23 いざ! 囮大作戦?
「うーん、でもよ。確かに、普通にしてても狙われると思えば囮になって協力してくれた方がいいのか……」
すでに同心の人が決めてしまったのに、豊次さんはまだ頭を抱えている。
「嬢ちゃんを危ない目に遭わせるつもりはなかったんだが……」
「やいやいやい、本当に美津を囮になんかするつもりかよ!?」
「そうですよ、お嬢様をそんなっ」
「美津……」
みんながそれぞれに私のことを心配して、ちょっとしたパニックになっている感じだ。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
私は少しでもみんなを安心させようと笑ってみせる。危ないかもしれないというのもわかる。私を殺そうとしたような人だ。
だけど、捕まえて話を聞いてみたいと思った。
そこで、ふと思う。
「あの。豊次さん? 白浪小僧って捕まえるだけだよね。その、酷いことしたりとかは、ないよね?」
「嬢ちゃん、おめぇ……」
はぁ、と豊次さんがため息を吐く。
「殺されかけたって言ってただろ。そんなヤツを心配してどうするんだよ」
「それは、そう、だけど……」
今までの白浪小僧のことを考えると、何かあったんじゃないかと考えてしまう。昨日はほとんど話すことが出来なかった。もう一度、白浪小僧と話してみたい。そうしたら、彼がなにを考えていたのかわかるかもしれない。
けど、
「うーん。もっと若いと思ってたんだけどな……」
「あ? 白浪小僧が、か?」
「あ、え、はい……!」
「どうしてそう思う?」
豊次さんが身を乗り出してくる。
「それは……」
前に話したときに声の感じとかからそう思えたような気がする。中身がおじさんでショックを受けたとか、そういうことではないと思う。
「うーむ」
私は頭をひねる。
どっちにしても前に会っていたというのはさすがに言えない。これは、実は前にも会っていたということを疑われてしまうだろうか。それはまずい。
誤魔化さなくては。
「お芝居の白浪小僧は若い役者さんじゃないですか。だから、本人もそうだと思っていたというか」
「そういうことかぃ」
しょうがねぇなというように豊次さんが苦笑いする。
「そりゃ、芝居は見た目がいいやつがやるからな」
「それは、そうですね」
うんうん、と私は頷く。
そして、豊次さんもかなりの男前なのだがと心の中で付け足す。さすがに今そんなことを言うターンではない。こんな時に何を考えているんだとひんしゅくを買いそうだ。
なにはともあれ、誤魔化すことはできたらしい。
「ま、これからは一人でうろうろすんじゃねぇぞ。絶対にどこに行くことになっても誰かがついていくからな」
「うう、はい」
これからは、どこに行くのにも護衛付きだということだ。
「それなら、俺もついていくからな」
「おいらもです!」
清太郎と弥吉も、護衛を申し出てくれる。
「いや、おめぇらがいてもだな……」
「お前にだけいい格好させられるかよ!」
「俺はこれが仕事なんだよっ!」
「そうだよ。豊次さんはお仕事だからしょうがないけど、清太郎と弥吉まで危ない目に遭っちゃったら大変だよ」
「けどよ、美津だけが危険な目に遭うかと思うとだな」
「そうですよ、お嬢様っ」
なんだか、二人ともうるうるとした瞳で私を見ている。どうやら本当に心配してくれているらしい。それはありがたいのだけれど、相手は刃物で斬りかかってくるような人だ。
そういえば、いつも私のことになると心配性なおとっつぁんが静かだなと思ってそちらを見ると、
「!」
顔面蒼白でぶるぶると震えていた。
「おとっつぁん!?」
そっちの方が心配になって叫んでしまう。
「ああ、美津。美津になにかあったらと思うと、私は、私は……」
「大丈夫ですよ。あっしらが守りやすから」
「本当に! 本当にそうしておくれよ」
豊次さんがなだめても、おとっつぁんの顔色は戻らない。
「おとっつぁん、私が狙われるかもって心配してたでしょ? それなら、ちゃんと守ってもらえた方が安心だよ。だから、大丈夫だよ」
「そうか……。そうだな。そうだと、いいんだが……」
「旦那様、私もお嬢様をお守りしますので!」
