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天才と脳筋は紙一重  作者: たんすちゃん
《第三章》-王立学園編-
67/100

67.不穏な予兆

「駄っ……目ぇぇぇぇ!!!」

「な――!?」

 鉄板をも貫く凶器に変貌したグラウの右腕が、ニーシャの首筋に届く寸前。グラウの頬には凄まじい衝撃と共に一振りの拳が突き刺さる。

 鋭い痛みを伴った殴打の一撃は顔面に直撃し、驚きと困惑を残したままグラウは勢いよく校舎の壁にまで吹き飛ばされた。


 とてつもない風圧をすぐ傍で感じ取ったニーシャがふと目を開けると、そこに悪魔の姿はなく、立っていたのは拳を振り抜いた姿勢のルナだった。


「なにが……いったい……」

「ルナ!?」

 驚いていたのはニーシャだけでなく、背後で重力に押し潰されて動けなくなっていたマナ達も目を丸くして驚いていた。

 指一本動かせないほどの重力に襲われていたのはマナ達だけでなく、ルナも同じはずである。にも関わらずルナは動いた。友人の窮地に、ギリギリのところで間に合ったのだ。

 なぜルナが動けたのか理由は分からないが、ルナのおかげでマナ達を押さえつけていた重力は消え、拘束からは逃れることができた。


「いったぁーい……。ちょっとグラウくんてば、ちゃんと守ってよー?」

「まさか僕の拘束から逃れるとはね……油断してたよ」

 グラウが抱えていたおかげで巻き添えを食らって一緒に壁に叩きつけられたギャリルは、頭部をぶつけたらしく頭をさすりながらグラウに文句を垂れる。

 しかしそんな彼女の言葉も意に介さず、怪訝な顔を浮かべて口から零れた血を拭うグラウ。疑問を感じていたのはマナ達だけでなくグラウも同じようだった。


 グラウを殴り飛ばしたルナはニーシャを庇うように前に立ち、相手の様子を窺っていた。拘束が解かれたマナ、カトレア、クロエの三人もすぐに起き上がり、いつでも動けるように構えていた。

 そこでふと、グラウは立ち上がりながらルナに質問を投げかける。


「どうやって抜け出した? 僕の拘束はそう簡単には抜け出せないはずなんだけどさ」


「……試してみたら?」

 グラウからの質問に、ルナは挑発するように言葉を返す。

 そしてグラウは首を鳴らしながらその挑発に乗るように邪悪な笑みを浮かべる。


「答える気はないか。確かにその通り――試してみれば分かることだ!!」


ドオッ……!!


 再びグラウがルナを一目睨むと、またしても強烈な重圧がルナの身体にのしかかる。


「あいつ、また……!」

「さっきの魔法の正体は重力魔法? けれど……」

 グラウと対面したルナの周りに、目視できるほどのドス黒い魔力が展開される。それを見たマナとカトレアは警戒を強め、冷静に分析するがその正体はイマイチ全容が掴めない。

 先ほどは全員が一瞬で地面に伸されてしまうほどの重力を受けた。そのことからカトレアはグラウの使う魔法は"重力魔法"なのではないかと一旦予想する。が、思えばルナとクロエが放った魔法や斬撃は空中で静止し、霧散させられていた。それは"重力"だけでは到底片付けられないような事象だった。

 しかし今の状況では情報が足りず確証が持てない。とにかく今はあの重力の対策を考えなくては――、とカトレアは思考を切り替える。


「た、立ってる……」

 そこでクロエが気付き、声を漏らす。重力を受けているはずのルナが、先程のように地面に倒れることなく立っていることに。

 マナとカトレア、そして後方で見ていたニーシャも同じく気づいて目を見開く。油断していたとはいえ、一瞬で『エクリプス』の4人を地面に這いつくばらせるほどの重力だ。到底立っていられるようなものではない。

 そしてルナが重力の中で立っていることに対し、驚いていたのはマナ達だけではなかった。


「立っているだと? 僕の重力の中で? 人間の分際でそんなことができるのか……?」

 軽く目を見開いたグラウは怪訝そうな顔を浮かべ、悪魔にとってただの羽虫のような存在であるはずの人間が、絶対的な力を持つ自分の魔力に耐えているということに不快感を表す。

 ありえない。認めるわけにはいかない。そう思ったグラウはさらに魔力を絞り、重力の圧を集中させる。より細くなり、ルナの周囲ではなくルナの身体にのみ集中した魔力はさらなる重力を生み、先程の数十倍もの重さになる。

