5 猫も杓子も白浪小僧
「んーーーー」
ようやく休み時間になって私は伸びをする。
「ふう」
真剣に算術に取り組んでいて疲れたのか、弥吉も息をついている。
「弥吉、お疲れ様」
「お嬢様こそ」
私と弥吉は顔を見合わせて笑う。
休み時間になると、寺子屋の中は騒がしくなる。小学生くらいの子どもたちが集まっているから当たり前だ。席から離れて、子どもたちが集まり出す。もちろん私も集まる中の一人だ。
そして、話題になるのは、
「今、白浪小僧のお芝居やってるんだよね」
「あー、私も行ってみたいな」
「ね! でも、なかなか木戸札が取れないって聞くよ」
「それより本物だよ。うちに来てくれないかなー」
やっぱり、白浪小僧だ。
「だよね、だよね!」
いてもたってもいられなくて、話に混ざる。
「実は私、昨日そのお芝居行ったんだー」
「え!」
「本当? おみっちゃん!」
「友だちが、がんばって木戸札取ってくれたんだよ」
「えー! いいないいな」
「お芝居に行ってきたんですか? お美津さん」
子どもたちとわいわいしていると、先生も話に入ってきた。
「どうでした?」
「すっごくかっこよかったです。先生も白浪小僧、好きなんですか?」
あまりそういうものには興味なさそうに見えるが、先生だって江戸っ子だ。気になっていないわけがない。
「そうですね。みなさんがよく騒いでいるので、どんなものなのか気になります」
先生はいつもと同じ、穏やかそうに言った。
私よりも先に子どもの一人が食いつく。
「先生も白浪小僧、気になってるんだ!」
「そこは、気になってるんですね。ですよ」
「気になってるんですねー!」
「はい、よく出来ました」
ちびっ子と先生のやりとりが微笑ましい。
「あのねあのね、白浪小僧、うちの隣の長屋に来たんだよ!」
今度は別の子が言った。
「え、本当!? どんなんだった? どんなんだった?」
私は思わず身を乗り出してしまう。
「来たって聞いただけだから、見てはないよー」
「あ、そっか」
「でも、置いて行ってくれた小判、見せてもらったよ!」
「え、すごい! 本当にいるんだ、白浪小僧」
思わず、ほうっと息をつく。
「すごいなー、お話の中だけじゃないなんて」
江戸中の噂にはなっていて、瓦版なんかでも見てはいた。それでも、こうして身近にいる人の口から存在がわかる話を聞くのはまた違う。本当に白浪小僧はいるのだと実感する。
時代劇で見ていた世界が本当にあるなんて、すごい。夢みたいだ。
「ねっねっ。白浪小僧みたいな盗賊のこと、義賊って言うんでしょ?」
「本当にそんな盗賊がいるってすごいよね」
「白浪小僧、本物もかっこいいのかな」
子どもたちが口々に言う。
「うちにも来て欲しいな」
「小判置いてってくれるなんてすごいよね」
「そんなのもらったら、うちの父ちゃん、きっと働かなくなっちゃうよ」
「うちもかも!」
あはははは、と子どもたちが笑う。
「白浪小僧は本当に困っている人のところにしか来ないんですよ」
先生が諭すように言うと、
「えー」
「じゃあ、うちには来ないのかな」
「寺子屋に通わせてくれるくらいの家には無理かなぁ」
「残念ー」
子どもたちが急にしょんぼりする。
私も一緒にしょんぼりする。だって、一応私の家は大店でお金に困ってなんかいない。白浪小僧が来てくれるわけがない。そして、白浪小僧は悪事を働いている店にしか入らないから、超優良店のうちには盗みにも入ってくれない。
「いいじゃないですか。先生はみなさんが困っていないことの方が嬉しいですよ」
そう言われると複雑だ。
サンタさんはいい子にしていると来てくれるけれど、白浪小僧は困っていないと来てくれない。だとしたら……。
「自分から会いに行くしかないか……」
「会いに行くって、白浪小僧にですか?」
「あ」
どうやら口に出してしまっていたらしい。
先生が笑っている。
「白浪小僧にどうやって会うんです?」
「うーん。屋根の上で待つとか?」
盗賊は屋根の上を走ると相場が決まっている。きっと、夜空に浮かぶ月をバックにかっこよく走っているに違いない。
ああ、考えただけでうっとりしてしまう。
