81.クロスVSルナ!
開始の合図が切られ、クロスは様子を窺っていた。
普段ならば手が早いクロスは真っ先に飛びかかって懐に潜り込んでキツい一撃を一発お見舞いするところだが、今回の相手はあのアルバートが買っている謎多き1年。油断はしていなかった。
(得物はあの大剣か……それかいきなり最上級魔法でくるか? 戦いは手っ取り早いほうがいい。オレと同じ思考ならいきなりでかいのをかましてくる可能性も考えたほうがいいな)
喧嘩っ早く、思考が全て力で完結していそうな見た目とは裏腹に、クロスは思いの外冷静に、相手を見くびること無く慎重に警戒していた。
一瞬でそのように様々な思考を展開するクロスとは対比して、ルナはいつも通り特に何も考えずに踏み込んだ。
ギュンッと一気に距離を詰めたルナに対し、反射的にクロスも身体の筋肉が反応し、拳を握りしめる。
(来る! 魔法か? ……いや、踏み込んできた! 大剣の方で来るか!)
喧嘩慣れしているクロスはいつものように感覚的に相手の出方を判断し、背中の得物を使ってくると思い身構える。
しかしルナが取った攻撃手段は魔法でも武器でもなく、毎度の如くその力で解決してきた小さな拳であった。
「先手必勝! てやああぁぁぁっ!!」
「んなっ!? いきなり素手かよ!」
ルナはクロスの顔面めがけてその拳を容赦なく振り抜く。元よりルナの戦闘スタイルは武器でも魔法でもなく、拳による格闘術での接近戦だ。頭の中にはそれ以外の選択は入っていなかった。
思ってもみなかった攻撃に意表を突かれたクロスだったが、咄嗟に身体を後ろに仰け反らせ、掌でルナの拳を弾いて攻撃を逸らす。
「およ?」
「アブねぇ……なァッ!!」
回避されてもすかさず二撃目を入れてくることは予想できたクロスは、それより先に攻撃を弾いた勢いのまま身体を捻って回し蹴りを放つ。
予想外の展開からも素早く反撃に転じたクロス。一瞬の出来事だが咄嗟の判断は流石と言えた。しかしその的確な反撃も虚しく、ルナは思いの外簡単に、あっさりと蹴りを避ける。
そのまま後方に飛び退って距離を取ったルナは一旦冷静になって様子を窺う。
(今までの人達なら、初見でいきなりここまで鋭い反撃はしてこなかった……この人、もしかして強い?)
これまで歴戦の猛者からただの小悪党まで、様々な人間を相手に戦いを強いられてきたルナだが、その戦いのほとんどで初手から鋭いカウンターをしてくる相手はいなかった。
ルナの戦闘スタイルは格闘術での先手必勝スタイル。難しいことを考えながら戦うのは苦手で、その時の感覚に頼った直感的な戦いを得意としている。
その直感が言っていた。目の前の男は今まで戦ってきた猛者達と同じ部類に入ると。
(……コイツ。サラッとオレのカウンターを避けやがった。今のは避けられる体勢じゃねェだろ……)
油断はしていなかった。的確な判断で、その一瞬の反撃は正しい選択だったと思った。内心では今のは当たったと、クロスはそう思っていた。しかし避けられた。初撃を躱され、必ず隙が生まれる体勢だったにも関わらず。
あの勢いならば、初撃を避けられてもそのまま二撃目を当てようとする者の方が多いだろう。しかしルナは違った。僅かに次の攻撃の選択を残しつつ、ギリギリのところでクロスの動きを見て回避行動に移った。
クロスはそんなルナの動体視力、そして身体の柔軟さと判断の速さに少し肝を冷やしていた。
(魔法でも剣でもなく開幕からステゴロたぁ驚いたが、一番はあの身のこなしだ。そういや、先生が言ってたな。あいつにはパワーと俊敏性があるって……実際に対面すると、先生の言ってた意味も分かる気がするぜ)
たった一度、たった一瞬拳を交えただけでルナの異常さに気づき、小さく笑みを零すクロス。その頬からはツー……と血が滴っていた。
「はっ! 面白ぇ……面白ぇぞ、ルナ・アイギス! お前やるな! 油断はしてねぇつもりだったが、どこかでナメてたかもしれねえ。謝るぜ!」
「は、はぁ……どうも?」
突然謝罪と一緒に褒められて困惑しつつも礼を返すルナ。
互いにまだ一発ずつ攻撃を交わしただけだが、すでに二人は相手の実力をなんとなくだが把握し始めていた。
「最初の一撃からお互いに動かないけど、どういう状況?」
「さぁな……あの二人にしか見えてない駆け引きがあるのかもしれん」
じっと構えて見つめ合ったままのルナとクロスの戦いを観戦していた生徒たちは、最初の一撃以降なかなか動かない二人を見てざわついていた。
生徒達がそわそわとし始めた頃、ルナ達は拳に力を入れ、再びぶつかり合おうとしていた。
「先に言っとくが、オレァ魔法は使わねえ! 喧嘩は必ずステゴロって決めてんだ。変に警戒なんざせず、全力でかかってこいやアイギス!」
「ステゴロ……って素手のことだよね? なら、私も同じ条件で!」
クロスからの挑発に、ルナは魔法を使わないことを心に決め、剣を抜くことなく拳をかまえた。
「行くぞ!」
「いきます!」
互いにそれぞれの構えで拳を握った二人は、大きく前に踏み込み、戦いが再開する。
ルナは再び先程と同じように距離を詰めようと右足を踏み込むが、今度はクロスが先に距離を詰めた。
「もう後手には回らねえぞォ!」
(早いっ……!?)
