表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落令嬢は、来るはずのない想い人を待っている  作者: 藍野ナナカ
番外編『食べ歩き仲間は回想する』
7/8

(2)王子と庶民の出会い



     ◇◇


 私とオーレンの出会いは、七年前だ。

 「市場の物価研究」の名目で街歩きを楽しんでいる時に、屋台通りで一人の少年に目が止まった。

 年頃は私と同じくらいに見えた。十代半ばにしては背が高かったが、ひょろりと痩せていた。


 不健康そうと言うわけでもない。あちこちの屋台のために水を汲んできたり、通りやテーブル周辺を掃除をしたり、店先に立って販売をしたり、と忙しく動き回っていた。

 顔立ちはどこか異国的なところがあり、独特の整った容姿に惹かれて若い女性たちが集まっていて、少年が店番を始めると、すぐにその前にずらりと長い列ができていた。


 でもそれもよくあることのようで、全く慌てずに積極的に笑顔で対応しているし、周囲からは「次はうちに来い」と声がかかっている。

 どうやら、客寄せの役目も果たしているらしい。

 長い列をどうするのかと見ていると、その列をあっという間にさばいてしまった。計算が恐ろしく早い。優秀な商人見習いのようだ。


 だが、私は首を傾げてしまった。

 働き者の少年の手が、護衛たちの手に似ていたから。護衛たちは王国軍の中でも腕利きの騎士ばかりだ。そんな騎士たちと似ているということは、あの少年も剣を使うはずだ。

 しかしそれにしては異質に思え、私は護衛を振り返った。


「君は、彼を知っているかな?」

「初めて見る顔ですね。新しい騎士見習いではないでしょうか。今年は庶民出身者がいると聞いています」

「ふーん、詳しいね。つまり……その見習いは、ただの庶民ではないようだね」

「……その通りです。親が他国から流れてきた下層民だそうで、見習いとして認めるかどうかで、多少揉めたと聞いています」


 この護衛は本来は無口な男だ。貴族階級出身の騎士で、しかし庶民出身者を見下すような言葉は口にしない。そんな男がわざわざ「下層民」と称した。

 ならば「揉めた」と簡単に言ったが、多少どころではない勢いで紛糾したのだろう。


「よく見習いとして認めたな」

「推薦者が貴族だと聞きました。それに、複数の騎士が強く口添えしたようです」

「そうか。……それは興味深いな」


 下層民出身という少年は大きな荷物を抱えて走り回り、声をかけられれば笑顔で対応している。

 しかし、ある馬車が通りかかった時だけは笑顔を消していた。その馬車は貴族のもので、窓から若い令嬢が見えていた。

 その貴族令嬢を知っている様子ではない。ただ馬車を見送り、自分の手に目を落としてため息をつき、それからまた働き始める。

 その全てが興味深く見えてしまった。




 初めての区画で道に迷ってしまったのは、それから一ヶ月後のことだった。

 護衛とは完全にはぐれていた。王宮から抜け出した後に努力した結果だ。だが、少々本気になりすぎたようで、方向が全くわからなくなっていた。


「うーん、完全に迷ってしまったな」


 そうつぶやいてみたが、もちろん反省はしていない。ほのかに楽しい気分で周りを見回していると、荷物を運んでいる男を見つけて声をかけてみた。


「道を教えて欲しいんだが」


 重そうな荷物を肩に担いでいる男は、気楽に振り返ってくれた。しかし、私の顔を見た途端にぴたりと動きを止める。

 この反応は、私が何者かを気付いたようだ。兄上たちと違って、私の顔はまだ知られていないはずなのだが。

 意外に思いながら、私は笑顔で近寄った。


「すっかり迷ってしまったんだ。道を教えてもらいたい」

「……どこに行きたいんです?」


 その声は思っていた以上に若い。

 興味が増して、くるりと前に回る。目を逸らしている若い男の顔を見て、私は思わず嬉しくなって笑った。


「君は、屋台通りでいろいろな雑用をしていたね。騎士見習い、であっているかな?」

「違います。俺はただの荷運びです」


 荷物を担いだ少年は、目を逸らしたままつぶやく。

 否定されても、私が顔を見間違うことはない。ますます興味がかき立てられてしまったから、私は小声で質問してみた。


「騎士見習いにも手当は出ると聞いているが、少なすぎるのだろうか」

「……俺、忙しいんです。行きたい場所を言ってください」

「君、せっかちと言われることはないかい?」

「庶民はこれが普通です。大通りは向こうです。水場はこの先の角を左に行くと見えてきます。騎士たちの詰め所なら、来た道を戻って三つ目の角を右に曲がってください。それから……」


 方向を教えてくれた少年は、一度言葉を切って肩に担いだ荷物を軽く肩に乗せ直す。重そうな荷物だ。担いでいる体はまだ線が細くみえるのに、無理をしているようには見えない。

