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天才と脳筋は紙一重  作者: たんすちゃん
《第三章》-王立学園編-
69/100

69.自由。

「……ったくテティスの野郎、俺をいいように扱いやがって……。めんどくせぇったら無え」

 授業が終わった後、アルバートはぶつぶつと愚痴を垂れながら教員室へ向かって校舎を歩いていた。

 テティスの生真面目さに合わせ、クラス中の上昇志向や暑苦しい根性逞しい生徒達。今まで何年と精霊寮を担当してきたアルバートだが、今年の生徒は過去一といってもいいほど彼にとって面倒だった。

 なにせ今まで適当で済んでいたものがそうではなく、さらには担当教員である自分にちゃんとしろと圧までかけてくる始末だ。


「だが、今までの生徒共と違って上位クラスの貴族共にビビるどころか下剋上しようとすらしてやがる。

 貴族と平民の才能の差は大きい……結果はわかりきったもんだが、そういうのは嫌いじゃねェ。ただ、俺を巻き込むなってんだ」

 自分の受け持った生徒達のことを思い返しながら改めて評価するアルバート。いつからか、精霊寮の生徒は古竜寮や魔狼寮の貴族生徒達を恐れ、自分の力を最大限発揮出来なくなっていた。

 その影響でここ数年の間で精霊寮の学園内での序列はずっと最下位。生徒達は見下され、授業にも力を入れなくなっていった。アルバートも同じで普段からやる気はないように見えるが、昔は違った。


「思えば久しぶりだな。ここまでやる気に満ち溢れたクラスは。ちと暑苦しいが……」

 昔はアルバートも真面目に授業に取り組んでいたし、精霊寮も古竜や魔狼と競り合えるほど優秀な寮だった。

 しかしある時、平民が自分達と並ぶことを嫌った貴族からの嫌がらせを受け、抵抗できない精霊寮は徐々に衰退していったのだ。

 貴族達は自分の地位や権力をいいことに、平民や弱小貴族しかいない精霊寮に数々の嫌がらせや圧力をかけた。力は劣っていて権力もない……反抗したくてもできないことを分かっていたのだろう。


「いつだって貴族は傲慢で臆病だ。たとえ格下と分かっていても、それが自分の地位を脅かす可能性を少しでも感じれば排除しようとする。

 そうやって成り上がってきたんだからな。今までのガキ共は運悪くその標的にされちまったンだろう。……そして俺もな」

 今でこそアルバートは適当な授業ばかりで授業態度も芳しくないが、昔は生徒想いで貴族からの嫌がらせに気付いたアルバートは生徒を守ろうともした。

 しかしそのヘイトは次第に邪魔をするアルバートにも向いていき、弱小貴族である彼の手は短く、影響を受けて落ち込んでいく生徒達を救えぬまま、アルバート自身も生徒を守りきれない自分に自信を失くし、落ちぶれていった。


 そうこうしてかれこれ数年。精霊寮は落ちぶれ、今の3年や2年の生徒は貴族の反感を買わぬよう自由きままに自分達の領土だけで過ごしている。アルバートもそうだ。


「"自由であれ。精霊とは自由なもの也"……か。そんな意味じゃなかったはずなんだがな……」

 今の精霊寮を見て、かつてとの意味の違いを感じてどこか言い表せない気持ちに耽る。


_


「おやおやおーや? これはこれは。精霊寮担当教師、アルバート・ソーンワット先生じゃあありませんか? 奇遇ですねえこんなところで!」

「……てめェか"クウィレム"。奇遇もクソもあるか。教員室はすぐそこだろうが」

「んんふふふふ……そうでしたねえ! まさかいつも怠惰で適当な授業しか出さないあなたが、一丁前に教員としての自覚をお持ちとは。意外でしたよ。元SS級冒険者、"戦鬼"アルバート殿?」

「その呼び方はやめろ。ぶっ飛ばされてェのか」

 クウィレム……と呼ばれた男は他でもない、古竜寮を担当する教師、クウィレム・フォン・マッドだ。

 力の強い貴族しかいない古竜寮を担当するだけあって、クウィレム自身も侯爵家出身の立派な貴族だ。かつては宮廷魔術士として城に仕えていた経歴もあるという。

 そんな彼だが、やたらと格下である精霊寮を担うアルバートに絡んでくる嫌味な男でもある。実力は間違いない……が、捻くれて歪んだ性格がアルバートにとっては嫌悪を感じる対象だった。


「何の用だ? 用が無えなら俺は行くぞ」

「まあまあアルバート先生。たまにはワタクシと世間話でもいかがです? 同じ教員同士、積もる話もありましょう」

「てめぇと積もる話なんざねェよ」

 クウィレムの言葉を一蹴し、無視して教員室へ向かおうとするアルバートだったが、横を通り過ぎるところでクウィレムは小さな声で話を切り出す。


「"暁光祭"……時期が近いですねえ?」

「……」

「今年のうちの生徒達はとても優秀でしてねえ。この調子じゃ、魔狼も聖獣も相手にはならないでしょう。勿論、精霊寮もね――」

 自信たっぷりといった様子でアルバートを尻目に卑しい笑みを浮かべるクウィレム。

 立ち止まったアルバートはその態度が気に入らず、僅かに眉を顰める。


「何が言いたい? クウィレム」

「なーに……ワタクシはただ、邪魔をしないでほしいだけですよ。暁光祭で魔狼寮に大差をつけ、我々古竜寮が学園のトップに立つ。そのためには聖獣寮や精霊寮は踏み台として必要不可欠ですからねえ。

