64.罠。
「そういえばマナちゃんはどうしてここに?」
「ああ、やることもなかったからお茶でもと思ってね。そしたら貴女を見かけたから、せっかくなら一緒にって思ったんだけど」
休日とはいっても、『エクリプス』の四人は基本的にはバラバラで自由に過ごしている。大体は冒険者としての活動をする際に顔を合わせるくらいだ。
最近ではその活動自体の頻度が減ってきているため、あまり皆と顔を合わせていないのだ。それを少し淋しく思ったマナはルナを誘おうと考えたらしい。
しかし、今はベルがいる。お誘いは嬉しいが、先客をおいて自由するわけにもいかない。そう思ったルナは断ろうとするが、先に口を開いたのはベルだった。
「行っていいよ、ルナ。今日は沢山話したし、ルナの話も聞けて楽しかった。ベルは満足した」
「えっ、でも……」
「ルナの友達なんだから、ベルもついてきても構わないけど?」
「……ううん。いい。ベルはそろそろおうちに帰る」
本人がそういうのであれば、引き留める理由もないだろう。今日はベルのおかげで悪魔について色々と聞くことができた。きっと事件にも進展が起きるはずだ。
「ん。じゃあまたね」
そう言って小さく手を振るベルを見送ったルナ達。ベルの姿が見えなくなったところで、二人は街を歩きながら今日のことを話していた。
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「でね、ベルちゃんが凄く物知りでね!」
「……ふーん。私たちが必死に調べてようやく得たことをあんな小さい子がねぇ……」
マナはルナから今日ベルと話した内容を聞いて、不思議そうな顔をしていた。そう。普通はあまり出回っていない悪魔について幼いのにも関わらずあれほど詳しい少女を見れば、誰だってこの反応になるのだ。ルナが無頓着すぎるだけである。
……と、どうやらマナもルナと同じように、学園で悪魔について調べていたようで、カトレアと一緒に悪魔について詳しく調べていたということを話す。
尤も、ルナがベルから聞いた情報と基本は変わらず、むしろベルの情報のほうが正確だったため、マナは渋い顔をしていたのだが。
そしてルナから悪魔について聞いたマナは暫く考えたまま黙り込んでしまう。きっと、情報を整理しているのだろう。マナはいつも大事な場面で一旦考え込む癖がある。慎重な性格ゆえであろう。
暫くすると、考え込んでいたマナの虚ろな目はパッと輝きを取り戻し、顔を上げて口を開く。おっ、と思ったルナが様子を窺っていると、マナは突拍子もないことを言い出した。
「もしかしたら、そのギャリル? とかいう悪魔……罠に嵌めれるかもしれないわ」
真剣な顔でそう告げるマナに、ルナは面食らってしまう。唐突。それに、罠? たしかに、ギャリルは今ルナ達調査隊が追っている悪魔の可能性がかなり高いが……。
「罠って……どうするの?」
「この作戦はちょっと……あの子には負担になってしまうけど……とにかく一旦全員で作戦会議よ! ルナ、貴女の"冒険者昏睡事件調査隊"の仲間のところに連れてって! カトレアとクロエも連れて行くわ!」
「ええっ!? 急だね!? でも、わ……分かった! 行こう!」
マナは何かいい案を閃いたのか、前々からちょくちょく話を聞いていた調査隊のメンバー、イズとニーシャに会いたいと言い出す。それも、ここにいないカトレアとクロエも含め『エクリプス』全員で、である。
マナが考えついた作戦に必要なことなのかは分からないが、いつもマナは必要な場面で助けてくれる。きっと大事なことなのだろうと思い、ルナは困惑しつつもすぐに承諾した。
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ある日の午後。校舎の庭に顔を出す少年がいた。聖獣寮の制服を来た少年はどこか緊張したような顔で、適当なベンチに腰掛けると、『ふぅ……』と緊張を解すかのように息を吐く。
すでに今日の授業は全て終わり、ほとんどの生徒は寮に帰っているか、各々好きに過ごしている時間だ。故に、周囲にはその少年以外誰も人はいない。そんな静かな空間で、一つの近づいてくる足音が聞こえた。
少年は座っているのだから当然足音がするはずもない。誰かが来たのだ。少年がその音に気づき、その足音が聞こえる方を見ると、そこには一人の女生徒が立っていた。
「こんにちは! もう放課後だよ? こんなところで一人で何してるのさ?」
「……その、人を待ってるんです。来るかわからないですけど」
その女子生徒はユニコーンのエンブレムが施された制服を着ていた。ということはつまり彼女は聖獣寮。少年と同じ寮生だ。だから話しかけてきたのだろうか?
