98.暁光祭、そして第五種目 3
「おや……」
「あっ、人!」
曲がり角のところで突然出くわしたルナとリュミエル。緊張感もなく間の抜けた声を上げるルナに、咄嗟に距離を取るリュミエル。
再びの接敵に警戒するリュミエルだったが、その目線はルナの制服へ向く。
「はぁ……。また精霊寮、ですか」
「また?」
「先ほども精霊寮の3年生を二名ほど倒したところなのですよ。手応えは、ありませんでしたが」
「先輩が二人も……」
ルナは話しながら相手の制服に目を遣る。その制服は古竜寮のものということを把握したルナは、相手の余裕ある態度に納得した。
「私もさっき、あなた達古竜寮の2年生を二人倒したところだったんだ。言っちゃ悪いけど、手応えなかったよ!」
「……へえ?」
ルナは意趣返しのように同じ言葉を返し、リュミエルを挑発する。
勿論、あくまで挑発の材料として言っただけであり、本当に弱かった、とは微塵も思っていない。……どちらも一撃で終わってしまったのだが。
「もしや、この私を挑発しているつもりですか? 残念ですが、私は戦う価値のある相手しか求めていない。
見たところ、貴女は私と同じ1年生。ならば得点も低い。相手をするのは時間の無駄。無視してゴールを探したほうが効率がいいでしょう。お互いのためにも……」
3年は討伐することで30点、2年なら20点もらえる。それに対しルナ達1年は10点しかもらえない。ゴールした時の点数は30点。10点である1年生を倒すために時間を使っていては非効率、と彼女は考えたらしい。
「うーん。じゃあ、あなたにとっての戦う価値がある相手って、得点が高い先輩達ってこと?」
「一番人数が多く、得点も多いのは3年生です。それに、力も弱く狩りやすい聖獣寮、精霊寮は格好の的となるでしょうね」
この種目は寮関係なく学年毎に点数が決まっている。古竜、魔狼などの実力ある生徒が多い寮からすれば、得点が多く実力の低い下位クラスの高学年はボーナスキャラ、ということだ。
しかし彼女……リュミエルの求める相手はそれだけではない。
「それがこの種目においての効率のよい立ち回り……ですが、私にとって価値ある相手はもう一つ」
「まだあるの?」
「実力のある相手。この私を満足させてくれる、私に相応しい相手を見つける。それがこの学園での私の目的です」
リュミエルは強い相手。つまり、好敵手となり得る人間を探していた。
本種目では効率よく点数を稼ぐために弱い相手を狙う立ち回りをする彼女が、真に目的としているのは強き相手という、この種目においてはなんとも矛盾した行動原理。
ルナは内心、『この子も変わった子だな』と自分に返ってくるようなことを考えていた。
「ですので、魔狼寮の生徒に会えた場合は得点関係なく倒しますよ。この学園では比較的マシな部類……優秀な生徒もちらほらいるようですから」
「ああ! あなたも戦闘狂なんだね!」
「……違いますが」
「そうかな? 私の周りも強さとか戦いに拘る人多いからわかるけど、話を聞いてる限りあなたも同類だと思うよ?」
「………」
ルナの発言が気に食わなかったのか、口を閉じて黙りこくってしまうリュミエル。
ルナの周りには戦闘狂に該当する者が多くいる。親友であるマナであったりカトレアであったり、依頼で一緒になった仲間など……心当たりのある知り合いは非常に多い。
というか、冒険者の時代である現代において、戦いを好む者はかなり多い。むしろルナのような戦闘を避けたい派は少数だったりする。
「少々無駄話が過ぎましたね。つまり、私も貴女も、お互い戦っても生産性がないという話です。
貴女も、ここで倒され得点を得られずに脱落はしたくないでしょう。他へ行けば、まだ点数は稼げるかもしれませんよ。
私は時間が。貴女は少しでも点数が。互いの利害を視野に入れて賢く行動するべきです。……では、失礼します」
ペラペラと、自分の都合で話を進めたリュミエルは、ルナに手出しする素振りもなく、本当にそのまま行こうとする。
彼女の言う事も一理ある。……だが、彼女の理論には一つ重大な勘違いがあった。
