22 そうです私が画伯です
で、私は昨夜のことを話した。
もちろん、前にも白浪小僧に会ったことがある、というのは除いて、だ。でないと、抜け出したことがバレてしまう。みんな、黙って聞いてくれていた。というか、私になにがあったのか気になるようだった。
話し終わって周りで聞いていたみんなの顔を見ると、なんだかおかしな雰囲気なことに気付いた。みんなが真剣そうな顔で私のことを見ている。
「え、ええと。みんな、どうしたの?」
私が言うと、
「いや、どうしたもこうしたもねぇだろ」
やれやれといった様子で、豊次さんがため息を吐いた。
「きっと、頭巾を取られたことで動揺していたんだろうけどよ。白浪小僧の顔を見たのは、この江戸中でおめぇさんだけなんだぜ。だとしたらよ、もう外なんか出歩けねぇだろ」
「!」
そういえば、さっき雪ちゃんも私が白浪小僧の顔を見たなんて言ったら、危ない目に遭うんじゃないかとか言っていた。
「……そうだな。俺の立場としては顔を見たヤツがいるってのは、喜ぶところなんだけどよ。よりによって、嬢ちゃんとはな」
「なるほど」
確かにあれだけ捕まらなかった白浪小僧の顔を見た人間がいるとしたら、それは捜査上大きな進歩だ。
それはわかるのだけど……。
あの、最初に会ったときの白浪小僧なら私としては捕まって欲しくない。だけど、昨夜の白浪小僧は違った。確かに私を殺そうとしていたと思う。一体なにがあったのだろう。
わからない。
そんな短期間で人が変わってしまうようなことがあったのだろうか。
「そうだな。で、どんなヤツだった?」
「うーん。普通のおじさん?」
「おじさん、かぁ。しかも、普通のってなぁ。どこにでもいそうな顔ってことだよな。それだけじゃ、さすがにわからねぇな」
うーんと、豊次さんが頭を抱える。
「えーと、黒ずくめで、どこにでもいそうなおじさんで……」
思い出してみようとするものの情報が全く増えない。
「嬢ちゃん、人相書なんて描けるかい?」
「人相書!」
それはあれだ、現代でも交番の前とかに張り出してあるこの顔にピンときたら! みたいなやつだ。江戸時代はさすがに写真がないので、手で描くしかない。しかも墨と筆で。
「……あー」
当たり前に、人相書があれば誰でも白浪小僧の顔がわかることになる。そうすれば捕まえやすくもなるというものだ。
「どうしたんでぃ。おかしな顔をして。人相書があれば、関所で止めることも出来るしな。いいことずくめなんだが」
「そう言われましても……」
「大黒屋の旦那、書くものを用意していただけやすか?」
「わかりました。弥吉、頼めるかい?」
「はい!」
で、私の前には半紙と墨と筆が用意されたのだが。
「なんでぃ、それは……」
「美津、おめぇ……」
「お嬢様……」
「美津……」
みんなで声を揃えて落胆することはないと思う。
目の前の半紙には確かに顔っぽいものが描かれている。
描かれているのだが。
「いや、我ながら酷いとは思うけども」
「あ、ああ……。美津、昔からこんなだったか?」
「うー」
昔のことを清太郎に言われると、そのときのことはわからないので困る。
「そうだったなぁ。今より幼い頃、私の顔を描いてくれたときもなかなか個性的だったとは思ったが、あれはまだ小さな子どもだったからだと思っていたんだが……」
「あー、うん。大きくなってからおとっつぁんを描くことなんてなかったもんね」
と、言ってみる。悪役令嬢のような性格だったらしい前の私のことだ。おとっつぁんの似顔絵をこの歳になってから描いたことなんてなかったに違いない。
そして、私と同じくどうやら絵心はなかったらしい。
「いや、これ、人。なのか?」
「人ですって」
首をひねっている豊次さんに答えてみるものの、正直自分でも人と言われなければわからないとは思う。
半紙にはなんだか歪んだ顔らしき輪郭の中に、これまた歪んだ目とか鼻とか口などが描き込まれている。
正直、昨夜見た白浪小僧とは似ても似つかない。
「ぐぬぬ。思い出しながら描いたはずなのに……」
