私にそんな価値はありませんが、本当によろしいのですか?
現実逃避にダダッと一気に書きました。
ご都合主義なのはご容赦ください。
「閣下。本当によろしいのですか?」
「君もしつこいな」
「いえ、今のが最終確認です。それでは、不束者ですが末永くよろしくお願いいたします」
「頼む」
貧乏子爵家に生まれ、早二十二年。貧乏過ぎて婚約者もなく、かろうじて保っていた体裁も昨年の日照りで脇腹を蹴られ瀕死の我が家。
そこに救いの手を差し伸べてくださった閣下。目の前の美丈夫、若き侯爵サマである。独身貴族としては薹が立っている弱冠二十六歳の正真正銘の侯爵さまご本人である。
私がこの方と結婚することで、我が家に経済援助をしてくださることになった。貴族や豪商、いや農民の間であってもたまにある話である。弱者は娘を妻や妾という担保として強者に差し出すのだ。あ、時々自分の妻をって話も聞くわね。
だが私は常々疑問に思っていた。
その取り引き、本当に公平ですか?
*
「ノブレスオブリージュと言われてしまえば仕方ありません。しかし、額面的にあまりにも……あまりにも不公平ではございませんか!?」
「そこは利益を得る側の君が言うことではないよね?それに君のようなうら若い女性なら家のために犠牲になることを嘆くところでは?」
「しかも閣下は並み居る淑女を差し置いて〝社交界に咲いた一輪の青薔薇〟と呼ばれるお方!」
「ねえ、僕の話、聞いてるかい?」
「美しい薔薇の中でも栽培不可能と言われる奇跡の代名詞、青薔薇に喩えられるような優良物件でございますよ!?」
「優良物件って、それは褒められている……のか?」
「最大級の賛辞でございますよ!」
私を妻にするなんて、閣下にとっては最大級の惨事でしょうけども、私にとっても最大級の惨事ですよッ!そんな青薔薇の君と一生パートナーとしてやってかなければならないのですからねッ!あっ、でも離婚もあり得るのかしら!?私が援助に不相応な女であるせいで!?それは困るわ!!!
婚約者との初めての顔合わせ。見合いの前に婚約が成立し、猪の全力疾走のようなスピードで婚姻に向けて両家の準備が進んでいる最中のことでした。
もちろん、閣下のことは存じ上げておりましたが、こうしてお話しするのは初めてのことです。更に言えば閣下の半径五メートル以内に入ったのも初めてのことですわ。閣下はお見かけしても常に周囲に人だかりが出来ていて近づけませんの。まあ、底辺子爵令嬢なぞ閣下に近づこうものなら高位貴族の皆さまに弾き出されてしまいますもの。弾き出されるだけで済むかしら?
そんな社交界でも大変人気のある殿方との婚約、そして婚姻。女ならば浮かれるのが普通なのでしょう。
「君との結婚は様々な状況を加味して条件付きのものだ。そんなに気負わなくて良いと思うのだが」
「私の兄という嫡男がいるのにも関わらず、私と閣下の間に生まれた子を我が家の後継にするというお話ですわね?」
「貴族ならばそれなりに屈辱的な話だろう」
「兄は領主に向いておりません。不良債権を背負わなくて済むと肩の荷が降りたようで、近頃は晴れやかな顔をしております。そんな兄ですから、私が男であれば、必ずや継承権を兄からもぎ取ったことでしょう」
「女性は領主になれないから仕方ないね」
「ええ、非常に残念でございます」
閣下も残念そうな表情をしている。どこか憐れんでらっしゃるようにも見える。共感してくださってるのかしら?真面目でお堅いと聞いていたけれど、意外に話が分かる方なのかもしれないわね!
