99.暁光祭、そして第五種目 4
「あの竜巻は魔力が濃すぎて外と中が断絶されてた。だから竜巻の中を私の魔力でいっぱいにして、あの魔法を相殺したんだ。ただの思いつきなんだけどね」
ルナの考えた原理としては、カップの中に水をいっぱいに入れる、袋の中に空気を詰める、などと似たような感覚だった。
「戯言を……そんなこと、並の人間にできるはずが……! 仮にそれができたとして、無傷なのは何故……?」
魔法を魔法で相殺することはよくある話。魔力でも同じことができてもおかしくはない。しかし、殺傷能力のある攻撃魔法をくらって無傷というのはありえない。
魔法をすぐに相殺すれば無傷なのにも納得できる。だが、そうではない。リュミエルが雷嵐魔法を放ってから暫く眺めていたように、ルナはあの魔法の中である程度滞在していたのだ。
「防御くらい誰だってするでしょ? 魔力を身体に纏って、魔法耐性を上げただけだよ!」
「私の、最上級魔法を……そんな基礎的な防護術だけで……?」
頬に続いて、リュミエルの背中に冷や汗が流れた。
身体強化の魔法で身体を固める。防御系の魔法で結界を張る。同じ攻撃魔法で相殺する。……防御にも色々あるが、ルナがとったのは最も基礎的な、誰もがする防御方法。
魔力を身体に纏い、さらに前述した手段で防御するのが最も確実で基本的。にも関わらず、前者のみで最上級魔法を無傷で凌いだ。それがどれだけ異質なことか、自分の魔法の威力を知っているリュミエルにはよく分かった。
(それを為すのに、いったいどれだけの魔力を必要とするか、分かっているのですか……!?)
リュミエルが驚いている間もなく、ルナは行動を開始する。
「さて、じゃあ次はこっちもいくよ!」
「っ!」
先制攻撃は譲った。そしてそれを凌いだ。宣言通り、すでに戦いは開始している。
ルナはいつものように地面を蹴り、一気に距離を詰める。
「早い……っ」
リュミエルは思いのほか凄まじい速度で詰めてくるルナに対し、後方に飛び退りながら咄嗟に、無数の小さな電撃の球を滞空させるように設置することで進行を妨害する。
続けてさらに小さな竜巻を周囲に散らし、踏めば空中に飛ばされ無防備になるよう罠を張る。
複雑に設置された罠達を前に、誰もが一瞬立ち止まるであろう場面だが、ルナの脚は止まることはなかった。
(右、右、中、左、中、右……)
罠が設置されているのは地上。上に跳べば避けて距離を詰めることは容易い……が、そんなことリュミエルも分かりきっているはず。跳べば無防備なところを撃ち落とされることは予想できた。
ルナは驚異的な集中力で、地上を漂う罠を速度を落とすことなく回避し、まるで稲妻のように潜り抜ける。
(この動きの鋭さ……先ほどのといい、ただの平民とは到底思えませんね……)
次々と設置した罠を踊るように抜けてくる少女の姿を見て、目の前の相手がまるで歴戦の猛者かのような錯覚を覚えるリュミエル。
それほどまでにルナの動きは洗練されていて、威圧感こそ無けども、敵ながら見惚れてしまうほどだった。
「ですが時間は稼ぎました。最上級雷嵐魔法……クラス7【ブリッツ・テンペスト】」
「……!」
最上級魔法はどれだけ熟練の魔術士でも、短時間で連発することはできない。魔力や出力の再調整や、魔力回路のオーバーヒートを避けるため、少しの時間を要する。優秀な魔術士であるリュミエルでもそれは同じ。ある程度のクールタイムが必要だ。
その時間を罠で稼いだリュミエルは、先ほどとは違う最上級魔法を発動させる。
リュミエルが魔法を発動させると、ルナの進行方向には複数の魔法陣、そして雷雲が生成され、その進行を阻むように魔法陣からは白い竜巻が、雷雲からは太い雷がルナを襲う。
無数に及ぶ竜巻と雷の猛攻は、その一つ一つが濃い魔力を宿し、高い質量を誇り、当たればただでは済まないのが一目で予想できる。
「この魔法は"エクレール・テンペスト"よりも攻撃性能の高い魔法……あれを耐えられたとて、こちらはそうはいきませんよ」
「んー……」
ルナは走りながら少し考えた後、すぐさま結論を出し、拳を握り、詠唱した。
「【ファイアボール】」
どおおぉぉぉぉぉぉぉん!!!