「危ないですよ。みなさん、そんなことをしてはダメですからね」
「はーい」
子どもたちが律儀に返事する。
「それに、義賊と言っても盗賊は盗賊ですからね。どんな人かもわかりませんよ。本当は危険な人物かもしれません。だから、夜は外に出ないようにしてくださいね」
「はーい」
再び返事をする子どもたち。
私はというと、素直に返事できない。
「お嬢様、まさか本当に夜に抜け出して探しに行こうとか思っていませんよね?」
「ぎくっ」
弥吉は心の中が読めるのだろうか。
「さ、みなさん。そろそろおしゃべりをやめて勉強に戻りましょうか」
先生に言われて、子どもたちが自分の席に戻っていく。
もっと白浪小僧の話をしたかったけれど、私もしぶしぶ自分の席に戻った。
白浪小僧のことを考えていると、習字どころではなくなってしまう。
気付けば、
「お嬢様、それは……」
「あ」
無意識で半紙に『白浪小僧』とでっかく書いてしまっていた。
「お嬢様、本当に白浪小僧に会いたいんですね」
「むー。だって、気になるんだよー」
弥吉がくすくすと笑う。
これではどっちが年下だかわからない。
「おやおや」
タイミング悪くやってきた先生まで私の半紙をのぞき込んで苦笑している。
◇ ◇ ◇
私の通っているこの寺子屋は現代の学校みたいに夕方まで普通に授業(?)がある。時代劇の中で学校に通っているようなものだ。
「おみっちゃん、また明日ね」
「うん! またねー」
「みなさん、気をつけて帰ってくださいね」
「先生、今日もありがとうございました!」
子どもたちには手を振って、先生にはちゃんと頭を下げる。子どもたちも先生にはちゃんと頭を下げている。みんなしっかりしていて感心する。
そうして、寺子屋を出ると効果音ぽいカラスなんかが鳴いている。こういうとこ、時代劇臭くてこの世界、好きだ。
なんて思っていると、近くの曲がり角から、見知った顔が現れた。そして、私の顔を見て手を上げた。
「よっ」
清太郎だ。
「今、終わったのか? 寺子屋」
「うん。今終わったとこ。清太郎はどうしたの?」
私は清太郎に駆け寄る。
「俺はちょうど仕事で出てたとこでよ」
「そうなんだ。偶然だね。ちゃんとお店手伝ってて偉いねぇ」
「まあな」
ふふん、と清太郎は胸を張っている。
本当に清太郎は偉いと思う。最近までちょっとグレてたみたいだけど、最近ではしっかりと若旦那をやっている。
「……絶対、偶然じゃありませんよね」
私の隣にいる弥吉がなにかぶつぶつ言っている。
「どうしたの?」
「あ、いえっ!」
慌てる弥吉に、清太郎は言った。
「この前のお返しだよ」
「ぐっ」
「え? なんのこと?」
一人だけ話についていけない。
「なんでもねぇよっ!」
「なんでもありませんっ!」
「わあっ!」
私が聞くと、二人が同時に大声で言うからびっくりした。
「ええと?」
首をひねっていると、今度は同じタイミングで二人がため息を吐いた。
「いいよ、もう」
「さ、帰りましょう。お嬢様」
そして、私を促すように歩き出す。
結局その日は、三人で帰ることになった。
「しかし、美津。今更、寺子屋かよ。ちっこいのばっかりだろ」
「確かにそうだけど、楽しいよ。ね、弥吉」
「はい!」
「そりゃ、こいつはちっこいからいいけどよ」
「む」
「俺はさすがに今から寺子屋ってのは無理だからなぁ」
「え? 清太郎も行きたかった? 先生に頼んでみる?」
「いや、違う! いや、美津と一緒なら行きたくはあるが……。じゃなくてだな、俺はもう前に行ってたんだよ」
「あ、そうなんだ」
もしかしたら、以外と真面目に通っていたのかもしれない。それとも、あの仲間たちと寺子屋でも騒いでいたりしたのだろうか。
「清太郎がいたら歳が同じだから、寺子屋の中でも話が出来て楽しそうだよね」
現代の高校に戻ったみたいで、それもいい。
けれど、弥吉が言う。
「お嬢様、今でも楽しそうにみなさんと話をしているじゃないですか。歳は離れてますが」
「マジか。でも確かに、美津ならちっこいのに混じってても違和感なさそうだよな」
「えー。でも、確かにみんなと話すのも楽しいけどさ」
私が言うと、二人が笑った。




