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天才と脳筋は紙一重  作者: たんすちゃん
《第三章》-王立学園編-
77/100

77.選抜試験 7

「ルナや。お前さんは肉弾戦がしたいのか?」

 ある日の昼下がり。実家の訓練場にてスエズが訊ねる。

 今日はスエズからの光魔法の特訓を全てこなし終わり、次の訓練はどうするかといったことを決める日であった。


 ルナが旅に出たいと言い出してから1年。魔法の訓練はもう十二分に終えた。炎系統以外の基礎的な魔法を覚え、光魔法が得意なスエズから、スエズが使える一通りの魔法を全て伝授してもらい、一つ一つ全てをマスターするまで訓練した。

 それが終わり、まさに次のステップへと上がるところだったのだ。


「うん! 魔法の練習もすっごくたのしかったよ! でも……私詠唱とかよくわかんないし、おじいちゃんが教えてくれた身体強化魔法っていうのが一番しっくりきたから、それを使える戦い方をしたい!」

 太陽のような笑顔で答える幼き日のルナ。スエズが最初に示した期間は3年。あと2年もあるのだ。そのうちの1年は魔法の基礎や応用を叩き込まれ、ルナはその中で得意な氷属性よりも、スエズの教えてくれた光魔法の一つである"身体強化魔法"に目をつけていた。

 身体強化魔法は肉体を魔法で強化し、強化した肉体で戦闘を行うという、魔術士であればまず使わない魔法である。

 いわゆる補助魔法というやつだ。チームを組んだ仲間間で、前衛を受け持つ剣士などにこれを掛けてやり、自分は後方から攻撃魔法で戦いを支援する。


 つまり、身体強化魔法は仲間がいなければ意味がなく、魔術士本人が自分に使うにしても何とも意味のない使い所の難しい魔法なのである。

 魔法が使えてかつ自分で近接戦をすることができる者ならば何も問題はないのだが……。それならば普通に安全な後方から魔法を引き撃ちしている方がずっとマシな戦法である。

 故にスエズはあまりいい顔はしていなかった。


「えぇ……せっかく魔法の才能があるのに、()()()行っちゃったかぁ……」

 今よりもずっと幼い頃から毎日、多くのモンスターが出る裏の山を往復しているルナであれば、恐らく身体強化魔法を使いこなすことはできるだろう。

 なんだか隠れて毎日どこかで筋トレをしているようだし。


 しかしルナには魔術士としての偉大な才能がある。ルナが修行の初日に見せた魔法の暴発。火魔法は悲惨なこととしか言えないが、森を凍らせた氷魔法……。あれは純粋な魔力量がなければそんなことは出来ないはず。

 それに初日からいきなり無詠唱で魔法を使っていた。つまりルナは天才的な魔法の才に加え、底しれぬ量の魔力を秘めていることになる。


 そんなルナに身体強化魔法を駆使した接近戦など教えて良いものだろうか? あまりにも宝の持ち腐れではないだろうか?

 ……スエズは頭を抱え、そう考えていた。


(魔法の才を伸ばし、魔術士として育成するか。自分で身体強化を使う拳闘士として育成するか。どちらも真逆で両方は選べない。どうするか……)

 両方をこなすことは難しいことだが、不可能ではない。複数のジョブとして活躍する者も、少なからずはいる。しかし、そういった者達は恐らく、"どちらの才能も取る"のではなく、"どちらかの才能を取る"ということをしていれば、更に得意分野を伸ばせていただろう。

 故に親バカ的思考のスエズは、ルナにはここの判断を間違えてほしくなく、どちらか一方を極めてほしかった。

 そしてさらに個人的には、魔法の才を伸ばしてほしかった。つまりはルナの望みとは真逆である。


「ダメ……?」

「ッッ!!」

 ずっと考え込んだままのスエズを見かねて、下から覗き込むようにして上目遣いで心配そうにねだるルナ。

 その顔を見た瞬間、スエズのごちゃごちゃとしていた脳内は真っ白に吹き飛んだ。


「うん! おっけいじゃ! じゃあ今日から身体強化を使った戦闘術について教えてやろう! 可愛い可愛い娘の願いなら何でも叶えてやるわい!!」

「ほんとー!? おじいちゃんだいすきーっ!」

 即断即決。親バカはいつだって娘のことを思えば不安になるし、心配で押し潰されそうにもなるが、逆に可愛い顔でねだられればそんな不安などどうでもよくなってしまうのである。