「へー……。ねえ知ってる? 最近起きてる流行り病のこと。こないだ学園でも被害が出たよね? なんでも、被害者は全員なぜか周りに誰もいない時に、いつの間にか倒れてるんだって~。なんでだろうね~?」
「……あの。そういうあなたこそ、こんなところで何をしてるんですか? もう授業は終わりましたし、皆さん寮に帰ってますよ?」
なぜか突然、最近流行りの冒険者昏睡事件について話題を振る女子生徒。王都だけでなく生徒間でもこの事件については流行り病ということで話が通っているのだ。
少年はその話題は置いておき、最初の質問に対し、同じ質問を返す。放課後にこんなところで一人寛いでいる少年もそうだが、そんな少年と同じ、一人で"こんなところ"にやってきた彼女こそ、一体何をしているのか。
少年に質問を返された女子生徒は、顔から一瞬で表情が消え、場に静寂が訪れる。なぜだろう。何気ない、他愛のない会話をしているだけなのに、この緊張感は。話しているうち、少年はだんだんと居心地が悪くなっていた。
暫くして、静寂を打ち破ったのは女子生徒の方だった。
「私はね、ここに来た理由がちゃんとあるんだ。キミとは違ってね? ふふ……」
静寂を切り裂き、無表情となった顔には大きく笑みが浮かんでおり、その目はギラついていた。まるで……まるで獲物を見つけた狼のように。
――直後、二人の周囲には妙な空気が流れ始める。この庭全体を覆うかのような奇妙な魔力の流れ。それが女子生徒を中心に、二人の周りに漂っていた。
「――あはっ!!」
「……!!!」
少年が違和感に気づいて立ち上がった瞬間、その女子生徒は背中から小さな黒い羽根を生やし、小さな翼を大きく変化させるとその翼で自分を覆い、瞬く間に姿を変える。
魔力の渦によって激しく吹き荒れる風の中で現れたのは、頭部に小さくうねった黒い角。背中には小柄な黒い羽根。腰部に黒く長い尖った尻尾。そして桜色の髪を一つ結びにした女性……。先程の明るく無垢そうな女子生徒の面影は一切なかった。それはまさに悪魔の姿だった。
「あ……悪魔……!? ほ……本当に……」
「はじめまして。私はギャリル。……あら、怖がらなくていいのよ? すぐに幸せな気分にしてあげるから……♪」
悪魔に詳しかろうと、詳しくなかろうと、それをを知っている者は誰しもが恐怖する。その圧倒的な膂力に魔力。人間が到底敵う相手ではないのだ。
「元々街の男達を標的にしていたんだけれど、飽きちゃってね。そしたら凄く強い魔力や生気を持つ男が沢山いるこの学園を見つけたの。来て早々に二人食べちゃったんだけど、この学園は人目が多くて中々生徒の子が一人になるタイミングがなかったのよね。
だからあなたは絶好の的だったってわけ。街の男と比べると、この学園の子は凄く純度の高い濃い魔力と生気を持ってるの。だから、悪く思わないでね?」
周囲に誰もいないことを分かっているからなのか、目の前の獲物が最後に聞く言葉だからなのか、ペラペラと今までの経緯を吐露する悪魔。
確かに、最近学園で被害が起きてからは街での被害もなかったし、学園の最初の被害からはもう随分と被害がないまま時間が経っていた。本当に彼女の言う通り、ここ最近の事件の犯人はこの悪魔なのだろう。
それを実感すれば恐怖するはずの少年だったが、実感してなお、少年はまっすぐ悪魔を見つめたまま、恐怖などしていなかった。
「本当に……来てくれるとは、思ってませんでした――!」
「……?」
