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没落令嬢は、来るはずのない想い人を待っている  作者: 藍野ナナカ
番外編『食べ歩き仲間は回想する』
6/8

(1)王子の祝福

番外編2です。本編を読み終わった後にご覧ください。全3話。


 いつものように、屋台通りを歩いていた私は、ふと足を止めた。

 人々が足早に歩く通りの向こう側に、簡素なテーブルが並んでいる。屋台で買った料理をそこで食べられるようになっているのだ。


 しかし、私が見ているのはテーブルではない。そこに若い騎士が座っていて、屋台の料理を山のように並べ、それをものすごい勢いで食べている。

 通りがかった人々は、王国軍の制服を見ると一瞬緊張する。

 しかし見事なほど旺盛な食欲に目を丸くして、表情を緩めていく。若い娘たちは熱い視線を向けていて、頬を染めながらくすくすと笑い合う姿があちらこちらにあった。


 あの騎士の周辺ではよくある光景だ。私も見慣れている。だからあの騎士は、間違いなく彼だ。

 嬉しくなって、私は人々の流れに逆らいながら駆け寄って行った。


「オーレンじゃないか! もう戻っていたんだね! 急に休暇を取ったと聞いて驚いたよ。久しぶりの故郷はどうだった?」


 テーブルの前に立つと、私を見上げたオーレンは何か言いたそうに眉をひそめた。だがそれを言葉にする前に、周囲をそれとなく見回した。

 人々の顔を見ているのだろう。食べていた時ののんびりした雰囲気が一瞬消えて、目は鋭くなる。

 これは騎士としての顔だ。

 しかしオーレンは、すぐに表情を緩めて苦笑を浮かべた。


「……俺が言うのもなんですが、護衛の皆さんは泣いてませんか?」

「私の護衛は優秀だから、このくらいは慣れていると思うよ」

「そうかなぁ……」


 オーレンは首を傾げる。

 だが第三王子である私が屋台通りを歩くのは、今に始まった事ではない。そのことはオーレンもよく知っている。だから、同情めいた視線を護衛たちに送るだけにとどめている。

 私は近くから空き樽を持ってきて、オーレンの前に座った。


「さて。何年も帰省していなかった君が、顔色を変えて休暇を取ったそうじゃないか。身内に不幸でもあったのかな?」

「家族は元気でしたよ」


 オーレンの声は静かだ。

 家族に問題がないことは本当なのだろう。


「では、何があったんだ。もしかして……君の大切なお嬢様の身に何かあったのかな?」


 そう聴きながら、微笑む。

 もちろん、オーレンの表情の変化を見落とさないように気を付けながら。

 だが、オーレンもこういう質問が来ることは予想していたようだ。表面上は平気そうな顔で頷いた。


「ソフィア様の身に変化がありましたが、それは解決しました」

「それならいいが。手助けがいる時は言ってくれ。君には美味しい店を教えてもらった恩があるから」


 冗談めかして言うと、オーレンは一瞬だけ複雑そうな顔をした。

 いつものように「店を教えるだけで恩なのか?」と悩んだのだろう。だが、彼も私の発言には慣れている。軽く眉を動かしただけだった。


「ありがたいお言葉ですが、問題はありません。でも、殿下に報告しておきたいことがあります」

「何だろう?」


 オーレンはすぐには答えず、目を逸らしてグッと麦酒を飲んだ。どうやら、何か言葉にしにくいことを言おうとしているようだ。

 少し待つことになるかもしれない。

 そう思ったのに、すぐに姿勢を正してまっすぐに私を見た。


「俺、結婚することになりました」


 多分、私は表情を変えなかっただろう。しかし、動揺を完全に抑えることはできなかった。瞬きがほんの少しだけ早くなってしまった。

 ……落ち着かねば。

 私はゆっくりと息を吸ってから口を開いた。


「オーレン、早まってはいけない。いくら自棄になったからといって、どうでもいい相手と結婚することは、君の性格には合わないと思う」

「俺もそう思います。だから、ソフィア様と結婚します。結婚申請書はすでに提出しました」


 今度は、表情を繕えなかった。

 離れたところにいる女性たちがひっそりと笑っていることに気付いて、やっと自分が口をぽかんと開けたままになっていることを悟った。

 きっと、今の私は隙だらけだ。


 だが、立ち直りが早いのも私だ。

 すぐに口を閉じて、テーブルに目を落とす。まだオーレンが手をつけていなかった魚の揚げ物に目をとめると、無造作に手に取って思い切りよくかじりつく。

 サクリ、といい音がする。

 美味い。味がするということは、夢ではないようだ。つまり……


「……オーレンが、噂のお嬢様と……そうか。そうなのか。そうだったのか。すごいじゃないか! 素晴らしいっ!!」


 最後は大きな声で叫んでしまったようだ。私が立ち上がった時には、周囲の目が一斉に集まっていた。

 だが、そんなことは気にならない。私は懐から取り出して、小さな革袋を一気に逆さにした。

 景気の良い音が響いて、テーブルに硬貨の小山ができる。それをざらりと広げてみたが、今日に限って小銭しか持ってこなかった。

 これでは足りない。

 だが手段はある。


