ユウキ・ハンクの恋
よろしくお願いします。
彼女、イングリッドの第一印象は、きっちりと纏められた燃えるような赤毛でも、そばかすの浮いたきつい顔だちでも、小柄な体つきでもなく、とにかく仕事の出来る侍女だな、というものだった。
私がイングリッドを初めて見たのは、城の外交部専用の客間でだった。
当時、私は城の文官として2年働いた後、人当たりの良さを買われ、外交部へ引っ張られてきて3年になった頃で、その日は、さる国の大使が国と国の商談の打ち合わせにと、外交部を訪れていた。
外交部は仕事柄、客人が多い。国内の貴族達はもちろん、外国の大使、事務官等も訪れ、侍女達にお茶の用意を頼む事は多く、その大使との席で、お茶を淹れに来たのがイングリッドだったのだ。
客間に現れたイングリッドの外観は、赤毛という以外は目立つ所はなく、雰囲気も地味で、廊下ですれ違ったくらいでは特に印象に残らなかっただろう。
しかし、この赤毛の地味で小柄な侍女は、大きくもなく小さくもない絶妙なノックで来室を告げると、カートとともに滑るように部屋に入り、とても美しく、かつ素早い所作で紅茶を淹れた。
ここまで流れるように、優雅にお茶を淹れる侍女は中々いない。私も大使も、思わず彼女の動作に見いった。
そして、用意された茶葉や、菓子は、大使の好みのもので、茶器は大使の国のシンボルカラーが入っているという徹底ぶりだった。
少しやり過ぎじゃないか、、、、すごいな、この侍女、とイングリッドの仕事ぶりに驚いている私の目の前で、大使はとても満足そうだ。
イングリッドはというと、満足気な客人を確認して、無表情にとても小さく頷く。
本人としても、満足のいく仕事が出来たようだ。
小さく頷いた後、これ以上は商談の邪魔になるからなのだろう、イングリッドはさっと気配を消して、壁際に控えた。
すっと背筋を伸ばし、客人にいつでも対応出来るように構えているが、空気のように部屋に溶け込む事も忘れていない。
この侍女、真剣に働いているんだなあ、と私は感心した。
有能で、自分の仕事に誇りを持っている女性。
それが、私のイングリッドへの第一印象だった。
外交官は、人付き合いが全てのような仕事だ。
私、ユウキ・ハンクは、ハンク伯爵家の次男として、真面目な兄の下で明るく気楽に育ち、しかも下の兄弟特有の、あざとさ、も持っていて、恥ずかしながら顔立ちも愛らしかったので、幼い頃から大人達のご機嫌取りは得意だった。
そのおかげで、外交官として要人達と付き合う事は苦ではなかったし、多くの人と関わり合うのは楽しく、私の性分はこの仕事に向いていた。
女性達と表面上の付き合いをするのも上手かった。
要人のご令嬢と楽しくお喋りするのも、城の侍女達と仲良くしておいて、来客時に細かいお願いが通るようにしておくのも得意で、先輩方からは、「ハンクは女の子の扱いが上手いな」とよく言われていた。
今回もいつもの私なら、初対面のイングリッドとお近づきになって、その仕事ぶりを褒め、改善して欲しい所をやんわり伝えたりする所だったのだが、イングリッドはそんな必要が全くない完璧な仕事ぶりだった。
「あの、赤毛の侍女、手際がとても良かったですね」
初めてイングリッドを執務室で見た後に、それとなく、同席していた先輩に彼女について聞いてみた。
「ああ、イングリッド・リーン子爵令嬢だよ。侍女になって3年らしい。あの子、愛想はないけど有能で、お茶については、相手の好みの温度まで調整して出してくるらしいね」
先輩はそう言い、私はイングリッドの名前とその有能さを知る。
その後、何度かイングリッドにお茶の用意や、言伝をお願いする機会があったのだが、イングリッドはどれも完璧にこなした。
すっかりイングリッドを気に入ってしまった私は、当時の侍女長とも親しかったので、客人へのお茶をお願いする時、イングリッドを指名するようになる。
イングリッドはいつも、最低限の会話だけして紅茶の用意をし、下げる時もきちんとやって来て、ほとんどしゃべる事もなく、さっさと自分の仕事をした。
彼女の無言は、慣れると心地よかった。
客人の相手が終わり昂っている時に、その部屋の中で、無駄なく動くイングリッドが居て、カチャカチャと速やかに回収されていく陶器の音だけが聞こえていると妙に落ち着いた。
