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天才と脳筋は紙一重  作者: たんすちゃん
《第一章》-邂逅編-
7/99

7.初めての友達!

 無事計画通り10万ヘラを手に入れたルナは、ほくほく顔で東地区を歩いていた。勿論、しっかりと巾着袋に入れて異次元ポーチに仕舞ってある。

 そう。忘れかけていたが、元々は宿屋を探しに行くために噴水広場を通り東地区を目指していたのだ。

 たまたまその時、先程の大会が開かれており賞金に目をつけ参加しただけなのだ。


 ルナは日暮れまでに宿を見つけなければいけないため、足早に東地区へ向かってしまったが、腕相撲大会の会場では未だにルナの話題で持ちきりだった。


_


「まさかあんな小さな子が優勝するとはな……」


「お小遣いのためってところが可愛いわよね~」


「本気を出す間もなく一瞬で決められてしまった……彼女は一体何者なのだろうか」


「小遣い稼ぎの銀髪大剣少女!! 来年もまた見たいなぁ~!」


 バルネアの一角ではところどころでルナの話題が上がっており、まったくもって本人のあずかり知らぬところで有名になりつつあるルナであった……。

 そしてこれだけ話題になっていれば、偶然そこを通った一人の少女の耳にも当然情報は入ってくるというものである。


「~~♪ ……ん? 銀髪大剣少女? ………まさか、ルナ? あの子、ここで何かしたのかしら……」

 ダンジョンでの思わぬ収穫で、こちらもほくほく顔で鼻歌交じりに悦に浸っていたマナは、噴水広場を通りかかり、部屋をとっておいた宿へ向かっている途中で聞き覚えのある特徴が耳に入ってきて一人困惑していた。


_


「申し訳ありません……。現在部屋は空いておらず……」

「えー!? ここもダメかぁ……」

 宿屋の受付の女性にそう告げられ、絶望を(あらわ)にするルナ。

 満を持して期待を込めて東地区の宿を訪ねたルナだったが、ここもすでに部屋が空いていないという。

 ここまでで巡ってきた八つの宿はどれも満室で、巡ってきた全ての宿屋が全滅だったルナは、いよいよ焦りを感じ始めていた。

 だがそれも仕方がないことなのである。今日に至っては。なぜなら今日は年に一度の(もよお)しがあったのだから、人が集まるのも当然なのだ。しかし悲しいかな、その催しで優勝を飾った本人が宿を取れないとは、なんとも皮肉な話である。

 ついには日も暮れ始めてしまい、ルナの目からハイライトが消えそうになっていると、宿の入口でドアベルがチリンと鳴った。


「あら、ルナじゃない。何してるの二人して?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはマナだった。


「あっ、マナちゃん! さっきぶりだね! ……実は宿を探してるんだけど、もう八軒も回ったのに全滅で……」

 ルナは肩を落としながら自嘲気味に説明する。するとマナは少し考えた後、袋からおもむろに一枚の金貨を取り出し受付のカウンターに置いた。

 ルナが不思議そうな顔でその行動を見つめていると、マナはルナの方へ向き直したかと思えば、ひとつの提案をする。


「私ここに泊まってるのよ。私の部屋は二人部屋だったし、ルナが良ければ同じ部屋に泊まらない? はいこれ、釣りは要らないわ」

「え!? そんな! 追加のチェックインはともかく、金貨のお釣りがいらないだなんて! うちの宿は一泊200ヘラですよ!?」

 ルナに対して話しながらさらっと金貨を渡された女性は驚愕の声をあげ、間に割って入る。それもそうである。金貨は一枚で1万ヘラの価値がある。一泊200ヘラの宿に対して払う額ではない。無駄金もいいとこである。王族ゆえの豪快さというやつなのであろうか……。

