85.決意
「「「「…………」」」」
静まり返った医務室の中は、どんよりと暗い雰囲気で包まれていた。
ベッドに横たわり、眠っているのは精霊寮の少年、イオだ。その姿は痛々しく、全身を包帯に包まれ、特にボロボロの両足は負担がないように吊り上げられた状態だった。
それを囲んで見守っているのは同じく精霊寮であり暁光祭の選抜生徒であるテティス、イズ、ニーシャ、クリス……そして、ルナだった。
イオが運ばれてきたのは昨日の夕方であり、皆がそのことを知ったのは今日の授業が終わり、ちょうど放課後を迎えたタイミングだった。
暁光祭に向けて、アルバートがルナと教師の席を一時的に入れ替えてからというもの、欠席は未だ一人もいなかった。しかしそんな中で今日、初めて欠席者が出たのがイオだ。
イオは普段真面目に授業に取り組んでおり、サボるなどということはあり得なかった。そんな彼の不在に、違和を感じる者も少なからずいたが、まさかここまでの出来事が起きているとは誰も思っていなかった。
イオが大怪我をして医務室に運ばれたことを知った魔法授業担当教師であるシャノンが、授業を終えたルナ達精霊寮の元に大慌てで現れたのがきっかけだった。
「……酷いことを」
「誰がやったか知らんが、とんだ外道だな。騎士道精神の欠片もない」
テティスが静かに呟き、隣にいたクリスが反応する。このような大怪我、誰かに意図的に傷つけられでもしない限りありえない。学内で起きたことだ。魔物の線はない。どう考えても何者かの仕業であることは明白だ。
「暁光祭が近いこのタイミングでの襲撃……やったのは他の寮の可能性が高いかもね」
「暁光祭に出場する生徒を狙った犯行か、はたまたこれから増えていくのか、被害は……。何にせよ、いい気分ではないね。あまり」
「「「「…………」」」」
イズとニーシャの二人はこんな時でも冷静に、犯人は誰なのかを考える。状況証拠や目撃者など情報がない以上、細かい犯人の特定はできないが、おおよその推測はできた。
「許せない。誰がこんなこと」
ぎゅぅっ……と血が滲むほどに、その小さな拳を握り締めるルナ。ずっと黙っていたルナはようやく口を開くが、淡々と零す言葉の節々には怒りを感じられ、周りの者は押し黙ってしまう。
「……推測にしかならないが、高いかもね。上位クラスの可能性が。古竜か、魔狼か……」
「全く腹立たしい奴らだ! ちょっと今から古竜寮と魔狼寮に殴り込んできます!」
「ダメですシュヴァリエさん! 証拠がない以上、そんなことをしてはこちらが不利になります!
それに相手は上級貴族……勝てるとも限らない。後手に回ってしまった以上、我々にはどうすることもできないんですよ……」
見兼ねたニーシャが立てた推測をルナに話すが、それを聞いて先走ろうとするクリスをテティスが必死に静止する。
彼女の言う通り、後手に回ってしまった以上、圧倒的に不利なのはこちらだ。何か核心的な証拠でもない限りは糾弾することも行動を起こすことすらもできないのである。
「上位クラス……」
静かに呟き、奥歯を噛みしめるルナ。暁光祭を目前にしてこのような事件が起き、さらには先の見えない歯痒い状況に陥り、ルナは珍しくイライラが募っていた。
そんなルナを宥めるようにイズは一つの提案をする。
「まぁ落ち着いてよ、ルナ。私が情報屋の誇りにかけて、必ず証拠を見つけてみせるからさ。それまで無茶はしないでよ?」
「……うん。気使わせてごめん、イズ」
そっとルナの肩に手を乗せて語りかけるイズ。正直アテなど一切ないが、こうでもいわなければ今しがたのクリスのように、ルナも上位クラスの寮にカチコミに行ってしまいそうに感じたからだ。
「その必要は、ねェかもな」
すると一同の後ろから声が聞こえ、医務室の扉がガラッと開く。
「アルバート先生? 今のってどういう意味ですか?」
「言葉の通りだよ。お前らがわざわざ動く必要はねェってことだ。……にしても酷くやられたもんだなぁ?」
ふてぶてしくいつもの調子で医務室に入ってきたアルバートは、意味深な言い回しでイズの質問に答える。
掴みどころのない回答に、一同は困惑の表情を浮かべていたが、続けてアルバートは説明する。
「目撃者……ってわけでもねぇが、怪しい奴を見かけた生徒がいんだ。そいつがイオをここに連れてきたんだがな。たしか古竜寮の……マナとか言ったか?」
「……! マナちゃん?」
「マナさんが?」
アルバートの口から出た目撃者の重要な情報の内容に、ルナとテティスは反応する。二人にとっては馴染みある名前だったからだ。
しかしそんなことは知らないクリス達からは反論が飛び出る。
「そいつは本当に信用できるのか? イオを連れてきたとはいえ、古竜の生徒だろう! 怪しいのはそいつのほうじゃないのか!」
「たしかに。第一発見者が犯人だった、なんてのは、物語でもよくあることだしね。嘘を言って真相を煙に巻こうとしてるのかもしれないよ」