「閣下のご希望は〝女性避けの妻〟〝侯爵家の後継と子爵家の後継を産むこと〟ですわね?」
「セオリーでいけば女児も産んでもらうことになるだろうね。男もできればスペアが欲しいところだけど」
「〝多産家系〟も私が選ばれた理由のひとつと伺いました」
「こればかりは絶対はない。子が出来ないのは男に原因がある可能性もある。だから、プレッシャーに感じることはないよ。その時は別の条件を提示するつもりだ」
「ええ、ええ。拝読いたしました。あの用意周到な婚姻契約書を!隙のない完璧なプランは閣下そのものでございましたわ!」
「それも褒めてる?」
「もちろんですわ!」
「褒められてる気がしないよ……」
「自信をお持ちくださいませ!閣下は完璧で完全無欠な青薔薇の侯爵様でございます!」
「話が通じてない……?」
「通じてますわ!同じ言語で会話しているではございませんか!」
何をおっしゃってるのかしら?会話はきちんと成立しておりましてよ?私が首を傾げると、閣下はため息交じりに苦笑なさったのでした。
「君はこの婚姻に不満があるのかな?」
「いいえ?我が家を助けてくださるのですから、不満など!政略結婚は義務のようなものですし!」
「貴族の御令嬢としてはそうかもしれないが、君個人としての不満があるのではないか?」
「どうしてそう思われるのです?」
「でなければこんなに納得のいかない理由をつらつらと述べないでしょう?」
「それは……」
確かに不満はあります。青薔薇の君と婚約、そして今後結婚したとして、社交界でのイジメは確定です。未成年から既婚者まで、閣下に熱視線を浴びせる女性は星の数。妬まれるに決まっております。私の容姿が閣下と並ぶに相応しいとは言えませんもの。
あ、別に卑屈にはなっておりませんよ?男女の美貌が逆パターンならば割と見かける話ですもの。そういうご夫婦を夜会などでもお見かけしますし、同級生である殿方の妾になった方もおります。その方はほかの殿方から侮蔑と嫉妬の視線を浴びても堂々としてらっしゃいました。嫌味を言われるくらいで済んでおりますからね。ただ、私と閣下はたまたま性別が逆だっただけの話ですわ。そこがまた問題だったりするのですけれど。女の嫉妬は怖いのよ。
だからこそ、閣下に申し訳ないのです。私がもっと美しければ!せめて胸と尻がしっかりと育っていれば!背ばかり伸びて、女らしさのない体型!莫大な金銭を支払うに値しないこの身体が憎い!
「そんなことを考えていたの?」
「あら、口に出しておりまして?」
「女性の容姿に言及するのは紳士的ではないけれど、別に君の容姿に不満はないよ」
「満足しているわけでもない、ということですわよね?」
「僕は元々顔の美醜に興味はないし、身体は育てることもできるし、そう悲観的にならなくてもいいと思うよ」
私、もう成長期は過ぎておりましてよ?それにこれ以上成長してしまったらさしもの閣下も私に身長が抜かされますわ。顔の美醜に興味がないというのは、ほとんどの人間の顔の造形が閣下より劣ると認識なさってるからでしょうか?美しい方は美醜に無頓着と聞いたことがあります。きっと閣下が美しすぎる弊害ですわね。
「とにかく、閣下の出された条件を合わせても私の価値は援助金額と不釣り合いなのです!これでは閣下が大損ですわ!」
「うーん、今の時点で結構満足してるんだけどな?」
「まだ婚姻が成立していないどころか、まともにお話ししたのは今日が初めてですが?お顔だって、閣下は有名でらっしゃいますから私は存じ上げておりましたが、閣下は私の顔なんてご存知なかったでしょう?」
「いや、知っていたよ。君、夜会でも目立ってたからね」
ああ。淑女の中にいると頭ひとつ抜きん出てましたからね。美貌や才能の話ではなく、身長の話ですわ。十六歳のデビュー当時、お父様やお兄様と踊るたびに、プッ!とかクスッ!とかの蔑みを含んだ吹き出しは老若男女から聴こえて来たものです。夜会のための靴を履くとお兄様とは並び、お父様に関しては追い抜いてしまいますから、不恰好なのです。
嘲笑を受けることはもう慣れましたけどね。周りの方々もさすがに見慣れておられるので最近は何もおっしゃいません。
「むしろいい買い物が出来たと思って……と。モノ扱いはさすがに悪いな」
「閣下と並べば私など置き物どころか床のゴミになりますから、お買い得商品と思っていただけたなら幸いですわ」