そう言って腰に提げた刀を素早く抜き放った少年はいつでも戦えるよう臨戦態勢を取る。それを見た悪魔……ギャリルは訝しげな表情を浮かべる。怖がることもなく、むしろ戦おうとしている。今までの獲物とは違って。それにこの自信……何か違和感が……。
ギャリルがそう感じたのも束の間、直後周囲を漂っていた魔力の渦を打ち破り、中に飛び込んできた気配が4つ。何事かと周りを見ると、周りには少年とギャリルを大きく囲むように一定の距離を取って、少年と同じように臨戦態勢に入っている少女達がいた。
「クロエ! よく頑張ったわ! 貴方のお陰でその悪魔を引きずり出せた!」
「は、はいっ!!」
少女の中の代表、金髪の少女……マナが前に出て声を張り上げる。それを聞いた少年……クロエは無事役目を果たせたことを喜びつつも、本番はこれからだと警戒を高めるのであった。
そのやり取りを聞いていたギャリルは今自分が立たされている状況を理解した。
「ふぅん……そーゆーこと」
――嵌められた。この男の子は獲物じゃない、罠だった。獲物だったのは、私の方……。
周囲にはクロエとマナの他に、ルナ、カトレア、ニーシャがいる。イズは情報専門のため戦いや荒事は苦手なので魔力の外で人払いに徹してもらっている。
あとは正体を現したあの悪魔を制圧するだけ。最もシンプルで、最も難易度が高い目標だ。彼女に聞きたいことは山ほどある。そのためにこうして罠に嵌めたのだ。しかし、対するギャリルは最初こそ意表を突かれた顔をしていたが、今は堂々とした様子だった。
「それでぇ? これで私をどうにかできたつもり? たかが子供5人で、グリモワールの悪魔であるこの私を!」
多人数に囲まれているにも関わらず、余裕綽々といったギャリルが語気を強めると同時に、凄まじい気迫と魔力が周囲を圧迫する。
罠にはめたといっても相手は悪魔なのだ。それも、普通の下位悪魔ではなく上位悪魔であり、グリモワールの悪魔の一人だ。そう簡単にやられてくれるような相手ではない。
「この魔力の圧……! 流石に一筋縄ではいかなそうね……分かってはいたことだけど」
「正直私では力不足だと思うが……気をつけるとするよ。足手まといにならないように」
ギャリルの放つ威圧感に少し押され、小さく汗を垂らすマナ。隣には卑屈そうに語るニーシャがついている。
最近急激に実力をつけてきた推薦組であるマナやカトレア、クロエ達と違って、ニーシャは元々ここの学園に普通に通っているまだC級の冒険者なのだ。悪魔と一度戦った経験があるマナ達と比べて、かなりのハンデがある。自信がなくなるのも無理はないだろう。
そして向かい側ではルナとカトレアが配置されており、悪魔に一番距離が近いクロエのカバーにいつでも行けるよう気を張っていた。
「ようやく巡ってきた千載一遇のチャンス……今度こそあの悪魔を捕らえて、わたくしが探している悪魔のことを聞き出しますわ!」
「あまり気を張りすぎないようにね? 肩の力を抜いて~……何事もリラックス! だよ!」
カトレアは前回、同じ悪魔であるベリトに逃げられ、探している悪魔の情報を聞きそびれている。故に今回は絶対に逃がすまいと少し肩に力が入っているようだった。
そんな彼女を落ち着かせるように気楽に言葉をかけるルナ。力んでいては針に糸を通すことも難しい。何か大きなミスに繋がるかもしれないと直感が言っていたので、念入りに落ち着くよう説得した。