 ちなみに銀貨は一枚100ヘラ、銅貨は一枚1ヘラ、白金貨は一枚10万ヘラである。要は銀貨二枚でいいところを、マナは銀貨百枚分の金貨を一枚出したのだ。


「めんどくさいわね~……。んー、そうだ。急な予定変更のお詫びってことでどう? それと今日の夕食と、明日の朝食を普通より豪華にするとか?」

 少し考えたあとに口を開いたマナから出たのはなんとも雑な提案だったが、宿屋側としては超過分の誠意というものは見せなければいけない。故に受付の女性の返答は……。


「そんなことで良いのでしたら、問題はありませんが……」

 それでもまだ足りていないとは思っているようだが、この受付の女性、融通が利くようであった。


「決まりね。それで、ルナはどう? こんなことで恩返しになるとは思ってないけど」

 手早く話を済ませたマナが改めてルナに訊く。どうやらマナはダンジョンでのことを気にしているようだった。宿一泊如きに金貨を出す大胆さとは裏腹に、意外と几帳面な性格なのかもしれない。

 尤も、ルナは恩だとか借りだとか、そういうのは全く気にしていないのだが……。


「ありがとう! 残った他の宿が空いてるとも限らないし、お言葉に甘えさせてもらうね!」

 願ってもない状況に、満面の笑みをこぼしたルナは無事野宿にならずに済んで一安心するのだった――。


_


 すっかり日も暮れて、部屋に戻った二人は夕食の時間になるまで雑談をして時間を潰していた。


「それで、なんでこんな時間に宿なんか探してたのよ? これだけの人がいて、宿が混まないわけないってことぐらい、貴女もわかってるでしょ?」

 当然のことを確認するように疑問を投げかけるマナ。それに対しルナは困った顔で言葉を返す。


「うん……ほんとは街についた時点で真っ先に取りたかったんだけど、寄り道してお金無くなったりとか、人とぶつかって絡まれたりとか、大会出たりとか、色々あって……。あはは……」

 頬をかきながら、これまでの経緯を話すルナ。それを聞いたマナはハッとした様子で尋ねる。


「さては……出店の食べ物食べまくったわね?」

「えへへ……。色々食べて回ってたら、気づけばお財布がすっからかんになってたよ」

 マナに図星を突かれ、照れくさそうに話すルナ。


「まぁ、この街の食べ物美味しかったものね。私もつい食べ過ぎて……いや、なんでもないわ!」

 マナはうっかり失言しそうになり咄嗟に口を噤む。

 この街は人が多く来訪するのもあって、宿が多く建てられていたり、出店や街並みにはかなり気合が入っている。それだけあって食べ物は非常に美味しく人気がある。

 年に一度とはいえ、腕相撲大会もかなりの盛り上がりを見せていた。いや、年に一度だからというべきか。

 二人も例に漏れず、他の観光客同様この街の出店を楽しんだということだ。


「大会といえば貴女、街で話題になってたみたいだけど……もしかしなくても腕相撲大会で優勝したのってルナよね?」

「あー……お金がなくなって困ってた時に、たまたま噴水広場で大会の看板見つけてね! 力に自信はあったし、賞金に釣られて参加しちゃった!」

 素っ頓狂なルナの説明に、思わずマナは吹き出した。


「あははっ! お金がないなんて適当な理由で、力自慢のおっさんばっかの大会でさらっと優勝しちゃうなんて、流石ルナね!」

「だって10万だよ!? そんな大金、腕相撲するだけでもらえるなんてやるしかないでしょ!」

「あはははは! 普通はそんな簡単に勝てるもんじゃないのよ! ふふ。あー、おっかしい!」

 あっさり告げるルナに、さらにゲラゲラと手を叩いて大爆笑を連鎖させるマナ。バルネアの腕相撲大会は、年に一度ということもあり、毎年かなりの参加者が集まる。

 そして何より、集まる者たちの強さが平均的に高い。村一番の力持ちやオークを素手で倒せる者、中にはA級やB級冒険者なども参加しているのだ。そう簡単に勝てるものではない。

 皆それぞれ名誉や力試し、力の誇示で来ている者ばかりの中、たった一人賞金目当てで、たまたま初めて参加した少女が優勝をかっさらっていったのだ。これでは彼らの立つ瀬がなく、あまりにも哀れである。それが面白くてマナは笑っているのだった。

