間違いなく『別れろ』一択になるし、モリヤー君に関しては、彼なりに鏡花達の為に動いていたりしたので、言いにくかったそうだ。

その点で言えば、先輩である自分は公平な視点で意見を言ってくれると思ったそうだ。

この鏡花の考え自体は間違いない。

第三者である者の方が全体をフラットな立場で見ることが出来る。

間違いがあったとすれば、鏡花に対して、清人が恋心を抱いていた事だろう。


 清人としては、別れ一択だ。

話を聞く限り、鏡花の彼氏はモラハラ気質ではないかと思う。

そんな男に鏡花は勿体無いという思いがある。

だから、鏡花には彼氏との別れを勧めようと思ったのだが……。

一握りの理性がそれを止めた。

万が一、鏡花の彼氏が、皆が思う様な男では無かったら、自分は何の非もない男を鏡花から引き離す事になる。

それは正しい事なのか?

そもそも、鏡花がフリーになった所で、自分が付き合える保証はない。

自分の身勝手で、恋人同士の破局を促す事は出来ないし、そんな薄汚い事をする自分が、鏡花に相応しい男かと言われたら、自信は無い。

なので、結局清人は辺り障りのない助言しか出来なかった。

『一度会って、しっかりとお互い向き合って話をするべき』だと。

『もしかしたら、何かの誤解があったかもしれないので、先ずは良く話し合うべきだ』そんな当たり前の事だった。


 清人の助言を鏡花は受け入れた。


「そうですね! 先輩の言う通りです! 私、もう一度ケン君に会って、お話してみたいと思います。今日は相談に乗って頂いて、ありがとうございました!」


 そうお礼を言う鏡花は、美しかった。

清人は複雑な思いを抱く。

上手く行って欲しくない、上手く行って欲しい……そんな相反する想いだった。


 後日、鏡花か連絡があった。

結局どうにもならなかったそうだ

『忙しい』という理由で、そもそも会おうともしないそうだ。

流石に鏡花も、折れた。


 話を聞いた清人も、頭に来たようだった。

彼氏がそういう態度なら、こちらも遠慮する必要は無いと思った。

清人は、鏡花の気分転換の為に、遊びに行く事を提案した。


「少し身体を動かして、頭をスッキリさせよう! 悩んでいるだけでは、益々気分が沈むからね!」


 あくまでも気分を変える為の提案だ。

ただ、二人で遊ぶという、所謂デートのお誘いでもあるのだが。

鏡花としては、友達と皆で遊びに行くと思ったようだ。

そう思う様に清人は誘導した。


 当日、友達の姿が無い事に鏡花は困惑するも、


「ごめんね、少し勘違いさせちゃったかな」


「あ、いいえ。私の方こそ、ちょっと驚いちゃいました」


 直ぐに状況を受け入れてくれたようだ。

その日は思いっきり遊んで、楽しんだ。

色々な所を回る。

ショッピングや食事、ちょっとしたアミューズメントパークなどで、結構な散財をしたりした。


 清人は鏡花が一日楽しめるよう、エスコートした。

鏡花の好きそうな話題で、会話も楽しめる様に、徹底して鏡花に尽くした。


「今日は、ありがとうございました、先輩」


「いやいや、楽しんで頂けた様で!」


「本当にありがとうございます。お陰で気分がスッキリしました」


「うん、元気が出た様で良かったよ」


 楽しい一日だった。

鏡花の顔にも笑顔が戻っている。

だが、清人はそれで終わらすつもりは無かった。

あくまでも友人同士で楽しく遊ぶ事を念頭に、もう一度鏡花を遊びに誘う。

この時点で浮気と取られるような行動であったが、清人はあくまで友達同士の遊びだと詭弁を弄していた。

鏡花は逡巡するが、今日が余程楽しかったのだろう。

快く清人の誘いを受けた。


 清人は心の中でガッツポーズを取る。

少なくとも、二人で遊びに出掛ける程度に、鏡花は清人に心を開いている事を確信出来たからだ。

恐らく、今の彼氏とは破局するだろう。

だから、今の内に清人は鏡花に寄り添い、彼女が彼氏と別れた時、彼女の前にいるのは自分であると示していたかった。


 そんな清人の胸の内を知らない鏡花であったが、彼女もまた、清人に惹かれていた。

これまで彼氏らしい事をしてくれない、『坐間 健太』という幼馴染の恋人よりも、よっぽど恋人らしい清人を意識していたのだ。

そんな二人だが、その後の自分達の選択が、あの様な事件に発展するとは、この時は思ってもみなかった。


 あれから後輩達と一緒に遊ぶなども含めて、それなりに清人は鏡花と会っていた。

とある日に、二人で会っていたのだが、その時清人は、鏡花に告白してしまった。

清人自身も、その告白は想定外だった。