「ねえ、それってさ」
「――私が強かったら、どうするの?」
ぴたっ……
一瞬。その場にはピリッとした空気が流れた。足を止めたリュミエルは振り返りながら聞き返す。
「落ちこぼれの精霊寮である、貴女が?」
「ふふ♪」
リュミエルにとって、寮分けで精霊寮に選ばれた時点で才能がない、若しくはかなり低いことはおおよそ確定している。それほど組分け猫であるキャティアの慧眼は凄まじいのだ。
そんな才能のない精霊寮の、自分よりも幼く見える少女からのあまりにも強気な発言。ただの虚言。見栄。思わず笑ってしまいそうになる。
貴族の中でもトップオブトップ。公爵家の令嬢である自分に、平民が本気で勝てると思っているのかと。
「どのように? その背中の大きな剣で? 私を凌ぐ程の大魔法で? 何か秘策でも?」
「どれにしようか!」
「大した自信ですね……」
――だが、もし。万が一にも。その慧眼が狂うことがあったとしたら。
――もしも、何かの間違いで彼女が精霊寮に入ったのだとしたら。
小さな蕾が、大きな花を開くように。たとえ僅かな可能性でも、平民の中にも咲く花があるかもしれない。
安い挑発だが、乗ってみるのもまた一興。
「……いいでしょう。そこまで自信がおありなのであれば、買いましょう。その挑発。
なぜそこまで私と戦いたがるのか、その自信はどこから来るのか、少し気になりますし」
「戦いたがってるというか、もうどんな点数も見逃したくないだけというか」
余裕のある古竜寮と違い、精霊寮には10点だろうと見逃す余裕はない。
たとえ相手が学園内でもかなり上澄みの貴族であろうと、点数の少ない1年生だろうと、ルナにとって見逃すという手はなかった。
先ほど別れたカトレア達は最初で最後。友人特権の特別である。
「さて。ではどうしますか? 短い間とはいえ、こうして会話をした仲です。急に戦うといってもタイミングが中々掴みづらいところではありますよね」
「たしかに、仲良くお話してたもんね! ちょっとやりづらいね!」
「別に貴女と仲良くなった憶えはないですが。貴女は少し身分の違いというものを理解した方がいいですよ」
「ちぇ、冷たいなぁ……」
少しは仲良くなれたと思ったが、あっけなく突き放されてしまい口を尖らすルナ。
だが、リュミエルは古竜寮にしては割と話が通じそうな感じがした。やはり古竜寮らしく、どこか見下している節はあるが。
まぁ元々戦うつもりでいたのだ。この戦いに抵抗はない。
「じゃあ、そっちから攻撃していいよ! 避けないから! 接近戦でも、魔法でも、何でも。得意なのは魔法かな?」
「……正気ですか?」
ルナは喧嘩を売ったのはこちらなため、先手を彼女に譲ることにした。
相手の手の内も知らなければ実力も、名前すらも知らないため、非常に不利。一撃で終わってしまう可能性もあるが、ルナなりの義理だった。
「では……後悔しないことです」
「あ、そういえば」
「……?」
お言葉に甘え、リュミエルが構えたところでルナが割り込む。そして笑顔で訊ねる。
「あなたの名前は? ずっと聞いてなかったや」
「この状況で自己紹介ですか……」
「えへへ、すっかり忘れてた」
「まぁいいでしょう。……リュミエル・フォン・ベアトリクス。東の名門貴族、ベアトリクス家の長女です」
「私はルナ・アイギス! 旅をしながら冒険者やってるよ!」
互いに自己紹介を済ませた二人は再び距離を取って戦いに備える。
「ルナ・アイギス。もう一度言います。私に先手を譲ったこと、後悔しないことです」
「二回も言わなくてもわかってるよ! そっちこそ私が生き残ったときに後悔しないように、全力でやったほうがいいよ!」
「どこまでも自信家ですね……。
ならば、遠慮はしない……!」
三度言葉を交わしたのち、リュミエルの顔つきが変わった。目を閉じ、両腕を軽く広げ集中している。
傍から見れば隙だらけで、敵が目の前にいるのに何をしているのかと言いたくなるような状況だが、ルナ決して約束を破ろうとはせず、ただリュミエルの準備ができるのを待っていた。
あちらも、ルナがそういった真似はしないという程度には信用してくれているようだった。