 しかし二人はまだこの街を堪能しきれていない。……そう、この街の名前は『温泉街』だ。出店や大会も目玉のひとつではあるが、温泉に入らなくてはバルネアを完全に満喫したとは言えない。


「そうだ、あとで一緒に温泉行かない? 楽しみだったのよね~、温泉!」

 一通り笑い尽くして落ち着いたあと、ふと思い出したかのようにルナを誘う。


「そういえば温泉! すっかり忘れてた! 私のこの街に来た理由のひとつがそれだったんだ!」


コンコン


 二人が話していると部屋をノックする音が聞こえた。どうやら気づけば夕食の時間になっていたようだ。


 ルナ達が食堂へ行くと宿泊客の他にも、夕飯を食べに来ているだけの客が来ていた。

 自分たちの料理が運ばれてくると、他の客に比べて明らかに料理の質が高く、量も多かった。


「そういう契約ですので……」

 先程の受付にいた女性は料理を運んできた際に、そっと静かにそれだけ言うと、軽く会釈(えしゃく)をしてから颯爽と厨房へ戻っていった。流石に栄えている街だけあって、契約遵守、律儀である。


「突然の事態にも機転が利いていいわね、ここの宿は。この街の宿屋はどこもそうなのかしら?」

 その辺りの管理はしっかりしている様子を見て、満足げな表情のマナ。

 そして二人は、食堂にいる他の客よりもやや豪華……というか、かなり豪華な食事を摂り、自分達だけ特別な気分を堪能してから宿を出て、夜のバルネアへと足を向かわせるのであった。


_


「おっんせん、おっんせん~♪ 初めての温泉楽しみだなぁ♪」

 食事を終えたルナ達は温泉へ向かうため、涼しい風が吹く夜の街を歩いていた。夜にも関わらず、バルネアは昼間ほどではないにしろ沢山の人で賑わっていた。


「バルネアといえばやっぱり温泉よね! 私も初めて入るわ♪」

 田舎育ちのルナと王城育ちのマナ、箱入り娘の二人は温泉に来るのは初めてで、わくわくが抑えられない様子だった。


 温泉へ着くと二人は意外にも人が少ないことに驚いた。少ないと言っても、昼間のあの人混みを見た後だとそう感じるだけであって、実際は十数人程は客がいる。それにバルネアには温泉がここの他にもう一つある。今日はそちらに人が集中しているのかもしれない。

 混んでいるよりマシと思い、二人は受付を通り脱衣所へ向かった。


「夜の街って雰囲気いいわよね。ああいう雰囲気、私すごく好きだわ」

「そうだね!昼間の賑やかな喧騒とはまた違った空気になって、違う街にいる気分になれるよね!……あっ」

 服を脱ぎながら、何気ない雑談を交わすルナ達。ふと、ルナが服を脱いだマナを見ると、そこには確かな膨らみがあった。そう、自分には無い膨らみが。


「………」

「……? こっち見てどうしたの……? 早く行きましょ」

「羨ましい……いつか私も……!」

「な、なんの話よ……」

 自分と比較してもかなりの差があるマナを見て、羨ましがりながらも未来の自分に期待を込めるルナだった。


 浴場へ入ると、中はとても広く、走り回れそうなほどの広さをしていた。

 他にもそれなりに人がいたため、そんなことは出来ないが。まぁ、そんなことをしたら足を滑らせて痛い目を見るだけなのだが。

 二人は温泉の作法をよく知らないため、他の客を見て真似することにした。


「木の桶にお湯を溜めて、体に掛ける……。これを数回繰り返して体をお湯に慣らして、石鹸で体を洗ってから浴槽に浸かるみたいね?」

「お湯と水の浴槽で分かれてるけど、水のほうはなんなんだろう?」

「健康に良い……とか? お湯のほうと行ったり来たりしてる人もいるし、あれが本で読んだ『整う』ってやつじゃないかしら」

 初めての温泉にぎこちなくたどたどしい様子の二人。ちなみにお湯と水を行ったり来たりしているのは『交代浴』と言って、お湯と水を一定時間毎に交代で入ることで、体内温度の差によって血管が拡大、収縮し、それを繰り返すことで体の血行が良くなる作用がある。