そうしてこの場にいる全員が気持ちを整えたところで、少女達の戦いは幕を開けた。ギャリルはまず最初に一番近くにいたクロエを狙って飛び込んだ。多人数が相手なのに接近戦を持ち込むのは愚策にも思えるが、ギャリルはまともな攻撃魔法を持ち合わせていない。
夢魔族は昏睡魔法や魅了魔法を得意とし、攻撃魔法はあまり得意としないのだ。といっても、悪魔は元々強大な魔力を持って生まれてくるため、得意でなくとも軽い攻撃魔法ですら普通の人間にとっては致命傷になりえるが……。
しかし、強大な魔力を持って生まれてくると同時に、悪魔は身体能力もずば抜けて高く生まれる。強大な魔力に負けないほどに。故にギャリルは粗末な攻撃魔法を使うよりはその身体能力を活かし、接近戦に持ち込んだほうが得策と考えたのである。
「キミはあとで食べてあげるから大人しくしててくれると嬉しいわ……ッ!!」
「くっ……早い! でも、追いつけないほどじゃない!」
勢いよくクロエに接近したギャリルは、ベリトの時のように両手を鋭く硬く変形させ、その脅威的な膂力から放たれる素早い突きを連続で繰り出す。ギャリルにとって獲物はクロエ一人。囲まれていようが罠に嵌められようが、余裕のあったギャリルは後でクロエから生気を奪おうとしているようだった。
だが対するクロエはアルに教わった剣技で刀を巧みに操り、一撃でも貰えば大打撃となる攻撃を全て華麗に受け流していた。
今回刀を抜いて戦っているのはアルではなくクロエ自身。アルはクロエが学園に入ってから彼の成長のために力を貸さないことに決めていた。それはイレギュラーである悪魔が相手でも変わらないようで、一度決めたことは曲げないアルらしいとも言えた。しかしアルはしっかりと、いつも傍でクロエをアシストしている。
『そうだクロエ! 今のお前には見えるはずだ! 奴の攻撃の軌道が!』
「……!」
(……正直、すごく怖い。悪魔……アロンダイト帝国で戦ったのはアルさんだったけど、アルさん越しに僕も実際に戦いを見ていた。僕には見えない攻撃を捌いていくアルさんには何度鳥肌が立ったことか……。
でも、今の僕には見える。この悪魔の攻撃が……! ここ数ヶ月のアルさんとの修行のおかげだな。きっと……)
クロエは学園に入学してからというもの、学園生活や『エクリプス』としての活動をこなしながら、マナ達には内緒で一人特訓をしていた。悪魔や事件について調べるメンバーとは別に、クロエはクロエでやるべきことをやっていたのだ。
そのきっかけは、アロンダイト帝国での戦いが大きかった。ベリトと戦っていたのはアルだったが、あれはあくまで身体を貸しているだけ。視点はクロエのものであるし、実際に動いている感覚もあった。そんなクロエだが、戦いの中で自分だけが置いていかれている気がしていた。
自分の身体を使って悪魔と互角に渡り合ったアル。魔法について日々研究し、努力を重ねるマナ。目的のため研鑽を惜しまないカトレア。そして悪魔を単独で退けてしまったルナ……。
帝国での戦いが終わってからも、クロエは日々悩んでいた。自分にも目的はある。妹のために出稼ぎするため冒険者になった。だが……それは仲間達に比べれば小さなもの。覚悟の大きさが違った。
強さを求めて日々努力するマナやカトレアの執念深さのようなものは舌を巻くほどで、生前は相当な実力者だったはずのアルですら他人の身体を使ってさらに強くなろうとしている。そして元々底しれぬ強さを秘めるルナですら冒険に対する気持ちはとても強いものだった。
