76.選抜試験 6
マナの魔法を真似て放った光属性の最上級槍魔法は、1体の処刑人の脳天に直撃し、頭部どころか上半身ごと消し飛ばしていた。
圧倒的質量による火力押しは、いくら頑強な身体を持つデスペラードとて、無事では済まなかったようである。
「次!」
土煙が晴れ、ひとつの死体を視認すると、すぐさまルナは動き出す。
身体強化を使っていることもあって、その速度は凄まじいものだ。
仲間意識などないデスペラード達は1体がやられても気にした様子もなく、絶え間なく物騒な鉈や強靭な腕を振るい、ルナを叩きのめさんと襲いかかってくる。
「頭が弱点なのは全生物共通みたいだね……クリスくん達はもうゴールしたみたいだし、周りを気にせずやれる!」
数々の猛攻を紙一重で避けながら、1人で5体のデスペラード達と戦うルナ。
周囲に誰もいないことを確認したルナは大胆に行こうと、攻撃の隙間を縫うように抜けて、2体のデスペラードの懐に潜り込み、腹に片手ずつ手を当てる。
「【ヘイルストーム】!」
短詠唱で発動させた氷上級魔法はデスペラードの腹から零距離で放たれ、巻き起こった氷の竜巻は2体の胴体を貫通して大きな風穴を開けた。
ドスン……と鈍い音で倒れた2体のデスペラード。残るは3体。時間稼ぎの必要は無くなり、後はルナがデスペラードの耐久力を試すための時間となっていた。
常に危険はつきまとうが、今のルナに処刑人は大した脅威にはならないだろう。ましてや数が減った今など尚更だ。
「もう時間稼ぎじゃなくて、あなた達を倒すために戦うよ! 他の皆が少しでも楽になれるように!」
そう言って、ルナは3体のデスペラード達と向かい合う。
「グアアアアアアアッ!!!」
睨み合いの牽制が続く中、痺れを切らしたように1体のデスペラードがドスドスと距離を詰めてルナの目の前まで迫る。
鉈を振り上げたデスペラードを前に、ルナは余裕の表情でそれを静かに見据えていた。
「そんなの簡単に避けて……っ!?」
いつものように回避しようと足に力を入れると、思っていたより力が出ない。
それにギリギリで気付いたルナは、一瞬表情が崩れるが、すぐさま状況を理解し、表情は余裕の笑みへと変わる。
「もう切れちゃったか……あはっ! それなら!」
足が動かないのであれば、避けることは諦めて回避を捨て、ルナは真正面にしゃがみ込んで鉈を見据えて両手を構える。
「グアアアアアアァァァッ!!!」
猛々しい咆哮と共に、青い巨人は血のついた巨大な鉈をルナめがけて勢いよく振り下ろす。
ルナの小さく可愛らしい顔に、悍ましい凶器が差し迫るが……寸前。その鉈は額のギリギリで動きを止める。
「"白刃取り”~! クロエくんから教えてもらったやーつ! 試してみたかったんだ~!」
ルナは両手で鉈の刃の腹を挟み、見事に受け止めていた。真剣白刃取り。いつの日かクロエから聞いた他国の技の一つだという。
正式にはアルが持っていた情報をクロエ伝に聞いただけであるが……。
「グ……!?」
刃を止められたデスペラードは力を込めて押したり引いたりと抵抗してみせるが、ルナの馬鹿力の前ではそれもまた無意味。
実は白刃取りは実戦で使うには非常に難しくリスクの高い技なのだが、ルナの動体視力で刃を挟んでしまえば最後、その小さな体躯のどこから出てくるのか驚異的な筋力で刃を逃さない。
「見た目はゴツいけど、力は私の方が上みたいだね。……ほいっ」
「グオオッ!?」
デスペラードがルナから鉈を奪い返そうと、思いっきり引っ張った瞬間。ルナはパッと手を放し、勢い余ってデスペラードは後方へと大きく転がっていった。もはやルナに遊ばれており、最初の恐怖感など皆無である。