 他にも疲労回復や筋肉痛の治癒、気分のリフレッシュなどの効果があり、これらを『整う』という。マナの予想もあながち間違ってはいない。

 しかし血圧が高い者や体調が悪い者は身体に負担がかかることもあるので気をつけよう。

 まぁ、二人には知る由もないことなのだが。


ざばぁ……


 先に身体を洗い終えたマナはゆっくりと湯船に浸かる。


「あぁ~~♪ いい湯だわぁ~……!」

 おじさんくさい声を漏らすマナだったが、実際、温かいお湯に入ると声が出てしまうものである。疲れている時はなおのこと。

 マナがまだ体を洗っているはずのルナを呼ぼうとした時。


「ルナも早くっ……!?」


ざばーーん!!


 ルナが勢いよく湯船に飛び込んで来て、マナは思いっきり頭からお湯を被った。


「ぶはっ! うっ、鼻に入った……。ちょっと! 公共の場で行儀の悪い真似しないの!」

 ごもっともな注意である。王女とだけあって、マナーはしっかりしているようだ。それに比べてルナはこういう場は初めてなうえ、マナーについてもあまり学んだことがないのだ。


「ぷはぁ! いてて、頭打った……。ごめんなさい、床が泡のせいで思ったより滑っちゃって……」

「気をつけなさいよね……」

 そんな微笑ましい光景を、周りの女性客達はニコニコと眺めていた。



「気持ちいいね~……。初めての友達と初めての街で初めての温泉! 今日は初めてのことがいっぱいで今一番楽しいよ!」

 他の客も減ってきた中、二人並んでお湯に浸かりながらルナは笑顔で語る。


「友っ、友達!? 私が、初めての友達……。そ、そうね! 友達と温泉! 私も……こういうのは初めてですごく新鮮……」

 顔を真っ赤に染めながら、恥ずかしさのあまり目が合わせられないマナ。勿論、赤くなっているのはのぼせているからではなく、照れているからである。

 かく言うマナも、長いこと王城で暮らしてきたために友達がおらず、妹のハティとしか遊んだことがなかったため、内心ではルナ以上に浮ついていた。


 そうしてのんびりとした時間を過ごした二人はやがて宿へ戻り、備え付けの宿泊客用寝巻きに着替えて、眠れるまで語り合いながら(とこ)に就いたのだった。

 ルナの身の上話や、スエズとの暮らし、冒険者を目指す理由。王族であることを省いてではあるがマナの家族の話や冒険者になった理由。何よりお互い盛り上がったのはルナの大好きな『ゼウスの冒険譚』の話や、マナの膨大な神話オタク話である。

 マナの神話に関する興奮っぷりは、ルナの冒険者に対する熱にも匹敵するほどの勢いで、思わずルナも引いてしまうほどだった。



 そして夜も明けだし、人々が目覚め始める頃、ルナは毎度の如く少し早起きをし、日課の筋トレをしていた。

 しかし今回はいつもと違い、一人ではなく同室にもう一人いるのだ。そのため物音で目を覚ましたマナの驚きの声が響き渡るのは自明の理、時間の問題だった。


「なっ、なにしてるの!?」


………。


 完全に日が出て、街の活動が始まった朝。ルナ達は身支度を整え、街へ繰り出していた。


「まったく、朝っぱらから驚愕の目覚めだったわ」

「んふふ! 一緒に日課が出来て私は楽しかったよ?」

 ルナの物音で目が覚めたマナは、せっかくだからと誘われるがまま、共に朝から筋トレをこなしたのだった。勿論、日課にしていないマナの方の筋トレメニューはルナよりもかなり緩めにした。