そんな中、自分は覚悟の大きさも劣っていれば、実力も皆に大きく劣っている。特にマナやカトレアの成長スピードは目を見張るほどだ。今自分がこうして同じ土俵に立っていられるのはアルのおかげ。クロエはそう思っていた。
――強くなりたい。アルに頼りっぱなしではなく、自分の力で皆の役に立ちたい。皆の隣に……立ちたい。そう思ったクロエは学園の入学試験の時にアルが提案した、この学園生活中はアルが力を貸さないという提案を素直に呑み込んだ。そして後日、代わりにアルに剣術を教えてくれと頼んだ。
当然快諾だったアルとの修行は皆には内緒にしようと思い、秘密裏に行っていた。どうせなら、一気に強くなったところを見せて驚かせたい。とはいっても、放課後には冒険者としての活動に参加するのだから、ある程度成長途中の力を隠していてもバレてしまうだろうが。
クロエは知らないが、実際にマナは気づいていた。学園生活が始まってからも『エクリプス』の活動は頻度は落ちつつも続いていた。その中で何度か共に依頼をこなすたび、鋭い観察眼を持つマナはクロエが何やら前より力をつけていることはなんとなく察していた。恐らく黙っているのは隠れて修行でもしているのだろうと。マナなりに気を使って今まで黙ってくれていたのである。
そしてアルの指導は実際にクロエの身体を使ってやってみせることも出来たため、とても分かりやすかった。同時に、勉強熱心なクロエも飲み込みが早かった。
元々アルはクロエには刀の才能があると感じ取っていた。長年の勘というやつである。そんなアルの指導を受けながら、数ヶ月間剣術を磨いていたクロエは瞬く間に成長し、序列最下位とはいえグリモワールの悪魔の攻撃が見え、捌けるほどにまで成ったのだ。
「驚いた……何か隠れて修行してるとは思っていたけど……思ってたよりずっと腕を上げたみたいね」
「凄いな……互角にやり合っているのか、あの悪魔と」
悪魔との戦闘を始めたクロエ。ギャリルの攻撃はベリトの時と同じでやはり悪魔らしく鋭く殺意の高いもので、クロエはそれを一撃も喰らうことなく防ぎ続けていた。
凄まじい攻防を繰り広げる二人を見て、マナはクロエの予想外の成長に驚いていた。ニーシャも初めて見る悪魔の恐ろしさは分かっていたが、それと互角以上にやりあう少年を見て目を見張っていた。これがルナの仲間なのかと。
「クロエくん、前に比べてずっと強くなってる……! 最近あまり見ないと思ったら、もしかして鍛えてたの!?」
マナ達と同じようにクロエの成長ぶりを見て驚愕を顕にするルナ。クロエは最近、『エクリプス』の活動に来ない時がたまにあった。別に来るかどうかは自由としているし問題はないが。きっとその時に鍛えていたのだろうと考える。
そして隣にいるカトレアはルナと同じで目を見張って驚いた顔をしていたが、すぐに冷静になり、細剣を抜き放つ。
「確かにクロエさんの成長は目を見張るものがありますわ。だからといって、このままというわけにも行きませんわ! 吶喊!」
「あっ、カトレアー!?」
クロエばかりに注目してばかりではいけない。相手は悪魔なのだ。互角に見えても何をしてくるかわからない。そう思って剣を抜いたカトレアはすぐにルナを置いて飛び出していく。
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「全く鬱陶しい武器ね! 折ろうと思っても重心を逸らされる……もどかしいッ!」
「異国の武器、刀です! 設計上、普通の剣と比べて攻撃を往なすのに特化してます! けど受けてばかりじゃいられません!!」
ヒュンッ!
