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没落令嬢は、来るはずのない想い人を待っている  作者: 藍野ナナカ
本編『没落令嬢は、来るはずのない想い人を待っている』
2/8

(2)年下の幼馴染


     ◇



 いつものように家を訪れたガストンさんに、ハールとの結婚の承諾を伝えた。

 ガストンさんはほっとしたような顔をした。

 すぐにハールもやってきたけれど、真剣な顔で声をひそめた。


「本当に、俺と結婚するつもりなの?」

「結婚しろと迫っていたのはあなたたちでしょう? ロイドが大きくなるまで男爵位は守らなければいけないから、利用させてもらうわよ」

「でも……ソフィア様は待っているんだろう?」


 どうやら、ハールはまだ私の嘘を信じているらしい。

 こういう気の良さがあるから、私はハールが嫌えない。恋人の件以外はいい人なのだ。


「本当は、私は誰も待っていないの。結婚を断るために嘘をついてしまったわ。ごめんなさい」

「……え、嘘? でも……」

「それより、あなたの恋人のことは私も知っているわよ。恋人さんが嫌でなければ、きちんとお迎えするべきよ。同じ家にいてもいいし、気になるなら別の家のままでもいいわ。だから、大切にしてあげて」

「……知ってたの?」

「知っているわよ。なぜ結婚しないのかは知らないけれど」

「だって……俺が結婚したら、ソフィア様に結婚を申し込めないだろう?」

「はぁ? 何よそれ!」


 私は呆れた。

 なのにハールはとても真面目な顔になって、でも少し不貞腐れたように目を逸らした。


「俺の家は金貸しだ。借金を盾に、ソフィア様に結婚を迫ることができる」

「実際にそうしていたわね」

「俺ならソフィア様を守ることができる。俺が結婚を申し込んでいる間は、他のクソ野郎どもは手を出せない。うちは庶民だけど、お金だけはあるからね! 家柄が欲しいだけの成金ジジイどもが来たことはあったけど、軽く足元を揺さぶったら青い顔で逃げ出したよ。ざまぁ見ろだ!」

「ハール。言葉が乱れているわよ」


 私はそう言ったけれど、ハールの横顔は真剣な表情のままだった。


 ……そうか。ハールは私を守ろうとしていたのね。

 自分の心と、恋人と、子供を犠牲にして。

 馬鹿ね。

 そんなことをしてもらう価値なんて、私にはないのに。


 でも、私はそんなハールを利用しなければいけない。まだ幼い異母弟ロイドと、義母アリッサと、フランジ男爵位を守るために。


「ありがとう。ハール。だから……結婚しましょう」


 ハールはグッと口を引き結んだ。

 そして、肩から力を抜いて、深いため息をついた。


「……わかったよ。手続きを進める。でも準備は簡単じゃないから、時間はまだかかるはずだ。もしその間に心が変わったら、その時はいつでも言ってね」

「変わらないわよ」


 私はそう言ったけれど、ハールは鼻の先で笑った。

 全く信じていないらしい。

 時々、ハールはとても腹が立つ。昔のままだ。



     ◇



 結婚の準備は、なかなか進まなかった。

 婚礼衣装用の布は準備しているのに、ドレスのデザインを一からやり直しているためだ。刺繍も、どこにどの模様を作るかを職人たちとハールが真剣に話し合うばかりで、なかなか進まない。


「そこまでこだわる必要はないわよ」

「いや、こだわる。ソフィア様が着るんだから、この世で最高のものにする必要があるんだ」

「無駄な出費だわ」

「必要経費だよ!」


 ハールはこの調子で、あらゆるものにこだわっている。

 ガストンさんは苦笑しているばかりで、息子の暴走を止めようとはしない。むしろ、ガストンさんもよくわからないこだわりを発揮していた。結婚申請用の紙を一から作り直して、どれにするかをじっくり吟味しているのだ。