「……マナ。いつしか聞いた気がするな、ルナから。その名前は」
マナのことを知らないクリスとイズは、むしろマナを犯人と疑っているようだった。
ルナのルームメイトであり、日頃寮で会話をしているニーシャだけは、会話の何処かで話したことがあったのを覚えていてか、マナの名前を思い出したようである。
_
「なんと!? 師匠のご友人でしたか! ならば信用に値するな! 流石師匠の友人だ。倒れている他寮の生徒を救うなど、騎士道精神がなければできないことだ!」
「マナちゃんは騎士じゃないけどね……」
ルナとテティスから事情を聞いたクリスは手のひらくるくるであった。表裏のないクリスらしいといえばらしいのだが。
「なーんだ。ルナとテティスの知り合いか! ごめんごめん、疑って損しちゃったね。……それで先生、続きは?」
イズはあっさりとしていて、軽く謝ってから話の路線をすぐに戻す。
「イオを見つける直前、偶然怪しい生徒達とすれ違ったらしい。名前は知らんが、そいつらは古竜寮の制服だったそうだ」
「……! やはり、犯人は古竜寮でしたか」
「まぁ確定的な証拠がねぇから、そうとも言い切れねえがな。マナが通った場所にはそいつとその連中以外誰もいなかったらしいから、ほぼ確定だが」
思わぬ方向での重要な目撃情報。これであとはその生徒を特定さえすれば――。
「変に正義感で首突っ込むのはやめとけ。振る舞いはクソだが、腐っても連中は上級貴族だ。下手に手出しゃ、不利になんのはこっち側だ」
「でもイオくんが……!」
「まぁ落ち着けよアイギス。何も俺は仕返しすんなとは言ってねぇ。面白ェことに、そいつらは暁光祭の選抜メンバーらしいぞ? マナから聞いた話だがな。あとは分かんだろ」
アルバートは性格の悪そうな笑みを浮かべ、ルナに告げる。つまりは暁光祭でやり返せ……ということだ。
やられたらやり返せ、を促すなど教師としてどうかとも思うが、精霊寮はアーレス学園一自由な寮だ。教師も生徒も自由きままに考え、行動するのである。
「大体、お前らは元々暁光祭で優勝して、古竜のガキ共に一泡吹かせたいんじゃなかったのか? ならちょうどいいじゃねぇか。目標が一つ増えて、楽しみも一つ増えたってことだな」
「教師としてその発言はどうかとも思いますが……」
「なおさら、負けられなくなったね」
イズの言葉に、ルナ達一同はこくりと頷く。
暁光祭で勝って、犯人諸共貴族達を見返す。その過程で犯人とぶつかることがあれば、ちょうどいい。そこまで無茶はするつもりもないが、アルバートの言う通り、合法的にやり返す事ができる。
「けど、イオくんがこんな怪我じゃ、メンバーはどうするんですか?」
ふとルナが気になったことを訊ねる。そう、イオは精霊寮の選抜生徒の一人だ。彼がいなければ暁光祭のメンバーは一人減ることになる。
「何いってんだ、そのための"補欠"だろうが。お前が代わりに出るんだよ。大体、イオは元々お前と出場の枠を替えてほしいって定期的に進言しにきてたんだ。全部断ってやったがな。めんどくせーし」
「……!」
「ま、代わりに出るからには、コイツの分まで暴れてやれよ、クラス代表?」
そう言って、がっはっはと笑いながらルナの背中をバシッと叩くアルバート。不器用だが、彼なりに元気づけようとしているのがルナには何となく直感で分かった。
イオをこんな目に遭わせた古竜寮の生徒には怒りが残るが、ルナはおかげで冷静になれた気がした。
こうして暁光祭のメンバーにルナが加わったところで、長居するのも眠っているイオに迷惑だとテティスが言い出したため、ルナ達は医務室を後にするのであった。
_
「ところで師匠、治癒魔法でイオの怪我を治すわけにはいかないのでしょうか? 師匠ほどの力なら、あのレベルの怪我でも簡単に治せるのでは?」
帰り際、クリスが気になったことをルナに訊ねる。この世界には色々な魔法があるが、傷や病を治癒する魔法も存在する。ルナが得意な光魔法もよく冒険者として活動している時に治癒魔法として使っている。
しかしルナが答えるよりも先に、横からニーシャが口を挟む。
「愚かだね、君は。すでに先生が掛けているに決まっているだろう、治癒魔法くらい」
「誰が愚かだと!?」
「便利な魔法だが、万能じゃないんだ、治癒魔法は。ルナのように魔力量が多ければ多少の無茶は利くが、それでもあるんだよリスクは」
クリスの反論をスルーしていつもの調子で説明するニーシャ。魔法に精通しているだけあって、ニーシャは治癒魔法にも詳しいらしい。
そしてニーシャに次いで説明を変わったルナが続ける。
「えっとね、イオくんの怪我は多分足の骨とか筋肉が大変なことになってる状態だと思うんだ。多分爆発する魔法とか、その辺りを何度も受けたんだと思う……。