 昨日の今日で、二人はすっかり打ち解け仲良くなっていた。性格的に奔放(ほんぽう)なルナと違い、初めての友人が出来たばかりでまだ距離感が掴みきれていないマナは少々ぎこちない態度であったが……。

 そんな二人だったが、ルナは王都を目指しているため、この街を発たねばならない。そしてマナは家出中の冒険者の身で、息抜きにここへ来ている。そのため、ルナと違い別に急ぐ用事もなく、冒険者としての休業期間もまだある。そしてマナは考え、ルナに提案した。


「ねえルナ。貴女これから王都へ向かうんでしょ? その旅、私も同行しちゃダメかしら? ……ほら! 私なら王都にも詳しいし、先輩冒険者として色々教えてあげられるわよ! それに、と…友達……だし?」

 本当はただ初めて出来た友人と、こんなにも早く別れたくないだけなのだが、そんなことは恥ずかしくてマナには言えない。冒険者業の休業日はまだ数日あるが、自分で決めたことなので問題ない。

 そのため、自分にあるメリットを必死に捻出し、提示してみては体裁を取り繕うマナ。

 しかしルナはそもそも、そんなことを気にするような性格ではないので……。


「ほんと!? 王都ってこの街よりもーっと広いみたいだし、詳しい人がいたらすごい助かるよ~! それに、マナちゃんと一緒に旅するのも楽しそう!」

 当然返事は快諾だった。効率などよりも楽しいかどうか。一人より二人、である。ルナにとってはそれが一番大事なのだ。

 斯くしてルナとマナ、銀と金の二人の少女は共に旅をすることになった。


_


 バルネアから王都まではそこまで距離があるわけでもなく、馬車なら問題が発生しなければ一日か二日で着く距離だ。問題、というのは馬車の荷物や乗客の金品を狙った野盗だったり、たまたま通りかかったモンスターの群れなどのことである。そういった被害に遭っても問題ないよう、護衛として冒険者や、腕の立つ者を雇ったりする御者は多い。

 尤も、ルナは馬車には乗らず徒歩でここまで来ているため、そんな被害に遭うこともなかったのだが、普通は数日かかる距離を行き来する場合は皆、馬車を利用する。

 そして今回も、いつも通り徒歩で行こうとしていたルナは、ふと後ろについていたマナから止められる。


「ちょっとルナ、もしかして貴女ここから王都まで歩きで行くつもり? 馬車に乗りましょうよ」

 そうだ。今まで通りの感覚で進もうとしていたが、ルナはもう一人ではない。これが普通の反応である。ようやく常識を知らないルナの側に、少し変わった生い立ちではあるが、ある程度の常識を持ち合わせている者が現れたのだ。