 すぐに私は、周囲に溶け込みながら立っていた護衛のところへ走っていく。オーレンが見つけていた護衛は、突然近付いてきた私を見て驚きを隠せていない。

 この男は王国軍の騎士だ。腕が立つから私の護衛を担当させられている。だが、今重要なことはそんなことではない。

 私はにっこりと笑った。


「君、お金を出したまえ」

「……えっ? あの、それはどういう意味でしょうか?」

「いいから、財布を出せ」


 私が強めに命じると、騎士は反射的に金が入った袋を取り出した。しかし手に持ったそれを、この後どうするべきかと悩んでいる。

 私は笑顔でそれを奪い、さっそく中身を確認した。

 ふむ、悪くはない。やはり貴族出身者は普段から財布の中は多いようだ。だが、これだけではまだ足りない。

 私は近くにいるもう一人の護衛の元へ急いだ。


「さあ、君も有り金を全部よこすんだ!」

「えっ? いや、しかし……」


 戸惑いながらも、その護衛も財布をおずおずと差し出す。

 こちらもしっかりと充実している。悪くない。

 確か今日の護衛は三人のはず。私は先ほどオーレンが見ていたあたりを探して、その護衛からも財布を奪った。


「よし、これだけあれば足りるだろう」


 護衛たちはまだ唖然としている。その間に、私は再び屋台の前へ戻った。オーレンのいるテーブルに残していた金も回収し、私は屋台の主人たちの前の空き樽に、全ての金を積み上げた。


「あの、それは……?」

「料理を全て買い上げたい。これで足りるな?」

「そりゃあ、十分ですが」

「よし。ではどんどん作ってくれ。皆のもの! 今日は好きなだけ食べてくれ! 私からのおごりだ!」

「本当ですか、王子様!」


 通行人たちが歓声をあげ、顔見知りの店主たちはそそくさと樽の上の金を山分けしていく。

 私はいやそうな顔のオーレンを引っ張ってきて、肩をばしりと叩いた。


「私の食べ歩き仲間の結婚が決まったんだ。皆で祝ってやってくれ!」


 そう言うと、皆が一斉にオーレンを見た。

 オーレンが顔を赤くしながら目を逸らしているのを見て、全てを納得したくれたようだ。一段と大きな歓声が上がった。



   ◇



 王国と王都の平和を守る王国騎士団は、王宮の一画に本部がある。

 その中の一室で、騎士団長は深いため息をついた。


 今日、王都のある通りが大変な混雑になった。

 まるで祭りの日のように人が集まっている、と通報があった。慌てて駆けつけた騎士たちが見たのは、賑やかに歓声を上げながら飲み食いしている庶民たちだった。

 だが人の多さの割に混乱はなく、騎士たちは首を傾げたが、まだ非番のはずの同僚騎士が交通整理をしていることに気が付いた。


 いや、それだけなら騎士団長がため息を吐くことはない。

 騎士団長はちらりと手元の報告書を見た。

 報告書によれば、騒ぎの中心に笑顔の第三王子がいて、護衛たちが青ざめながら警護をしていた。どうやら、第三王子が屋台の料理を全て買い上げて振る舞っていたらしい。


 つまり……騒ぎの原因は、このお忍び好きな王子ということになる。

 眉間に皺を寄せたまま、騎士団長は顔を上げる。

 張り詰めた空気が満ちた会議室の中央に、笑顔の第三王子が優雅に座っていた。


「……殿下。一応お伺いしますが、いきなりあんな派手なことをした理由は何だったのです?」

「お祝いだよ。オーレンが結婚すると報告してくれたからね!」

「…………ああ、だからオーレンがいたのか……」


 全てを察してしまった。

 もう一度ため息をついた騎士団長だったが、第三王子はすっと真顔になった。


「オーレンはフランジ男爵の娘……いや、前男爵の娘と結婚するそうだね?」

「そのように聞いています」

「ならば、君には私の気持ちはわかるだろう? オーレンがどれだけ努力を続けてきたか、君はよく知っているはずだ」


 騎士団長は答えない。

 しかし、王子の言葉を否定することはなかった。

 王族への敬意のためではない。オーレンという青年が、今の地位に至るためにやってきた努力は知っているからだ。どれほどの壁を超えてきたかも見てきた。

 騎士団長だって、彼のための祝宴はいつにしようかと考えていた。第三王子に先を越されてしまっただけだ。

 そう思うと、ますますため息が出てしまう。

 せめて、どう嫌みを言おうかと考えていると、王子が穏やかに微笑んだ。


「君は、以前は私の護衛をしていたね」

「おかげさまで、忍耐というものを学びました」


 嫌みを込めて言ったのに、王子は笑顔で聞き流して優雅に肘掛けに手を置いた。


「オーレンを初めて見かけた時のことは、覚えているかな?」

「もちろんです。あの頃の殿下は、まだ『お忍び』と言う言葉の範囲を守ってくれていましたね」

「まあ、その辺りは置いておくとして」


 にこりともしない騎士団長の言葉に、王子は初めて目を逸らしたが、すぐに笑顔に戻った。


「あの頃、君はまだ若かったし、私も成人前だった。オーレンもまだ騎士見習いで、でもいつも働いていたね」

「……特例として、ですが」


 騎士団長はため息をつく。第三王子はもう一度微笑み、当時のことを思い出していた。


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