84.精霊狩り。
「ニーシャは何か秘密の特訓とかしてるの?」
ルナは今日も今日とて皆に授業を教えている最中で、ふと気怠げに授業に励むニーシャの元へと向かい、声をかける。
「なんだい? 藪から棒に。してないよ、そんな面倒なことは」
「そうなんだ? みんな朝とか放課後とか……私のとこに教えてもらいに来るから、ニーシャはてっきり一人で鍛えてるのかと思ってたよ」
ルナの予想に反して、ニーシャは特にこれといった訓練はしていないらしかった。まぁ、彼女の性格を考えれば無理もないであろうが……。
「もしや、テティスやイズのことかい? 大方、備えているんだろう、暁光祭に。選ばれた面々はみな通っているわけか。ルナの元へと」
「えーっ!? なんで分かったのー!?」
特に核心的な情報は喋っていないにも関わらず、鋭い観察眼でルナに教えを請っている生徒を当ててみせるニーシャ。
それにルナは驚くが、よくよく考えれば当然だ。暁光祭に選ばれたメンバーは皆まだまだ発展途上。打倒古竜寮を掲げるテティスに、ルナを師匠と崇めるクリス。戦闘力はないが持ち前の洞察力で選抜メンバーの座を勝ち取ったイズ。
ルナの元へ集まった三人はそれぞれ目標や目的があって、なるべくして力をつけたいと願ったのである。選ばれた他のメンバー達だけでなく、クラスメイト全員が努力する中で自分だけが暁光祭で足を引っ張るわけにはいかないと。
「事足りているからね、日中の授業だけで。それに、それだけ君の元に集まっているんだ。ルナもしんどいだろう? 私まで押しかけては」
ニーシャはニーシャなりにルナの負担を考えて、気休め程度とは分かっているがルナの元には来なかったらしい。
尤も、本当に彼女の言う通り、日中のルナの授業だけで足りているのかもしれないが。
「私は別に平気だけど……一人も二人も変わらない気がするし?」
「おっと……そういえば、もう一人いたかな。暁光祭のメンバーに選ばれたのは。彼は今頃どうしているんだろうね? 今日は来ていないみたいだが……」
「んっ? あれ、そういえば……」
ふと思い出したようにニーシャは言葉を零す。
それを聞いて、ルナも気づく。選抜試験で偶然出会い、行く宛もわからなかったルナとクリスにわざわざゴールの居場所を教えてくれた、共に選抜試験を乗り越えた少年の姿がないことに。
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「はぁ……今からでも変えてくれないかな。やっぱ俺なんかじゃ絶対不釣り合いだよなあ……」
暁光祭に向けたルナの訓練もとい授業が終わったある日の放課後。テティス達に続いて選抜メンバーに選ばれた少年、イオは独りごちる。
「ていうかどう考えてもアイギスが補欠で俺が出場する側なのおかしいでしょ! 逆だろ普通!?」
暁光祭のプログラムに出場するメイン5人の枠に選抜されたのは、イズ、テティス、ニーシャ、クリス……そしてイオである。なぜかイオよりもずっと強く、クリスの師匠にもなったルナが補欠ということに、イオは違和感全開で不満を零していたのだ。
しかしそれも教師のアルバートによる判断だった。アルバートは最初から、試験でゲートを経由してゴールした者から順に出場させるつもりだったらしく、抜け道ともいえる裏ゴールから試験を抜けたルナはその理論で最後尾になったのだ。
つまり特に深い考えはない、ということである。
「なんっじゃそりゃ!! アイギスは俺のせいでびりっけつになったっていうのに! やっぱり今からでも直談判しに……いやでもアルバート先生のことだしまた断られそうだよなぁ……。ああもう、あの先生大丈夫かよ本当に!?」
人気の少ない学園内の広場の端で、周りに誰もいないのをいいことに不満を全力で叫ぶイオ。普段は温和な態度の少年だが、陰ではこうして不満を吐いて発散しているのだ。尤も、それを知る者も、伝える気もないのだが……。
「でもまぁ、こうして暁光祭に選ばれた以上は頑張らないとな。有り難いことにアイギスの授業のおかげで、武器の扱いも身のこなしも成長した気がする。これなら暁光祭でも足は引っ張らずに済むかな?」
