70.選抜試験開始!
翌日のこと。いつものように教室に集まった精霊寮の生徒達だったが、一同はアルバートの昨日との態度の違いにざわついていた。
「ようおめぇら。今日は選抜試験の説明をすんぞ!」
いつもなら気怠げにやる気のない顔と声で授業を進めるアルバートだが、今日はなぜかいつもと違ってハキハキと喋り、気合が入っていた。まるで別人のようだった。
「なあ、今日先生おかしくね?」
「随分気合が入ってますよね……別人みたい」
「昨日のテティスのアレが効いたんじゃない?」
生徒達は各々で急にまともな雰囲気になったアルバートについてひそひそと話していた。一部の生徒は原因は昨日のテティスの圧によるものだと予想していたが、アルバートは一切気にした様子もなく授業を続ける。
そんなアルバートを見てテティスはようやくやる気になってくれたのかと内心では満足げだった。
「暁光祭のプログラムはすでに決まってる。クラス全員参加の種目を除けば、選抜した生徒が出るのは計3種目。その中で選抜試験で選ばれるのは補欠を含めた7名だ。まあ実質的に5人くらいが出場することになるか?」
「この人数に対して7人か……」
「中々選ばれるのは難しそうね」
「真に資格を持つ者は恐れずとも自然と選ばれる!」
アルバートの説明を聞いて生徒達の中には不安に駆られる者もいた。クラスは各寮ごとに40人。その中から7人というのだから、自分が選ばれるには相応の力を示さねばならないだろう。
「先生ー! 選抜試験って具体的に何するの?」
ふと気になったルナが訊ねる。
「あー、そうだな……。当日まで詳しくは言えねェことになってるが、簡単に言えば全員でそれぞれゴールを目指すって感じだ。身のこなしに自信があるヤツや頭がキレるヤツは有利かもな」
ルナの質問に答えるアルバートだったが、暁光祭のプログラムや選抜試験の細かい内容は当日になるまで教えられないらしい。おそらく対策の対策のためだろう。
「ゴールを目指すってことは……競争かな?」
「単純な足の速さの競い合いではないと思うが、話を聞く限り」
「頭を使うってことは、何か普通じゃないものがありそうだね……」
ルナ、ニーシャ、イズの仲良し三人組は選抜試験の簡単な説明を聞いて内容を予想してみるが、答えは当日になるまでわからない。
他の生徒達も同じで各々予想を立てているが、答え合わせは当日までお預けである。もう少し具体的なことが分かれば作戦を立てられるものだが……。
……と、そんなところで授業は終わり、選抜試験までは普通の学園生活が続いたのだった。
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「いよいよ今日は選抜試験の日だね!」
「特に暁光祭とやらに興味はないんだけどね、私は」
「全員参加だからね。わざと手抜いたらダメだよ、ニーシャ?」
選抜試験当日。ルナ達精霊寮1年生は広いグラウンドに集合していた。
控えた試験を前に、ざわざわと緊張の声などが飛び交っていた。それはルナ達も同じようだった。
「得意じゃないからね、競争は。本気でやっても私が勝つことはないだろうね」
「一応言っておくけど足の速さの競い合いとは限らないからね?」
「もし足の速さだったら自信アリ!」
自分を卑下するようなやる気のないニーシャにイズは呆れた様子で指摘する。その隣では今イズがそうとは限らないと言っていたばかりなのになぜか自信満々なルナがいた。
「さて。選抜試験の内容だが、今回は魔法学のシャノン先生に協力を得ることになった」
アルバートに紹介されると、シャノンと呼ばれた女性教師は前に出て生徒達に笑顔で手を振って挨拶する。
「皆、元気~? 今日はあたし頑張っちゃうから期待しててよー! も、すっごいの持ってきたから!」
ウェーブがかった黒髪に、紫色の三角帽と黒いローブというまさに魔術士といった見た目の女性。
シャノンが皆に笑顔を振りまくと生徒達はたちまち盛り上がる。
「ほんとっすか!?」
「楽しみにしてます!」
「きゃー! せんせー!!」
生徒達からは明るい声が上がり大人気のシャノン先生。それもそのはず。
彼女は魔法学の際に精霊寮を訪れるのだが、アルバートと違って真面目に授業をしてくれる上、若く優しく美しいという三大要素を持った、精霊寮からすれば素晴らしい教師なのである。