モニター室ではシャノンが手のひらで遊ばれているデスペラードを見て悶えているのが容易に想像出来た。
『あたしの作った最強生物が~~っ!』
「さてと、身体強化を掛け直さないと。思ってたより消費が大きくてさっきはすぐに効果が切れちゃった! さすがだね処刑人さん!」
そう言って無詠唱でササッと魔力を振りかけるように身体強化魔法を使うルナ。
先ほど白刃取りをする前、ルナが攻撃を回避出来なかったのは、途中で身体強化の効果が切れて身体の感覚がズレたからであった。
身体強化が切れる原因は、時間で込めた魔力が尽きるか、運動量の多さで消費が激しい場合。もしくは別の魔法によって強化を解除された時ぐらいである。
要はデスペラード達との戦闘は、一見余裕でこなしているように見えても、実際にはかなりの疲労をしていたということだ。
「戦ってみた感じ、思いの外あなた達は魔法の耐性は高くないみたいだね」
ここまで3体のデスペラードを倒したルナだが、そのどれもが魔法で一撃だったという点から、魔法耐性は基準値は高いものの恐ろしく高いというわけでもないと感じていた。
実際、デスペラードを作ったシャノンは、物理耐性と魔法耐性を限界値までかなり頑丈にして"最強の怪物"を作ったと断言していた。
元々S級以上の優秀な魔術士であるシャノンが本気で作った魔物なのだから、普通の最上級魔法程度ならば、簡単に耐えうる防御力を誇る……はずなのだが。
如何せん、ルナの魔力が桁違いすぎた。それだけ手を施してもルナにとっては魔法耐性は低いと感じてしまう程度だったらしい。
「もう魔法で半分倒したし、残りは物理攻撃で!」
身体強化を掛けたルナは立ちはだかる2体のデスペラードに向かって踏み込んで拳を構える。
懐に潜る直前、鉈を振るわれるが持ち前の動体視力でスレスレに回避し、左の1体の腹に向けて全力で拳を振るう。
「そりゃああっ!!」
バシン!! ……と凄まじい音が響き、ルナの一撃は腹部に直撃する、が……。
「ありゃ?」
全くもって手応えのない感覚に、ルナは間の抜けた声を漏らす。
「グオオオオン!!」
「うおぉっ! とと……」
懐に入り込んだ虫を払うように腕を振り回すデスペラード。ルナは咄嗟に両腕で防御して後ろに仰け反りつつ様子を窺う。
「……衝撃が吸収された? まるで運動用のマットを殴ってるみたいな手応えのなさだった」
硬い、というよりかは、衝撃が分散させられている感覚。今のまま戦い続けても無駄だろうということが、今の一度の攻撃だけでルナには理解できた。
「うーん……とりあえず別の方法を考えつつ、戦い方を変えてみようかな」
そう言ってルナは拳を引っ込め、ずっと背中に背負っている大剣に手を伸ばす。
それを待たずして、目の前にいる2体のデスペラードは鉈を振り上げながらルナに向かって襲いかかってくる。
しかし怖気づくことなく大剣を素早く抜きながら、ルナも同じように前進する。そしてルナは久しく呼んでいなかったその名を口にした――。
「行くよ、"レーヴァテイン"!」
数ヶ月ぶりに主人に名を呼ばれた大剣は、呼応するように業火を纏い、ギラギラとした炎と共にその刀身を現す。
流石に三度目ともなればもはや剣が炎を放っても驚くことはなく、ルナは抜き放った大剣をそのまま両手で構えてデスペラードと肉薄する。
「燃えろおぉぉぉぉっ!!」
ルナが振るったレーヴァテインの炎は、デスペラードの鉈とぶつかり火花を散らしたが、その熱は一瞬で鉈の刃を溶かし、武器ごとデスペラードの肉体を真っ二つに斬り裂いた。
「グアアアアアアアア!!!」
身体を真っ二つに袈裟斬りされたデスペラードは、まるで痛みに悶えるかのように咆哮をあげる。痛覚など存在はしていないだろうが。