 普段から体をよく鍛えているのだろう。

 何より表情が大人びている。私をチラリと見てから、ため息混じりにつぶやいた。


「……めし屋は、これから俺が配達に行くところが美味いです」

「いいね! 私が知りたかったのはそれだよ! 案内してくれるかな?」

「では、ついてきてください。その代わり、絶対に脇道にそれないでくださいよ。俺は一人であなたを守るほどの腕はないですから」

「了解した。それで、君の名前は? 王国騎士団の騎士見習いだよね?」

「名乗るほどではありません」


 少年はすたすたと歩き出す。重い荷物を感じさせない軽い足取りだ。私は感心しながら後を追った。

 やがて、風に乗って食欲をそそるいい匂いがし始めた頃、少年は歩きながら少しだけ振り返った。


「……俺、生まれは庶民の中でも下層なんです」


 どうやら、これ以上ごまかすのは無理だと判断したらしい。

 護衛の騎士から話を聞いていたから、私は大きく頷いた。


「そういう生まれから騎士見習いになるのは、とても珍しいね」

「珍しいなんてものじゃないらしいですよ」


 気持ちを少しだけ開いてくれたのか、少年は笑ってまた前を向いた。


「でも、珍しいとかそういうのは、俺にとってはそこまで問題じゃないんです。騎士は貴族出身者が多いでしょう? そのせいで、見習いの給金のわりに用意しなければいけない物が多いんです。昔は騎士が養ってくれていたそうですが、今は給金制度になっていて、でも給金だけではギリギリで。だから生活費は空き時間に稼いでいます」

「なるほど。……騎士になるには、出身の身分を問わないという名目になっていても、まだ配慮が足りていないようだね」

「でも名目通りに、俺を受け入れてくれましたし、給金があるだけすごいとは思いますよ。まあ、そう言う訳で上層部には許可をもらっています。所属を明らかにしないという条件で、黙認してもらっている形です」

「そうだったのか」


 少年が否定し続けていたのは、そう言う理由だったのか。

 納得して頷いているうちに、めし屋が何軒も並んでいる場所に来た。しかし少年は通り過ぎていき、人が少なくなった辺りで、やっと足を止めた。


「ここが、おすすめのめし屋です」

「……何というか、意外に地味な店構えだね。それに……いや、なんでもない」

「人が少ないって言いたいんでしょう? 手前の店に客が取られているだけですよ。でも俺はここがおすすめです。美味いし、量も多いから。……おやじさん! 客が来たよ!」


 少年は入口で声をかけて、店に入ろうとする。

 しかしその前に私は騎士見習いの腕を掴んで笑顔を向けた。


「君の名前を、まだ聞いていないんだが」

「……知ってどうするんです?」

「今度から、外出には君を指名したいと思って」

「勘弁してくださいよ! 面倒なことに巻き込まれている暇はないんです!」


 少年の顔が、とても嫌そうな表情になった。

 ずいぶんと正直な反応だ。下層民出身と言っても、貴族というものに慣れているようだ。私の正体を知っていてこの態度というのも面白い。

 こういう態度は嫌いじゃない。


「私の友人になれば、出世するかもしれないよ?」

「口封じの可能性の方が高そうなので、俺は遠慮します」


 少年はうんざりとため息をつく。

 しかし私はますます楽しい気分になった。野心に目がくらまずに、最悪の未来も予想できている。頭の回転の速さと状況把握の正確さがなければ、こういう反応にはならないだろう。


「では、そのうち教えてくれ。いや、今はそれより、この店で何がおすすめかを教えてもらおうかな」

「王宮のような上品な料理でなくてもいいのなら、喜んで」


 ため息混じりの言葉は、全く下心がないせいで気持ちがいいものだった。



     ◇



 私が庶民出身の騎士見習いの名前を知ったのは、その後、おすすめの店や屋台を何度か聞き出した後のことだった。


「オーレンか。いい名前だね」

「どうせ知っていたんでしょう? あ、その肉にはそこのタレをかけてください。塩だけより美味いです」

「……このタレ、甘いのでは?」

「騙されたと思ってたっぷりかけてください。まあ、庶民の味覚なんで尊い身分の人の口には合わないかも……」

「おおっ、美味い! なんだこの不思議なハーモニーは! 以前食べた甘いタレをかけた肉串はもっと冒涜的な味がしたんだが、これは間違いなく美味い! 君のおすすめにハズレはないね!」

「一応、お貴族様たちの味覚は知っていますんで。でも、そっちの肉には合わないので、タレをかけるのはやめた方が……って遅かったか」


 止められる前に先走ってしまった私は、複雑な顔で黙り込んだ。オーレンは目を逸らして笑っていた。


 こういう会話を、私とオーレンは何年も繰り返した。

 要するに、私は「お忍び」を繰り返し、運悪く私に見つかってしまったオーレンは、呆れ顔をしながらも私の食べ歩きに付き合ってくれた。

 こういう付き合いの良さも、オーレンが人を惹きつけるところだろう。


 そして私の護衛兼案内役をすることは、意外に彼の出世の役に立った。

 秘密保持もできるということで、正式に騎士となる時に反対する声が減っていたのだ。最悪でも「手のかかる第三王子のお守り役」にしてしまえばいい、と考えたのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