「自己評価が低ければ割り切り方もすごい」
けれど、閣下に後悔などさせたくないのです。もっと言えば「やっぱやーめた!」で見放されてしまえば我が家は没落決定。今までだって私がお金を引っ張って来られる縁談がなかったからこそ、たった一度のイレギュラーで身代を崩しかけているのです。家族が路頭に迷うくらいなら、私が身を差し出すのもかまいません。
ただ、私に淑女としてそこまでの価値がないことが問題なのです。援助金額は私のようなB級品か見切り品にお支払いいただくような金額ではないのですもの。中古品でないだけが存在価値と言えますわね。
「そうかな?」
「あら、また口に出ておりまして?」
「うん。ひとつだけ言わせてもらうなら、君の値段は僕が決めたことだ。そしてそれはもう変えるつもりもない。値段だなんて言い方が悪くてすまないね」
「いえいえ!付け値であんな金額、申し訳ないくらいですわ!」
「君のお父上の言い値が謙虚過ぎたんだよ」
「あれだって私に見合うものではございませんわ」
「どうしてそんなに自己評価が低いんだ?」
閣下の呆れ顔も見慣れてきましたわ。けれど、本当に美しい殿方でいらっしゃいます。この方のお隣に並ぶ方はどんな美しい姫君なのだろうと友人と話題にしたことしばしば。まさか自分におはちが回ってくるなど微塵も想像しておりませんでした。いたたまれないわぁ。
「本当に後悔なさいません?」
「今のところは」
「今後する可能性がある、ということで?」
「そうならないように僕も努力するし、君のがんばりにも期待、というところかな」
「もちろんですわ!鋭意努力いたします!むしろ閣下は努力などなさらないでくださいませ。我が家をお助けくださるだけで充分なのですから」
「夫婦ってそういうものじゃないの?」
「閣下と私はイレギュラーですもの。このお取引には過不足しかございません。当然、閣下が不足、こちら側が過分ということですわ」
「頑なだなぁ。どうすれば安心する?」
そうですわね……返品不可……いえ、それは贅沢ね。婚姻解消の違約金として援助資金の返済不要の念書があればいいかしら?
「分かった。念書なら何枚でも書くよ」
「いやだわ、また口に出ておりました?」
「そうだね」
「困ったわ、私、どうしても本音が隠しきれなくて。淑女失格ですわね。自分でも侯爵夫人など務まるとは思えませんもの」
「二心があるよりはいいさ」
「左様ですか?では、念書の方はありがたく。誰か紙を用意してちょうだい。あと差し出がましいですが侯爵ともあろうお方がそう易々と念書なら何枚でも書くなどとおっしゃらない方がよろしいかと存じますわ」
「なに、妻のおねだり限定さ」
くッ!じょ、冗談よね?美しい方が微笑まれると破壊力がすごいのね!切れ長の青い眼の流し目がより一層破壊力を増しているわ!
閣下は二枚の紙にサラサラと文言を認められ、サインを綴ると使用人に渡して父のサインを記入するように告げられた。あっという間だったわ。なんだか申し訳ないけど、これでお父様とお兄様を守れるわね!
「これで安心して嫁いで来られるかな?」
「ますます私という商品価値に釣り合わぬ契約になってしまいましたが、ええ」
「そんなことないのに」
「……失礼ですが閣下は異性に関して特殊な趣味をお持ちで?」
「至ってノーマルだと思うけど?」
そんなはずがない。私にこんな高額高待遇を付けるとは、特殊性癖でもない限りあり得ないもの。ドレスよりも燕尾服が似合うで有名な私なのよ?ダンスだって身長差がないどころか逆転していることもしばしばで家族以外の殿方から避けられてる私なのよ?ともすれば女性からの熱視線を受ける私なのよ?要するにパッと見は男っぽいのよ。目も切れ長だし。閣下と私の間に生まれた子が切れ長以外の目をしていたら不貞を疑われるレベルよ!
「僕には女性にしか見えないけどね。身長は夜会用の靴を履いても僕より低いだろう?問題ないよ」
涼しい顔でおっしゃるんですもの。なんだかそういう気がしてきたわ。爵位目当ての中年成金男爵にすら身長のせいで後妻や妾の話を断られた私ですけれど、閣下なら上背がおありだから確かに問題はないわね。ほかのご夫婦方より多少身長が近いくらいだわ。
顔の造形だけはどうにもならないですけれどね!
