30 消えた白浪小僧
私は、キッと睨むように先生を見る。
「私は! 白浪小僧が大好きですっ! でも、先生の考えは間違ってます! と、思います!」
「なんですってー!?」
「じょ、嬢ちゃん?」
「どういうことですか?」
「うー」
先生と豊次さんの二人から驚かれて、私は唸る。
だが、答えは決まっている。
そもそも、私が今から話そうとしているようなことを言うのは、本当は時代劇のヒーローの役目だ。私なんかが、こんな役目をするのは百年早い。だけど、今は私が言うターンな気がした。だって、このまま、間違ったまま突き進んで先生が捕まるのは嫌だ。それに、先生が勘違いしているのなら、ちゃんと伝えたい。
「だって、先生はもうみんなを笑顔にしているじゃないですか。幸せにしてるじゃないですか!」
「え? それはどういうことですか?」
「それに、貧乏な人たちの生活をなんとかしたいと思ったらお金も必要ですが、やっぱり勉強だと思います」
「?」
「って、なんで先生が首を傾げるんですかっ!」
思わず突っ込んでしまう。
「それは、綺麗事みたいなことではなくて、ですか?」
「うっ」
そう言われるとちょっと辛い。だけど、一度口に出してしまったら引っ込みがつかない。
「私と一緒に寺子屋に行ってる弥吉、いますよね」
「ええ」
「弥吉も孤児だったことは先生も知っていますよね」
「はい」
「弥吉は孤児だったけど、いっぱい勉強してちゃんとした奉公人になるんだって、いつかは商人になりたいんだってがんばってます! そして、私はあんなにがんばっている弥吉ならそうなれるって信じてます。つまり、えーと、何が言いたいかというと……」
上手く説明できなくて、もどかしい。
だけど、ちゃんと伝えなければ。
「先生がやっているのはどっちもすごいことだと思います! でも、その人の将来のことを考えるなら、やっぱり知識があるのがいいと思うんですっ! その、ただ与えられたものだけじゃなくてですね……」
どう言ったら伝わるんだろう。
きっと上様あたりだったら、もっとかっこよく諭してくれるのに。そんでもって、なんかかっこいい感じで丸く収まるのに!
頭を抱えたくなる。
毎回毎回、かっこよくて締まるセリフが言えるのって改めてすごすぎる。
悩んで悩んで、私は一番言わなければいけないことに気付いた。
先生のおとっつぁんのことを出せばきっとわかってもらえる。というか多分、一番大事なことだ。私ってば、頭が回らなくて困る。
「先生のおとっつぁんは、自分に学がないからって先生を寺子屋に行かせてくれたんですよね? 先生には学をつけて欲しいからって。そういうことなんじゃないですか? 先生のおとっつぁんは、先生に自分には出来ない形で人を幸せにして欲しかったんじゃないでしょうか。だから、その方法を学んで欲しくて、寺子屋に行かせてくれたんじゃなんですか? だって、盗賊をしていればいつかは……」
私は、その先で言おうとしていることを考えて言葉に詰まった。
だって、きっと、先生が傷つく。
だけど、先生は私の言おうとしたことを察してくれた。
「……ああ、そういうことですね」
さみしげな声で、先生は呟いた。
「確かに、そうかもしれません。それなのに、私は……」
一度俯いた後、先生は笑った。
「まさか自分の生徒に教えられるとは思いませんでした。あなたはすごいですね。お美津さん」
「あ、でも、弥吉の分の授業料もおとっつぁんが出してくれてるんだった。それなら、やっぱりお金もいるわけで……」
「ええ、そうですね。そこまでわかるのも素晴らしいですね」
「そんなこと、ないと思いますけど……。すみません。偉そうに」
時代劇だったら義賊は正義だし、正しい。それに、私にとってすごく好きな展開でもある。
私が言ったことなんて、現代で誰かが言っていた知識の受け売りみたいなものだ。それに、先生のおとっつぁんの気持ちもただの推測でしかない。
でも、
「先生のおとっつぁんは、きっと先生に自分とは違う道を進んで欲しかったんだと思います。きっとそのために……。だから、寺子屋の先生をやっている先生の姿を見たらきっと喜ぶと思います!」
そうだと思いたい。
「確かに、お美津さんの言うとおり私は間違っていたのかもしれません。私のような人間が幸せになるためには、人に頼ることばかりを教えるべきではなかった。そうですね?」
「……はい。きっと」
「本当にお美津さんは面白いですね。私は父の気持ちをそんな風に考えたことが無かった。自分がやっていることを正しいことだと思っていました。でも、違いましたね」
ふふ、と先生は笑った。なんだか、吹っ切れたような笑顔だった。
私は、黙っていた豊次さんの方を見て言った。
「ね、豊次さん。先生を捕まえたりなんかしませんよね?」
「……う」