何気ない会話の中で、彼は自分の胸の内を晒してしまった。


 彼は焦った。

それまではあくまで、良き先輩、相談相手、仲良く遊んだりする男友達のポジションを維持していたのに。

つい、本音が出てしまった。

今更取り繕う事が出来ない清人は、改めて鏡花に対して告白をする。

思っていたシチュエーションとは違っていた。


 彼はあくまで、鏡花が今の彼氏と別れた後、更に積極的にモーションを掛け、そして告白する。

そういう考えだった。

それが、かなりの前倒しになってしまった。

清人は、恋愛偏差値が低かった。


 鏡花は、突然の告白に驚いたようだ。

それも無理はない。

今でもまだ、彼氏とは付き合ってる状態だ。

大分終わりかけているが、それでもまだ別れていない。

そんな状況での告白は、かなりの悪手であった。

しかし、彼女はそれを嬉しく思っていた。


 鏡花としてももう限界だった。

これ以上まともに会えないのであれば、別れようと思っていた。

いや、既に別れる決意をしていたと言いえよう。

問題はそれをいつするかだ。

未だに会って話がしたいと伝えても、『忙しい』だの『用事がある』と理由を付けて会おうとしない。

いっその事、メールでもメッセージでも別れを伝えれば良いのでは? とさえ思う。

しかし、実際の交際期間は一年だが、これまでの長い付き合いもあったので、やはり直接会って別れを告げるのが、筋だと思っていた。

 

 とは言え、こちらから強引に会いに行く事には抵抗があった。

一歩が踏み出せないのだ。

しかし、清人からの告白が、彼女に勇気を与えた。


 鏡花は清人からの告白は、その場では受けなかった。

先ずは、彼氏であった健斗に別れを告げる事が先決だからだ。

そして、健斗と別れた時、改めて清人の告白の返事をする……そういう話になった。


 遂に別れを決意した鏡花は、健斗に連絡する。

しかしながら、返事が来ない。

仕方なしに鏡花は、ある人物に自分の決意を伝えようとした。

『守山 克也』……健斗同様に、小学生の頃からの付き合いがある友達だ。


 鏡花は克也に自分の事を包み隠さず話していた。

鏡花の話に、克也は随分と狼狽した。

彼なりに二人の為に頑張っていたのだが、流石に別れるという話が出たら、冷静ではいられない。

声を荒げたので、清人はすかさず割って入った。


 別れ話で万が一何かあった時の為、清人は鏡花の護衛の様な形で近くに控えていたのだ。

その後は、清人からも克也に対して色々な思いを語り、克也も遂にそれを受け入れた。

どうやら説得が出来たようである。


 その後、遂に健斗から連絡があった。

昔よく遊んだ、思い出の公園で決着を付ける事になった。

ただ、時間帯が時間帯だけに鏡花一人を公園に向かわせる訳には行かないので、清人も付いて行った。

当然ながらその後の別れ話は、すんなりとは行かなかった。


 鏡花の別れ話を、健斗は中々聞き入れてくれなかった。

更に激昂して詰め寄るので、清人は鏡花の前に出て、それを制した。

ここの所鏡花を放置していたのに、今更になってゴネるような健斗に、清人も心の中で嘆息する。


 そして遂に、鏡花の想いが吐露された。

彼女なりに今まで一生懸命頑張って来たのは、健斗に褒められたい一心だったのだが、そんな彼女の想いに対して、『言わなきゃ分からない』で済まされた。

これまでの感謝も、謝罪も無く、ただ『分かる訳無いだろ、そんな事』などと言われた時には、清人も鏡花も、ただただ呆気に取られてしまった。

本格的にこれはもう駄目だと思った。


 その後健斗は鏡花に酷い罵声を浴びせていた。

流石にそれは見過ごせないので、その罵声は自分にのみ向けてくれと、清人は健斗に伝えた。

鏡花を守りたい一心での行動なのだが、それら全ては健斗の怒りを煽る行為である事に、清人は気付いてなかった。


 いや、もしかしたら煽っていたのかもしれない……無意識に。

清人は内心では鏡花を蔑ろにする健斗に対して、憤りを感じていた。

故に健斗の前に立ちはだかる。

さながら、姫を守る騎士の如き態度で。

こうする事で、自分は君の様な男とは違って、こうして大切な人を守れる男であると、見せ付けているのだ。


 健斗とからすれば、間男の分際でヒーロー気取りをする勘違い男が、何かをホザいているくらいにしか見えないだろう。

そんな男の言う通りになる健斗ではなかった。


 その後、これまで鏡花を放置して来たのは、サプライズプレゼントの為にバイトをしていたからだとか理由を述べていたが、『今更何を言ってるんだ?』としか、二人は思えなかった。