「説明しよう! シャノン先生は毎日色々な寮を巡っていろんな魔法を教えてる凄い先生なのだ!」
「いや誰に言ってるんだ、ルナ」
「どこ見てるの……」
突如明後日の方向を向いて説明し始めたルナに突っ込むニーシャとイズ。
……とまぁ、シャノン先生はルナ達精霊寮にとっても学園にとっても、一人で魔法学を教えて回っているほど素晴らしい魔法の才を持った人間なのだ。
そんな彼女が協力してくれる選抜試験とは、どんなものなのか。多少の緊張は残るが期待も高まっていた。
「じゃあシャノン、頼むぞ」
「まっかせてください先輩っ! ……ふぅ~」
アルバートが声をかけると、シャノンは自信満々に胸を叩いて頷く。
そして彼女は誰もいない広いグラウンドに体を向けて息を吐き、紅い宝石の装飾された杖を構えて魔力を溜め始める。
周囲を渦巻く魔力はシャノンの元へ集まると杖の宝石が煌々と輝き始める。
「よし……そぉ~れっ!!」
魔力を溜め終えたシャノンが杖を掲げて魔力を解放すると、突如として大地が大きく揺れ始める。
「すっげぇ揺れ……」
「さすがシャノン先生だわ」
生徒たちが驚いている間もなく、震動はさらに大きくなっていき、なにもないグラウンドには地面から次々と木々が生え、遺跡の跡地のような古い建物などが生成されていく。
そして魔力が収束すると同時に、グラウンドには巨大な森の中に佇む廃墟のフィールドが形成された。
「「「「………」」」」
崩れた石のアーチとなった入口を前に、シャノンの魔法で作り上げた巨大なフィールドにぽかんと口を開けて唖然とする一同。
そんな生徒達を置いてアルバートはいよいよ試験の説明を始める。
「お前らにはこの広大な森林廃墟街マップで選抜試験を行なってもらうぞ。
このフィールドには出口が二箇所存在する。お前たちにはそこを目指してもらう。暁光祭の出場者として選ばれるのは合計7名。先着順だから精々頑張れよ?」
アルバートが改めて選抜試験についての内容を説明するが、その内容は思っていたよりもシンプルで、広大で迷ってしまいそうな廃墟の中でたった2つしかないゴールを見つけるだけ。
選抜試験、とまで銘打っているのだからもっと難しい課題を出されるのかと思っていた生徒達は、肩透かしを食らったような気持ちになっていた。
普段のアルバートの無茶な授業が良くも悪くも影響しているようである。
「どんな無理難題を課されるのかと思ってたが、意外と行けそうだな!」
「広い場所からゴールを見つけるだけ? 探しものが得意な私には簡単なことね!」
生徒の何人かは内容を聞いて気持ちに余裕が出てきたのか、不安や心配そうだった顔は消え、平然とした態度だった。
「ねえスフェン。これやっぱ、何かあるよね……」
「ああカイリ、多分な……。今のアルバート先生が出す選抜試験がこんな簡単なわけない。
こないだ試験の簡単な説明をした日から妙にやる気が出てて、今まで授業もなんか適当でハードな内容だったのに純粋にハードな内容に変わってたし……」
逆に一部の生徒は試験があまりにも単純で簡単すぎるように感じ、それに対して思慮を深めて警戒していた。
「よーしゃああ! 競争だぁ! 足の速さなら私がクラスでいちばん!! 絶対にゴール見つけるぞーっ!」
「ふへ……やった……! この内容なら私はゴールに辿り着けない、間違いなく。ちゃんと負けれるぞ、本気でやっても……!」
「いやこんな単純なわけないじゃん! ふたりとも冷静になってってば! てゆーかニーシャは本気で負けに行こうとしたらさすがの私も怒るからね!?」
ルナ、ニーシャ、イズ達もわやわやと騒いでいたが、イズも試験の内容に違和感を感じた内の一人だったようだ。
尤も、シンプルな内容を聞いて振り切ってしまったルナとニーシャはそれぞれ別々の方向で盛り上がっていたが。
「何人か疑ってるヤツもいるが、まあそうだ。内容はこれだけじゃねェ。
フィールドには様々なトラップや魔力で作られたモンスター、そしてお前たちを追う"処刑人"がいる。そいつの名はデスペラード。会ってしまえば最後、逃げるしかない。死ぬ気で逃げろよ」
これから苦労するであろう生徒達を想像し、話しながら意地の悪い笑みを浮かべるアルバート。
「やっぱり普通じゃなかったな」