そんな風に、私は彼女に慣れていき、私がいつも指名するせいか、イングリッドも、私にはほんの少し気安い雰囲気(城内ですれ違うと、目礼される程度の気安さだ。それでも、イングリッドの普段の愛想の無さから考えると破格の気安さだ)を出す事があって、それがちょっと嬉しかったりもした。
そんな時、ふと、本当にふと、彼女の手がきれいな事に気付いて、ほとんど無意識に褒めた。
褒めた事に他意はなかった。女性の美しい部分に気付くと、それを褒めるのは、もはや癖だったからだ。
イングリッドの手は、小柄な体の割にはすらりと指が長くきれいだった。
「イングリッド嬢の手は、とても綺麗ですね」
私は息をするように、彼女を褒めた。
この時、初めて“イングリッド”と名前を呼んだのだが(私達は、「こちらでよろしいですか?」「ええ」くらいの会話しかした事がなかった)、ファーストネームで呼んだのも、女性と距離を詰めるためのただの癖だった。
私の言葉に、イングリッドは、がばり、と私を見た。
いつも無表情か、外向けの薄い微笑みくらいしかしないそばかすの浮いた顔は、彼女の髪の毛のように真っ赤で、いつも眼光鋭い瞳は困ったように、でも嬉しそうに輝いている。
イングリッドのそんな顔は初めてで、私は、しまった、と思った。
しまった、こんな風に気軽に褒めるんじゃなかった。
息をするように軽く褒めたのに、顔を赤らめるイングリッド。
私は、もっと、きちんと彼女を褒めるべきだった、と後悔した。
「すまない、その、驚かせるつもりでは、、、」
少し、慌てて謝罪すると、イングリッドは元の顔色に戻った。
「いいえ、こちらこそ、すみません」
イングリッドはそう言うと、いつもよりも素早く茶器を片付けて部屋から出ていった。
何とも言えない、少し甘いような気もする空気がしばらく部屋に残ったが、その後も、私達2人の関係は特に進展も後退もしなかった。
元のほとんど無言の関係に戻り、私は変わらず彼女を指名出来る時は指名して、イングリッドは完璧な仕事をした。
転機は、その半年後に起こった。
私の兄が、踊り子の女性と駆け落ちして、家を出たのだ。
1ヶ月後に、兄は見つかったが、相手の女性は妊娠していて、しかも、真面目で責任感の強い筈の兄は、家を捨てると仰天の発言をし、頑なに家には帰らないと言った。
伯爵である父は、激昂し、狼狽し、何とか兄を説得しようともしたが、兄は聞き入れず、ハンク家としては、とりあえず兄と女性の体面上の結婚は成立させたが、爵位の継承者から兄を外す事となる。
そうして、次男として、気ままにのんびり過ごして来た私に爵位の継承権が回ってきてしまい、兄の駆け落ちにすっかり怖じ気づいた父は、後継者となった私の結婚を急いだ。
「仕事は好きに続けたらいいが、身は固めておけ」という訳だ。
さっそく父から、家柄や年齢等を考慮した、候補の令嬢達の釣書を見せられて、せっつかれる。
そして、その中に居たのだ。
イングリッドが。
見合い用の絵姿だというのに、いつも通り、きつく纏められた赤毛で、こちらを見つめているというよりは、睨んでいるイングリッドが。
「おいおい、なぜ睨んでるんだ」
私は思わず、苦笑しながらイングリッドの絵姿にそう言ってしまった。
父に、イングリッドとの話を進めて欲しい、と言うと、とても意外そうにされた。
「お前の趣味ではないようだが、爵位も低い」
父がそう驚くのは尤もだった。
私が社交界で仲良くしてるのは、華のある分かりやすい美人達ばかりだったからだ。
私としては、美人はもちろん好きだし、褒めやすいから楽なのと、言い寄られる事が多い彼女達は私に本気になる事もなく、仲良くするのにちょうど良かったからなのだが。
「気位の高い方は、気を遣うので妻としては好ましくありません。リーン子爵令嬢は仕事で一緒になった事がありますが、有能です。リーン家は裕福だから、こちらからの支援等も気にせずに済みますしね」
「そこはお前らしい、割りきった考え方だな」
父は納得して、イングリッドとの縁談が進められた。
互いに知っているからと、顔合わせ等は全て省略したので、イングリッドとは、神殿の夫婦の誓いの前に、控室で対面する事となった。