自分は言わなきゃ分からないと言ってたのに、自分も何も言わないんじゃあ、どうしようも無いなと、そんな感想しか浮かばない。


 健斗はプレゼントの箱を、鏡花に投げ付ける。

箱は結構固いので、顔に当たったら大変だ。

清人は鏡花を庇った。

その後、健斗は捨て台詞を吐き捨て、去って行った。


 鏡花は泣いていた。

清人は鏡花の肩を優しく抱き、その場を離れた。

ついでと言っては何だが、プレゼントは回収していた。


 鏡花は暫く泣いていた。

清人は黙って胸を貸し、彼女の髪を優しく撫でていた。

小一時間は掛かっただろうか?

鏡花も漸く泣き止んだ。


 どうにか泣き止んだ所で、鏡花はこれまでの事をポツリポツリと話す。

清人は黙ってそれを聞き入れた。


「ありがとうございました。先輩のお陰で、やっと全部を受け入れられました」


 まだ目元が晴れている顔で、鏡花は清人にお礼を言う。

その顔が何とも切なく、そして美しかった。

清人は衝動的に彼女を抱きしめた。


「ッ……これからは僕が君を守る! 君が好きだ! 君の事が大好きだ! 一生を掛けても守りたい! 僕と、僕と一緒になって下さい!」


 告白というよりはプロポーズに近い言葉であった。


「……はい。私で良ければ喜んで……」 


 鏡花は清人の言葉を受け入れた。

それから二人は初めて手を繋ぎ、一緒に歩いた。

その日は特にお互いに何も言わず、ただ歩く。

そして、鏡花の家の近くに差し掛かった時、そこで別れた。


「先輩……清人さん、これからもよろしくお願いします」


 別れ際、鏡花はそう言った。


「こちらこそ、これからもよろしくね」


 清人はそう返して、その日は終った。

家に着いた清人は、今日を噛み締めた。


 それからは残りの休暇期間はずっと一緒だった。

後輩達にも新しく二人が付き合う事を話したら、結構なお祝いをされた。

やった事は端的に言えば、心が弱った鏡花の心に入り込み、健斗から奪ったような形だが、それでも周りから祝福されると、自分の行動を誇らしく思えるようになる。

自分はあのモラハラ男から、鏡花を救ったのだと。

そう前向きに思った。


 休暇期間が終わり、新学期が始まった。

清人と鏡花が付き合う事になった話は、結構広がった。

意外と受け入れる者達が多かったのは、嬉しい誤算だった。


 付き合ってからの清人は有頂天だった。

全ての事が上手く行った。

勉強にも、部活にも恋にも、全力で走った。

楽しい日々だった。


 不満があるとすれば、三年生になり、最後の年という事で部活が忙しくなり、休暇期間中の様に鏡花と会えない事だろうか?