「おお、ありがとう。弥吉」
幼い弥吉に力強く言われて、おとっつぁんはようやく我に返ったようだ。よかった。弥吉、グッジョブ。小さいけど頼りになる。ただ、無茶をされると困ってしまう。怪我とかさせたくない。
みんな心配性で困る。
私が一度殺されそうになっているから仕方ないのだろうか。
ここが時代劇の世界だと思って、なんとなく現実感がない私がいけないのだろうか。
「美津、お前なぁ。ぼけっとしてるけど、本当にわかってんのかよ。命が危ないんだぞ。前は助かったからよかったようなものの」
「わかってるよ」
清太郎にもっともなことを言われて、私はちょっぴり反省した。いくら時代劇の中だと言っても、やっぱりこれは今現在の私の現実だ。
◇ ◇ ◇
一通り庭や家の中を調べたお役人様たちは帰って行った。とりあえず、私と知り合いだと言うことで豊次さんはもちろん、仲間の岡っ引きらしき人たちが念のため家に残ってくれている。
囮にすると言っても、今すぐなんて何かできるわけではないらしい。
私が見ていた時代劇でも、こういうのはまず悪者の方でもどこかに報告して始末してこいとか言われてふははしてから話が動くものである。
私を守るために、ここにいるとごねていた清太郎も危ないということで、家に戻された。不服そうだったが仕方ない。やっぱり、清太郎にまで危ない目に遭って欲しくない。
と、いうわけでまずは落ち着くためにと私は自分の部屋に戻されていた。そうするとやることがない。
女の子の部屋にぽいぽいと男を上げるようなおとっつぁんではないから、みんな一階で待機している。庭にも見張りをしてくれている人がいるようだから、窓から急に白浪小僧が入ってきてグサッとかも今のところ心配はなさそうだ。
結局、今日は寺子屋にも行けなかった。なんだかんだしていたら、もう夕方で外は暗くなりかけていた。
「ふあ」
あくびが出た。
そういえば、昨日はあまり寝ていないうえに朝は普通の時間に起きてしまった。この時間になれば眠くなるに決まっている。
「明日は寺子屋行けるかなぁ」
囮になるとはいえ、いつ白浪小僧が来るかわからない状況でこのまま家に閉じこもりっぱなしはさすがに困る。
なんて思っていたら、
「美津様」
襖の向こうから雪ちゃんの声がした。
「美津様? 起きていらっしゃいますか? はっ! まさか!」
ぼんやりとしていた私がすぐに返事をしないでいると、突然ものすごい勢いで襖が開いた。
「美津様! ちゃんといらっしゃいましたね」
「う、うん」
「返事がないので心配しました」
「あ、そうだね。ごめん」
いつもならなんでもないことだけれど、今の状況だとシャレにならないんだった。
「ちょうどよかった。今日はまだ政七さんに会ってないから、雪ちゃん会ったらお礼言っといてくれるかな」
「政七さんにですか?」
「そうそう。昨日、見回りに来てくれた政七さんがいなかったら私、今ここにいないかもしれないし。すっごく助かったって言っておいて。私も顔を見たら言うつもりだけど」
「ここにいなかったなんて、そんな恐ろしい。でも、伝えておきますね。そんな風に美津様におっしゃっていただけるなんて政七さんも喜ぶと思います」
本当に助かったと思っているので、自分の口からじゃなくても早めに伝えてはおきたい。きっと雪ちゃんだったらすぐに政七さんと顔を合わせるはずだ。
雪ちゃんはまるで自分のことみたいににこにこと顔をほころばせている。政七さんが活躍したのが嬉しいみたいだ。恋っていいね。
「で、なにか用だった?」
意味もなく雪ちゃんが私の部屋に来たわけではなさそうだ。
「そうでした。寺子屋の先生がおみえですよ」
「え、先生が? わざわざ私が休んだから心配して見に来てくれたのかな」
「そのようです。あの、ご気分が優れないのならこちらで対応しておきますが」
「ううん。せっかく来てくれたんだから」
私は立ち上がる。
そういえば、先生が白浪小僧だと疑ったこともあったっけと思う。結局全然似ても似つかないおじさんだった。
先生だったら、顔も結構いいし意外性もあってキャラ的にはめちゃくちゃいいと思ってしまうのは時代劇ファンのわがままだろうか。




