天罰と餓鬼
「それじゃ行くっすよ」
鍋を抱えたまま、バッツィーが車を飛び出すと、外は薄暗い山中だった。
車一台分の広さしかない道路、その脇の落ち葉が積もる路側帯に白いバンが停まっているのがわかる。
その脇に小道が続いており、全く人が通らないわけではないが、さりとて観光地のように整備されてもいない、そんな石段があった。
「えっとぉ~、この先にそのイシガミジゾーがあるみたい」
「カレーが冷めちゃわないうちに行くんゴ」
カメラに映る二人と、たり蔵の三人は上機嫌で会話しながら、石段を登って行った。
石段と言っても、足をかける部分にだけ石が埋められた簡易的なもので、またさほど長い道でもなかった。
すぐに開けた場所についたが、公園だとしても狭すぎるスペースだった。
まさに、地蔵様を祀るための広場としか言いようがなく、奥には簡素な地蔵堂が建立されていた。
カメラの性能か配信環境の都合か、お堂の中に地蔵らしき影は見えるが、暗くなっていてよくわからない。
「イシガミジゾーってアレっしょ?」
指をさすアターシャ。
普通、神仏を指さすのは心情的に憚られるが、彼らにそんな感覚は無い。
「とりま、口見りゃわかるっしょ」
とてとてと歩いていくアターシャ。
「うえ」
アターシャが声を漏らす。
「なかなかインパクトあるンゴ」
画面に映った地蔵の異様さに、チャット欄も色めきだつ。
1.5mほどの高さがあり、普通の地蔵より大きめだが、必ずしも見かけないサイズではない。
異様なのは、その像の見た目であり、地蔵というよりは不動明王だった。
憤怒の相で象られたその像の口は、怒りに食いしばられており、その上下の歯の間に、いくつもの石が詰まっているのだった。
チャット欄には「こんな地蔵観たことない」、「地蔵じゃないんじゃ」、「不動明王なんじゃ」、「不動明王像なら倶利伽羅剣や炎も彫られているはず。この像は明らかに違う」、「じゃあ何」、「怖い」と、様々なコメントが流れて行く。
そんな不穏な空気に気付かずか――コメントを拾うスマホを手元に持っていないからかもしれない――バッツィーは無造作に像に近づいていく。
「ちょいカレー持ってて。オナシャス」
「らじゃ」
バッツィーはカレー鍋をアターシャに渡すと、地蔵の口から石を外し始めた。
「カレーを振舞うにも、まずは石どかさないとね。ワイ、やさしい」
自画自賛しながら、石をどかしていく。
そして、地蔵の口が開くと、ちょうど人の手が入りそうな大きさなのが見えた。
チャット欄にももう気づいている人間がいる。
「ローマの休日きた」と。
案の定、バッツィーはその口に手を突っ込んだ。
「あだだだだだだだだだだ!!」
安い演技をするバッツィーに、他の2人も苦笑しているのがわかる。
バッツィーは半笑いのまま、手を取り出した。
長袖の下に、当然手は隠してある。
だが、種が割れているので、茶番は明らかだった。
「なんちゃって」
そういって袖から出された手は、何ともなっていない。
「ホラー映画だったら死んでたンゴ。それ期待してたアンチ、残念だったね。ねぇ、いまどんな気持ち?」
「煽りすぎっすwww」
げたげた笑う3人。
流石に身内ノリがキツいものがあるが、チャット欄もファンとアンチで反応は真っ二つになっている。
「そんじゃ、カレーを振舞って行きますお」
身勝手なことを言いながら、バッツィーがおたまにカレーをすくう。
チャット欄は「やめろ馬鹿」、「今回はヤバいって」と止めるコメントもあれば、「やれやれ」と煽り立てるものもあってカオス状態。
果たして、バッツィーはカレーを地蔵の口に流し込んだ。
カレーがきちんと入るはずもなく、地蔵の口の周りは汚れてしまっていた。
「美味しいお?」
「傘地蔵みたいに、バッツィーさんが困った時に助けに来るんじゃないすか?www」
「それ!wwww」
げらげら下品に笑う3人。
しかし、彼らが笑っていられたのはその時までだった。
突如、激しい地震が彼らを襲った。
「うおおおお!?」
「きゃあ!?」
先ほどの茶番と異なり、本気の叫び声が響き、カメラが激しく揺れる。
チャット欄も大混乱だ。
「祟りだ!!」、「バチ来た!!」、「地震だろ!」、「地震速報来てないんだけど」、「どこの地震?」、「黒森県住みだけど揺れてないぞ」、「やばい」、「どっちにしろ避難して」etc……。
彼らにスマホを出してコメントを拾う余裕などあるわけもなく、立つことも出来ないほどの揺れで、這いつくばるばかり。
と、石噛地蔵が大きく揺れている。
「やべえ!!」
キャラを忘れてバッツィーが叫んだ時にはもう遅かった。
石噛地蔵が這いつくばるバッツィーの上に倒れて来た。
「ぐえっ!?」
「キャアアアアアアアアアアアアア!!??」
「有田さん!? 大丈夫っすか!?」
たり蔵が思わずバッツィーの本名を叫んでいた。
そんな彼も、激しい揺れでまともに動けず、助けに行けない。
バッツィーは石像の重さに、肺の空気が全部押し出されたのか、金魚のように口をパクパクさせていた。
口の端からは血の泡がぶくぶくと零れている。
更に、地震による揺れで、石像はバッツィーの体の上を転がった。
「ぷぎゃおえ」
まるで、整地ローラーに巻き込まれるように、バッツィーの体が潰れていく。
大半の視聴者もここに至って、これがヤラセではないことを確信した。
救急に通報したというコメントが並び、中には近所だから車で向かうというものもあった。
だが、「祟りキターーーーー!!」、「ざまぁ」、「wwwww」といったコメントが滝のように流れて行く。
そう、このチャンネルの視聴者の大半は、罰当たりボーイズの乱行が観たかったのではない。
彼らがいつかバチが当たって、破滅する様を観たかったのだ。
それを今か今かと待ち続けている餓鬼のような人間たちだった。