せめて、現代のペンとかあればと思う。筆で描くというのが、これまた難しかった。
が、現代にいた頃も画伯なんて呼ばれていた私だ。普通のペンとノートがあっても犯人を捕まえるほどの似顔絵を描くのは多分、無理だ。残念だが。
「……ごめんなさい。せっかくの手がかりなのに」
私はがくりと肩を落とした。
あの私を殺そうとした白浪小僧。あの白浪小僧ならきっと野放しにしていてはいけない。なにがあったかはわからないけれど、また犠牲者を出したくはない。
「うぐー」
「いや、そんなに落ち込むとは思わなかった。すまねぇな。うん、まぁ。できねぇもんはできねぇんだからしょうがないわな……」
「服は真っ黒だったのはわかるんですが……」
「そうか。それは、みんな知ってるけどな」
「ですね……」
ため息を吐いていると、
「おう、豊次。そのお嬢ちゃんからなにか聞けたかい?」
豊次さんの上司っぽい同心の人がやってきた。
「ええ、それが。その」
豊次さんは少し口ごもっている。
私が白浪小僧を見たなんて、やはり言いにくいのかもしれない。
それでも、
「なんでも、この嬢ちゃんが白浪小僧の顔を見たなんて言うもんでして」
「な、なにぃ!?」
豊次さんはちゃんと伝えた。さすが、仕事はきっちりする豊次さんだ。
「本当かぃ。それは」
「はい」
私はこくりと頷く。
「そいつぁすげぇじゃねぇか! で、どんなやつだった!?」
同心の人が私に詰め寄ってくる。
「それは……」
「こいつです」
「なんだこりゃあ」
私に詰め寄ってきた同心の人に豊次さんがあの絵を見せる。
「そいつが白浪小僧だそうです」
「こいつぁ……」
同心がまじまじと私の描いた絵を見ている。それから顔を上げて言った。
「お嬢ちゃんが描いたのかい?」
「は、はい」
「うん、まあ、なんだ。全くわからねぇな」
「ですよねー」
我ながらこれが交番の前の掲示板に張り出されていても、なにもわからないと思う。
「いい手がかりだと思ったんだけどなぁ」
「こいつもあります」
同心の人に豊次さんがあの布を差し出す。
「これは……」
「白浪小僧の頭巾だそうです」
「これが、か?」
「へい」
「こいつも見たところでよくわからねぇなぁ。庭にもなにか残っているわけでもねぇし、今回もお手上げか」
「そうですねぇ」
同心の人と豊次さんは同時に深いため息を吐く。
「ごめんなさい……」
せっかく顔を見ているのに、全く役に立っていないのが情けない。
「それなら、おい!」
同心の人が豊次さんと同じような格好をした人に声を掛ける。あの人も岡っ引きに違いない。
どうやら人相書を描くのが得意な人なようで、私の記憶を頼りに顔を描いてもらおうとしたのだが……。
あまりに普通すぎる顔だったため、私がよく覚えていなかったため失敗した。
舞台の白浪小僧くらいかっこいい顔だったら覚えていられたかもしれないのに、残念だ。
あと、結構暗かったし仕方ない。
「しかし、旦那。人相書はともかく、白浪小僧の顔を見たってのは危なくねぇですかい?」
「ふむ」
同心の人が腕組みをする。
「もしかしたら、正体がばれないように狙われるなんてことがあるかもしれませんよ」
「そうだなぁ」
同心の人が頷く。
「けど、ずっとついているわけにもいかねぇしな」
「そんな。もしなにかあったらどうするんですかぃ」
「そうだなぁ」
同心の人がうなっている。
こういうときは、どうすればいいんだろう。
確かに思い出してみれば、時代劇の中では目撃者は大体危ない目に遭うことが多い。まあ、大体殺されてしまうとか。
それなら……、
「豊次さん」
「ん?」
「私が囮になるっていうのはどうですか?」
「は? なに言ってやがんだ! そんなの危ねぇだろ!」
一応考えて言ったつもりだったのだけど、豊次さんに思いっきり止められた。
「そうだぞ、美津! そんなもんはお役人様に任せておけばいいんだよ」
「み、美津……」
清太郎とおとっつぁんも驚いた様子で、弥吉はなんだか口をパクパクさせている。
けれど、
「そいつぁ、名案かもしれねぇな」
同心の人だけが私の考えに同意してくれた。