 ——この親子、こんなにこだわりが強かっただろうか。

 これで、よく金貸しなんてやっていられるなと思うけれど、仕事になると極めて合理主義になるらしい。

 庶民のどこまでも上昇しようとする活力は、私のような没落貴族には理解できないようだ。


 義母アリッサは、私に何度も謝ってくる。

 そんな必要はないと何度言っても「私たちのために犠牲になるなんて」と泣いた。

 異母弟ロイドは「早く大きくなって、姉上を救い出します!」と言ってくれる。可愛いけれど、ハールは悪人ではないとしっかり教えなければ。

 そう思うのに、ハール自身が「早く俺を倒せるようになれ!」と煽っている。子供をからかうのはいい加減にするべきだ。本気にされたらどうするのだろう。


 そして私は、昔の屋敷に戻っていた。

 一度は別の商人の手に渡った屋敷は、ガストンさんが買い取ってくれていたようだ。結婚した後、私たちはこの屋敷に住むことになっていた。所有権は私のものになるらしい。

 この屋敷なら、ハールが恋人と子供たちを呼び寄せても問題はないだろう。庭も広いから、きっといい遊び場所になる。


 久しぶりの屋敷の内部は、全く荒れていなかった。

 それどころか、念入りに修理をされていた。グラグラして危険だった階段の手すりは、新しい部品に交換されてしっかりしていた。窓枠もほとんど全て交換しているようだ。隙間風がなくなり、開閉も楽にできるようになった。昔は開かない窓が多かったのだ。


 ただ、カーテンだけは昔のままだった。

 古びて色褪せているけれど、不自然なほど手付かずだ。ハールにどうするか聞いても「好きにしていいよ」としか言わない。

 私はこの古いカーテンが好きだけど……裕福な金貸しの後継者の家が、そんな古ぼけた内装でいいのだろうか。


「でも、そのうちハールが好きに変えるかもしれないわね」


 恋人さんの好みになるかもしれないし、子供たちが好きな色になるかもしれない。

 ハールが恋人さんと別の家に住むようになれば、この屋敷は弟のロイドが引き継ぐことになる。

 そうなったら、弟か、その妻となる女性の好みを反映することになる。その時にためらわずに済むように、古いままでいいのかもしれない。

 今日もそんなことを考えながら、私は前庭へと出た。



 何もないせいで、前庭はとても日当たりがいい。最近の流行りなら、美しい石像などを飾るらしいけれど、私はこの何もない昔風の姿に馴染んでいる。


 ここで、昔は父が子供たちに本の読み聞かせをしていた。

 昔の伝説、王様の話、守るべき法律の話もした。

 大人たちを集めて、効率のいい農作業の方法について話し合うこともあった。

 父も、子供たちも、大人たちも、皆が草の上に座っていた。そう言う時は簡単なお菓子を用意していたものだ。収穫の時期は、ここで農民たちに食事や酒を振舞った。


 騎士たちが新しい就職先へと旅立った日は、私はここでみんなを見送った。オーレンが何度も何度も振り返っていたことを覚えている。

 あの頃のオーレンは背は伸びていたけど、騎士たちに比べるとまだ細かった。

 あれから何度か手紙が来て、王国騎士団に入ったことは知っている。父が亡くなった時は、丁寧なお悔やみの手紙が届いた。でもそれっきりだ。今は何をしているのやら。


「……私より二歳下だから、オーレンも二十三歳になっているわよね。早ければ結婚していてもおかしくないかな」


 王国騎士団は、若い女性たちに人気があると聞いている。

 オーレンは低い生まれだけど、異国の血が入っているせいか独特の雰囲気があったし、顔立ちも整っていた。

 きっと女性たちが放っておかない。

 この屋敷に通っていた頃だって、メイドや出入りしていた街の娘たちが騒いでいたから。


 それに引き換え、私は行き遅れの二十五歳。

 ガストンさんやハールの厚意で、なんとか体面を保っている没落貴族だ。使用人を使っていなかったから手は荒れているし、化粧っ気のない肌もガサガサ。髪も手入れが行き届いていなかった。

 でもここ最近は、ハールが用意した美容液などのおかげで、少しだけきれいになりつつある。

 ハールは、本当によく気がつくいい人なのだ。


「私なんかと結婚するのは、もったいないわよね……」


 つい、そんなことをつぶやいてしまった時、遠くから馬が駆けてくる音がした。

 あんなに走らせているなんて、この辺りでは珍しい。

 どうしたのだろうと目を向けると、ものすごい勢いで馬を走らせる騎士が見えた。鮮やかな色のマントが翻っている。

 王国騎士団の制服だ。


 そう気付いた瞬間、私は立ち尽くしてしまった。

 なぜ、ここに王国騎士がやってくるのだろう。……まさか。いや、そんなはずはない。


 心臓がうるさいほど早く打っている。

 私が混乱している間に、騎馬は屋敷の敷地に入ってきた。一応、門にはハールが派遣してくれた人がいる。でも王国騎士団の制服を見て、慌てて門を大きく開いていた。


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