昼の時間は一緒に弁当を食べたりしているのだが、清人的にはもう少し一緒にいたい。

人間、やはり欲が出るものだ。

少しの間だけでも一緒なら幸せと思っていたのに、それだけでは飽き足らなくなる。

特に清人の場合、世間ではイケメン先輩などと言われているが、異性との交際はこれが初めてである。

何処までが恋人として適正か否か、少しずつ学んで行けば良かったのだが、清人の鏡花に対する好意がどんどん膨れ上がり、短い期間で暴走気味になって来た。


 鏡花は可愛い。

学校でも噂になる程の美少女だ。

その上スタイルも良いし、性格も明るく、家庭的であった。

男の理想に限りなく近い鏡花に、恋愛経験ほぼ0の清人は、どんどんのめり込んで行く。

勿論、それは彼の内心であって、外から見れば常に紳士的に振舞っているのだが……。

頭の中は常にピンク色に染まっていた。


「最近のお前、調子良いようだけど、なんか不安になるな」


「え? そうかな?」


 サッカー部において、コンビを組んでいる新キャプテンの友人からそう言われた。


「なんかな……ハイになってるようで、動き自体は良いんだけど、前のような全体を見て、状況を素早く判断するお前の持ち味が薄れてる様に思えるんだ」


「う……ん、自分では自覚が無いけど……」


「彼女が出来て浮かれてるのは分かるけど、ちゃんと集中しろよ? 今年こそ全国だからな! ……それに、彼女に格好良い所、見せたいだろ?」


「そうだね、うん、頑張るよ」


 そう言う清人だったが、やはり浮かれていたのだ。

今の清人は全力で青春を謳歌していた。


 日々の練習が厳しくなり、休みの日でも鏡花と余り会えない。

学校でもわずかな時間しかいられず、家でも連絡は取り合っているが、お互いにやる事が多くゆっくり二人で会えない。

その間に、清人に中にある欲求が生まれて来た。

もっと鏡花が知りたい、彼女の全てが欲しい……実に健全な男子高校生らしい欲望であった。

常に落ち着いていて、余裕のある知的な佇まいをするイケメン先輩……それが清人への周りの評価だ。

だが、彼も多感な男子高校生である。

人並み……いや、それ以上に強い性的欲求を備えていた。

実の所、彼にはむっつりスケベの気はあった。

本人もそれを自覚していた。


 これまで恋愛に目を向けていなかったが、ここに来てそういう感情が急激に目覚め、大きく成長していた。

そして今まで抑えられていた分、清人はこの感情を持て余していた。

鏡花と会う時は、常に先輩彼氏として余裕の表情を保っていたが、内心ではちょっと引くらいに鏡花への想いを爆発させていた。


 そんな鏡花に対して恋心、庇護欲、慈しみ、色欲、独占欲など、様々な感情を抱いた清人は、遂に動いた……動いてしまった。 

その日は休みで、久しぶりにデートをする日だった。

この日が終わると、暫くは練習漬けの毎日になり、会える時間が減る事になる。


 だから、清人は遂に決意する。

恋人として、先のステージに進む事を。

勿論、一生に一度の大事な事なので、鏡花の同意が必要なのだが。

もし、それがまだ早かったら、クリスマスまで持ち込む所存だった。


 隣の市にあるテーマパークを中心に、ショッピングモールなどを回る、楽しいデート日だった。

この日の為に、リサーチしていた鏡花の好む所をピックアップしている。

元カレの時は鏡花が自分で色々調べ、デートプランを練り上げていたが、今は清人がそれを担っていた。

勿論、鏡花にも相談して二人で決めたりもする。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。

このまま鏡花を家に送れば、今日は終わる。

だが、今日の清人は違った。

駅方面へと向かうが、少し手前の所に有る繁華街を歩く。

暗くなり始め、明かりが灯ったネオン街は、昼間とは違った雰囲気になる。

清人は、鏡花の手をしっかり握り、歩いた。

流石の鏡花も、何時もとは違う少し強引な清人の態度と、街の雰囲気から、何かを察した。

そして、それに飲まれていった。


 鏡花は、多少強引でも、自分を引っ張って行ってくれる男性に弱かった。

元カレが基本的に自分から動かない性格だった為、それとは真逆の自分をリードしてくれる強い男性を、鏡花はひそかに求めていたのだ。

清人の行動は、正に鏡花攻略の選択肢として、大正解を引いていた。


 そして清人は目的地に着いた。

そこは所謂ラブホテル……ファッションホテルだった。

