82.剣術指南!
「いいですか師匠! 剣というのは心と共に成長するものです! 腕を磨けば磨くほど、精神も鍛えられていく! 逆に言えば、強靭な心を持っていれば、どこまでも強くなれるはずです!」
「はいクリスくん先生!」
翌日。朝早くからクリスとルナの二人は誰もいない学園の訓練場で剣の特訓をしていた。
約束していた通り、ルナはクリスから剣を教わるためだ。その対価としてルナは後でクリスに模擬戦で稽古をつけることになっている。まずはクリスの授業からである。
形から入るタイプだったルナは、クリスを"先生"と呼び、クリスはまず剣とは何かを教えるところから始めた。ルナは剣技どころか、剣についてすら何も知らないようだったので。
「師匠ほどの実力者ならば、きっとすでに剣を扱えるだけの精神も鍛えられているはず! まずは素振りで基礎的な形を作るところから始めましょう! さぁ!」
「はーい!」
クリスに言われるがまま、早速実技に入ったルナ。まずは剣の基礎から学ぶため、ルナは背中の大剣を引き抜く。
「それで、どうすればいいの? 剣の素振りって、拳の素振りと同じかな?」
ルナはクリスに訊ねながら、しゅっ! と剣を持ったまま正拳突きの素振りをしてみせる。
今まで魔法以外には肉体での鍛錬しかしてこなかったルナは、得物を使って鍛錬するのは初めてで、勝手がイマイチわからずにいた。
「俺も肉体鍛錬はよくしますが……まあ大体一緒でしょう! 正直違いはわからん!」
「そっか! 大体一緒か!」
今までと似たようなものなら難しいことはないだろう。そう思ったルナは剣を前に構える。
「ただ一つ……俺が教えるとなると、我がシュヴァリエ家流の型となってしまいます。俺もまだまだ未熟ですし、それでも大丈夫ならいいのですが」
と、そこでふとクリスは訓練に入る前に、ひとつ懸念点を挙げる。
剣や拳だけでなく、他の武器には様々な"型"が存在する。それは家や地域によって異なり、同じ武器でも色々な型や流派があり、特徴も多種多様。
例に漏れずクリスの実家、シュヴァリエ家にも流派があり、それを学んだクリスが伝授しようとしているらしかった。
貴族の場合、門外不出の技であったりもするが……シュヴァリエ家は特にそういった縛りはないらしい。
「型とかよくわかんないけど……色々な戦い方を学べるならいい勉強になるし、大丈夫だよ?」
「ふむ……なら、早速始めるとしましょう!」
ルナは我流の戦い方しか知らないため、型など存在しない。せっかくの機会だ。初めての剣術を教わる上で、貴族流の剣の使い方を学べるのならそれもまた面白いだろう。
そうしてルナとクリスの剣の特訓は基礎から始まった。
「ではまず最初ですが……背筋は真っ直ぐ、利き足を半歩前へ。次に、剣は両手で握り、振り上げながら半歩下がって、再び半歩踏み出しながら振り下ろす……といった感じです。やってみてください、師匠!」
「分かった!」
まずはシュヴァリエ流・素振りの型からだ。
ルナは言われた通り大剣を両手で構え、背筋を伸ばして利き足である右足を半歩前へ、そしてゆっくり剣を振り上げながら半歩下がる。
「流石師匠だ……剣の鍛錬は初めてと聞いたが、なかなかどうして、様になっている……」
ルナの構えを見て、微かに目を見開いて感心した様子のクリス。
そしてルナは剣を掲げながら前を見据える。
(半歩踏み込みながら……振り下ろす!)