 異常なほどに重力が増大したルナの身体は、あまりの重さにその身を沈ませ、地面に亀裂を生む。


 しかし、ルナは変わらず立っていた。それどころかルナはグラウをまっすぐに見据えて一歩踏み出し、身体を押し潰さんとする重力に対抗してみせる。対するグラウは奇妙なものを見たような顔をするが、ふと何かに気づく。


「そうか、今理解したよ。君がベリトの言っていた銀髪の少女か!」

「えぇ? あの子が? 意外~!」

 グラウの言葉に釣られ、ギャリルも驚いたような反応を見せる。彼らの反応を見るに、やはりグリモワールの悪魔達はお互いに情報を回しているようだ。


「ベリト……ってあのときの? じゃあやっぱりあなたはあいつの仲間なんだね」

「仲間意識は特にないが……一応同じ席に着く悪魔だからね。情報交換くらいはしてるよ。君がわけのわからない馬鹿力でベリトをボコボコにしたこともね」

 ルナ達の持っている情報では彼らがグリモワールの悪魔と呼ばれる悪魔であり、序列が並んでいるということくらいしか知らない。プライドが高く自尊心が強い悪魔族なのであるからして、彼らはそこまで仲間意識はないのでは、とマナが言っていたが、グラウの言葉を聞くにその予想は概ね当たっているようだった。

 するとそこでグラウに拘束を解かれたギャリルが、起き上がりながらルナを見て口走る。


「にしても意外ね。序列下位とはいえ、あなたみたいな()()()()()()がベリトの奴を倒せるなんてね!」

「……は?」


ピクッ


 ギャリルの発した言葉の一部分に小さく反応するルナ。次ぐようにグラウも嘲笑うように言葉を続ける。


「脆弱な人間の、それも女のガキに負けるとは、全く恥さらしな奴だよ。ベリアルもなんだってこんな奴を――」


ブチッ


 グラウ、ギャリルの悪魔二人が放った言葉を後方で聞いていたマナ達は密かに察していた。


「はぁ……あいつら、終わったわね」

「悪魔といえど、言葉には気をつけたほうがいいですわよ。本当に」

「あぁ、言っちゃった……」

 ルナに対する禁句を盛大に言い放ったグラウ達に対し、敵であり自分達より格上というのにも関わらず同情するマナ達。

 そしてマナ達の視線が次にルナへと注がれると、その顔は俯いたまま、拳を握ってぷるぷると震えていた。もちろんそれは怖くて震えているわけではない。ルナは――。


「それにしてもしぶといね。君の馬鹿力は認めるが、僕の重力は力だけで立ち続けられるほど軽いものではないんだけど?」

「私も解放されたし、さっさと諦めなさいよ。グリモワールの悪魔二人に、ただの子供が勝てるわけないんだから」

 追い打ちかのようにこれでもかとルナを煽るギャリル達。この間もグラウの凄まじい重力はルナの身体を押さえつけるように襲い続けているが、相変わらず変化はなくルナは立ったままだ。


「私は……」


「「ん?」」

 拳を握り、俯いたままのルナは小さくぽつりと零す。それを訝しげな表情で反応を返すグラウとギャリルの二人だったが――。


「私はチビでもガキでもなぁぁぁぁいっ!!!!」

 そう言って顔を勢いよく上げてグラウを睨みつけると、重力で亀裂が入った地面にさらに足を踏み込み、亀裂は大きく拡大する。

 そして直後、ルナの姿はそこから消え去り、一瞬のうちに重力圧から抜け出したルナはグラウの眼前にまで迫っていた。


「嘘っ!?」

「速いっ……! だが!! "僕とお前との間に空間は生まれない!"」

 驚愕するギャリルの横で咄嗟に詠唱のようなものを素早く口ずさむと、ルナがグラウに振りかぶった拳は、まるでそこに壁があるかのようにルナとグラウの間の空中にぶつかり、攻撃は不発に終わる。


「ふぅんっ!!!」

 しかしルナはそんな見えない壁をも見えていないかの如く、さらに足を踏み込み拳に力を入れる。しかし中々どうして、頑丈なのかそもそも壊せないものなのか、それに変化はない。


