夢の種
世界から『あるもの』が消えた。
だけど、最初は誰も気づかなくて、「よく寝た」だとか、「もう朝か」だとか、みんなのんきにつぶやいていた。
そんな日が一週間続いたある日、ニュースが流れた。
「世界から夢が消えました」
って。
そしたら世界中大パニック。
総理大臣や大統領たちが集まって一生懸命会議をしたけど、みんなどうしていいのかわからない。天才科学者が百人くらい集まって話し合ったけど、やっぱりわかんない。
いつからなくなったのか。気が付いたら見なくなっていたからわかんない。
どうして見なくなったのか。健康な人も見てないから病気ではないみたい。
それで何か影響があるのか。ないかもしれない。そう結論をだした。
これにて解散。無事解決。
なんてことはなかった。
夢を見なくなったのは、寝ている時だけじゃなかった。
起きてるときも、自分の夢を見失っていたんだ。将来の夢も、大きな野望も、全部。
それこそ大パニック。だけど、次第にみんなこう思い始めたんだ。「別にいいや」って。
僕もそう思い始めてた。もういいのかなって。
だけど、違和感を覚えたのはそれからだったんだ。
街中で重たい荷物を運ぶおばあさんも、道に迷った外国人も、スマホを落とした会社員も、困っているのは見えるのに、誰も助けようとしないんだ。
学校に行くときにみんなを助けたら、遅刻しちゃった。いいことしたと思ってたんだけど、僕は何故か叱られたんだ。
「それは自己責任だからほかっておけばいいの」
おばあさんも、そんな荷物を運ばなければいい。台車か何か使えばよかった。
外国人も、先に道を調べておけばよかった。
会社員も、大事なものなら落とさないようにしておけばよかった。
全部、自己責任。
「もしそれで危ない人だったらどうするの?」
先生の言うことも、一理ある。
「ごめんなさい」
僕は、謝ることしかできなかった。でも、胸の中はもやもや。
帰り道、黒いスーツに黒いネクタイのノッポなおじさんに会った。
「少年! 夢はいらんかね?」
なんと、夢を売ってる人だった。
「ごめんなさい。変な人と関わっちゃいけないので」
今日、先生に怒られてばかりだから、丁寧にお断り。
「むむっ! その通りだ。でもでも、貴重な夢だよ?」
怪しげなジュラルミンケースをバンバンと叩くおじさん。
「そんなに貴重なら、もっと欲しい人に配ったらいいと思います」
「それはダメだ」
おじさんは首を横に振った。
どうしてと尋ねれば、
「これは、渡せる人にしか渡せられないんだ」
そう言って、ケースの中を見せた。
「わぁ」
ケースの中には、キラキラ輝く一粒の石ころ。
「これは石ころじゃないよ。夢の種さ」
その粒をおじさんは僕に握らせる。
「お代は実一つ。後払いで結構」
そんなこと言われても、育て方なんて知らない。
「大丈夫。君なら育てられるよ」
そう残して、おじさんはどっかに消えたんだ。
僕はさっそく、庭に埋めて水をあげる。
お母さんからは、「変なことして」と言われたけど、気にしない。だって、僕が気になっているだけなんだから。
数日して、夢の種は芽を出した。
これにはお母さんもびっくり。
学校帰り、またおじさんに会った。
「順調かい?」
「うん。芽が出たところ」
そう伝えると、おじさんは満足そうにうなずいた。
「このまま、大事に育てるんだよ」
「うん」
「だけど、気を付けるんだよ。一日でも面倒見ないと、すぐに枯れてしまうからね」
「それなら大丈夫!」
そう言って、胸をたたいた。だって、何も難しいことはないと思ったから。
おじさんと別れて、何か月か経った。
毎日、水はあげ続けている。その甲斐あってか、立派な花が咲いた。
「すごくきれいな花だね」
「でしょでしょ!」
お母さんも褒めてくれた。
ちょっと、うれしい。
そんなある日。僕はすごく久しぶりに夢を見た。
スカイツリーみたいに大きな木に登って、そこから街を見渡す夢。
夢を見なくなった街の夢。
でも、人々がたくさん住んでいる。
でも、人々の肩は落ちている。
転んだ人がいた。邪魔そうによける。
泣いている人がいた。見ないふりして横を通り過ぎる。
僕は、その景色を見たことがあった。
横を通り過ぎた人は、僕だった。
「あっ」
窓を叩く雨風の音で目を覚ました。
汗がぐっしょりで気持ちが悪い。
「夢……」
久々に見たのに、ちっともうれしくない夢。
ふと、思い出す。
僕は今日、水をあげただろうか。こんな嵐の中、外にあったら枯れちゃうんじゃないだろうか。
いてもたってもいられず、僕はベッドを抜け出し、庭へと向かう。
だけど、そこに夢の木はなかった。
雨が冷たい。ほっぺたを伝うものが、雨じゃなくて冷や汗だと気づいたとき、後ろから声を掛けられた。
「こんな時間に何してるの!」
「お母さん、僕の、夢が……」
恐る恐る振り返ると、微笑むお母さんの姿があった。
「それなら大丈夫よ。風邪ひくから、はやくこっち来なさい」
タオルでごしごし乱暴に拭き取られ、熱々のドライヤーで乾かされる間、僕はずっと不安だった。あれだけ大事に育ててきた夢の木。花まで咲いたのに。
「これでよし。こっちおいで」
お母さんに連れられて、物置部屋に行くと、そこには夢の木が堂々と立っていた。
「これって……」
「あんたが大事にしてたんだ。だから、こっちに避難させておいたんだよ」
「ありがとう!」
さすがお母さん。そう思ったのも束の間。
「お母さん、どうしよう。花が……」
あれだけ立派に咲いていた花が、枯れてしまっていた。
「大丈夫」
「でも」
お母さんは僕の頭をなでると、花の咲いていた場所を指さす。
「ここ、膨らんでいるでしょ? ここが実になるの」
花は散ってしまったけど、それは次のステップに移っただけだったんだ。
それから数日して、夢の木はこれまた立派な実になった。
「おじさん、約束の実」
会えるかもと思ったら、すぐにおじさんと再会した。
「うむ。これは立派だ。私の目に狂いはなかったよ」
「おじさん、この木の実はどうするの?」
木の実をジュラルミンケースにしまうと、立ち上がってこう言った。
「次の育てるにふさわしい人に渡すんだ」
「そっか。いつまで続けるの?」
僕の問いに、少し驚いて
「全世界に、夢が戻るまで、かな」
と、ちょっと照れ臭そうに言った。
「僕もなれるかな」
「もう、なってるさ」
おじさんは手をひらひらさせて、立ち去った。
あれから何年もたって、僕は大人になったけど、未だに夢を見られない人たちはたくさんいる。
そんな人たちに、僕は種を渡している。
この世界に、夢が戻るまで。