24 家庭訪問がやってきた
「こんばんは」
先生はいつもの笑顔で店の裏口に立っていた。
「先生、こんばんは」
「おめぇさんは、どこかで会ったか?」
一応、用心のためについてきてくれた豊次さんが後ろから先生をじっと見ている。そういえば、前に夜鳴き蕎麦を食べに行ってばったり会ったときに顔を合わせているはずだ。
「ああ、あのときの」
先生はにっこり笑って言った。先生も覚えていたようだ。
「夜鳴き蕎麦の屋台でお会いしましたよね」
「おお、寺子屋の」
「はい」
話が通じたらしい。
「今日は、一体どうなさったんで?」
私が聞く前に豊次さんが言った。
「ええ。こちらの大黒屋さんに白浪小僧が入ったと聞きましたのでね。お美津さんが心配になって様子を見に来たんですよ。無事でよかったです」
「それでわざわざ来てくれたんですか?」
「教え子のことを心配するのは、当たり前じゃないですか」
「先生……」
なんて優しい先生だろう。この人が、昨日の夜私を殺そうとした白浪小僧と同一人物なわけがない。そもそも、顔も全然違うし。めちゃくちゃ誤解していた。
なんて思っていると、
「先生!」
弥吉も廊下の向こうから走ってやってきた。
「弥吉さん、こんばんは。弥吉さんも無事なようでなによりです」
「はいっ!」
「白浪小僧に入られたのに無事だなんて、本当によかったですね。最近は物騒でしたから」
「本当ですよー」
「それにしても、まだなにか検分しているんですか? 用心のためなのでしょうか?」
先生が豊次さんに向かって首を傾げる。
白浪小僧に入られたとはいえ、まだ豊次さんみたいな岡っ引きがうろうろしていることが不思議なのだろう。朝なら現場検証というか、先生が言ったように時代劇的には検分していてもおかしくない。だけど、もう寺子屋も終わるような時間だ。
さすがに、うちに白浪小僧が入ったことは噂になっていても、まだ私が白浪小僧を見てしまったことは噂になっていないらしい。
「それはですね。私が白浪小僧の顔を見てしまったからなんですよ。あは」
「嬢ちゃん!」
私が言うと、豊次さんがたしなめるよう叫んだ。
「先生には伝えておいてもいいかと思って。だって、このままだと明日からも寺子屋に行けないかもしれませんし」
私だって誰彼構わず白浪小僧の顔を見たことを言ってもいいなんて思っていない。先生なら大丈夫だと思ったからだ。
「そいつぁ、そうだけどよ……。全く、嬢ちゃんは誰にでも騙されそうだからなぁ」
「ふふ」
なぜか先生まで笑っているし、弥吉はため息を吐いている。
「私、そんなに信用がないでしょうか」
思わず口に出してしまう。
「そうですねぇ。お美津さんはとても素直でいい子だと思いますよ。安心してください。誰にも話すつもりはありませんから。噂にでもなれば危ないでしょうからね」
うんうん、と先生は頷いている。
「頼みますよ」
「わかっています。お美津さんが危なくなるようなことはしませんよ。大事な教え子ですからね」
「……先生」
思わずキラキラとした目で先生を見つめてしまう。
先生の微笑みが神々しい。
こんなに私のことを心配してくれている優しい先生に私が囮をするとか、そんな危ないことをするなんて言えない。
気付けば豊次さんが私のことをじっと見ている。きっと、私がこれ以上なにかを話さないか不安なんだと思う。
「お美津さんの無事も確認したことですし、私はこれで失礼しますね。邪魔になってもいけませんし。お美津さん、落ち着いたら寺子屋に来てくださいね。いつでも待っていますから」
「ありがとうございます」
「弥吉さんもですよ。待っていますからね」
「はい、先生」
こくこくと弥吉が頷いている。
「では」
「先生も帰り道、気を付けてくださいね」
「はい」
にっこり笑って先生は出ていった。
「先生を送らなくていいでしょうか? この店から出て行ったら危ないんじゃ……」
「でぇじょうぶだろ。白浪小僧が狙うとしたら、顔を見たっていう嬢ちゃんだけだろうしな。それか、この店の奉公人くらいだろ。通ってる寺子屋の先生なんて繋がりくらいじゃ問題ねぇだろ」
「私か、奉公人……。弥吉」
「はい?」
思わず怖くなって近くにいた弥吉をぎゅっと抱きしめる。うっかり顔を見てしまった私はともかく、弥吉や雪ちゃんや政七さん、他のみんなにも危害が加えられるなんてことになったら嫌だ。
「お、お嬢様……っ!」
「あ、ごめん。苦しかったかな」
「い、いえ」
弥吉が顔を真っ赤にしている。やっぱり苦しかったらしい。
「ごめんね。弥吉にまでなにかあったらと思って」
なんだかぽんわりした顔の弥吉には聞こえていなさそうだ。
「大丈夫? 酸欠かな。どうしよう」
「大丈夫、です」
と、言いながら弥吉はなんだかふらふらしている。
「弥吉も昨日のこともあるしあんまり休めてないよね。休んだっていいんだからね」
「……平気、です」
「ならいいんだけど」
ちょっと心配だ。
それに、この店の人じゃないから大丈夫だと言われても先生のことも心配だ。たしか、荒事はからっきしだとか言っていたような記憶がある。言われなくてもなんとなくそんな感じがする。
「嬢ちゃん、人の心配ばかりしてないで、自分の心配しろよ」
やれやれと豊次さんがため息を吐く。
心の中で先生の心配をしていたことも読まれてしまったのだろうかと、ドキリとする。
「どうせ、寺子屋の先生のことも心配してたんだろ? 全く、嬢ちゃんらしいな」
「うー」
しょうがないじゃないか。
私と親しい人たちが巻き込まれるのは嫌だ。私のせいで危害を加えられたりしたらと思うと怖くなる。
だけど、
「先生のことばっかりじゃないですけどね」
そうなのだ。
「知ってる人じゃなくても、酷い目に遭うのは嫌ですよ」
「……嬢ちゃん」
「だから、私、囮がんばりますね」
うしっ! 私は拳を握って気合いを入れる。
私の周りの人のことだけでも、こんなに心配になるのだ。これまでに犠牲になった人のことを思うとやりきれない。
やっぱり、今の白浪小僧を放っておくわけにはいかない。