清人は鏡花の手を握る手に、更に力を込めた。

痛くない様に加減をしているが、決して放さないという意思をその手に込めた。

鏡花は、逃げなかった。


 その後の二人については、割愛する。

お互い初めてではあったが、上出来と言える塩梅だった。

これまでに無い幸福感に包まれる二人。

遂に大人の階段を上ってしまったが、これが新たな始まりだと、その時は思っていた。


 清人は改めて誓った。

彼女を守ると。

世の中の理不尽から、絶対に守り抜くとその日、誓った。

ただの学生に過ぎない清人に、そんな力がある筈が無いのだが。


 明日からはまた学校が始まるので、時間通りにホテルを出た。

本当は朝までずっと一緒にいたかったが、そうも行かないのが辛い所である。

二人は仲睦まじく歩いていた。

ずっと、誰かに見張られていたなんて、想像すらしていない二人だった。


 家に帰ってからの清人は、ずっと夢見心地であった。

好きになった女の子と初めて結ばれたのだから、それも当然かもしれない。

学生の身である以上、かなり危険な行為であるのだが、今の彼にはそんな危機感は無かった。

熱に浮かされながらも、これからもっと彼女を支えるのに相応しい男になろうと、そんな決意に満ち溢れていた。

後日、『坐間 健斗』から、改めて話がしたいという連絡があった時も、彼女の彼氏として何があっても守ると、そう思っていた……。


 清人と鏡花は、何時もよりも早めの登校をする。

健斗には校舎裏に来るよう指示されていたので、そこに向かうのだが……。

何故か学校の様子がおかしい。

彼方此方にプリントが散らばっている。

誰かが落したのか? そう思ってプリント拾うと、その内容に驚愕した。

それには清人と鏡花が、ホテル街を歩いている写真が掲載されていた。

また、他にも彼等がホテルの入る所や、出る所の写真もあった。


 余りの事に呆然と立ち尽くし、混乱した二人だが、健斗との約束やこの写真の彼が関わっているのではないかと思い、健斗に問い正す為、校舎裏へと急いだ。

そして健斗の所へやって来たのだが……。


「これはどう言う事だよ! 鏡花! これは何なんだ!?」


 開口一番、写真の事を責める健斗。


「話し合う為に来て貰ったけどさ! これはなんだ? どういう事だ!?」


 如何にも今、知りましたという風に声を上げる健斗。

健斗の言葉に、二人は益々困惑した。


「はっ! 何だよこの写真はよっ! 浮気して直ぐにベッドインか? この尻軽のクソビッチが!」


 そこから始まる健斗の罵倒。

浮気と取れる行動や、その後の不純異性交遊については弁解の余地がない為、反論出来無い二人。

登校時間になり、騒ぎを聞きつけた生徒達が、校舎裏に集まって来る。


 健斗は鏡花を庇う様に前に出たが、完全に晒し者だ。


「……な、なんで、こんな事を……」


 絞り出すようにして声を出す健斗。

手に持ったプリントを健斗に突き付ける。

タイミングを考えると、どう考えても健斗が仕掛けたとしか思えない。


「はぁ~? 知りませんよ。僕はもう一度ちゃんと話をしようと思っていただけですよ? なのに、こんな写真が出回ってるんだから、僕こそアンタらはナニしてんだって話ですよ?」


 しかし、健斗はそんな事は知らないと断じる。


「てかさー、信じらんないよ。僕がプレゼントの為にバイトをしていた時にさ、二人は浮気してさ、こんな事までしているなんて!」


 その上、周囲が誤解しかねないような発言もする。

健斗のバイト中に二人で会っていたこともあるので、浮気は否定出来ないが、その後は別れ話をした。

ホテルに行ったのも、健斗と別れて正式に付き合ってからの事だ。

健斗の言い方だと、まるで健斗と付き合っている時に、既に肉体関係になった様な印象を与える。


「待ってくれ、それは……」


 誤解をされる発言を辞める様に、清人は弁解しようとするが……


「良い訳すんなよ! ヤリチンのサイテー男が! お前等が浮気してたのは本当の事だろう! 付き合ってる男がいるのに手を出してさ! 鏡花! お前もそうだ! ちょっと会えないからって、簡単に股開きやがって! 腐れビッチがッ!」


 健斗は清人の言葉を遮る様に罵倒する。


「ッ……」


健斗の言葉に、傷付く鏡花。


「は? 何被害者みたいな面してるの? 浮気された僕の方が被害者なんですけど? ……薄汚い淫売の浮気女が! お前みたいな奴が、ワザとらしく可哀相なフリなんかするなよ! ホント、クズだな!」