防戦一方だったクロエは刀を翻し、反撃に移る。刀は攻撃を受け流しやすい武器だが、返した刀で反撃を取りやすい、攻防一体の武器なのだ。遠い異国文化の武器なため、それを知るものは少ない。だが、アルに使い方を教わったクロエは今やその刀を使いこなしていた。
「当たらないわよそんな攻撃。舐めてるの?」
一転攻勢し、反撃に移るクロエだったが、振るう刀での斬撃は全て受け止められ躱されてしまう。互いに譲らぬ攻防を繰り広げる二人。序列最下位ということもあって、ベリトの時よりも戦えているように感じた。それはクロエが強くなったことも理由のひとつだろうか。
兎も角、お互いにまだ様子見で全力を出していないこの状況では決着は付きそうにない。そう思ったクロエは変化をつけようと、少し趣向を変えてみることにした。
「はあっ!!」
ギャリルの両サイドに向けて、二発の水の斬撃を素早く放ったクロエ。小さな壁のように行く手を遮る斬撃は、ギャリルを横方向へと逃げられないようにしていた。
そして前に踏み込んだクロエは逃げ道のなくなったギャリルに向けて大きな縦振りで刀を振るう。本来なら簡単に避けられてしまう大振りも、逃げ場を無くせば受けざるを得ない。
しかし避けられなくとも、受け止めることは出来る。両腕を頑強に変異させられる悪魔相手に効果的なはずもなく……。
「はっ……甘いのよ! この程度の攻撃で私を倒せるわけが――」
当然のようにクロエの振るった刀はギャリルの凶悪な両腕で防がれてしまう。その場の思いつきのような単純な作戦に、ギャリルは余裕そうな表情を浮かべながら鼻で笑う。……しかしクロエの狙いはそれだけではなかった。
「――【霧剣・キリサメ】!!」
「!? ……ッ!!」
攻撃を受け止められた両腕にギリッと刀を押し付けたクロエは、飛ばした水圧で広範囲を切断する斬撃……"キリサメ"をゼロ距離で放つ。
ブシィッ……!
ゼロ距離で放たれた高威力の斬撃に、かなりの硬度を誇るはずのギャリルの両腕から大きく血が吹き出す。腕が切り落とされるとまでは行かなかったが、硬い表皮を削って軽傷を与えた。先にダメージを与えたのはクロエの方である。
これはクロエが修行で覚えた技のひとつであり、それを応用した新たな戦い方であった。
『ヒュー……。まさかキリサメをゼロ距離発射とはな。あの技一応飛び道具なんだけど。クロエは俺とは違って面白え技の使い方をしてくれるぜ』
元々『霧剣・キリサメ』は水圧を高めた水の斬撃を大きく広げて攻撃範囲を拡大させ、それを飛ばして周囲の敵を一掃する、アルが考えた技だ。それをクロエはギャリルの両腕の耐久性が高いと見るや否や、広範囲攻撃というアドバンテージを削り、範囲を絞って水圧を集中させ、威力を通常よりも大きく引き上げたのだ。それも、確実に命中し、最も威力が高くなるゼロ距離で。
自分の教えた技を実戦で、しかもあの悪魔相手に応用技に昇華させて見せたクロエに、アルは舌を巻いていた。アルの思いの外、クロエの戦闘に関する才能は大きいらしい。
そして所詮ただの人間、ただの子供が単調な攻撃しかしてこないとすっかり思い込んでいたギャリルは、上手くしてやられ、相当に不快そうな表情を浮かべていた。
別に、ダメージは軽傷だ。数時間もすれば治る程度。しかし、プライドは別だった。悪魔には誰しも自分の中に大きなプライドを宿している。魔界の環境がそうさせるのだ。ベリトほど凶暴ではないギャリルでさえもそのプライドは悪魔らしく持っているようで……。
「乙女の身体に傷をつけるなんて……絶対に許せない……ッ!!」
悪魔……というよりは、女性らしいプライドを傷つけられ怒りを露わにするギャリル。どうやら、戦いはこれからのようである。