ルナの行う授業は、各生徒毎に合った内容、本人が鍛えたい部分の内容を訓練し、それをルナが巡回する形で行う各個別指導の授業だ。
普通であればそんな指導方法、指導者の負担はとんでもないことになるはずだが、体力オバケであるルナだからこそ成り立っているようだった。
実際、教える側の負担はともかく、教えられる側の効率は良かったらしく、ルナのクラスはこの数日間の授業によって皆大きく成長していた。
上級魔法を扱える者や、B級冒険者顔負けの武器の扱いを見せる者。さらにはもう少しで最上級魔法に手が届きそうな者や、将来的にA級冒険者にも届きうるであろう急成長を見せる者も現れていた。
「試験でダメだった選抜されなかったクラスの奴らも、正直俺よりずっとマシだし……ほんと、運だけで選ばれちゃった感じがするな」
早い段階で大きく成長を遂げる生徒達の中には当然、晩成型の生徒もいるわけで、イオはどちらかというと晩成型だったらしく、確かに力はついたが他の生徒と比べてイマイチな伸びしろだった。
それがイオを現在悩ませている原因でもあり、先程から独りで不満を叫んでいる理由なのだが……。
「けど、試験を突破して選ばれたのは俺なんだ! 暁光祭でやれるだけのことはやるぞ!」
前向きに気持ちを切り替えたイオは拳を握って気合を入れ直す。
――そんなイオの独り言を、陰から聞いていた者達がいた。
「聞いた聞いた聞いちゃった~? 君ぃ~暁光祭に出るんだって~?」
「え?」
ふと聞こえた声に振り向くイオ。すると校舎の陰から4人の生徒達が現れる。
「お前精霊寮の1年だろ?」
「精霊寮の下民如きが暁光祭で活躍なんて、無理無茶無謀言うわよね!」
「ぷっ。あははは! 言ってやるなよ。雑魚も雑魚なりに夢見てんのさ! それくらい許してやろうぜ?」
イオを見下したような態度で好き勝手言う生徒達。その生徒達の着ている制服の左胸には、古竜を示すエンブレムが……即ち、彼らは古竜寮の生徒ということである。
(くっ……! 好き放題言いやがって……。けどあのエンブレムは古竜のだ。格上数人を相手に喧嘩売るのは得策じゃない、よな……我慢だ我慢)
偉そうにふんぞって見下してくる生徒達のエンブレムを見て、相手を冷静に格上と判断したイオは、反論したい気持ちを抑えて言葉を呑み込む。
相手は貴族。下手に何かすれば報復に何をされるか分かったものではない。それに反撃するのはまだだ。それは選抜メンバーだけでなくクラス全員で暁光祭で目に物見せる時だ。今じゃない。
そう考えたイオは、相手に悟られないように下手に出る。
「古竜寮の方が、俺に何の用ですかね? それもこんな大人数で……」
訝しげに要件を訊ねるイオ。神経を逆撫でしないよう、慎重に言葉を選んで。すると古竜寮の生徒達は変わらぬ態度のまま話す。
「な~に、たまたま聞いた聞こえた聞こえちゃったからさぁ? 変な独り言が!」
「大した結果も残せない精霊寮如きが、暁光祭で調子乗ってるの見るとムカつくのよねぇ~、私」
「他寮の出場生徒は伏せられてて謎のままだ。そこで偶然見つけた選抜生徒がお前ってわけ」
「べっつにお前ら程度、羽虫みてぇなもんだから相手にもならねぇけどよ? 羽虫ってのは顔の前うようよされるとうざってえんだよなぁ~!」
明らかな敵対心を感じる返答。つまりは偶然見つけた選抜生徒であるイオを、暁光祭の前に潰しに来た、ということであろう。
「俺を出場させないために潰しに来たってことか……さすが古竜。貴族らしいな」
「褒め言葉だなぁ?」
彼らと僅かに言葉を交わし、全てを察したイオは腰に隠すように差している短剣をいつでも抜けるよう身構える。
見たところ、周りには誰もいない。先ほどから愚痴を叫んでいたように、この辺りは声を上げてもほぼほぼ人の耳に入らない。1対4。それも格上である古竜寮の貴族だ。イオの額には汗が滲んでいた。
(厄介だなぁ……。なんで学内で古竜の奴らとやり合わなきゃいけないんだよ……。しかも人数不利だし……俺弱いのに過剰戦力すぎるだろ!)