「ふんっ!!」
ルナが少し前に出ながら大剣を振り下ろした直後、とてつもない風圧を巻き起こし、同時に前方の芝生が削り飛ぶ。
「んんぬおおおおおおおっ!!」
「あっごめん。ちょっと力入りすぎた……」
あまりの勢いに、そばにいたクリスは大きく仰け反り、吹き飛ばされんと必死に地面に踏ん張っていた。
「それは素振りではなく剣圧を飛ばす攻撃です師匠! 流石です師匠ォ!!」
「あ、怒られるのかと思ったら褒めてたんだ……」
ルナを師匠と崇め敬い、叱ることを知らないクリスは本当に教えるに足るのだろうか。
「まぁともかく今は素振りから! 次は今よりも力を抑えて剣を振ってみましょう!」
「わかりました先生!」
こうして、その日から定期的にクリスによる剣術指南が始まった。何も知らないルナは1からどころか0から、初歩の初歩……基礎練から気長に訓練をつけていくのであった。
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「……それでは、昨日教えたシュヴァリエ流剣術を交えつつ模擬戦を行います」
「分かった。でもいいの? せっかくのクリスくんの訓練なのに、まだまだ下手っぴな私の剣術なんかで訓練になるかな?」
翌日、再び訓練場にてルナとクリスの二人は朝早くから模擬戦を行おうとしていた。しかしそれはルナの訓練ではなく、約束通りクリスのための訓練だ。
だがクリスはルナの訓練も交え、昨日の復習を含めた剣技での模擬戦をするという。それでは試験中に交わした約束と少し違ってきてしまう。
まだ拙いルナの剣技では、クリスと模擬戦をしてもルナの訓練にしかなりえないだろう。……と、ルナは考えていたのだが。
「まさか! 師匠ほどの実力者であれば、きっと慣れない武器でも戦えるはずです!」
「えー、どうかなあ……」
ルナの強さを信じてやまないクリスは随分と無茶を言う。ルナの実力を少々買い被りすぎでは、と思ってしまうが、実際はどうなのか。
何はともあれ、やってみなければ分からない。ルナはクリスのためというよりは、自分の剣術を磨くためだと思ってクリスの胸を借りるつもりでやることにした。
「普段とは違った剣の振り方なので最初は慣れないでしょうが、俺と戦ってるうちに身につくでしょう! 多分! 俺は実戦派なので確信めいたことは言えないですが!」
そう言いながら剣を構えるクリス。習うより慣れろ。そういった点ではルナも同じだろう。
「当たって砕けろってやつだね! よーし!」
少し意味合いが違う気もするが、意気揚々と張り切って大剣を構えるルナ。
「では……参ります!」
クリスの掛け声と共に、向かい合った二人は早速シュヴァリエ流剣術での打ち合いを開始する。
「はっ!!」
剣を振り上げ前に出たクリスは、丁寧に踏み込むと同時に剣を振るう。
「んにぃ……せいっ!」
ルナも対抗して踏み込みながら剣を斬り上げ、無意識にクリスの剣に振る力を合わせて攻撃の威力を相殺する。
続けてクリスはシュヴァリエ流剣術で何発と打ち込んでくるが、ルナも覚えたての拙いシュヴァリエ流剣術で牽制し合って必死に対抗していた。
「流石師匠だ! 覚えたばかりでまだ型が甘いところがあるが、それを持ち前の直感力と膂力で上手く補っている! これならば俺の訓練にもなり得ます!」
「ほんと? それなら良かった!」
互いに打ち合いを続けながらクリスはルナを褒めちぎる。ルナを師匠と呼び、尊敬を超えて崇拝にも近い感情を持つクリスは、ルナのやること為すこと全てが偉大に見えており、褒めることしか頭にないようである。
「それじゃあ今度はこっちからだね!」
「守りの型は大体出来ています! 次は攻めの型! 遠慮なく来て下さい!」
「よーし、行くよぉ!」
攻守を交代し、ルナは防御を固めるクリスに向かってシュヴァリエ流剣術の型で剣を振るう。
剣術を学んでいない自由な型は、自分では予測しにくい隙が多く生まれやすいが、剣術を習った今、今までと違って後隙などが極端に減っていた。
今まではルナの驚異的な反応速度と筋肉の力技で無理矢理隙を埋めていたが、型を教わった今はそちらに当てる思考が減った分、他の部分にも目を当てられるようになっていた。
「攻めつつも防御に目を当てている……! 基礎だけとはいえ、まだ教えたばかりだというのにここまで使いこなすとは……流石師匠だ!」
「やっぱりちょっと慣れないから、少し動きにくいけどね……」
剣を打ち合いながら、観察していたクリスはルナの剣を分析する。
剣術において、自由な型は隙が多い代わりに動きが読みにくいというメリットもある。対するシュヴァリエ流剣術は攻防一体の安定した剣術だが、逆に言えば突出して意外性のある意表を突くような動きはしにくいと言える。
そこでルナは一つ思い浮かび、剣を振る手を一旦止めて口を開く。
