とある姉の、悔恨
幕間的なお話になります。
『伊達 香奈実』……彼女の人生のピークは中学生の頃だろう。
勿論、長い人生で見れば、他の所にだってあるだろう。
しかし、高校生である現在においては、中学生の頃が彼女のピークであった。
当時の彼女は、同世代に比べて発育も良く、見た目も良い事もあり、クラスでは一際目立つ存在だった。
校則上、そこまで派手にはして無いが、所謂ギャル系で大勢の取り巻きがいた。
彼女は、クラスにおける女王的な立場であった。
女王的立場である彼女は、持てる者であった。
クラスのヒエラルキーの頂点は常に余裕を持ち、下々の者達にも、施しを与えていた。
スマイル0円である。
高校生顔負けの彼女に優しくされれば、多感な男子中学生など、即恋に落ちる。
『名護 清人』もそんな男子中学生の一人だった。
当時の彼は、背は高いが全体的に痩せていて、頼りない風貌の男だった。
幼少時は身体が弱く、しょっちゅう熱を出していた。
ベッドの上で寝込む彼は、ある時サッカーの試合を見る。
フィールドを縦横無尽に駆け回る選手達に、憧れを抱いた彼は、サッカー選手になる事を夢見た。
成長して虚弱な体質も良くなった彼は、サッカー部に入る。
それからメキメキと上達……することは無く、選手としては平凡だった。
そもそも、基礎体力が無かったので、先ずは身体作りからだった。
中学に上がった彼は、サッカー部に入る。
小学校よりも更に上のレベルの部活動で、彼は全く目が出なかった。
根本的にフィジカルが弱い彼は、自信を無くしていた。
そんな時である。
クラスの女王、香奈実に優しく接されたのは。
「名護君は何時も頑張っていて、偉いね」
微笑みながらそう言われた彼は、恋に落ちた。
そして一念発起する。
香奈実に相応しい男になれるよう努力をして、告白するんだと。
そうして彼は、努力した。
毎日の食事を見直し、朝練や部活動以外でも自主練をして、勉強の方も頑張った。
元々地頭は良いので、学校の成績は上位に位置し、三年生になる頃には、部活もベンチ入りを果たした。
正式なレギュラーにはなっていないが、これで自信を得た彼は、香奈実に告白をした。
学業においてはかなり良い位置に立ち、部活でもまぁ、悪く無い所にいる。
何より、誰にでも優しい香奈実なら、自分の気持ちは届く。
そう己惚れていた。
結果は……
「は? ムリ」
惨敗である。
「え? 告白とか困るんですけど……ええ? あー、勘違いさせちゃったね、ゴメン」
まるっきり相手にされなかった。
それだけならまだ良かったのだが、その様子を他の生徒に見られ、何かを勘違いした間抜けとして、周りから笑い者にされたのだった。
「アハハハ、ゴメンねー。もう、皆笑い過ぎー!」
フォローこそされているが、一世一代の告白を素気無く断られて、更に周りに笑い者された彼は絶望の淵に立たされた。
たかが失恋という事無かれ。
ただでさえフラれた事が辛い上に、その他のギャラリーにまで馬鹿にされた彼のプライドはボロボロである。
日々の努力で得た物が、丸ごと粉砕されたのだった。
そんなどん底の彼を支えたのはサッカー部の友人だった。
彼は中学からサッカーを始めた。
最初は下手糞だったのだが、努力と根性でベンチ入りした男である。
「悔しいならよ! 見返そうぜ! 滅茶苦茶練習して、来年高校生になったら、全国制覇だ!」
そう言って、彼に発破を掛けた。
結局、中学時代はベンチ入りのまま終わった二人だが、高校に入学してから、頭角を現したのだった。
入学までの間、体力作りや基礎練習などを徹底的にやっていたのが功を奏した。
高校のサッカー部はそこそこ強い所だった。
設備も悪く無く、一皮剥ければ化けるポテンシャルはあった。
そこで彼等はひたすら練習した。
清人に関しては、勉強も頑張った。
一年にしてベンチ入り。
将来はレギュラーとして活躍間違い無しの、逸材と目されるようになる。
一方の香奈実は清人とは別の高校に入学した。
勉強自体は出来る方なので、清人と同じ高校にも入れたが、今通う高校は、校則が緩めで、自由な校風を謳う学校だった。
そこで、彼女は思い知らされた。
その学校……同じクラスには自分と同等、或いは上位互換とも言える女子生徒がいたのだった。
女子生徒と張り合うも、あらゆる点であと一歩及ばず、結果的に彼女は女生徒に地位を奪われる事になった。
比べてみれば、そこまで致命的な差はないのだが、どうにもキャラ的に被る為、二番手の彼女は屈辱に塗れる事になる。
別に悪い立場な訳でも無いのだが、中学時代はトップであったプライドから、二番手に甘んじる現状を良しとしなかった。
香奈実なりに頑張っているのだが、どうしても勝てない。
彼女が頑張る分、女子生徒も努力するので、その差は埋まらなかった。
結局香奈実は一年間、一度もライバルに勝てず、女子生徒の後塵を拝する事になったのだった。
どうしても勝てない香奈実は焦った。
そして自分一人では勝てない事も悟った。
では、どうすれば良いか?