 スエズはまさに、その枠に当てはまっていると言えるだろう。


 この先、魔法を極めなかったことをルナか自分が後悔することもあるかもしれない……が、しかしそんなことはどうでもよかった。なぜならルナがそう願ったのだから。

 可愛い愛娘に抱きつかれながら、幸せそうな表情を浮かべつつもスエズはそんなことを考えていた。


 そうしてルナはスエズから魔法訓練の次は近接戦闘を教わることとなった。

 1年目は魔法訓練、2年目は近接戦闘、そして3年目は――。


_


「よいか? 身体強化は詠唱が早く、対象を自分に絞れば扱いやすい便利な魔法ともいえるじゃろう。無詠唱でも詠唱時とそこまで大きな差異はないからの」

「ふんふん……!」

「しかし頼りすぎてはダメじゃ!身体強化はあくまで筋肉や動体視力を強化し、普段よりも肉体を強く素早く動かすことができるだけ。無理をさせれば筋肉や腱が切れるし神経も傷がつく。ノーリスクというわけでもないんじゃからの!」

「なるほど!」

 ルナはスエズからの身体強化魔法についての授業を受けていた。

 自分がやりたいと目指しお願いしたことだからか、ルナの頭はパンクすることなく、真剣に最後まで話を聞いていた。


「そこで、筋肉や神経を保護し、より一層、何段階か上の身体強化をすることができる方法をお前さんに教えよう。いざというとき、これを教えんで死なれたらわしが一生後悔することになるからの。まあそんなにわしの一生は長くないが」

「冗談にもならない自虐ネタやめてよ……」

「ふぉっふぉっふぉ!」

 なんとも触れづらい自虐ネタにルナがツッコミつつ、スエズは説明を始めた。


「筋肉や神経などは、肉体の表面に魔力を纏わせることで負担を大幅に減らすことができるんじゃ」

「魔力を?」

「そうじゃ。例えばわしがお前さんを横から蹴るとしよう。ルナはそれを右腕でガードする。その際に相手の攻撃を防御する時に触れる部位……つまり右腕に魔力を纏わせるんじゃ」

 スエズの説明を聞きながら、ルナは頭で想像しながら腕を動かしたりしてイメージトレーニングをしていた。


「こうかな?」

 説明を聞いてルナが魔力を右腕に集中させるイメージをしてみると、ルナの右腕だけに白いオーラのようなものが纏われていた。間違いなく魔力だ。


「一度聞いただけでできるのか……流石わしが育てた子じゃ」

「えへへ」

 魔力の操作はこの1年で大分マスターしている。鍛えたのは主に魔法を放つ際の操作ばかりだが、たった今それを応用して試してみせたのだ。

 この時点でルナの魔法の才能が高いことが証明されていた。スエズは、やはり魔術士として魔法を極めるべきなのでは……と少しだけ考えてしまったが、すぐに首を振ってその考えを忘れ去る。


「それを防御の際に咄嗟にできるようになるんじゃ。魔力で防御する面は狭めれば狭めるほど効果が高くなる。完全な防御には的確な魔力操作が必要となるから要練習、じゃな」

「わかった!」

 魔力での防御方法の説明が終わると、次にスエズは身体強化についての話を始める。


「そして身体強化も今言ったことと同じようなことが出来る。いつしか教えた身体強化魔法の使い方は体全身に強化を巡らせ、安定した身体強化を促すものじゃったな?」

「うん。いつも練習の時に使ってるのは全身を身体強化の魔力で覆って、身体能力を普段の1.5倍くらいに強化してるよ!ていうか、これが今の限界かなぁ?」

「ふむ、1.5倍か。……1.5倍……ま、まぁ……成長期じゃしな……」

 他の魔法の訓練に多く時間を充てていたため、身体強化の訓練はまだ浅い。故に通常時の"1.5倍"がルナの強化出来る限界値だった。

 それでも一般人は身体強化の倍率を通常……つまり、"1倍"の状態から"1.1倍"に引き上げるだけでも半年はかかると言われているのだが……。

 スエズはルナの異常さをこの時点で感じ取っていたが、もうなんだか突っ込むのも疲れてしまったらしかった。


「それは身体強化の基本じゃ。全身強化は効果値がやや控えめではあるが、部位に差がなく均等に強化出来るから違和感なく動きやすいんじゃ」

 ルナは頷きつつも真剣に話を聞いていた。自分が目指す戦い方はその身体強化を使った近接戦闘なのだ。聞き逃すわけにはいかない。


「そしてその倍率を引き上げるためには、土台となる肉体自体の基礎トレーニングと、身体強化魔法の熟練……そしてもう一つは――」


___

__

_


「覚えてるよ、お爺。【ディスペル・エンチャント】」

 へにゃりと折れた右腕ではなく、左手を自分の胸に当てて魔力解除の魔法を行使するルナ。

 これをしなければ身体強化を二重で掛けたことによる副作用が出てしまう。

 そしてルナは再度自分に身体強化魔法を掛けるため、短詠唱で発動する。


「【エクスプロシヴ・エンハンス】……脚部、集中……っ!!」

 奥歯を噛み締めながら、両足にのみ限定して魔力で覆い、身体強化を集中させるルナ。すると足には琥珀色の魔力が纏われる。

 この身体強化は普段とは違い、負担がかなり大きく、一部位に特化させ強化倍率を無理矢理底上げする諸刃の剣だ。そのため、負担を掛けた部位には神経に抵抗しようのない痛みを伴う。魔力で覆っていなければ、もっと耐え難い激痛が襲うことだろう。