控室で対面したイングリッドは、いつもはきつく纏めている赤毛を後れ毛を残して緩やかにアップにし、顔にはそばかすを活かすような薄い化粧がされ、胸のすぐ下で切り返しがあって柔らかく裾が広がるエンパイア型のウエディングドレスを纏っていて、何というか、びっくりするくらい可愛らしかった。
エンパイア型のドレスは、小柄な彼女にぴったりで、ベール越しの瞳は、緊張からか少し潤みながら私を見上げていていじらしい。私は褒めるのも忘れて彼女に見いった。
「ハンク様が、私を望まれた理由について聞いております。身の程はわきまえておりますので、ご安心ください」
無言の私にイングリッドは、そう告げる。
それを聞いて、私はさあっと血の気が引いた。
イングリッドとの結婚が決まり、外交部の先輩達から「なぜ、リーン嬢なんだ?君ならいろいろ選べただろう?」と聞かれて、父に伝えた事と同じ事を伝えていたのだ。
イングリッドはそれをどこかからか、聞いたに違いなかった。
「夫婦となるのだから、ユウキ、と呼んでください、イングリッド」
私は何とか、そう言うのがやっとだった。
神殿での誓いの後、ハンク家で結婚の宴を開き、宴後に夫婦の寝室へと向かう。
ベッドには、初夜の身支度をしたイングリッドがちょこんと、腰かけていた。
その隣にそっと座る。
「その、、、無理になさらなくても、大丈夫です」
とても小さな声で、イングリッドは言った。
むっとしたのは、イングリッドにではなく、彼女にこんな事を言わせた自分にだったのだが、とにかく私はむっとした。
「これは、夫としての義務です。あなたも妻としての義務は果たしてくださいね」
そう言って、彼女の髪に触れた。
燃えるような赤毛は、ふわふわと下ろされていて、とても柔らかい。
私は、不安気にこちらを見上げるイングリッドに優しく口づけをして、抱き締めた。
一晩を過ごしてからも、私とイングリッドの距離は縮まる訳でもなく、私達は城の執務室でのように淡々と夫婦として過ごした。
夜を過ごす時は、それなりに愛を囁いて、その時だけ私は彼女を「インガ」と愛称で呼んだ。
仕事の間は、さすがに城内で妻にお茶を頼むのは気が引けたので、私は他の者にお茶だしをお願いするようになる。
イングリッドは、伯爵夫人として最低限の社交をこなし、家事も上手くまとめながら侍女を続けた。
イングリッドとは屋敷でも会話は少なかったが、私への気遣いは伝わってきたし、あまり得意でない筈の刺繍を刺してくれたりもして愛らしく、それにお礼を言うと、はにかんで笑った。
徐々に、本当に徐々に、イングリッドの笑顔が増えてきて、私が幸せを感じだしていた結婚2年目のある日だった。
私にとって、青天の霹靂の事件が起こる。
「離縁してください」
休日の屋敷の喫茶室で、イングリッドは彼女の署名が入った離婚届けを出してそう言ってきた。
「なぜだ?」
とにかくびっくりして、私は聞く。
私は、イングリッドと少しずつ距離が縮まっていると思っていたのだ。こんな申し出をされる覚えは全くなかった。
「結婚して2年になりますが、子が出来ません。私ではハンク家の夫人としての義務が果たせないようです」
「子供は、養子を取ればいい」
何がなんだか分からないまま、イングリッドを失いたくなくて、そう主張する。
「私は外交官の妻であるのに、社交も得意ではありません。髪の毛はちりちりの癖毛で、顔にはそばかすもあるし、背も低く、夜会では見映えもしません。ユウキ様も私を伴っては参加されないでしょう?
会話を続けるのは苦手ですし、愛想も良いとはいえません」
「しかし、」
「元々、身の程はわきまえております。義務を果たせないなら身を引くべきだという結論になりました。優しいあなたにこれ以上のご迷惑はかけられませんし、私はこれで失礼いたします」
イングリッドはぺこりと頭を下げると、離婚届けを置いて、さっさと部屋を出ていこうとする。
私の頭は大混乱だった。
義務が果たせない?何を言ってるんだ?
もはや私達は、そういう義務を感じるような間柄ではないよな?
ご迷惑はかけられません?
迷惑を感じた事はない。結婚の初日からずっと可愛いと思っていたのに、迷惑だと?
しかも、何でそんなにあっさり去って行けるんだ、未練とかないのか?
あの刺繍は何だったんだ?私の為に頑張ったんだよな?そうだよな?