絶対に外には零さないが、内心ではバリバリに愚痴を零すイオ。そんなイオはいつ戦闘になるか警戒しながら相手のことを観察していた。
男3人に女1人。学年はごちゃ混ぜか? 女生徒は腰に小さい杖を身につけているところから魔術士だろう。それ以外は帯剣しているのが2人ともう1人は何も持っていない。多分魔術士だ。杖や本などの媒体を使わない素手で打つタイプの。
……と、そこまで分析した辺りでイオは気づく。
――この状況、まずくね? と。
相手の構成は剣士二人に魔術士二人の4人チームでは完璧といってもいい編成だ。そしてさらには優秀な血筋の生まれである古竜寮生であり、こちらはたった一人に加え平凡な才能程度しかない平民。
人数差に出生、そして才能。全てに於いて圧倒的不利であった。
(……逃げるか!)
「【フレアボム】!」
「【ローズソーン】!」
戦うことを諦めたイオが逃亡を決心すると同時に、古竜生は動き出す。
「うわっ!?」
飛来する火の塊と茨棘を地面を転がりながら咄嗟に避けるイオ。
すかさず短剣を抜いて構えるが、直後迫っていた刃に短剣を弾き飛ばされる。
「これでお前は戦えない。精霊なりに足掻いた結果がこれか? ぷっ……情けないな!」
「所詮下民は下民! 武器があってもなくても雑魚なんだよ!」
「くっ……」
短剣を弾かれて尻もちをついたイオの傍に近寄り、終始見下した態度の剣を持った生徒。周囲を囲まれたイオは悟る。完全に逃げ場を失ったと。
「こんなのが暁光祭の選抜者だなんて、精霊寮も惨めよね!」
「だな。聖獣も大概だが、やはりこいつらが一番弱い。他の生徒もたかが知れるな」
「なんだと……」
一向に態度を変えない生徒の言葉に、イオはぴくりと反応する。
「そうだそうだそうだぁ、こんなのはどうだ? ここで君を見逃してやるからさぁ……他の選抜生徒を教えてくれよぉ? 悪いようにはしないからさ~ぁ?」
「教えるわけないだろ……!」
剣を持った男子生徒の一人が、イオの傍で卑劣な提案をしてくる。そんな言葉、信じられるわけがない。教えればきっと他のクラスメイトも同じように"潰しに行く"つもりだろう。
それに、見逃すという言葉すら本当か疑わしい。陰でこんなことをするような連中だ。提案を呑むはずがなかった。
「まぁお前ら下民如き、俺らの相手にゃならねえがな! 精霊寮ってのは全員お前みたいな"カス"ばっかなんだからよ!」
「っ……!」
下卑た表情で告げられるその言葉を聞いた時、イオの中でぷつりと何かが切れる音がした。
自分だけならまだいい。事実、まだ未熟で弱いことは自覚しているから。だが暁光祭で勝つため日々努力し、研鑽を積んでいる皆や、自分の時間を削ってまで皆のために教えている仲間に対し、聞き捨てならない暴言。侮辱。許せなかった。
「いい加減、ふざけんな――ッ!!」
「痛ってぇっ!?」
次の瞬間、イオはすぐ目の前にいた調子乗りな男生徒に飛びかかり、怒りのまま拳を振るっていた。
反撃など来ないだろうと完全に油断していた生徒にイオの右ストレートが直撃し、続けて追撃をかけようとしたところでイオは腹部を蹴られて地面に放り出される。
「精霊寮如きが調子に乗んじゃねぇよ!!」
「かはっ……」
そこからの展開は酷いものだった。地面に腹這いになったイオを集団で殴る蹴るの連打。罵詈雑言を浴びせ、抵抗できないイオに好き放題言って怒りのままに危害を加え続けた。
そうしてイオにとって長い苦痛が続いたのち、ふと生徒の一人が提案する。
「なぁなぁなぁ~? これだけ痛い思いをしたんだから、そろそろ話す気になったかぁ? 他の選抜された生徒の情報をさぁ! 話せばやめてもらえるかもなぁ~?」
比較的にこやかに、しかし冷徹な笑みを浮かべながらイオの髪を掴んで半ば脅迫とも取れる提案を提示する男生徒。