簡単な話だった。
男である。
自らのステータスを爆上げする、イケメン彼氏。
その存在こそが、香奈実を押し上げる要因だと、思い込んだ。
そうして色々と調べ上げる香奈実。
高校もそうだが、中学時代にもアンテナを飛ばしたのだった。
そして、ある日見つけたのだ。
自分に相応しいイケメン彼氏を。
『名護 清人』……嘗て彼女に告白し、玉砕した少年だった。
清人は今の高校で、一年の頃からもう一人と共に、有望な選手として注目されていた。
徹底的に身体作りをした清人は、ガリから細マッチョと言える位に均整の取れた体型をしていた。
そこらのメンズモデル並みか、それ以上である。
顔立ちも、実は相当なイケメンで、線の細かった中学時代と比べて、端正な顔立ちになっていた。
香奈実は後悔した。
あの時適当にフッた少年が、イケメンに変身しているのだから、無理も無い話だろう。
もし、告白を受け入れていたら、あのイケメンが自分の隣にいたのだから。
過去の自分をブン殴りたい衝動に耐えつつも、香奈実は清人へと接触を試みた。
「清人君、久しぶり~。今、イイかな?」
そう言って昔のノリで話し掛けたのだが……
「……すいません。今忙しいので後にして貰って良いですか?」
素気無く断られた。
これは別に、嘗ての意趣返しでは無く、普通に部活で忙しいから、構っていられないだけであった。
清人はあれから立ち直り、トラウマはほぼ克服していた。
今にして思えば、クラスのトップに君臨していた香奈実に、全然釣り合ていなかった自分が告白しても、受け入れられる訳は無いし、そんな無謀を笑われたのも、仕方が無い事だと割り切っていた。
半分断られる事を予想していた香奈実だが、いざそうされるとショックだった。
自分から動けば、大体の男は靡くし、断られるにしても、本当にどうしようもないから、名残惜しいけど、断ってしまうケースくらいだ。
清人の様に、サラっと断られた事など無かった。
玉砕した香奈実は、一度は諦めようとしたのだが、他に良い男となると見つからない。
そもそも、そんな良い男がフリーである事なんてまず無い。
結局、香奈実は清人に、アプローチを続ける事になった。
どうにかして清人の気を引きたい香奈実は、毎日清人の学校へ行くようになった。
そして、彼が部活を頑張っている姿を見ている内に、本当に恋をしてしまった。
最初は自分のステータスを上げる、勲章くらいにしか思っていなかった清人に、まさかのガチ恋である。
それから香奈実は、清人へのアプローチをますます加速して行った。
清人の方はというと、困惑していた。
昔、自分を歯牙にも掛けなかった香奈実のアプローチに対して。
清人としては、辛い失恋だったが、あれをバネに今日まで頑張ってこれた。
そういう意味では、香奈実に感謝したいと思うが、それとこれとはまた話が違った。
部活に集中したいのに、頻繁に顔を出されても、正直迷惑だった。
どうにかして穏便に済ませようとするが、香奈実も引かない。
実は他にも清人を目当てに来る女子学生は、そこそこいる。
そんな女子学生と、香奈実はトラブルを起こしているのだ。
『清人に近づくな』と。
頭を抱えたくなる清人。
初恋とは言え、今更好きになるかと言われれば、それは否だ。
今は部活が楽しいので、色恋沙汰に現を抜かしている場合でもない。
また若干、恋愛に対してトラウマも残していた。
その元凶となる香奈実の存在に、清人は頭を痛めた。
「俺から話を付けようか?」
中学時代からのコンビである友人が、そう言ってくれた。
彼も同中なので、香奈実と面識があった。
「いや、僕の方で何とかするよ」
下手に他人が介入すると、余計なトラブルに発展しかねない。
なので、清人は香奈実としっかりと向き合う事にした。
清人は懇切丁寧に、香奈実に対して説明した。
今の自分は部活を優先している事。
なので、トラブルになるようなる事は止めて欲しい事。
色恋についても、今現在では全く考えていない事。
噛んで含める様に、優しく説いた。
そんな清人に、香奈実は益々熱を上げた。
本来なら罵倒されて追い出されてもおかしく無いのに。
過去の事を思えば、普通はそうなるはず。
にも拘らず、優しく大人の対応をする。
香奈実の態度には、周りの部員達がキレそうになる次第であった。
昔こっ酷くフっておいて、今になって擦り寄っている香奈実に対して声を荒げる部員達を制し、清人はそれでも根気強く香奈実を説得した。