しかしルナが接敵していたのは1体だけではない。先程吹き飛ばしたのと今斬ったデスペラードとは別に、背後からもう1体の巨腕が迫っていた。
「不意打ちはもっと気配を消したほうがいいよ。まあきっと、シャノン先生はあえてそういう弱点を残してくれたんだと思うけ、どっ!」
ルナは軽く振り返って後ろの処刑人を見据えると、小さく呟きながら、最低限の動きで身を翻してサッと背後からの攻撃を躱してみせる。
そして今しがた真っ二つにしたデスペラードが倒れるよりも先に、素早く大剣を返し、下からもう1体の巨体を斬り上げた。
そうしてほぼ同時に2体の巨人を斬ったルナ。やはりこの世に一振りしかない魔剣と呼ばれるだけあって、ルナの拳が効かないほど硬質な肉体であっても、まるでスライムのように簡単に斬れてしまった。
炎を纏っていない時はそこまで鋭い斬れ味はないというのに、この魔剣が纏う炎は一体どれだけの質量を秘めているのか……。何度か使っているルナにさえ分からないことだらけであった。
「あとはキミだけだね。最後は拳でリベンジさせてもらおうかな?」
レーヴァテインを背中の鞘に仕舞いながら向き合うルナ。
「グググウゥゥ……」
残るは1体。白刃取りの後に自分から勢い余って吹き飛んでいった哀れな処刑人である。あれから距離を取ってこちらの様子を窺っていたようだ。
身体強化がまだ切れていないことを確認したルナは、最後の1体に向けて踏み出していく。
対するデスペラードは先程の一件で武器をどこかに失くしてしまったようで、強靭な拳を握り、剛腕を振るってルナを迎え撃とうとする。
「グオオオッ!!」
ブオンッ、と風を切るような音を鳴らして振るわれた巨大な腕はルナの華奢な身体目掛けて飛んでくるが、ルナは流れる川のようにしなやかな手つきでデスペラードの腕に触れて攻撃を逸らし、素早く懐に潜り込む。
敵の懐に入り込むのは、すばしっこく身体の小さいルナの十八番だ。特に相手が巨大な肉体であるほど、その素早さは武器となる。
「おりゃおりゃおりゃぁっ!!」
懐から全力で拳の乱打を繰り出すルナ。先程、拳での一撃を食らわしてから、普通の一撃だけでは効かないと判断してのものだった。
腹。足。顔。腕……。デスペラードの至る所にルナの見た目以上に威力のある拳がお見舞いされる。
「せぇッ!!」
ルナは豪快な連打の後、最後に一撃、強烈なのを顔面に決めるが……。
「フシュルルル……」
グググ、と拳を頭に押し返され、はらり……とデスペラードの被っていた布が床に落ちる。
「げっ……やっぱ効いてない、ですよね!」
「グガアアアアアアアアアアア!!!!」
布の下から現れた顔は目や口が縫われており、それを無理やりにかっ開いて叫ぶデスペラードの形相はとても狂気的で悍ましいものだった。
ギラついた焦点の合っていない目はルナに照準を合わせると大きく暴れて腕をやたらめったらに振り回す。
「うぐっ!!」
流石のルナもゼロ距離からいきなりあれだけの巨体で暴れられれば避けるのは難しかったようで、咄嗟に防御の姿勢は取ったものの、かなり後方まで吹き飛ばされて途中の大木に思い切り叩きつけられる結果となった。
「いったぁ~……! 胴体への防御はしたけど、魔力で補強するの忘れちゃった……」
ルナは右腕をプラプラとさせながら膝をついて腕を見る。ルナの右腕は紫色に変色し、変な方向へと曲がってしまっていた。
咄嗟に右腕を左手で支えて攻撃を受けたは良いものの、あまりの展開の早さに魔力で腕をコーティング出来ず、素の状態で防御してしまったのだ。
それは肉体差がある相手には絶対にしなくてはならない、ルナがスエズから習った戦い方の基本であった。




