60.調査隊、結成!
常に薄暗い空の下、パキポキと枯れた草木を踏み分けながら歩くボロボロの男がいた。男は血を流し、背中に生えた翼もボロボロで、もはや見る影もない。
ここは魔界。魔獣や悪魔達だけが棲む、人間達のいる世界とは別次元の世界。そんな魔界を拙い歩みで進みながら、その男……ベリトは恨めしげに呟く。
「クソが……! この俺が人間如きに遅れを取るなんざ、あっちゃならねぇことだ!」
アロンダイト帝国での戦いの後、ゲートを開いて魔界に戻ったベリト。その姿は戦いの前と比べると、なんとも悲惨なもので、数多の攻撃を受けた自慢の翼には穴が空き、悪魔の象徴とも言える角も欠け、すでに満身創痍であった。
ただの暇つぶしで始めた気まぐれな遊戯だったが、持ち出した魔剣すら砕かれ、この有り様。同族達になんと言われることか。
しかし、本来であればベリトが負けることはなかった。悪魔は人間の数十倍の身体能力を持ち、生まれた時から脅威的な魔力を宿す。さらにそこに人間と同じように修行を積めば、その能力はさらに増す。
帝国でアーサー達円卓の騎士や、デュランダルの冒険者達一同をたった一人で圧倒していたように、普通であれば人間の猛者が十数人程度、負ける要素はなかったのだ。
……だが、今回ばかりは運が悪かった。あの人間達の中に、一人のイレギュラーが混じっていた。人の身でありながら、悪魔と対等に張り合える身体能力。それどころか、ベリトとのタイマンに勝利し、退けた。
そして魔界の宝である魔剣の一振り、アロンダイトの魔力を純粋な魔法のみで破壊するあの馬鹿げた魔力量。人間に許された力ではない。あの少女は……何者なのか。
「今はとにかく身体を休めねぇと……」
怪我と疲労で息が上がりつつも辿り着いたのは数十メートルほどもある巨大な黒い宮殿。ベリト達、"グリモワールの悪魔"が根城にしている縄張りだ。
ここには最上位悪魔と上位悪魔しかおらず、普通の下位悪魔や魔獣は近寄ろうとすらしない。そして序列12位であるベリトは上位悪魔。つまり、ベリトよりも格上である悪魔が数名、ここにはいるのだ――。
「よォ、久しぶりだなベリト? ずいぶんと面白ぇ見た目になってるじゃあねぇか?」
ベリトが宮殿内部に入り、暫く道を進んでいくと、会合の場である部屋の入口に寄りかかっていた男が声をかけてくる。ベリトはその姿を見て息を呑む。
毛先が赤く染まった長い黒髪に、根本が黒く染まった赤黒い色の少し湾曲した形の角。そしてその体から溢れ出る闘気。ひと目見ただけで自分よりも圧倒的格上だと分かる男。
「ベ、ベリアル……!」
男の名はベリアル。グリモワールの悪魔にして、序列2位の座を誇る魔界最強の悪魔の一人だ。帝国で散々猛威を振るったベリトでさえも萎縮してしまうほどにその格は違う。
刺すような鋭い眼光に、脳髄にまで染み渡るような深い声色。全身が今にも押し潰されてしまいそうな強大な魔力と威圧感。ベリアルを認識したベリトは、本能的に恐怖を感じ、冷や汗を流していた。
「おいおい怖がるなよォ……。同じグリモワールの席に座る"仲間"だろ? ただ話しかけてるだけなのにそんな萎縮されたらショックだぜェ?」
「い、いや、怖がってるわけじゃ……わ、悪い……少し具合が優れなくてな……」
ベリアルは萎縮するベリトに歩み寄り、腕をベリトの肩に回す。プライドの高いベリトだが、拒否することはしなかった。……いや、出来なかった。抜け出そうとすれば殺される。なにか機嫌を損ねても殺される。本能がそう言っていた。
そしてベリトがベリアルの一挙手一投足に内心ビクビクとしていると、ベリアルは肩を組んだまま耳元で囁く。
「それでぇ? どうしたんだよ、そのおもしれぇ羽根と身体の傷は? 人間界に行ってたんだろ? 宝物庫の魔剣まで盗み出してよォ……」
「そ、それは……」
ベリトが魔界から魔剣アロンダイトを盗んだことも、人間界にちょっかいを掛けに行っていたことも、全て知られている。余計な言い訳をしたり、嘘でも吐いた日には、間違いなく殺されるだろう。