そして、私は何より、イングリッドを離したくなかった。
この時、私は、やっと気づく。
私はイングリッドを愛しているのだと。
「待ってくれ、嫌だ。離縁はしたくない」
私はそう言って、イングリッドの腕を必死に掴んだ。
私のイングリッドへの想いと、イングリッドの私への想いに、かなり隔たりがあるのは悲しかったが、彼女を失うのは絶対に嫌だ。
私のものだ。
離すものか。
「あなたのその赤毛、綿のようで柔らかくて好きなんだ。
そばかすの残る頬や鼻の頭は可愛いし、そこに朱が散る様子も好きだ。
私にすっぽり包まれる小柄な体は、本当に堪らない。
言葉は少なくても落ち着くし、たまにしか笑わないから、そこがいいんだ。イングリッド、私は君を、愛しているんだ」
私は無我夢中で、愛を告白した。
もっと早く、こうしておくべきだったんだ。
ちゃんと、告白してイングリッドを繋ぎ止めておくべきだった。
遅すぎる告白だが、でも、今からでもやらないよりはマシだ。
イングリッドは、私に情くらいは感じている筈だから(だって、苦手な刺繍を刺してくれたんだぞ、きっと情はある)、憐れに思って止まってくれるかもしれない。
彼女の手を取り、項垂れる。
「夜会にあなたを伴わないのは、あなたが苦手だと知っているからだ。お願いだ、インガ、私から離れないでくれ、愛してるんだ。妻にと、あなたを求めたのも、愛していたからなんだ」
しばらく経っても反応がないので、顔を上げると、真っ赤になったイングリッドが居た。
「インガ?」
「あっ、、、す、、、、て、、、」
倒れるんじゃないかと心配になるくらいに、顔から耳から首まで赤くして、イングリッドが途切れ途切れに何かを言う。
「大丈夫かい?驚かせてしまい、すまない」
私は慌てて、イングリッドの手を離す。
イングリッドは今や、目に涙を湛えて、ぶるぶると震えていた。
「イングリッド?具合が悪いのか?誰か呼んで来よう」
離れようとした私を、今度はイングリッドが掴む。
「あなたがすきなのはわたしのてだけだと」
俯いて、真っ赤になったイングリッドが早口で言った。
「え?」
聞き返した一瞬後で、私はイングリッドが何を言ったのかを理解する。
あなたが好きなのは、私の手だけだと
「手?手もきれいだが」
「わたしもあいしています」
俯いたままでイングリッドが言う。やっぱり早口で。
私は、今回は言われた側からその内容を理解した。
「、、、、、本当に?」
呆然とそう聞くとイングリッドが、やはり俯いたまま、こくこくと激しく頷く。
その様子は我慢出来ないくらいに可愛いらしいが、激しく抱き寄せるのを何とか堪えて、私はそっとその肩を抱いた。
「なら、離縁はなしですね」
また、イングリッドが、こくこくと頷く。
「なぜ離縁を?」
「これ以上お側にいては、身の程をわきまえられなくなりそうで、、、」
「イングリッド、顔を上げてください」
私が言うと、イングリッドが私を見上げる。
「あなたを愛しています」
「私もです」
私達はそっとキスをした。
あの、青天の霹靂から十何年。
私とイングリッドは仲睦まじい夫婦のままだ。
十何年の間に、私の外国への数年にわたる赴任が2回あり、その合間に爵位も継いで、外交部では副長官にもなったが、私達の仲は変わってない。
会話は少し増えて、笑顔は格段に増えたが、基本的には変わらない日常だ。
そして、外交官の私は、年単位や月単位で家を空ける事が多く、久しぶりに顔を合わせる新鮮さからか、同年代の夫婦に比べると私達はずいぶん初々しいのではないか、とも思う。
子供がいない、というのも、初々しさの一因だろう。私とイングリッドは結局、子供には恵まれなかった。
兄夫婦の所は子沢山なので、ゆくゆくはそこから養子を迎える事になりそうだ。(兄は、後継者としての父からのプレッシャーに参っていたようで、駆け落ち後は、まるで別人のように朗らかに楽しく暮らしている)
イングリッドはもう何年も前から、自分の裁量で使える金を融通して、兄の子供達にきちんとした教育を受けさせている。そういう部分は、抜かりのない妻なのだ。
そんな抜かりのない妻は、城でもきっちり出世して、今では“鉄の侍女長殿”として、若い人達には恐れられている。
本日も、外交部の執務室で若い外交官達が、イングリッドの話をしていた。
「午後は、鉄の侍女長殿の所へお願いしに行くんだよ、気が重いな」
「あー、あの人、厳しいもんな」
私とイングリッドの結婚は、結婚当初は少し話題になったが、城内で馴れ馴れしくする事はないし、私も特に話さないので、私とイングリッドが夫婦である事を知らない人は結構多い。
イングリッドは今や、社交は全て私の母と妹に任せっ切りで社交界には全く出ていないし、旧姓のままで働いている事もあって、若い奴らは特に、彼女をオールドミスだと思っている。だから、私の前でも堂々とイングリッドの噂話をする。
2人の外交官はイングリッドの厳しさについて、少し語り合った後、その内の1人が言った。
「そういえば、騎士達が、侍女長殿を何て呼んでるか知ってるか?」
うん?何て呼んでるんだ?
