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28 白浪小僧の事情

 一瞬、なにがどうなったかわからなかった。

 確かに先生なんじゃないかと疑ったこともあった。でも、さすがに有り得ないと否定した。だって、そんなに都合がいいことあるわけがない。そんでもって、偽白浪小僧なんか出たもんだから更に思い過ごしだと自分で自分の考えを笑い飛ばしたのだった。

 それなのに……。


「ええと、他人のそら似?」

「ええ、そうです」

「あ、やっぱり」


 えへへ、と私は笑ってしまう。

 私ってば、そそっかしい。

 いくら時代劇的には美味しい設定だからって、先生が白浪小僧なんてあるわけがない。そんなのファンタジーすぎる。


「この世には似ている人が三人いるとか言いますしね」

「そうですそうです」


 先生に似ている白浪小僧はうんうん、と微笑みながら頷いている。なんだか仕草まで先生に似ている気がするのは気のせいだろうか。

 私たちは謎に微笑み合う。


「そうですよねー。まさか、先生が白浪小僧だなんてことあるわけないですよねー」


 話し方もめちゃくちゃ似ているような気がするけれど、きっとそれもそら似要素の中に入っているのだろう。


「よほど私に似ている方なのですね」

「そうなんです。あはは」


 勘違いしたことが恥ずかしくてというか、白浪小僧の笑顔につられてというか、思わず笑ってしまう。


「ふふふ」


 白浪小僧も笑っている。その微笑みもやっぱり先生にそっくりだ。こんなこともあるんだなぁとしみじみ思っていたら、


「んなわけあるかぃ!」


 豊次さんのツッコッミみたいな声が飛んできた。


「ふえっ」

「そいつぁ、俺にも見覚えがあらぁ! 大体、さっきも会ったじゃねぇか! 嬢ちゃんが心配だからってこの店に来てただろ。あれは偵察だったってわけかぃ。やいやい白浪小僧! 嬢ちゃんは騙せても俺は騙せねぇぜ!」

「え? じゃあ、やっぱり?」

「やっぱりじゃねぇよ。見りゃわかるだろうが!」

「いやー、他人のそら似ってすごいなーと思って」

「嬢ちゃん……」


 豊次さんが、あきれたようにため息を吐いている。


「さすがお美津さんですね」

「え! なんで私の名前を!?」


 白浪小僧まで微笑んでいる。というか、私を見て思わず笑っているというか。


「てことは、やっぱり!」

「だから、やっぱりじゃねぇって!」

「さすが岡っ引きですね、豊次さん! すぐに先生だとわかるなんて」

「いやいや、そのままじゃねぇか……」

「なるほど」


 これじゃ、私が気付いていないのがおかしいみたいじゃないか。だって、あの白浪小僧なんだから、知り合いがそうだったとか本当に時代劇の中の出来事みたいだ。

 たまたま出会った知り合いが怪しくなくて、誰が怪しいというのだ! 全く知らない人が白浪小僧とか、時代劇的にはありえぬ!


「って、そうなんだった! 本当に時代劇の世界なんだったー!」

「どうした、嬢ちゃん。じだいげき? ってなんだぁ?」

「大丈夫ですか? お美津さん」


 急に叫んだ私に二人が心配そうに声を掛けてくる。


「ええと、なんでもないです」


 思わず叫んでしまったことを笑って誤魔化す私であった。

 うん、この人、絶対先生だ。もう疑いようが無い。どうして今まで気付かなかったのかわからないくらいだ。

 一応、最初は疑ったんだけど……。


「本当に先生なんですね」

「バレたら仕方ありませんね」


 そう言いながら、先生はじりと後ずさる。


「逃がすかよ! 正体だってバレてるんだからよっ! 逃げたって無駄だぜ」

「ああ、それは困りましたね」


 本当に困っているんだか困っていないんだか、わからないような口調で先生が言う。


「ふぅ、結局同じですか」

「同じ?」


 私が問いかけると、先生が悲しそうに微笑んだ。


「なんでもありません」


 それから豊次さんの方を見て言った。


「あなたには敵いそうにありませんからね。お縄にしてください」

「だめー!」


 先生の言葉を聞いて、私は思わず私は叫んでいた。

 先生は逃げ足は速いと言った。でも、きっとめちゃくちゃ有能な岡っ引きである豊次さんなら、捕まえてしまうに違いない。

 先生が捕まったら困る!