ずっと私たちの話を聞いていた豊次さんが、言葉に詰まったように唸る。
「いえ、捕まえて構いません。その覚悟は出来ていますから」
「あ゛ーーーーーー!」
「な、なんでぃ!」
「どうしたんです!?」
「先生、全然わかってない!! 今の話、ちゃんと聞いてました!? ダメだよ! 先生がいなくなったら寺子屋の子どもたちはどうなっちゃうの? 弥吉は?」
「それは……、他の寺子屋にでも」
「ダメだってば! 先生は貧しい人たちを幸せにしたいって、それが白浪小僧じゃなくて寺子屋でも出来るって思ったんですよね? 先生のおとっつぁんが先生のことをちゃんと考えてくれたって思ったんですよね!? だったら、そんな覚悟しちゃダメー! ダメです!! げほ……」
さっきから叫びすぎて、さすがに声が枯れてきた。
「大丈夫ですか? お美津さん」
先生が背中をさすってくれる。
「そうだなぁ」
そんな先生の様子を見て苦笑いしながら豊次さんが言った。
「どうなんだい、白浪小僧。……そういや、本当の名前は知らねぇな。いや、そんなこたぁはどうでもいい。おめぇさんはどう思ってるんだ?」
「私は……」
先生が私を見る。
「お美津さん言われるまで、寺子屋の仕事が貧しい人を救うことになるなんて思ってもみませんでした。毎日当たり前のようにやっていたことが、そんなことに繋がっているなんて驚きました。気付けたのはお美津さんのおかげです。それに、父のことも……。これからはもっと貧しい子どもたちにも教育をと思いますが、もう遅いですね」
先生がうなだれる。
そのとき、豊次さんが叫んだ。
「ああ、くそっ! そんなこと聞いちまったら捕まえられねぇじゃねぇか!」
「え!?」
豊次さんの言葉に、私は声を上げる。
「おめぇさんは、寺子屋の先生なんだろ。なんでこんなとこにいるんだよ。とっとと家ぇ帰りやがれっ! 明日も子どもたちが待ってるんだろうが」
「豊次さんっ!」
私は思わず豊次さんに駆け寄って抱きついた。
「じょ、嬢ちゃん……!」
豊次さんが驚いたような声を上げる。
「ありがとう、豊次さん!」
「まったく、嬢ちゃんには敵わねぇな」
やれやれといったように豊次さんが笑った。
「あの、本当に?」
先生はきょとんとしている。
豊次さんは偽白浪小僧に方へ指を差した。
「ああ、最近出る極悪人の白浪小僧っていやぁ、こいつのことだろ。悪い白浪小僧はとっ捕まえたんだから、もう世間を騒がすことはねぇよな」
「……」
「ねぇよな?」
釘を刺すように豊次さんが繰り返す。
「はい、これっきり。もう、白浪小僧は姿を見せることは無いでしょう」
そう言った先生の顔は、少しだけさみしそうに見えた。けれど、その声はきっぱりとしたものだった。
豊次さんは安心したように頷いて、それから言った。
「いい加減、こいつもおねんねしてる他の岡っ引きたちも起きるかもしれねぇぜ」
「ああ、そうですね。そろそろ眠り薬も切れる頃です」
「だったら、とっとと行っちめぇ!」
ぷい、と豊次さんが先生から視線を外す。
先生はぺこりと頭を下げて素早い動きで塀を越え、姿を消した。
そして、その場は急な静寂で包まれた。
私は息を吐く。
よかった。先生が、捕まらなくて本当によかった。
「でも、白浪小僧にもう会えないのはさみしいなぁ……」
自分であれこれ言っておきながらいなくなるとさみしいとか、勝手だけど義賊の白浪小僧は好きだったのだから仕方ない。
「全く嬢ちゃんはしょうがねぇな」
豊次さんが私の隣で笑っている。
私はバッと顔を上げた。
「豊次さん、本当にありがとう」
「別に、俺も捕まえたくねぇと思っただけだよ。あんな話を聞いちゃぁな。さすがに奉行所までいっちまったら俺の力じゃどうしようも出来ねぇしな。それに本当に捕まえなきゃいけねぇ方は捕まえられたんだ。文句のつけようはねぇさ」
豊次さんはキラリと白い歯を輝かせる。
白浪小僧も私にとって時代劇のヒーローだった。
「どうしたんだぃ。にやにやと嬉しそうな顔しやがって」
だけど……、だけど、私の大好きな上様みたいに権力なんか持っていなくても、正義を貫いてくれる豊次さんもやっぱり時代劇の中の、とっても素敵なヒーローだ。
「あのね、豊次さんはすっごくかっこいい岡っ引きだなと思って」
「なんでぃ、そりゃあ。どう考えたって盗賊を逃がすようなやつぁダメだろ」
「ううん。私にとってはそれがすっごくかっこよかった」
正しいことをしようとしている人には寛大に。
それが時代劇のヒーローだ。
時代劇は人情で出来ている。豊次さんは、最高にそれを体現している。
「う、うう」
偽白浪小僧が呻く。
「わ、そろそろ起きちゃう?」
「だな。さっきのことは俺たちだけの秘密だからな」
「わかってます!」
「おう!」
私が元気よく返事をすると豊次さんが頷いた。