***
僕の婚約者……これから妻になる彼女は少し変わっている。自分を安く見積もるクセがあって、その割に卑屈さはなくハキハキとモノを言う。それがなんだか小気味よくて、面白くて、終わらせてもいいような話もつい長引かせてしまう。自分のことを無駄を嫌う合理的な人間と思っていたけど、こんな一面もあったとは。
確かに僕は彼女が初対面で言ったような優良物件だろう。早くに父を亡くし、十五で爵位を継いだ。学校の勉強と並行で領地経営に携わっていたから社交が疎かになったし、結婚を考える精神的余裕もなかったから婚約者も作らないままこの歳まできてしまったが、家柄、資産、容姿。この三つが揃っている。自惚れと思いたいところだけど、生憎真実だ。
同年代からのやっかみも多かった。若かったことで他家の当主からなめられることもあった。だけど、僕に懸想して暴走した女性によるトラブルはそれ以上に多かった。
トラブルを起こさなくても、女性からの視線は否が応にも感じてしまう。どうにか僕の隣に納まりたい女性たちの熾烈な争いは親まで巻き込んで、最近ではめっきり夜会や茶会には顔を出さなくなった。嫉妬はあっても男同士の付き合いの方が気楽でいい。実力で黙らせれば良いのだから。
そんな中である噂が流れ始めた。
御年十四歳の王女殿下が僕に恋をした。十六歳の社交デビューを待って、僕と婚約、十八になったら婚姻する。だから独身を貫き、女性を遠ざけているという噂だ。
悲しいことに、殿下が僕に惚れたことは真実だった。どうしてこうなった?未成年で正式な王宮の夜会くらいにしか顔を出さない僕をどこで知ったのだろう。まあ、こんなことは初めてじゃないから、困惑はあれど驚きはしなかった。問題は、相手が王女だという点のみだ。
王家から打診が幾度も来たが断りきれず、最後にとうとう〝そろそろ婚約が成立する予定です〟と嘘を答えてしまった。後先考えずに返答するなんて、馬鹿だったな。僕らしくないことをするくらい追い詰められてたんだ。あの頃は本当に毎日胃が痛かった。いつ来るか分からない王家からの手紙に怯えていたよ。
しかも〝婚約が成ったら最短で結婚するつもりです〟とか。〝ずっと想っていた相手なのです〟とか。お相手の女性を僕の身辺が落ち着くまで待たせていたとか。彼女を守るために婚約をしなかったとか。あれやこれやと言い訳してさ。
僕に起きた女性トラブルは有名で、社交界では酒の肴になっている。有名税と割り切るには苦々しい思い出も数あるが、王家はそれで納得したらしい。いくら王女の望みとはいえ、歳が離れていることがそもそも懸念材料だったようで、王女と僕の婚約には反対だったそうだ。両親である陛下と妃殿下が王女殿下を説得してくださった。
道理で王命として婚約の打診が来ないと思った。殿下が未成年だからだと思っていたが、断られることが前提だったんだ。冷静に考えれば分かることなのに。内密に呼び出されてもおかしくない件なのに全て手紙だったし。頭が回らないほど疲れてたんだな、きっと。
これであきらめるからと、最後に王女殿下より直々にお手紙を頂戴した。
〝侯爵の秘めた恋に感動いたしました。友人にも、ここは身を引いて送り出すべきだと言われました。つらいですが、貴方を想うのはもうおしまいにします。お心を煩わせてごめんなさい。貴方の幸せをいつまでも願っています。〟
無下に扱って申し訳なかったと思った。かといって、心惹かれるわけでもない。子どもとしか思えないからな。それに十代の純真さは僕には眩しすぎた。どうか殿下も幸せになって欲しい。
あれだけ胃薬を消費した婚約話はあっさりと解決した。引き際は潔かった。恋に恋する乙女だったんだな。恋に夢を見ているんだ。そういう年代だよな。
だが、これはマズイ。女性の噂は周るのが早い。身から出た錆とはいえ、このまま独身でいたら偽証罪にされてしまうかもしれない。早急に結婚せねば!