 健斗はなおも畳み掛けた。

一切の反論を許さない、怒涛の勢いに、清人も鏡花も押し黙るしか無かった。

最早反論する気力すら無くなっていたのかも知れない。


 その後、騒ぎを聞きつけた先生方の登場もあり、健斗は言いたい事は全部言ったと言わんばかりの態度で去って行った。

そして、清人と鏡花は指導室へと連れて行かれる。

写真についての事を問い正す為だ。


 その後の事を二人はあまり覚えていない。

先生方の説教や何やらあったのだが、茫然自失で殆ど頭に入っていなかった。

ただ、分かっているのは、自分達の高校生活に致命的な傷を負ってしまった事だろう。


 後悔の念を抱いたのは、今回の件を学校側から両親に伝えられた時だ。

清人は父親に殴られた。

今まで手を上げられた事は無かった。

殴られた理由は、人様の娘さんを傷物にした事だ。

高校生でありながら、肉体関係になった事は勿論だが、この件で彼女の高校生活まで傷付けた事という、二重の意味だった。


 清人の目から涙が落ちる。

父親は穏やかな人で、決して息子に手を上げる人ではない。

そんな父親が激高し、自分を殴ってしまう様な事を、自分はしてしまった。

清人はこの時、自分の軽はずみな行動を心底後悔した。


 その後、家族で鏡花の所へ謝罪に出掛けた。

開口一番、父が鏡花達の前で深々と頭を下げる。

清人も父に倣って深く頭を下げた。

本来は土下座ものなのだが、話し合いの場として個人経営の喫茶店で、そこそこの人数が座れるテーブル席だった。

親として、息子のした事の責任を取るという話をした。


 そんな清人達に対して、鏡花の両親は意外と冷静だった。


「……顔を上げて下さい。先ずは、お互いの目を見て話し合いましょう」


 そこから話し合いが始まる。

事の経緯として、まずどうして清人と鏡花が付き合う事になったのかという事だ。

鏡花の両親は鏡花が健斗と付き合っていた事を知っていた。

小学生からの付き合いでもあるのだから、当然だ。

鏡花の母は、鏡花が健斗へお弁当を作る事に協力をしていたので、鏡花が健斗と別れて、別の男の子と付き合うようになった事が、何故だか分からなかった。

少しの間、元気が無かった事は知っていたが、急に明るくなり、何時も通りかそれ以上に元気になったと思ったら、今回の事案が発生したのだから、無理も無い。


 全ての経緯を話した後の沈黙は痛かった。

今回の件はどう考えても、健斗による二人の復讐だ。

話し合いをするその日に、写真がバラ撒かれたなんて、偶然にしてはおかしい。

恐らくは、前々から計画されていた……そう思えた。

尤も、確たる証拠がないので全て憶測になる。


 鏡花の言葉を鵜呑みにすれば、鏡花だけでなく健斗の方にも問題はあったと言える。

しかし、健斗の方からすれば、確かに至らない所はあったが、鏡花の為にバイトをしていたのに、何時の間にか清人に惹かれたから別れるというのは、健斗からすれば堪ったもんじゃない。

完全に浮気……裏切り行為だ。


 ただ、親としては流石に『そこまでやるか?』とも思ってしまう。

だが、鏡花の浮気というか、心変わりまでは仕方が無いが、その後の不純異性交遊に関しては弁解の余地がないので、そうなると親としては兎も角、個人の復讐としては妥当とまでは言わなくとも、一定の理解は出来なくない。