「ぷっ……」
「は?」
しかしイオはなおも抵抗し、生徒の顔に唾を吐きかける。
呆然とした様子の男生徒は次第に表情に怒りが表れ始め、引きつった笑みを浮かべてイオの足を右手で掴む。
「そうかそうかそうかぁ……最後まで勇敢に抵抗するんだな、君は。ならどうなっても自分の責任……だよなぁ?」
そう言って男生徒はイオの足を掴んだまま、右手に魔力を込める。
「【フレアボム】!」
「ぐああああああああっ!!?」
男が詠唱した瞬間、足を掴んでいた手からはゼロ距離で魔法が放たれ、イオの足は大きな爆発を起こす。
嫌な予感はしていたものの、あまりの激痛に絶叫を上げるイオ。しかしそれだけでは飽き足らず、男は連続で同じ魔法をイオの足に至近距離で放ち続けた。
「おらおらおらァ! まだまだ終わらねえぞゴミがぁ!」
叫んでも助けが来ない場所で、古竜による残酷な精霊狩りは続き、イオの悲鳴は人のいない広場に木霊した――。
うああああぁっ……!
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「ダメだな、コイツ。何も喋らねえ」
「時間の無駄だわ。行きましょ」
「じゃあな羽虫くん!」
暫くした後、ボロ雑巾のようになりながらも何も情報を吐こうとしないイオを尻目に、その場を立ち去っていく古竜寮の生徒達。諦めたのか、はたまた飽きただけなのか……非道な行いではあるが、流石に命までは取るつもりはないようであった。
「なぁなぁなぁ? 一応言っておくけどさぁ。まさかこのことを誰かに"告げ口"なんてしないよなぁ?」
「っ……」
去り際に最初の男生徒はイオの耳元で嫌味な雰囲気で囁く。男は最後に、イオに念押しのように言葉の呪いをかけるつもりだった。
「ここで起きたことは何があっても君の中でしまっておけよ? もし誰かに話したりしたら……君や君のクラスメイトはどうなるんだろうなぁ?
俺達みたいな上級貴族は権力でなんでも出来ちゃうからなぁ~! あっはっはっは!!」
イオにとってそれは非常に屈辱で、そして絶対に守らざるを得ない言葉の檻だった。男はそれだけ告げると、実に愉快そうに笑いながら他の生徒達と一緒に寮へと戻っていった。
(最初の日に先輩の言ってたことは、こういうことか……)
この学園に来た最初の日。寮案内の時に3年のアングスから言われたことを思い出していた。
『僕たち弱小寮は、古竜寮や魔狼寮――上位クラスには逆らえない』
『まぁ要するに……怖がっているのさ、精霊寮はね』
ほとんどが平民で構成された精霊寮は、貴族の権力が強い上位クラスには逆らえない。実力も才能も成績も地位も、全ての格が劣っているからだ。何かしようものなら不利益を被りかねない……イオのように。
(くそ。もう声もでない……痛みで足も動かない。……悔しいな。少しは強くなったと思ってたのにさ……)
叫び続けて喉が潰れたイオは、もはや絞り出す声すら出ず、足を重点的に潰されたため動かすこともままならなかった。
ルナの授業を受けて、皆より伸び幅は小さけれど、確かに成長を実感していたはずなのに、何もできなかった。そんな自分に悔しさを感じ、少年は独り静かに涙を流していた。
(あいつなら……アイギスなら、どうにかできたのか? 俺は間違えたのかな……ダメだ、意識……が……)
ここにはいない、イオにとって最も強い少女を思い浮かべながら、イオは疲労と激痛による負担によって意識を手放した――。
「――さっきの奴ら、なんだか不快な笑いだったわ。同じ制服だったし、全員古竜寮かしら……。てことは先輩? いったいこんなところで何を……って、誰かあそこで倒れてる? ちょっと貴方っ!」