「野ざらし釘殿、だってさ」
それを聞いた、2人の近くの古参の外交官が、さーっと2人から距離を取る。
「野ざらし?」
「外で風雨に打たれて錆びた釘」
「あー、あの赤毛が、錆びって事か」
「そして、ちっこいから、釘」
「なるほどなあ、上手く言うな」
そうか?
距離をとった古参の外交官が、私をそーっと見てくる。
「風と雨でぱっさぱさだしな」
は?
「いや、でもあの人、肌のきめとか細かいよ。手もきれいなんだよな」
はあ??
「何だよ、年増が好きなのか?」
、、、、、、、、。
「そうじゃなくてさ、だから、恋人とか普通に居るんじゃないかなって」
私だ。
「居るわけないだろ、誰が鉄の侍女長殿に惚れるんだよ」
私だ。
古参の外交官は、もう部屋を出ようと、すーっと腰を浮かしている。
「君達、」
私は怒鳴り付けたりはしなかったが、品位のない私語をきつく嗜め、ものすごく、ものすごく、面倒くさい仕事を割り振ってやった。
そしてそんな、ちっこい赤毛の、肌が滑らかで手もきれいな私の妻はその日、夕食にヘビのスープを出してきた。
「インガ、これは、、、、?」
ご丁寧に、ヘビの頭と尻尾が皿の縁から少し出るように盛り付けられ、臨場感たっぷりのスープを前にして、私の顔はひきつる。
「ユウキ様は今度、辺境の少数民族の集落に行かれますよね。彼の地ではヘビやカエルで客人をもてなすようです。耐性を付けておいた方が良いかと思いまして」
向かいに座った妻は、淡々とそう言う。
どうやらイングリッドは、私が近々仕事で訪れる予定の、辺境の地での歓待を心配して、このメニューを作ってくれたようだ。
「使用したスパイスはちゃんと薬草店で購入しましたし、城の図書室にあった専門的な本に従って作ったので、味は大丈夫です」
イングリッドは、私用で図書室を利用してしまいました、とぽそりと付け加える。
「君は食べたのか?」
「味見だけしました」
「ふむ、、、、」
私は、ヘビの顔を見る。
しゃーっと口を開けて、こちらを威嚇している。
すごい迫力だが仕方がない、妻の厚意を無駄にする訳にはいかない。
雛鳥の丸焼きや、虫料理なら異国で食した事はある。ヘビも何とかなるだろう。
私は、臨場感溢れるヘビのスープに挑んだ。
見た目はかなり迫力があったが、食べてみると少しぴりっとして、スパイシーで美味しい。ヘビも歯応えがしっかりしていて、なかなかいける。
それをイングリッドに伝えると、嬉しそうにニコニコした。なんて可愛いらしいのだろう。
ヘビの臨場感とは真逆の和やか夕食となったのだが、この後、問題が1つ起こった。
ヘビのせいなのか、スパイスのせいなのか、このスープには夜のそういう作用があったようだ。
その夜、私は体が火照って困る事になり、私はもちろん、イングリッドにその責任を取ってもらった。
翌朝、少し気だるい体を起こし、隣で眠るちっこい赤毛の妻を見ながら、現地でのヘビのスープには気をつけよう、と私は思った。
お読みいただきありがとうございました。
「小説家になろう Thanks 20th」参加作品です。
主人公は拙作に、ちょい役で書いてた人なのですが、名前がたまたま、企画のキーワード「勇気」だったので、作者が温めていた背景を短編で書きました。
楽しんでもらえたなら、嬉しいです。