「無駄さ。……つい使わされたけど、まぁいい。その見えない壁は壁じゃない。今、僕と君の間には絶対的な空間がある。壊すことも近寄ることも不可能なんだよ。だから――」

「ぐぎぎぎぎ……!!!」

 諦めないルナに対してグラウは小馬鹿にしたように諦めるよう諭すが、そんな話は耳に入っていないのか変わらず腕を押し付けてパントマイムのような状態になっているルナ。

 馬鹿力で踏ん張りすぎて、地面がデコボコになり亀裂が走っているが、壊す壊さないといった概念の範疇ではないグラウの作ったルナとの間にある空間は、さすがのルナでも壊せないようだった。

 だが……。


「こ、んな……ものぉ……!」

 絶えず諦めず、見えない壁をがんがんと殴りつけたり、指を立てて強く押し込んだりとあの手この手で攻撃を繰り返すルナ。

 滑稽なものを見るかのようにグラウは余裕たっぷりな表情のままだったが、ふと違和感を感じその顔は少し歪む。


「あれ……」

「空中にだんだんと……」

「亀裂が……!?」

 マナ達も気づいたようで、各々が驚いた表情をしていた。

 なぜならルナが殴り続けていた空中には亀裂ができていたのだ。傍から見れば空中にヒビが入っているような異様な光景である。


「へえ……」

「感心してる場合なの?」

 本来壊せないはずの概念である空間に亀裂を生み出したルナを見て、グラウは目を見開いてわずかに口角を上げる。

 そしてみるみる広がっていく亀裂に向けてルナは右手を振り抜くと、空中のヒビは奇妙な音と共に裂け、その中にルナの右手が貫通する。

 そのまま間髪入れずにルナは裂けた空間の中で手を開くと、その先に魔力を集中させた。


「【ヘイルストーム】!!」

 ルナが詠唱した直後、右手から放たれた石よりも硬い氷の粒の嵐は勢いよく炸裂し、破壊できないはずの見えない壁のような空間の中を巡ったかと思えば次の瞬間、その壁を粉砕して向こうにいるグラウへと直撃した。


「やった!?」

「命中した……のでしょうか……」

「見えない壁? のようなものを砕いたように見えましたけど」

「力技だね、あまりにも」

 グラウの見えない空間を打ち破り魔法を直撃させたルナに各々感想を述べるマナ達後方組。4人はグラウのギャリルとは違う格の差に、警戒はしつつも不用意に手を出せずにいたのだ。

 そして魔法の影響による煙が晴れると、現れたのは右手を広げているグラウとその背後に隠れているギャリルの姿だった。

 おそらくルナの魔法が命中する際、グラウが何か防壁のようなものを張ったのだろう。


「君、中々おもしろいね? もう少し遊んであげたいところだけど、ここは相応しくないからね。ギャリルも回収したし、そろそろ僕は帰るとするよ」

 そう言うとグラウは左手を縦に振り、次元を裂く。ベリトも使っていた魔界へのゲートだ。

 グラウとギャリルの二人はゲートを潜って魔界に帰ろうとするが、そこで静止をかけたのはカトレアだった。


「お待ちなさい! あなた方の目的はいったい何ですの!?」


「僕自身に目的はないけど、ベリトを倒した人間に興味がある悪魔がいてね。今回はギャリルの救出含めてその様子見さ」

 グラウは意外にもあっさりと目的の一部を告げる。様子見の件はただのついで。ギャリルを拾った今、これ以上ここに用はないらしい。


「逃げるの?」

 ギャリルを連れて魔界に帰ろうとするグラウを挑発するかのように言葉を返すルナ。らしくない行動ではあるが、先ほどバカにされたことで少々頭に来ているようだった。


「この結果を見るに、むしろ君たちが逃がしてもらったと考えるべきじゃないかな? まぁどうでもいいことだ。また近いうち会えるよ、嫌でもね」

 グラウはそれだけ言い残すと、ルナの挑発を受けることはなくゲートを潜って向こうの世界に行ってしまった。

 それを追ってギャリルもゲートに入ろうとするが、そこで一度こちらに振り返る。


「良いこと教えてあげる。私の目的は人間を夢に堕として力を得ること。けど私を倒せば魔力は解かれるから頑張ってね? んじゃね~」

 最後の最後に自分の目的を告げると、それだけ言って手を振りながらギャリルは魔界へと帰っていった。


「「「「「………」」」」」

 ゲートが消え、中庭には静寂が訪れる。悪魔二体との戦闘を通して、特に犠牲者も致命的な怪我もないというのは大きな結果だが……5人はグラウ達の残していった言葉に一抹の不安を覚え、なんとも言い難い感情に陥るのだった。


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