 利き腕が使い物にならなくされた以上、足を使うしかない。そう判断したルナは足を武器とするため、強化を脚部へ集中させたのである。


「んぐっ……お爺との修行以来、初めて使うよ。久々に使うと思ってたより()()ね……」

 ルナの身体強化魔法における"とっておき"はアロンダイト帝国で使ってみせた『二重強化』だ。

 スエズから教わったこの強化方法もとっておきとも言えるが、二重強化ほどではない。あちらは副作用が大きい分、強化倍率が段違いで高い。

 しかし副作用が神経の激痛と負担、という点では二重強化よりはずっとマシと言える。こちらも決して倍率が低いわけではないのだから。


「っ……! 行くよ、処刑人さん!」

 数メートル先でこちらにゆっくり接近するデスペラードを目視し、全力で踏み込んだルナ。直後、地面は大きく抉れ、その場からルナの姿は消える。

 脚部に限定して強化を掛けただけあって、素の身体能力が桁違いに高いルナが全力で踏み込んだ結果、デスペラードとの数メートルもあった距離は1秒もしないうちに数センチ程度にまで縮まる。


「一撃でぇぇぇ!!」

 『二重強化』がルナの"切り札"ならば、この『特化強化』はスエズから授かったスエズの"切り札"と言えるだろう。

 ルナの一般的に使っている身体強化の倍率は3倍。使う等級やクラスを上げればもっと伸びるが、基本的にはそれが基礎値だ。

 しかしこの特化強化を使ったルナの今の脚部の強化倍率は――。


 ――"15倍"だ。


「たあああぁぁっ!!!!」

「グアアアアアアアッ!!?」

 ルナが空中で身を(よじ)ってしなったムチのように蹴りを放つと、防御をしようと強靭な両腕でガードしたデスペラードの腕ごと肉体をへし折り、ただ一撃の蹴りだけで"最強の怪物"はまるで紙を折ったかのように『くの字』に曲がり、地平線の彼方まで木々やルナの氷の壁を突き抜けて吹き飛んでいった。

 一瞬のうちでついた決着。短くも長い、圧倒的だが接戦の激闘であった。


「はぁ……はぁ……ミスらずに腕が使えてたらこんな苦労してないよ……」

 地平線に消えていったデスペラードを見届けたルナはその場に膝をついて姿勢を崩す。

 今も負担の大きい特化強化はかかったままだ。二重強化と違い効果時間は極端に短いわけではないのである。そして負担を減らすため、ルナは先程も使った解除魔法を行使する。


「【ディスペル・エンチャント】……」

 ぽわぁ……と小さな白い光がルナの身体を包むと、足に纏われていた琥珀色の魔力は綺麗さっぱり消え去る。

 それと同時に足にかかっていた重みのようなものがすっかりと無くなり、ルナは身体強化の効果が完全に消えたことを確認する。


「はぁはぁ……腕、あとで先生に治してもらわないとなぁ。治癒魔法が自分にも使えたらいいのになぁ」

 治癒魔法は自分には使えない。二重強化を使えば自己再生能力も強化されるため自分を治癒することも擬似的には可能だが、そんなことをすれば効果が切れた瞬間その場で数日間気絶である。そんな選択肢は頭になかった。

 そしてようやく戦いを終えたルナは、遠くに見えるゴールに向かうために立ち上がろうと足に力を入れる。


「ん……あれ、力入んないや……もう時間がないのに……!」

 特化強化の副作用はただの激痛と負担だけだ。立てないのは単純に、実戦で初めて使ったから身体がまだ慣れていないのだろう。

 しかし試験の時間が迫るこの状況でそれは致命的だった。技の選択肢を間違えたか、と後悔しかけたが、それよりもまず先にルナは身体が動く。


「後悔してる暇があったら、さらに後悔しないように動かなきゃ……」

 左腕のみで身体を這いずらせて、ゆっくりゆっくりとゴールに向かって進むルナ。

 時間はもう無い。到底間に合うとも思っていない……が、何も行動せずに終わって後悔するよりも、最後に何か努力をしてから終わりたい。ルナはそんな考えを持っていた。


 故に足掻く。最後まで。


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