「そっか。もう一人旅じゃないんだ! 馬車も乗ってみたいとは思ってたし、そうしよっか」

 ハッとした様子で踵を返し、乗合馬車の元へ向かい始めるルナ。


「……貴女まさか、家からここまで徒歩で来たとか言わないでしょうね……」

 その様子を見てまさかね、と怪訝そうな顔を浮かべつつも後をついていくマナだった。


 馬車乗り場に着くと、ちょうど王都行きの馬車が出るところだった。

 二人は慌てて御者に静止を掛け、お金を払って馬車に乗り込んだ。


「危うく置いていかれるとこだったよ……」

「ちょうど良いタイミングで助かったわね」

 滑り込みセーフだった二人が、ホッとしつつも周りを見回すと、さすが、観光名所だけあって中々の人数の乗客がいた。

 馬車は四台。護衛には四人のB級冒険者と、四人のC級冒険者がついていた。

 しかし護衛とはいえ歩かせると進行の速度が落ちてしまうため、王都間を往復する馬車では全員が馬車に乗り込むようにしていた。

 それでも護衛がいるということを示さねば、間違いを起こす者が現れるかもしれない。なので少し狭いが、前方と後方の馬車の御者台には一人ずつ冒険者が座って乗っていた。

 すると、いよいよ出発、となっていたところで後ろから一人の細身な男が走ってきて、なにやら護衛のリーダー格らしきB級冒険者と話し合いを始めた。

 しばらくすると、話していた冒険者の男が、今度は先頭の御者の男に事情を説明したようで、御者は渋々受け入れた様子だった。

 話し合いが終わった後、護衛のB級冒険者達は細身な男に連れられる形で馬車を降りて去っていってしまった。

 乗客たちが何事かとそわそわしていると、御者が乗客全員に聞こえるように事情を軽く話してくれた。


「すみません、どうやら酔ったA級冒険者が広場で暴れているらしく……。A級ほどの方々はB級の方が4、5人程いないと鎮圧出来ないそうで、先程B級の護衛の方々は引き抜かれて行きました」

 どうやら揉め事の解決に向かったということらしい。


「A級冒険者!? 会いたい会いたーい!」

 冒険者の中でも上位のA級と聞いて、大興奮で飛び出して行こうとするルナだったが、すんでのところでマナに首根っこを掴まれ止められた。


「これからその冒険者になるために王都へ行くんだから、後で良いでしょ! 次の馬車が来るの何時間後だと思ってんのよ!」

 そもそも王都にもA級冒険者は多数在住している。会おうと思えばいつでも会えるのだ。

 騒いでいるルナ達を横目で見ながら御者の男は説明を続けた。


「……おほん。時間もないので、今回の護衛はC級の方々だけになりますが、このまま出発したいと思います」

 王都の近辺ということもあり、滅多に問題が起きることはないため、御者はこのまま出発することにしたらしい。


_


 無事街を出発した一行は、仮眠を取っている者やトランプ遊びをしている者など、自由な時間を過ごしていた。

 マナは同乗している他の乗客達とトランプをしていた。到着まで時間がかかる移動において、こういったコミュニケーションも乗合馬車での醍醐味だ。

 ルナはというと、護衛のC級冒険者、ウェッジとなにやら盛り上がっていた。

 冒険者オタクのルナはウェッジに対して、あれこれ質問したり今までの体験談などを聞いたりしていた。

 対するウェッジは有象無象であるC級の自分に、こんなにも目を輝かせてよいしょしてくれる可愛い少女にデレデレになっていた。


「そっかぁ! ウェッジさんはもうすぐB級に上がれるんだ! すごいよ! 早く私も冒険者になりたいなぁ……」

「いや~それほどでも、あるかなぁ? はっはっは! 冒険者になったら俺たちのチームに入っても良いんだぞ~? ルナちゃんなら大歓迎だ!」

 『チーム』とは、同じ冒険者同士でパーティを組んで依頼をこなしたり、ダンジョンを攻略したりする集団のことで、チーム名を決めている所もある。

 ウェッジはこの馬車の御者台に座っているもう一人のC級冒険者、クレイヴと、前方の馬車に乗っている同じくC級冒険者、ロットと三人でチームを組んでいる。チーム名はまだ決まっていないようだ。

 男三人の華がないチームのため、ルナのような子が入ってくれれば万々歳、もう少し成長したら未来のお嫁にだって……などと考えていた。

 すると勧誘を受けている様子に気づいたマナが、乗客と仲良くトランプタワーを作りながらもこちらへ声を飛ばしてくる。


「悪いけどその子は私と旅をしてるの。誘うなら他の子を探してちょうだい」

 すっぱりと切り捨てるマナ。


「マナちゃんも一緒に入ればいいじゃないか。女の子二人ぐらい、俺達が守って見せるさ!」

 胸を張りながら問題なし、とそう宣言するウェッジだったが……。


「お生憎様、私はB級よ。貴方に守られるほどヤワじゃないわ。それに、そこにいるルナは私なんかよりもずっと強いのよ?」

「え……」

 ふふん♪ と、何故か自慢げな顔で語るマナと、それを聞いて、信じられない、と愕然としているウェッジ。


「えへへ……そんなに褒めないでよぉ!」

 そして唐突にマナに褒められてデレデレとしているルナであった……。


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