「伊達さん。以前の君は、そんな事をする人じゃなかったでしょ? 中学の君は、本当に自身に満ち溢れていた。僕はそんな君が好きだった。初恋だったんだ」
そう言う清人に、香奈実はドキリとする。
恋愛的な鼓動ではなく、今と昔の自分の差を指摘された事に。
「今の君は自分を見失っているよ。以前の君だったら、こんな事、絶対にしなかったでしょう?」
確かに、以前の自信に満ち溢れていた自分だったら、ここまで男に執着なんてしなかった。
そう思うと、今の自分の醜態は何だ? と自問する。
「僕はね、君に恋をした事を後悔はして無いんだ。君に相応しい男になれるよう努力したあの時間は、今でも宝物に様に大切な物だ」
最終的にそれを踏み躙ったのは、香奈実であったが。
「だからね、伊達さん。これ以上、僕の中にあった『伊達 香奈実』さんを貶める様な事はしないで下さい。お願いします」
そう、頭を下げられた。
流石の香奈実も、ここまで言われては頭は冷える。
その日、香奈実は大人しく帰る事になった。
自室で自分の姿を鏡で見る。
メイク技術が上達し、単純な美しさでは中学時代よりも上だ。
スタイルだって、成長した事で良くなっているし、全体的に見てレベルアップしている。
だが、中学時代の自分よりも輝いていたかというと、そう思えない。
アルバムやスマホにある写真の自分は、確かに自信に満ち溢れていて輝いている様だった。
対して今の自分は、見た目は奇麗になっているのに、この頃の様な輝きが無い。
そう思えた。
その後、香奈実はギャルを辞めた。
髪は黒に戻し、巻髪をストレートにした。
カラコンを辞め、メイクも以前の様な派手な物でなく、地顔に合わせた薄いものへと変えた。
改造気味だった制服もスタンダードに戻し、スカートの丈も一般的な長さに戻した。
何処から見ても、ギャル系とは対極的な姿になったのだった。
香奈実は己の所業を顧みた結果、清楚系、真面目系なスタイルに変化したのだった。
別に男受けを狙った訳でも無かったが、何故か人気が上がった。
見た目の変化は勿論、少し前までは派手だった振舞いも落ち着いたものになった事から、香奈実の立ち位置が、結果的にはライバルの女生徒とそう変わらない所に引き上げられた。
香奈実としては予想外であった。
かつて自分に恋をした少年を歯牙にも掛けなかった、傲慢だった過去。
クラストップ故に自信に満ち溢れていたのだが、高校生になって二番手に落ちてからは、常に焦りとイラ立ちに苛まれていた。
現状を自分ではどうにも出来ないから、他の要因……要は男を求めた。
まさか、自分が求めた男が、中学時代にフッた男だとは思わなかったが、まさかの本気の恋に落ち、見事に狂った。
常に醜態を晒していた自分に対して、男は優しく説き伏せた。
その結果、自分の所業を顧みた彼女は反省し、生まれ変わる事を決意した。
昔の傲慢なまでに自信に満ち溢れたいた自分には、今更戻れない。
これまで大分醜態を晒していたし、彼にとってあの頃の自分は初恋だったそうだ。
ならば、思い出は思い出としてそのままにしておこうと、彼女は思ったのだ。
だからこそ、大胆にイメチェンした。
過去の自分と真逆の方向へと生まれ変わろうとした。
あれだけ馬鹿をやらかしたのだから、真面目になろうという思いもあった。
結果、以前よりも支持されるようになったのだから、人生分からないものである。
その後、香奈実は清人やサッカー部に正式にお詫びをし、二度と迷惑を掛けない事を誓った。
今は学校でも真面目に勉学に励んでいる。
意外と、こういうのも悪くは無かった。
元々顔立ちは整っているので、以前ほどメイクに手間を掛け無くても問題なく、アクセサリーも盛る事は無くなったので、楽だった。
成績も大分良くなり、全てが上手く回っていた。
家族は自分の変わり様に驚いていた。
大分落ち込んでいた時もあったので、何かのショックでこうなったのだと思われ、心配された。
単に自分が馬鹿だっただけとは伝えた。
流石に家族に話すには、余りにも情けない話でもあったからだ。
妹は姉の姿にショックを受けたかもしれないが、もう少し時間が経ったら、自分の失敗談を語っても良いと思った。
……もっと早くその事を、話していれば、色々と変わっていたかもしれなかった。
ありがとうございました。
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