「そうだ、これを言ったらクリスくんはいい気分じゃないかもしれないんだけど……」
「む、なんでしょう?」
「えっとね、私が教わるのは基礎的な型までにしてほしいんだ」
ルナはふと浮かんだ内容をクリスに提案してみる。自分の剣術に誇りを持っているクリスにこれを言うのは失礼なことかもしれないが、ルナにも考えがあってのことだった。
「ふむ? 俺は構いませんが、どうしてです?」
「今までの戦い方は色々と考えることが多くて疲労が大きかったんだけど、クリスくんから基礎の型を教わったおかげでそれは大分マシになった。
でも、この型だけに縛られてると私らしさっていうのがなくなる気がするっていうか……私の取り柄って自由な動きにあると思うんだ」
ルナの戦い方は型にとらわれないフリーダムなスタイルが取り柄だ。いつもそれで相手の意表を突き、慣れないなりに剣を力強く振るってなんとかしてきた。
それに今回教わったシュヴァリエ流剣術が合わされば、もっと幅広く、相手の意表を突く戦い方が出来る。
剣の基礎的な型を教われば、自由な型の悪いところは消え、良きところは残る。そんな結果になるのではないかとルナは思った。
……が、シュヴァリエ流剣術の全てを教わるところまで深く脚を踏み入れてしまうと、身体に身についてしまった場合、今までの自由さが一切無駄になってしまう。それではむしろルナの弱体化だ。
そうならないために教わるのは基礎だけがいい、とルナは考えたのである。
「それに、クリスくんのお家の剣術は、クリスくんが使うような長剣向きみたいだしね。私の大剣じゃ少し勝手が変わってきちゃうから、やっぱり剣の基礎だけを教わるほうが効率的だと思う!」
「なるほど……! そこまで考えているとは、流石ですね師匠は! ……わかりました。では今後は徹底的に"シュヴァリエ流剣術の基礎"を鍛えていきましょう!」
「おー!」
……と、こうしてここからルナが教わるのはクリスによるシュヴァリエ流剣術・基礎の型……そして"剣"というものの基本を学ぶこととなった。
クリスに失礼な頼みをしてしまったかもしれないが、彼はそんなことは一切気にした様子もなく快諾し、互いにやる気十分といった様子である。
「我がシュヴァリエ家に代々引き継がれてきた攻防一体の剣術を、師匠がどんな局面でどういった使い方をしてくれるのか、今後が楽しみで仕方ありません!」
「う、うん。戦いはあんまり好きじゃないから、そんなに頻度はないだろうけど、機会があったら試してみるね!」
「うおおおおおっ! 俺の剣が師匠に使っていただけるなんて……感激だあああぁぁぁっ!!!」
「あははっ、盛り上がりすぎ!」
覚えるのが異様に早いルナでも、現在はまだ発展途上ではあるが、しっかりとその技を身につけ、いずれ活用するときがくるだろう。
その未来を想像して、クリスは勝手に盛り上がっていた。そんな少年のポジティブさと明るさに、ルナもつい面白くて笑ってしまう。
「さて……では気を取り直して、その体で俺からの師匠の剣技の訓練……且つ、師匠からの俺の修行……両方を含めた模擬戦を改めて始めますか!」
「うん! 遠慮なしに、全力で来ていいよ! 私もクリスくんに教わったこの剣で、自分なりに戦ってみる!」
「承知した!! では――参ります!!」
なんやかんやありつつも、そうしてクリスとルナの互いの稽古を含んだ訓練は始まった。
期間は暁光祭前日まで。毎日こうして明け方から授業が始まるまでの間までは稽古をつける。前日やった剣術指南と今回の模擬戦をひたすら繰り返す。
授業開始までということで訓練出来る時間は短いが、ここ最近、ルナは授業中は先生の代わりとして精霊生全員に魔法や戦い方、武器の扱い方を教えている。ルナは他人のために時間多く取っているため、クリスだけに構いっきりというわけにもいかないのだ。
ルナがクリスに剣を教えてもらい、模擬戦の相手をすることに決めたのは、試験中に約束したからでもあるが、ちゃんとした理由もあった。
剣を知らない自分が教わるいい機会だし、暁光祭に出場することが決まったクリスが強くなりたいと言っているのならば断る必要もないだろう。
……暁光祭で古竜寮に勝つには全員が強くならなければならない。そのためには自分が出来る限りクラスの皆や出場するクリスを強くしないといけない。
せっかくあちらから頼んでくれたのだ。友達として応えるのが当然だ。そう思っているルナは特に不満など一切なく、楽しくやっていた。皆との訓練は新たな発見もあって学びもある。時間は多く取られてしまうが、悪いことばかりではない。
そして何より、こういった集団での切磋琢磨は精霊寮のクラス内の団結力が大きく変化していくのだ。勿論、いい方向に……。
暁光祭まで、あと6日――。