出鼻を挫かれたルナは咄嗟に左足で地面を蹴って身体を逸らし、振り抜かれた拳を無理矢理進行方向をずらすことによって避ける。
クロスの鋭い右ストレートが風を切る音と共に左耳を掠める。
「よく避けた! ガンガン行くぜェ!!」
「私だって!」
嬉しそうに笑うクロスは振り抜いた右拳を引き戻しながら、さらに左拳を振るい、ルナはそれに合わせて身を引いてから右手で受け止め、同じように左拳で反撃する。
ルナの左ストレートはクロスの顔面を目掛けて飛んでいくが、クロスはすんでのところで一歩前に出て首を傾けて回避する。
「いぃっ!?」
「オラァ!!」
無理矢理にも程がある避け方でルナの拳は避けられ、思わずルナは驚嘆の声を漏らす。クロスはそのままルナの顔面目掛けて強烈な頭突きをお見舞いする。
「ぶえっ!」
鼻っ柱に石頭が直撃したルナは姿勢が崩れ、右手で抑えていたクロスの手を放して2歩下がる。
しかし休むこと無く追撃の手が重なり、クロスは次々と連打を繰り出す。
「オラオラどうしたァ! 精霊寮イチの天才はこんなもんじゃねぇだろ!?」
「んぐぐ……」
クロスからの絶え間ない連打を、身を固めることで防御するルナ。しかし両手はそれで塞がり、反撃の隙をなかなか窺えずにいた。
そこでルナは思い切った行動に出る。
「防御ばっかじゃ何も解決しねぇぞ、アイギス!!」
「……ここッ!」
防戦一方のルナに追撃するべく、クロスが右手を振り抜いた瞬間、ルナは目を見開いて防御を解く。
次の瞬間、クロスの拳はルナの頬に直撃し、深くめり込んでいた。
「ん、んんっ……!」
「ぬ、うぉ……!?」
しかし、クロスの頬にも小さな拳が突き刺さっていた。互いに腕を交差させ、見事にルナのクロスカウンターが決まっていた。
「なんて綺麗なカウンター……!」
「ノーガードってやつか!」
ルナの捨て身のカウンターに生徒達は目を見開いて驚いていた。それはクロスも同じで、攻撃を当てたのにも関わらず鈍い痛みを感じることに、酷く動揺した様子だった。
「……面白ェ!」
「……むん!!」
だが、すぐに猟奇的な笑みを浮かべたクロスは、怯まずすぐに拳を引いて再度連打を繰り出す。
この程度で終わるとは思っていなかったルナも対抗し、クロスの攻撃に合わせて連打を繰り出していく。
互いにノーガードとなった純粋な殴り合いによる根気勝負。顔、肩、腕、腹……至る部分において一撃一撃的確で強烈な攻撃を入れていく。
「っ……ぎィ!! かなり最高に楽しくなってきたぞ! アイギスゥッ!!」
クロスは久しく感じる気持ちの昂りに、瞳孔をギラつかせて笑みを浮かべ、心からこの殴り合いを楽しんでいるようだった。
まだまだこの戦いを楽しみたいといった様子のクロスだったが、しかしそれは敵わなかった――。
「はっ!?」
クロスが右腕を振るおうと構えた瞬間――ルナの姿が視界から消えた。突如として。
驚愕している間もなく、クロスは唐突に下顎からの衝撃と激痛を感じた。と同時にクロスは高く吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。
「ぐっほぁ!! 痛ってぇ!?」
地面に落ち、頭と背中を強打したクロスは床を転がりながら頭を抑えて痛みに悶えつつ文句を零す。
その声には今の一連の流れに対する怒りと困惑が籠もっていた。
(な、なんだ、何が起きた!? アイギスのヤツ、姿がいきなり消えたぞ!? しかも突然顎に激痛……いや、ありゃ蹴られたんだ。下から思い切りな……!)