健斗がそこまで鏡花を想っていたという事が前提だが。


 鏡花の両親からすると、鏡花と清人の迂闊な行動が元凶であると判断した。

惚れた腫れたな高校生の恋愛事情に関しては、あまりどうのこうのとは言えない。

過去の自分達だって、若さゆえの過ちという事はあった。

問題は、ハッキリと校則違反である行為をした二人にある。


 健斗の復讐は……ビラに関しては本人が否定していると言うので、追及しても無駄であろう。

証拠が残っているとは思えないし、本当に潔白だったらそれこそ恥の上塗りだ。

健斗に対して申し訳ない事になる。

名誉棄損にしても、ビラを撒いた犯人を訴えたところで、鏡花達の不純異性交遊は事実だから、名誉の回復になるかと言えば、周りはそう思わないだろう。

そもそも誰がやったかという事さえ、現時点では不明である。

限りなく疑わしいが。

相手に対する報復措置として、地道に調べ上げるしかないが、恐らくは問題を大きくするだけで、逆に損をするのはこちらになるだろう。


 清人の両親としては、やはり彼氏がいた鏡花に懸想した清人に落ち度があるし、それで清人が健斗に責められるのは、仕方が無い。

問題は、不純異性交遊をして、鏡花まで被害に合わせてしまった事だ。

二重の意味で彼女を傷付けた事になる。

これに関しては完全に清人が悪いという風に、判断した。


 こうして両家で話し合いが行われ、清人と両親の謝罪と、鏡花側にも落ち度があったという事で、お互いに謝罪し合う形で決着する。

ただ、清人はそれだけでは済まさなかった。

清人は責任を取ると言い出した。


 責任を取ると言うのはどういう意味かと問われると、


「彼女の人生全てをです! 生涯を懸けて、鏡花さんの為に尽くします!」


 プロポーズ宣言だった。

流石に両家は呆気に取られた。

一番の責任と言えば、確かにそうだが、まさか高校生の清人がそんな事を言いだすとは思わなかった。


 清人の両親は、人の人生を背負う事の意味を説き、軽はずみに言って良い事では無いと、戒めた。

また、鏡花さんの気持ちもある。

勝手に突っ走るなと、一喝した。

それでも、清人は折れない。


 そんな清人の姿に、鏡花の方が完全に落ちていた。

長年好きな男の子の為に頑張っていた鏡花を知る母は、これはもう梃子でも動かないと悟った。

父親は複雑な気分だった。

娘を傷物にした愚かな男子高校生と、内心は思っていたが、まさかこんな男気を見せるとは思いもしなかった。

認めたくない、認めても良い、そんな男親としての葛藤が父親の中で巡る。


 結局の所、まだ未成年なのでそういうのはまだ早いという事と、本当に想っているのなら、こちらの言う条件、約束事を守るのならば、と交際自体は認める形になった。

まず、条件としては、清人は大学に進学し、将来的に安定して家族を守れるようになる事とした。

また、今回の件もあるので、鏡花が高校を卒業するまでは、直接会う事を禁止にした。

ただし、連絡を取り合うくらいなら良しとする。

会えない間に関係が切れたのなら、所詮はその程度の間柄だと言う訳だ。

 

 18歳となり、高校を卒業してしまえば、鏡花も成人扱いとなる。

その時は二人で会う事も問題では無くなる。

どのように付き合うかは、親でもそう文句は言えなくなるので、それからは好きにしろという訳だ。


 清人はその条件を飲んだ。

それから今後の進路についても話し合う事になった。


 まず、今回の不祥事で清人の推薦は無くなるだろう。

そうなると一般入試になるのだが、どの大学を目指すかという話になる。

清人の志望校に、鏡花の両親は驚く。

結構な難関校だからだ。

推薦が決まっていた大学よりも一段上だった。

清人曰く、これくらいの壁を越えなければ、鏡花を幸せに出来ないとの事だった。

鏡花の両親も、清人の両親も、彼の本気を見たようだった。


 鏡花に関しては、自主退学をするという話になった。

それに清人は驚いたが、二年生でこんな事があった以上、残りの高校生活は決して良い道のりでは無いだろう。

清人、健斗がいるし、大騒ぎになった学校に鏡花が残るのは、それはそれで新たな問題が起きかねない。

鏡花を守る意味でも、今の学校を離れるという事だった。

転入先はこれから決めるが、鏡花なら大体どこでも学力的には問題なく行けるので、後は鏡花次第である。

県外の全寮制学校なら、下手に一人暮らしするよりは安全だろうという話も出た。

先程言った、鏡花と直接会う事を禁止したのは、遠くの学校に行くという事もあったのだ。


 鏡花が転入する際、引っ越し費用は清人側が持つという事になった。

最初は鏡花側は遠慮したが、清人の件で遠くに行くのだから、せめてこれくらいはやらせて欲しいという事で、そうなった。

因みに費用は清人が、両親に借りる形になり、今後働いて返すという事にもなった。

彼曰くケジメだそうだ。


 随分と生真面目だなと、鏡花の両親は思った。

それだけ責任感が強いのだろうけど、そんな子が不純異性交遊に走るのだから、良く分からない。

それだけ鏡花に夢中だという事なのだろうか?

何にせよ、清人に対する評価はほんの少し上がったようだ。


 その後、学校側から停学処分を受けた二人だが、鏡花は学校を去る事になった。

鏡花の友達はその結果に相当な不満を現していた。

それ以上に、鏡花達を追い込んだ健斗に対して怒りを募らせ、報復行動に出る様な雰囲気があったので、慌てて清人と鏡花は、抑えに回った。

健斗の身の安全もそうだが、それ以上に鏡花の大切な友達に、犯罪行為の様な事をさせたくなかったからだ。

結局は自分達の迂闊な行動が、今回の事件を引き起こした原因なので、責任は自分達にあると、彼等を説得したのだった。


 停学期間中に鏡花は引っ越し作業を終え、この街を離れていった。

清人は必ず迎えに行くと約束した。


 こうして、一連の事件は一通りの幕を閉じたのだが、それで終わりだという単純な話にはならなかった。

清人の受難の始まりである。

後輩や親しい友人からは同情の声が上がる一方、やはり清人に対する中傷の声が上がった。


 軽く挙げただけでも、『人の彼女を奪った挙句、淫行をバラされて停学を食らったアホな間男』、『浮気するサイテー野郎』、『ヤリチンパイセン』、『見た目だけで中身はカス』、『万年発情男』……随分と言われ放題だった。