暫し静観していると、次第にリュミエルの周囲には濃度の高い魔力が漂い始め、彼女が大きな魔法を使おうとしていることが分かった。
(わあ……集中力もだけど、魔力もすごいなぁ)
ルナとリュミエル、二人を取り巻く魔力はピリピリとしていて、肌には静電気のような感触が奔る。
すると準備が整ったのか、リュミエルは集中するため閉じていた目を開ける。
「んんっ……!」
ルナはそろそろ仕掛けてくると判断し、全身を魔力で覆い、防御の姿勢をとる。
「『――疾風迅雷、雷鳴轟く閃光の稲妻……風吹き荒れ豪嵐と化せ!』」
リュミエルが詠唱すると、次の瞬間、周囲を渦巻いていた膨大な魔力が彼女の元へ収束し、リュミエルの纏う魔力が急速に高まる。
魔法適性試験でも使っていた、彼女の得意とする最上級魔法だ。
「最上級雷嵐魔法……クラス8【エクレール・テンペスト】!」
「おぉっ……おおぉっ――」
完全詠唱で発動させた最上級魔法はルナの周囲、そして上空を暗雲が囲い、バチバチと稲妻を奔らせる。
そして困惑する間も与えず、激しい風が巻き起こったかと思えば、雷光纏いし暗雲はルナを包みこみ、生まれた巨大な嵐が小さな少女を襲う。
瞬く間に、稲光轟く黒い竜巻に完全に飲み込まれたルナは、その姿を外から確認することは不可能だった。
(本当に回避しませんでしたか。死ぬことはない……ですが、再起不能にはなってもらいます)
荒ぶる風吹く迷宮の中で、美しい金色の髪を靡かせながらリュミエルは見届ける。
リュミエルの持つ膨大な魔力で発動させた最上級魔法の威力は、常人なら耐えうることなど到底できないものだ。
今まで彼女自身が戦ってきた中で、この魔法に耐えられた者は誰一人としていなかった。それは驕りでもなんでもなく、経験からくる自信であった。
ゴロゴロ……
あまりにも強力な大魔法の影響で、その雷鳴と暴風は迷宮内の他の場所にいる生徒達にも届いていた。
しかしそれでもなお迷宮の壁は傷つくことすらなく、相当慎重に、そして頑丈に作られているのが分かった。
「……終わりですね。あれだけの自信、何か秘策があるのかと思いましたが……ただの杞憂でしたか」
地面を抉り、砂利を巻き上げ土埃を起こす雷嵐魔法を眺めていたリュミエルは、ルナはもう戻ってこれないと判断し、その場を後にしようとする。
――しかし、背を向けた次の瞬間。突如としてリュミエルの雷嵐魔法は"なにか"に打ち消され、まるで最初から何もなかったかのように周囲には静けさが舞い戻る。
「……っ!?」
背後で自分の魔法の気配が一瞬にして消えたことに気づいたリュミエルは即座に振り返る。
「お、できた! やーすごい魔法だね! そういえばリュミエルさんは入学式で凄い数値出してたっけ?」
嵐から抜け出したルナはあっけらかんとした様子で話す。それを見たリュミエルは内心ゾッとしていた。
(私の最上級魔法が、打ち消された? 確かに直撃したはず。いや、それよりも問題なのは――)
ダメージを一切受けていない――。あれほどの魔法を受けたにも関わらず、ルナの身体にはかすり傷一つついていないのだ。
そして最上級魔法を食らってもなおヘラヘラとした態度。まるで大したこともされていないかのような振る舞い。そんな不気味さに、リュミエルの頬には冷や汗が伝う。
「どお、びっくりした?」
「……どうやら、無意識に手加減をしてしまったようですね」
「んっ、そうだったの? じゃあ、後悔した?」
「よく口が回る。しませんよ、次は本当に仕留めます」
そう、無意識に手を抜いてしまっただけ。でなければ、平民如きが公爵家である自分の魔法を生き残れるはずがない。リュミエルは自分に言い聞かせるようにそう結論付けた。
「どんなトリックかは知りませんが、次はそうはいきませんよ」
「トリックなんかじゃないよ? ただ、リュミエルさんの魔法を私の魔力で上書きしただけ!」
「は……?」
ルナが告げた、耳を疑うような発言。リュミエルは思わず困惑の声が漏れる。
するとそれを見兼ねたルナは何が起きたのかを説明し始めた。