「試験っていうくらいだから、そりゃそうだよね」
アルバートの説明を聞き、自分たちの予感が当たり納得する一部の生徒達。
「処刑人はフィールドに数体、ランダムで徘徊してる。魔力でガチガチに強化してあるから物理的攻撃や魔法攻撃は一切効かねえ。出会ったら逃げろ」
「ふふん♪ あたしが作りました!」
デスペラードについて説明するアルバートの隣でドヤ顔でピースを作るシャノン。
なんてものを作ってくれたのだと、生徒達からは非難の視線が浴びせられるが……。
「処刑人かモンスター、トラップにやられて行動不能になったヤツは脱落者となる。……が、行動不能から回復した場合は再度試験に戻ることができる。怪我で全く動けなかったり気絶したままだったらそのままアウトだ。
以上だ。魔法に使用制限はなく、制限時間は2時間。先着7名までだ。んじゃスタート」
あっさりと説明を終え、開始を告げるアルバート。
「「「「……」」」」
「「「「えっ!?」」」」
一瞬の沈黙の後、急に開始を合図された生徒達は動揺した。
「どうした? もう始まってるぞ。さっさと行け」
「いじわるだぁぁぁ――!!」
「先生ってそういう人だったぁぁぁぁ――!!」
試験はもう始まっている。それに遅れて気付いた生徒たちは文句を垂れながら、各々急いで石のアーチをくぐって広大なフィールドに入っていく。
「うわあ皆もう行っちゃった!? 私達も行かなきゃ!」
「私は遅いからね、足が。先に行きなよ。私は私でやらせてもらうよ、ゆっくりと」
「じゃあルナ、ニーシャ! またね! 特にニーシャはどっかでサボったりしたらダメだかんね!」
「ああ、分かってるよ。するさ、やれるだけのことは」
そうして他の生徒達に続き、ルナ達も各々でフィールドに入っていくのだった。
「おー……。みんな元気だね~? あっという間に行っちゃった。仲間同士で行動するのも一人で行動するのも両方あり。みんながどんな試験を見せてくれるのか楽しみ!」
生徒がいなくなった後、入口で生徒達の背中を見送ったシャノンがニコニコしながら呟く。
「まぁ……出口を見つけてもそう簡単にはくぐれないんだがな」
「良かったんですか、アルバート先輩? 何個か説明してないことあったでしょ? 特に、ゴールのこととか」
シャノンが訊ねるが、対するアルバートは邪悪な笑みを浮かべて答える。
「はっ。いいんだよ。その方が面白そうだろ? 精々四苦八苦してる様を見せてくれよ、精霊寮」
「自分の生徒なのにスパルタ~……まぁいっか!あの子達なら処刑人もなんとかするでしょ!」
そう言うとシャノンは杖を構え、先端を地面に突き当てると、カンッという音と共にアルバートとシャノンはゴールの外側へとワープする。
「よいしょっと」
そして続けて杖を振ると可愛らしい椅子と机、茶菓子などがぽんぽんと生成され、椅子に座りながら最後にシャノンが魔力を込めると空中にモニターがいくつか生成され、フィールドの各エリアが映しだされる。
「色々使えるんだなお前」
シャノンがあっという間に生み出した観戦席にアルバートも腰掛けながら彼女を感心したような目で見る。
シャノンは古竜寮、魔狼寮、聖獣寮、精霊寮、全ての寮で魔法学を教えているこの学園一の魔術士だ。
生活魔法や攻撃魔法、補助魔法など様々な魔法を多くの生徒に教える身ならば、色々な魔法が使えて当然なのだ。
「とーぜんです! 元S級冒険者の偉大な偉大な魔術士ですから! 学園にスカウトされてなかったら今頃先輩と同じSS級になってた女ですよ~?」
「部屋は汚ぇのにな」
「あーっ! それ言うのはなしですよ!! いま関係ないし!」
シャノンはアルバートよりもずっと若く、彼を先輩と呼ぶ。しかし魔術士としての才能はかなりのものであり、自分で言うだけあって実際SS級にもなれる力を持っていた。
その才を認められ、教師として学園に招待された。……が、アルバートに指摘されたように、彼女は部屋が片付けられない女であり、家の中は目も当てられないほど非常に汚いそうだ。
どんなに完璧に見える超人でも、何かしら弱点を抱えているものなのである。
「さてと……どうなることかな。この試験」
「話逸らした! まぁいいや……楽しみですね!」
そう言いながら、二人は観戦席にて、選抜試験を見守りながら茶を啜るのだった。