クロスは困惑しつつも高速で脳を回転させ、今しがた何が起きたのか考える。
ほとんど自力で答えに辿り着いたクロスだったが、模擬戦を観戦していた他の生徒達は全てしっかりと見ていた。
「今の見てたか……?」
「え、ええ……。あの連打の一瞬、ルナちゃんは攻撃が来る直前に割り込んで、あのすんごい柔軟性を活かして大きく脚を開いて姿勢を限界まで低くした……。
その一瞬で先輩の視界のずっと下にフレームアウトしたんだわ……」
「ああ。そして絶え間なく姿勢を変えたアイギスは、そこから先輩の顎目掛けて超下段からの上段両足蹴りが炸裂! ……ってわけだ。こりゃ勝負あったな」
……と、このように生徒たちはそれぞれ解説を交えながら戦いを楽しんで観戦していた。そんな生徒達からすると、今の攻撃は勝敗を決するには十分な一撃だったらしい。
その予想が当たったのか、同じく試合を観戦していたアルバートはクロスとルナの元へと歩いていく。
「そこまでだ! ま、模擬戦はアイギスの勝利だな」
「勝ったーっ!」
「「「「おおおおおおっ!!」」」」
「流石ルナちゃん!」
「あの先輩も凄かったな!」
アルバートの試合終了の宣言を聞いて盛り上がるルナと生徒達。
そんな中、アルバートは地面に尻をついて座ったままのクロスに手を差し伸べる。
「どうだ。これで実力は分かったろ? クロスよ」
「……うす。正直、負けるとは思ってもみませんでした。悔しいが、負けたからにゃあ認めねぇと漢が廃るってもんす!」
アルバートの手を取り、立ち上がるクロス。
クロスは案外、負けたことに関してはすんなり受け入れているようだった。むしろ、清々しい気分……といった様子だった。
「それにしても、あの先輩。あれはないわよねぇ……」
「そうですね。あれはありません!」
「ええ! 信じられませんわ!」
ルナを取り囲んでいた生徒たちの中で、ふと何名かの女子生徒がクロスの方を振り向いて呟き始める。
「あ? なんだってんだ?」
クロスは何のことかわからずただ困惑を示すだけ。そこでビシッと指を指しながら女子生徒達は揃って告げる。
「「「年下の、しかも女の子の顔面に頭突きなんて最低!!」」」
「は!?」
思ってもみなかった指摘に、クロスは思わず声を漏らす。
「た、戦いなんだからしょうがねェだろ! それにあいつだってオレの顎を蹴ったりとかしてたしよ!!」
「男と女は体格も力も全然違うふうに出来てるんです!」
「まだあんな年端もいかない可愛いルナちゃんを殴ったり蹴ったりするなんて……」
「女の顔は命なんです! それを頭突きで血まで流させるなんて……!!」
クロスは必死に言い訳するが、その女子生徒の言葉を聞いてふとルナの方を見ると、先程の頭突きの反動が今になって来たのか、彼女の鼻からはたらりと鼻血が流れていた。
「「「男として"最低"ですッ!!」」」
「なぁ……っ!?」
女の顔は命。そして女に血を流させるのは漢のやることじゃない。冷静に思い返してみれば、確かにそうだ。
自分はアルバートからの評価の高さに気を取られて、ついルナの実力だけに目が行っていた。そして戦いに夢中になるあまり、そんなことすら気にもしていなかった。
そう考えついたクロスはその場で膝から崩れ落ちた。
「ふんっ」
「さっ! 行こ行こルナちゃん! さっき教えてもらってたところの続き、おねがいね!」
「え? あ、うん……」
「私はハンカチを貸してさしあげますわ!」
………
女子生徒達はクロスに言うだけはっきり言って、ルナの鼻血を拭いてあげながらも一緒にまた授業へと戻っていってしまった。
他生徒たちもまた、彼女らに倣ってルナの授業へと戻っていった。
「オ、オレが、男として……最低……だと……」
「おー、こわ。女はこえーなァ。クロス?」
「そうだ最低だ……漢じゃねぇ……こんなの」
流石のアルバートも同情したのか、声を掛けるが、クロスの耳には届いておらず、ただ崩れ落ちたままぶつぶつと自責を呟くターンに入ってしまったようである。
「……ま。なるようになるか」