 かつて古竜寮や魔狼寮と肩を並べていた栄光はもう無い……下民は下民らしく上級貴族に楯突こうとは思わないことです。それがあなた達に許された"自由"だ」

 そう言ってクウィレムは嫌な笑みを浮かべてアルバートを一瞥すると、『では……』と廊下の向こうへと歩いていった。


「チッ……気に食わねえ野郎だ」

 ガラの悪い、口も悪い、喧嘩っ早そうなアルバートであるが、そんな彼がここまで言われて手を出さないのには理由があった。

 それは地位の差。クウィレムはアルバートにとって随分と図に乗った男だが、紛れもない侯爵家。対するアルバートは男爵家。一応貴族ではあるが平民上がりで非常に力が弱い家柄なのだ。

 気に食わないからといって侯爵家であるクウィレムを安易に殴ろうものなら、アルバートだけでなく彼の身内や管理している領民の身が危うい。侯爵家の手は思っているよりも長い。よって一時の感情に身を任せるわけにはいかないのである。


「――………」


「"自由"――か……」

 クウィレムの残した精霊寮を皮肉った言葉。しかし今では精霊寮の掲げる"自由"もかつてとは大きく異なっている。あの男の言うことも、そう違わないのかもしれない。


『期待してますよ、先生』


「……何が期待だ。俺は()()()()の期待に何も答えてやれねェ。答えてやれなかった。

 元SS級冒険者? 戦鬼? だからどうした? 腕っぷしがあろうと、"力"が無え……度胸も無え……そんな自分に反吐が出る」

 クウィレムが去った後、一人立ち止まって呟くアルバート。いつからこうなってしまったのだろう。いつから自分は変わってしまったのだろう。

 そんなことを考えていると、背後から声がかかる。


「――おや、アルバートじゃないか?」

「……アレスか」

「どうだい、クッキーでも食べるかい? さっき生徒からもらったんだ」

 そう言って明るい顔で声を掛けてきたのはこの学園の学園長、アレス・フォン・アストレアスだった。


「……」

「浮かない顔だね。茶菓子もあるところだし、お茶でもしよう。話を聞くよ」

「――たまには、悪くねェかもな」


_

_

_


「意外だったよ。君をお茶に誘うといつも何か理由をつけて断るのに。まあ、食べてくれ。聖獣寮生の作る茶菓子はいつも美味しいんだ」

 学園長室内。貰ったクッキーを用意し、紅茶を淹れてアルバートに差し出しながらにこやかに語りかけるアレス。

 その笑みはとても柔らかく、振る舞いも非常に温かみのあるものだった。


「いつもこんなことしてんのか?」

「はは。聖獣寮に寄るとよくお茶会に誘われるからね。出される物も非常に美味で役得だし、貴族らしい上品さも学べる。私は平民上がりの騎士爵だからね。いつも勉強させてもらっているよ」

 眉を顰めて訊ねるアルバートに、朗らかに答えるアレス。

 アレスはアルバートと同じで平民上がりの貴族だ。貴族といっても一番下の位だが……。そんな彼は成り上がりで貴族になったこともあって、貴族としての振る舞いに重きを置いている聖獣寮とは良い付き合いのようだ。


「それで、さっきは随分と浮かない顔をしていたが……何かあったのか? 君が落ち込むなんてらしくない」

「別に落ち込んでたわけじゃねェよ。ただ、俺はなんでここにいるんだ……って思ってよ」

「なんでと言ったって、教師なんだから当然だろ?」

「そうじゃねえよ」

 間の抜けた顔で答えるアレスに眉を顰めて否定するアルバート。

 アルバートが言いたいのはそんなことではない。が、アレスも勿論そんな事はわかっていた。


「あっはっは! 冗談だよ。難しい質問をするなあ君は」

「俺がこの数年まともに授業をしてねェのは分かってンだろ。学園でもいつも寝てばかりで授業は生徒に丸投げしてる。

 んなこと、いつまで続けるのか……ってよ。いても意味ねぇだろ、そんな教師」

「なんだ。自覚あったのか」

「うるせぇ! こっちは珍しく真面目な話してんだよ!」

「あっはは! 悪い悪い、分かってるよ」

 いつも適当なアルバートが、珍しく真面目に相談しているのに茶化し続けるアレス。そんな彼にアルバートは小さく青筋を立てて声を張り上げる。

 こうして旧友であるアルバートと二人きりで茶をするのは久しぶりで、アレスは少し舞い上がっているようだった。


「私は、君は君なりに上手くやっていると思うよ。確かに授業は適当だとよく苦情が来るが……それもまた君の個性さ。

 それに、アルバートは授業を完全に放棄してるわけじゃないじゃないか。適度にサボりながら適度に責務を果たす。それはとても大事なことだ」

「適当言いやがる……」

「何事も適当が一番、だろ?」

 アルバートの授業態度は当然学園長であるアレスの耳にも届いているようで、本来なら何か批判の一つや二つ出るところだが、彼の口から出たのはむしろアルバートを肯定するような言葉だった。