「っ! 爆発……!? しまった、視界が……!」
いつもの苦手な火魔法を発動させ、相変わらず失敗し凄まじい爆発を起こしたルナ。その爆煙はリュミエルの視界を奪い、動揺を誘う。
そんなリュミエルの元に、ルナはすぐ迫っていた。
「ったぁああっ!!」
「ぁ、く……っ」
煙の中から現れたルナの強烈な蹴りが、リュミエルの胴体へ炸裂する。
視界が奪われたことで警戒を高めていたリュミエルは、すぐさま魔力を防御に充てることに集中し、咄嗟に魔力の膜で覆った腕でガードすることに成功する。
だがガードはできても、威力を殺すことは難しく、ルナの馬鹿力によってリュミエルは後方まで蹴り飛ばされる。
(なんて……っ、パワー……!)
「ぐ……嵐の風よ……っ!」
このままでは壁に叩きつけられると判断したリュミエルは、雷嵐魔法の嵐の方を使い、風で勢いを殺し、吹き飛ばされた衝撃を相殺する。
「はっ……はっ……」
「不意を突いてもちゃんとガードされちゃった。リュミエルさんってやっぱり強いんだね! 魔術士なのに、接近されてもすぐ対応できるなんてさ!」
「貴女に言われても、皮肉にしか思えませんね……。
まさか、精霊寮に貴女のような人間がいるとは……思ってもみませんでしたよ」
息が上がりながらも、リュミエルはルナの実力をようやく認識する。
(私の魔法を防御する程の魔力と身体の頑丈さには驚かされましたね……。魔法も少しは使えるようですが、一番の武器はあの素早さ……攻撃が当たるビジョンが見えない)
雷嵐魔法は威力こそ誇れるものがあるが、当たらなければ意味がない。ルナの身軽さとはかなり相性が悪い。そう感じていた。
戦略的撤退も視野に入れるべき……と考えるが、果たして見逃してもらえるものか。
(退くことに、くだらないプライドは持ち合わせていませんが……)
正直なところ、リュミエルは逃げ足に自信はなかった。そこはちゃんと魔術士なのだ。身体を鍛えるくらいなら魔法の訓練をするので、肉体鍛錬をする魔術士はそう多くない。大体魔法で補えるからである。
「考えごと~? もうちょっと待つ~?」
(……なんというか、あれこれ考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきますね……)
リュミエルは戦闘中の鬼気迫る動きを見せるルナと、今の間の抜けた態度のルナの温度差に、何故だか疲れてしまう。
こんな相手が本当に強いのか、と。無論、今の掛け合いでルナが強いことは嫌でも理解しているのだが……。
「人とは、見かけによらないものですね」
じりっ……と後ろに下がりつつ、ルナから視線を外さないように距離を取るリュミエル。
「認めてくれた?」
「……認めていますよ。十分、貴女は強い。私は他の貴族のように、下らない意地を張るつもりはないですから」
「おおー、なんだか大人だね! 他の古竜寮の子達よりも話を聞いてくれるし」
「貴女こそ、点数を求めている割には、ずいぶんまともに話が通じるようで」
「そりゃー、戦うよりも会話で解決できる方がいいもんね~?」
さっきまで戦っていたとは思えないほど、呑気に会話を続ける二人。
そこで、ルナがあることに気づく。
「……なんかさっきより離れてない?」
「……」
リュミエルは話している間も少しずつ距離をとっていた。恥も外聞もなく、この場から撤退するために。
気づけば、いつの間にか二人の距離は数十メートルとあいていた。
「強い相手を求めているのは事実……ですが、相性の悪い相手と無暗に戦闘を続ける程、愚かではないですから」
「うーん……。それはまあ別にいいんだけどー……でもなぁ」
ルナ自身、最初こそ点数のためとは言ったが、戦いたがっていない相手に無理に戦闘を強いるほど、点数が欲しいわけではない。
勿論、余裕がないのは変わらないので、精霊寮のためにも倒すべき相手ではあるのだが……。
(仲間のために、好まぬ戦いをしている、と。ルナ・アイギス。彼女はかなりお人好しのようですね……。それに、その相手すらも逃がそうか悩んでいる)
頭を抱えて唸るルナを見て、その心情が概ね把握できたリュミエル。だが、勝算の低い戦いはしたくないというのは変わらない。
強い相手は好きだ。平民であれど、ルナは今まで戦った相手の中でも三本の指に入るほど。その時点でルナに対する最初に会った時の偏見、差別的な気持ちは消えていた。
負けたとは思わない。が、今は勝負を預ける。そう思い、ルナが悩んでいるうちに後退るリュミエル。
「うーん……ん?」
しかし――。
「あぶないッ!!」
「うっ……!?」
ドォォォッ!!!