「先生は悪いことしてません! 白浪小僧は義賊でしょ? だから、捕まえちゃダメです!」

「でも……」

「嬢ちゃん。義賊でも、盗賊は盗賊だ」

「そうですよ」

「う……」


 先生まで私を説得するようににこやかに笑う。それじゃ、まるでもう絶対に捕まるのだと諦めているみたいだ。


「どうぞ。あなたの言うとおり、盗賊は盗賊ですからね。覚悟はしていました。前に言ったとおり、荒事は苦手ですしね」

「なんだよ。張り合いがねぇな」


 ぽり、と豊次さんが首を掻く。なんだか、拍子抜けな顔をしている。

 私もだ。荒事は苦手だといっても、それなりに立ち回りはするかと思っていた。それはそれで、想像してみるとなかなか熱い。

 豊次さんと先生の大立ち回りでクライマックス。

 時代劇のラストにはうってつけだ。

 って、どっちかがやられちゃったりしたら困るからそれはダメだ。

 だけど、


「盗賊って捕まったら死罪ですよね!?」


 私は思わず叫んだ。

 軽い窃盗くらいなら百敲きとかそういうので済むけれど(痛そうだけど)、こんな目立つ盗賊、捕まったら死罪に決まっている。

 あの首を切られるやつだ。

 考えるだけで震えてしまう。

 あれがリアルで行われるなんて。


「一応、話は聞くつもりだけどな」

「……」


 豊次さんが安心するように言ってくれても、私は納得できなかった。

 上様とか、むっちゃ上の方の人だったら簡単に刑を軽くして島流しとか出来るかもしれない。というか、時代劇的にはそういうのはよくある。

 こういう場合は、


『~の計らいで〇〇は島流しになり、△△は○○の帰りを待っているのだった』


なんて、ナレーションが流れるエンディングになるに違いない。

 だけど、豊次さんはただの岡っ引きだ。そんな力があるとは思えない。実はめちゃくちゃ偉い人だったパターンもなくはないけど、同心の人への接し方からして本当に岡っ引きである可能性の方が高い。

 だったら、ここで先生が捕まったら取り返しがつかなってしまう。


「そんなの、嫌だ!」

「どうした、嬢ちゃん」

「どうしました? お美津さん」


 再び叫ぶ私を二人が不思議そうに見た。

 先生は、どうしてか私よりも落ち着いているように見える。


「どうしたもなにもないってば!」


 なんでそんな風に落ち着いていられるのだろう。

 だって、自分が死んでしまうかもしれないのに。


「先生はそれでいいんですか? 捕まっても、いいんですか?」


 私は先生をじっと見た。

 先生はいつものように、困ったように笑った。


「そうですね。仕方ないと思いますよ。盗賊ですから」

「そんな……」


 先生はもう諦めているように見える。まるで、最初からそうなってしまうことを承知していたようだ。


「なんで……、なんでそんなに落ち着いてるんですか」

「うーん」


 先生が首をひねる。

 豊次さんは油断していない様子で、私たちをじっと見ている。十手は構えたままだ。


「こんなことを話しても仕方がないと思うのですが……」

「どうして落ち着いてるかって話ですか? それって、白浪小僧になった理由とか関係あります? だったら、気になります! 豊次さんも、聞きたいですよね?」


 私は畳みかけるように豊次さんに言う。身の上話は時代劇の重要ポイントだ。聞かない道理はない。


「そりゃあ、まぁ。話は奉行所でってところなんだが……」

「気になりますよねっ!?」

「お、おうっ。やい、白浪小僧。妙なまねしたら承知しねぇからな」

「わかってますよ。と、その前に」


 先生が偽白浪小僧を見る。


「なんだよ!」

「ちょっとあなたにだけは眠っておいてもらってもよろしいでしょうか。関係のない人には聞かれたくありませんのでね」

「ああ、そうだな」

「な、なにをする気だよっ!」


 先生はにこりと微笑み、豊次さんが騒ぐ偽白浪小僧の首筋に手刀を叩き込む。その瞬間、偽白浪小僧はかくりと崩れ落ちた。

 こういうの時代劇で見たことある。気絶させるときによくやるやつだ。


「では、」


 やれやれといった様子で、先生は話し始めた。

 豊次さんは私の勢いに押されて、一緒に聞いてくれる感じだ。


「以前にも白浪小僧という名の盗賊がいたことはご存じでしょうか?」


 先生に聞かれて私は首を横に振る。それは知らなかった。なにしろこの世界に来てから一年も経っていない。


「当たりめぇだろ」


 どうやら豊次さんは知っているようだ。さすが岡っ引きというかなんというか。


「美津さんが知らないのは仕方がないかもしれませんね。なにしろ、私が子どもの頃に活躍していた盗賊でしたから」

「なるほど」


 それなら知らなくても仕方ない。

 元々この世界の住人だったとしても、私はまだ産まれていなかったわけだ。


「その盗賊がどうしたんでぃ」

「その盗賊がですね。私の父なんです」

「ええ!?」

「なにぃ!?」


 私と豊次さんは同時に声を上げた。

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