 イケメンサッカー部員と言われて、周りからも一目置かれていた事は聞いていたけど、そこから転落したらこの様である。

尤も、そう言われても仕方が無い事をしたのは事実なので、甘んじて受け入れた。

仲の良い友達は、これらの中傷に対して反発してくれてる。

有難い事だけど、その結果トラブルにもなったりしているので、申し訳ない気持ちになる。


 そして同時に、なるほどと合点がいった。

鏡花は自分よりもさらに一年長く、こういった事を言われるのかと考えると、転校するのも止む無しと理解した。

鏡花の友達……後輩達は間違いなく鏡花を庇うだろうけど、その際に揉め事に発展したら、鏡花は絶対に悲しむだろう。

守る為に、敢えて鏡花を転校させた大人の判断は正しかったようだ。

改めて自分は、未熟な考え無しだと自嘲する。


 清人は格好良い事を言っていたが、それでもやっぱり鏡花と一緒にいたかった。

本音では、二人で一からやり直して、残りの学校生活を謳歌したかった。

学校で僅かな時間に会って話をしたり、お昼を一緒に食べるなど、ささやかな幸せに満足していれば、こんな事にはそもそもなっていなかった。

欲望を抑えられなかった自分が、全部悪かったのだ。


 そう凹む清人に追い打ちを掛けるのが、サッカー部の事だ。

今回の件で、部員や顧問は学校側に処分の軽減を訴えたそうだ。

せめて部には残れるようにと。

しかし、清人は退部となり、更に不祥事からサッカー部の活動も自粛する事になった。

これが大層堪えた。


 今年こそは『全国大会出場』を掲げていたのに、レギュラーである自分は退部。

その上、部活動すら自粛する事になるのだから、本当に申し訳ない気持ちになった。

最後の大会に燃える同級生、更なる躍進を目指していた二年の後輩達、希望を胸に入部した新一年生。

全員に迷惑を掛けてしまった。

停学明けに、サッカー部の部員達に土下座する勢いで謝ったが、それだけで済まされるはずは無い。


 部員からは当然の様に罵倒を浴びせられた。

『大事な時期に、なんて事をしたんだ!』、『ふざけるな! 馬鹿野郎! お前のせいでどれだけ迷惑を掛けられたと思ってるんだ!』、『最悪ッスね。女寝取って晒されて……で、うちらまでとばっちり食うとか!』、『先輩の事、見損ないましたよ!』、『最後の大会だぞ!? どうすればいいんだよ!』、『アンタさぁ、謝れば許されるとでも思ってんの?』などと、けんもほろろである。


 中には清人に同情的な部員もいるので、それもあってサッカー部内でも意見が分かれたりしていた。

大会前なのに、チームワークに不和が出た状態なのである。


「……もういいだろ。終わった事だ。今グダグダ言っても時間の無駄! 俺達は俺達でやるだけで、余計な事をしている暇は無いんだ!」


 そう一喝するのは、サッカー部キャプテンである、中学時代からの友人だった。


「清人、お前はもう部外者だから、ここにはもう来るな。今お前が来たって邪魔にしかならないんだ。……それぐらい、分かるだろ?」


 邪魔者……まさにその通りである。

部員からの罵倒も堪えたが、友人からの言葉が一番キツかった。

全ては自分の身から出た錆なので、良い訳しようも無い。

清人は改めて、サッカー部の部員達に頭を下げて、その場を去った。


 帰宅した清人は部屋で独りで泣いていた。

改めて自分の愚かな行いが招いた結果を、ただただ悔やんだ。

恋に浮かれて、欲望に歯止めを効かせる事が出来なくなった。

その結果、大切な恋人は傷付き、今まで一緒に頑張って来た仲間達にも迷惑を掛けてしまった。

己の所業に吐き気がした。


 一頻り泣いた清人は、机に向かう。

顔を思いっきり叩き、自分を鼓舞する。

塞ぎ込んで蹲ったままでは駄目だからだ。

立って前を向いて進まなければならない。

鏡花の両親に約束したのだから、勉強を頑張らなければならない。


 後悔も反省もする。

落ち込んで下を向く事もある。

でも、止まる訳には行かない。

足を止めて動かない、動けないなんて泣き言を言う事は、清人には許されていないのだ。

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なんというかざまぁ物の良さを再確認させてくれる作品だなって思った ひたすら読後感が悪くて消化不良になりそう 最低限この二人は破局しないと筋が通らないよね おさまりが悪い 流行りのジャンルにはこういう…
どうせなら、写真がネットに流出して名前等、特定されて叩かれてほしかったな(人の女に手を出し肉体関係に持つ、17歳の女子高生をホテルに連れ込むから叩かれそう)それでも、二人で立ち向かうか駆け落ちする位の…
2024/10/17 20:04 阪神最下位
>サッカー部への影響 レギュラー1人の醜聞による脱落。活動自粛。 うーん、活動自粛は痛いっすね、ふてずに個人トレーニングで頑張れ。 そもそもレギュラーの脱落はケガとかで落ちる可能性もあるし 個人のスキ…
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