それで、そういう怪我は一気に治癒しちゃうと後遺症が残ったり、身体の中に砕けた骨とかが残ったままになっちゃったりする可能性があるんだよ」
「なる、ほど……」
「医務室の先生はそれが分かってるから、少しずつ治癒する方向にシフトしたんじゃないかなぁ? 学園の先生だし、リスクのない治癒を選んだんだよきっと」
ぎゅっと小さく拳を握って説明するルナ。イオの怪我を思い出し、その苦痛がイメージできたからだ。
ルナは得意な氷魔法の他に、光魔法を修めているため治癒魔法の仕組みも直感的に理解している。そんなルナは今説明した手前、冒険者として活動している際は多少の無茶をして治癒魔法を使う時もある。
最近で言えば、アロンダイト帝国の戦いの際もそうだ。ベリトとの戦いで大きく傷ついたトリスタンやラフィ達を治癒するため、超級治癒魔法を行使し、持ち前の魔力量で無理矢理致命傷を治癒した。
本来であれば後遺症などのリスクを伴う治癒方法だが、超級魔法は特別で、会得が非常に難しい代わりに効果は大きく、リスクも比較的少ない。それをさらに魔力の量でカバーし、リスクをほぼ消したのだ。
要はクリスの言うようにルナが無理矢理イオの傷を治すこともできる。だが薄くともリスクは伴ってしまうため、ルナはその手段を取りたくない、ということである。急を争う死地での戦いでもないのだ。熟練の治癒技術、知識のある医務室の先生に任せるのが得策だろう。
「クリス、分からないのか、その程度のことも? 少し考えれば分かるはずだ」
「貴様、どこか俺を小馬鹿にしているだろう!」
「落ち着いてください、お二人とも」
「魔法ってややっこしいもんね~? 分かる分かる」
(ベリト……悪魔かぁ。暁光祭で現れる可能性もあるって、こないだマナちゃんが言ってたけど……本当かなぁ)
ニーシャ達がわちゃわちゃと、いつものように和気藹々としている後ろでルナはふと、マナの言葉を思い出す。
『グラウが去り際に言った"嫌でも近いうち会える"って言葉、ずっと考えていたけどやっぱりそういうことだと思うのよ!』
『ベリトも似たようなことを言っていましたわよね。前回は現れませんでしたけれど……』
『学園内に隠れ潜んでいて、近いうち接触してくるなんて、暁光祭以外にありえないわ! 絶対気をつけるのよ! 誰に化けているか分からないんだから!』
(気を引き締めないと! 暁光祭の敵は古竜寮だけじゃないかもしれないんだ!)
マナ達の注意喚起を改めて思い返し、敵は複数いることを再度認識したルナは、暁光祭へ向けて気合を入れ直すのだった。
_
_
_
「……ようイオ。俺が見てねえところで、ずいぶんと散々な目に遭ったみてェだな」
「……」
ルナ達が去った後の医務室で、ベッドの上のイオに話しかけるアルバート。
深刻な重傷で昏睡状態……というわけではないが、今は意識がないため返事は返ってこない。それがわかりきっているアルバートのただの独り言だ。
「お前にとって良いことなのか悪いことなのか分からねェが、お前が願ってた通り、代わりにアイギスの奴が暁光祭に出ることになったぞ」
返事も意識もないイオに、アルバートはただ言い聞かせるように告げる。
「……悪かったな。また俺は自分の生徒を守ってやれなかった。少し前に決めたばかりなのによ。……って、こんな寝てる奴にしか言えねぇような男の決意なんて、安いもんだよな」
アルバートはただ静かに、普段なら絶対にしないであろう謝罪をイオに伝える。尤も、意識のない相手に伝わるはずもないが、それがわかっているからこそ出た言葉だ。
古竜の担当教師であるクウィレムとのやり取りの中で、アルバートは生徒を守り、期待に応えてやるのも悪くないと決めたばかりだった。その矢先、自分の見ていない場所で起きた事件だ。彼は彼なりに責任を感じていた。
そんなアルバートは、自分とイオしかいないこの部屋の中で、改めて一つ、決意を固める。
「答えが返ってこねえこの場で言っても、ただの自己満足にしかならねェだろうが……ここで誓わせろ。
暁光祭……俺が必ずお前らを勝たせてやる。それが今の俺にできるせめてもの償いだ。だからお前らはお前らで、自分の出来る範囲で好きなだけ暴れてこい。"自由に"な」
イオだけでなく、この場にいない他の精霊寮の生徒達に、誓いを立てるアルバート。貴族達と戦うことを諦め、過去に守ってやれなかった生徒達への贖罪も兼ねて、今回の暁光祭は、必ず勝たせると。
それが、今の精霊寮の……アルバートが受け持つ生徒達の願いと、分かっているから。
「……はっ。らしくねえ。慣れねえ誓いなんざ、立てるもんじゃねえな。
暁光祭までやることもねェし、シャノンの奴をからかいにでも行くとするか。じゃあな、イオ。さっさと目覚めやがれよ」
ばつが悪そうな顔で頭をくしゃくしゃと掻きながらそう言うと、アルバートはそそくさと医務室を出ていった。
暁光祭まで、あと4日――。