突如としてルナが声を上げたかと思えば、次の瞬間、リュミエルの懐にまで一瞬で距離を詰めて飛び込んだルナは、そのままリュミエルを押し倒しながら勢いのまま壁に突っ込んだ。
「いたぁ~い……」
「な……なにが?」
突然ルナの姿が消えて視界が歪み、気づけばルナに押し倒されていたリュミエルは、何が起きたのか理解できていない様子だった。
ルナは今もリュミエルを庇いながら、周りを警戒している。妙に思ったリュミエルが見ると、先程までリュミエルがいた場所は地面が大きく削り取られていた。
("なにか"に攻撃、された? 彼女に守られた?)
現状を鑑みて、ぼんやりとながら状況を把握したリュミエル。
「あ、あの……」
「リュミエルさん、大丈夫!? 頭とかぶつけてない!?」
「おかげさまでなんともありませんが……」
ルナは悩んでいた矢先、ふとリュミエルの背後の空間が歪む瞬間を目撃した。
気のせいかとも思ったが、持ち前の直感が、非常に嫌な予感を告げていた。ルナはその感覚を信じ、わずか1.5秒の間に思考を終え、脚部にのみ魔力を集中させて地面を蹴り飛ばした。
そうして今に至る――。
「おかげで頭ぶつけたよー……」
「私を心配する前に自分を労ってください」
ルナはリュミエルにツッコまれながらも、警戒は絶やさない。もし先程の攻撃が遠隔攻撃ならば、いつまた攻撃が飛んでくるかわからない。話しながらもすぐ反応できるよう、鋭い集中で周囲を警戒していた。
「……ルナ・アイギス。あの……集中しているのは分かりますが、その……」
「ん? ……ああっ! ごめんごめん!」
頬を少し染めたリュミエルに申し訳無さそうに声をかけられ、ルナはハッとする。こうしている間も、リュミエルを押し倒し、覆いかぶさったままだったのである。
いつ攻撃が来ても守れるよう庇っていたつもりだったが、このままではリュミエルも動けない。それに、気まずいであろう。
立ち上がった二人は、さっきまで戦っていたことは忘れ、肩を並べて周りを見渡す。
「……先ほどは、助けていただいてありがとうございます。何が起きたのか、あまり理解できていませんが……」
「私もよくわからないよ。空間が歪んで、地面が削り取られた以外、情報がないもん」
「魔法かトラップ、でしょうか……前者ならば、術者が近くにいる可能性がありますが」
「トラップなら、こうして警戒する必要もないんだけど、何となく、それは違う気がするよ」
どっちみち、地面が削り取られたところを見るに、食らっていたらただでは済まなかったことは予想できる。
術者がいるのであれば、かなり悪質……トラップにしても性格が良いとは言えない。
ルナが考えていると、リュミエルが声を上げた。
「あれは……」
「……歪んでる」
二人の視線の先は、景色に混ざって、空間が大きくぼんやりと歪んでいた。