待たせていると言った手前、あまりに歳が離れている相手はよろしくない。こう言ってはなんだけど行き遅れと言われる年頃から、秘密を守ってくれるような相手を探した。
家令が集めてきた候補は五人。その中でも財政難で嫁ぎ先に苦労しているのが二人。私は自動的にその二人に候補を絞った。
一番良いのは弱味を握ってしまうことだ。しかし、その二家には弱味らしい弱味はない。金がないことだけだった。人知れずした借金でもない、至極真っ当な理由で国も把握しているもの。昨年の日照りによる不作は南部地域全体に渡った。大規模過ぎて、支援が末端まで回っていない。その内の二領の領主の娘が候補だ。
なら、金で釣ればいい。幸い、当家には資金が潤沢にある。恩を売るのもいいが、案外裏切りというのはあるものだ。こちらに有利な条件で契約して相手の口を縫うため、必要な条件以外にも多少厳しい内容の婚姻契約書を考え始めた。絶対に譲れないところを残すために、変更できる余地を与えた。交渉の基本だよな。
そう考えて、家令と共に夜なべしてあの書類を作成した。まさか子爵がそのまま承諾すると思わなかった。多少の交渉には応じるつもりで無理難題をふっかけたはずなのに。継承権に関することなど内政干渉もいいところだ。人が良すぎるのか無能なのかなんなのか。どちらもっぽいな。
相手をあの子爵家に決めたのは、もう一人が僕の女性トラブルに巻き込まれたことがある人物だったからだ。トラブルというのが暴力沙汰だったのだが、もう一人の候補者は加害女性の取り巻きとでも言うべき女性だった。家格は伯爵家だから本来なら彼女を選んだ方が良かったのかもしれない。
でも本人がとても気弱だった。トラブルを起こした女性が従うしかない格上の相手だったのは同情するが、そのせいで悪評がついて縁遠くなったというのに、僕と〝秘めた恋〟をしていたと知られたら余計に立場がないだろう。侯爵夫人も務まりそうにない。
だから結局、子爵家を選んだのは消去法だったんだよな。
行き遅れの令嬢が社交界に咲いた一輪の青薔薇と呼ばれる僕と結婚できる。金で爵位を売るような契約の結婚だが、本人は喜ぶだろうと思った。家族も領地も助かるし、彼女も金しか取り柄のない年寄りなんかとじゃなくて、僕と結婚できる。一石二鳥じゃないか、と。
なのに、アレだ。面白がってしまうのも無理はないじゃないか。
ああ。やっぱり僕は自惚れ屋だったのだろう。
「綺麗だよ」
「閣下の方がお美しいですわ。今からでも衣装を交換いたしませんこと?閣下の方が似合うのではないかと」
「君の礼服姿も凛々しいけど、今日はそのドレスのままでいて欲しいな」
まさか結婚式で妻になる女性に女装しろと言われると思わなかった。ドレスを仕立てるときも、ドレス屋が冗談で礼服を着せて見せて来たけど、確かに似合ってたんだよな。背徳的な感じがして悪くはないけど、生憎僕に女装の趣味はないし男を抱くつもりもない。
またなにやらぶつぶつと呟く僕の妻になる人は、この期に及んで不安らしい。まだ言うか。これは今夜は分からせないとダメかな?
「緊張してるの?」
「緊張もしておりますが、やはりこれは何かの罠なのではないかと……」
思考が悪化してる。もう式が始まるんだぞ?さすがに僕も腹が立つ。今夜、きっちりと分からせてやる。
「閣下。本当によろしいのですか?」
「君もしつこいな」
「いえ、今のが最終確認です。それでは、不束者ですが末永くよろしくお願いいたします」
「頼む」
本当かな?今夜ベッドでまた同じ問答を繰り返す羽目にならない?
「皆さま、騙されてくださるでしょうか?」
「これまでようやく想いが通じ合った恋人同士訓練、散々してきただろう?」
「神に偽るのは心苦しいのですが」
「安心してよ。僕だけは神に偽らざる誓いをするつもりさ」
「それは文言を変えるということでしょうか?」
「いいや?定型文そのままに永遠の愛を神と君に誓うのさ」
「それこそが偽りでは……?」
うん。鈍感過ぎる。これはもう、今晩だけと言わず毎晩、分かるまで君を愛するしかないな。
どれくらいで君は理解してくれるかな?もう僕にとって何物にも代え難い君の価値は、値などつけられないくらい跳ね上がってるって。
家令と賭けでもしてみるか。僕が勝つに決まっているけどね。
気晴らしにお付き合いいただき、ありがとうございます!
主人公には弟が三人おりますが主人公がヒールを履くと皆身長が抜かされるので夜会でダンスの相手をしてくれるのは父親と兄だけという設定があったりします。