「俺は貴族共の圧力から精霊寮を守れなかった。それどころか俺は俺自身も守れず、逃げるようにガキ共と向き合わなくなった。おかげで俺の寮は何年も底辺扱いだ。

 そんな堕落した俺が今もこうして教員面してるってのは、かなりふざけた話だろ」

 自分や学園での過去の生徒達を思い返し、嘲るように語るアルバート。そんな話をアレスは先ほどとは打って変わって真剣な表情で聞いていた。


「確かに、私は君がこの学園に必要だから教員として招いた。その時からは随分と態度も性格も変わってしまったものだね」

「……ああ。だから――」

 自分を卑下するアルバートの態度を見て、確かにこの学園での態度は良いものではないと同意を示すアレス。

 クウィレムだけでなく、旧友にすらもはっきりと言われて自信のないアルバートはさらに気が沈みかけるが、言葉を零す直前でアレスはそれを否定する。


「だが、言ったろう? 私は君がこの学園に必要だと思ったから招いたんだ。その気持ちは今の君を見ても変わらないよ、アルバート。……いや、師匠(せんせい)

「久しいな、その呼び方は」

 アルバートにはかつてからの複数の呼び名がある。アレスと同じ、元SS級冒険者……ひけらかすものでもないので黙ってはいるが、知っている者は知っている。

 そしてクウィレムの言っていた"戦鬼"。冒険者には様々なランクが存在するが、B級以上になると『二つ名』と呼ばれるものをギルドから与えられる。その二つ名こそが、"戦鬼"なのだ。

 アルバートはその名で呼ばれることを、『貴族から生徒を守れなかった自分に相応しくない』と思い嫌っている。故にクウィレムにその名で呼ばれた時不快感を表したのだ。


 最後にアレスから言われた師匠という呼び方。それはかつてアルバートが剣聖とも呼ばれているアレスに剣を教えたからである。

 昔からの旧友であり、師弟関係でもある二人は長い付き合いで、まだまだ壮年と呼ぶには若いアレスが今よりもずっと若い頃に出会い、当時現役だったアルバートがその才を見抜き、師匠となって剣を教えた。


「私が剣聖と呼ばれるようになり、学園長という大役を任されてからは、前のままではいけないと自分を律してきたからね。立派に見せるためとはいえ、最初は師匠にタメ口を聞くのも気が引けたよ」

「はっ。生意気なガキだったお前が何言ってんだか。気まぐれとはいえ、剣を教えたらあっという間に俺を抜いていっちまったくせによ」

「ははは! 君の教え方が上手かったからだよ。……だからこの学園の教師に貴方を推薦したんです」

「……!」

 昔話に華を咲かせていたところで、アレスはふと真面目な顔になって話を戻す。優しい声で、小さく笑みを浮かべながらアルバートを肯定する。

 あの古竜寮の教師と違い、優しく肯定してくれる学園長はアルバートの否定的になっていた気持ちを僅かに傾ける。


「……俺は、いつからこんな風になっちまったんだろうな。いつからか生徒だけじゃなく、お前のことも突き放して……俺は気付けば自ら孤独になってた」

「アルバート……師匠はいつだって私の目標ですよ。貴方はもっと好きに生きていいはずだ。例えばそう……精霊のように、自由にね」

 アルバートがアレスの目を見ながら自分の過去を思いやると、アレスは声を改めて告げた。


「さてと、そろそろお開きにするか。久々にこうして君と話せて楽しかったよ、アルバート」

 そう言って空になった机の上のティーセットを片付け始めるアレス。アルバートはただ静かにそれを眺めていた。


「……そうだ、最後に。アルバート、君は私だけでなく精霊寮の子達からも期待されているんだ。せっかくなら今日私の茶会に応えてくれたように、"たまには"やる気を出しても誰も文句は言わないんじゃないかい?」

 それだけ告げるとアレスは片付けを終えて、何か用事があるのか、それとも気を使ってか、そそくさと学園長室を出ていった。


「……はっ。生意気なのは変わってねェな」

 学園長室の扉を開きながら、アルバートは小さく笑って呟く。


「精霊のように自由に、か……」


『それがあなた達に許された"自由"だ』


「……ふっ」

 アレスの言葉とクウィレムの言っていた言葉を思い返し、アルバートは思わず笑ってしまう。


「精霊は自由だ。束縛されるもんじゃねェ。……あいつらの期待とやらに、応えてみるのも良いかもな。

 俺達の行く末は俺達が決めてやるよ。()()にな――」


 フッハッハッハッハッハ……!!


 廊下で一人。誰にも聞こえぬようそう呟いたアルバートは、どこか吹っ切れたのか邪悪な笑いを盛大に散らしながら廊下を進んでいくのだった。


 もう一度――リベンジだ。


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