質問をしながらガシッと肩を強く掴んだベリアルに、ベリトは何度も死んだような気分になりながらも、包み隠すこと無く人間界で、アロンダイト帝国で起きた出来事を話した。魔剣のこと……ランスローテのこと……カリバーン王国のこと……そして、脅威的な力を持ったあの銀髪の子供のことを。
「ほぉ……お前と互角以上にやり合える人間ねぇ。……面白ぇ。お前はザコだが、腐ってもグリモワールに席を置く悪魔だ。そんなお前とやり合って死なねェタフさには、ちぃっとばかし興味が湧いたぞ。それに魔剣を砕くたぁなァ! ッハハハハハ!」
「は、はぁ……」
プライドの高いベリトにとって、屈辱的とも取れる発言だが、勿論反論することはない。ベリアルからすれば、ベリトなど羽虫のようなものなのだ。
しかし、それでも同じグリモワールの悪魔であり、序列12位に座している上位悪魔だ。それを脆弱な人の身で退けるとは、悪魔側からすれば信じられないようなことだった。
だが、そんな信じられないようなことを起こした人間の少女。ベリアルはそんな少女に少し興味が湧いたようだった。
「それと、魔剣のことは黙っといてやるよ。暇潰しの種をくれた礼だ」
「あ、ああ……」
魔界の宝物庫から魔剣を盗んだベリトだが、宝物庫には他にも様々な貴重品が保管されている。文字通り貴重な宝石類や、アロンダイトも強力だったが、それよりさらに強い力を持つ魔剣。はたまた魔界にしか存在していない希少な書物など、本当に様々だ。
その中でも、ベリトの盗み出した魔剣アロンダイトは価値が低い部類のものであった。……が、魔界の宝物庫から物を盗むということは、同じ魔界に棲む他の悪魔や魔王を侮辱する行為に繋がる。
ベリトにとって、ベリアルの『お礼』は非常に助かるものだった。尤も、ベリアルがそうであったように、情報収集の能力が高い悪魔にはいずれバレてしまうことだろうが……。その時はなんとでも言い訳をしようと心に決めた。
一方でベリアルは人間界の話を聞いて、どうすれば自分の退屈を発散出来るかを考えていた。
「悪魔とやり合える人間はここ数十年見てねぇが……そうだな……。そういや、ギャリルの奴もお前みたいに最近人間界で遊んでるみてぇだな。それを使うか……」
「ギャリルが? ……あいつは悪趣味な女だ。俺が言えたことじゃないが、ろくなことをしてないだろうな」
話題に上がったギャリルという女悪魔。ベリトのように人間界で好き勝手している悪魔だが、ベリアルは彼女を利用しようと考えたようだ。
ギャリルはベリトと同じ上位悪魔で、グリモワールの末席にあたる序列14位の悪魔だ。他のグリモワールの悪魔達に比べると戦闘力は低いが、悪魔らしく特徴的な魔力を持っている。
そしてベリアルは少し考えた後、再度ベリトの耳に顔を近づけ、耳打ちをする。
「傷が癒えたらグラウを連れてもう一度人間界に飛び、ギャリルに会え。そこで――……」
「――……なるほど、分かった。くく、面白そうだ」
ベリアルから内容を聞いたベリトは、それならば自分の復讐も果たせると考え、下卑た笑みを浮かべながら快諾した。
そうして二人の悪魔が企んでいると、宮殿の廊下や入口から次第に強い気配が集まってくる。他のグリモワールの悪魔達だ。二人が話していたのは会合の場の入口。定期的に行われる悪魔会合の時間がやってきたのである。
悪魔会合は互いの近況報告や単純に茶会を楽しんだりする場で、序列一位であり、実質魔界の王である最上位悪魔が定めたルールなのだ。
そして時間がやってきたため二人は悪巧みをそこでお開きとし、ベリトはベリアルの思惑に従うこととなった。
(ククク……! 待ってろ人間共……すぐにまた殺しに行ってやるからなァ! それまで束の間の安息を満喫してやがれ……!)
ベリアルの提案に乗ったベリトは、その作戦通りならばまたあの少女に会い、借りを返せると思い、闇夜の中でほくそ笑むのだった。
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(さて……これでベリトとギャリルの奴が万が一にもやられるようなら、そこで初めて俺の遊び相手に相応しいと考えてやるよ。
……まァ、グラウを連れて行かせるんだ。人間如きじゃ相手にならねェだろうけどな。せめて退屈しのぎにはなってくれよ?)
ベリアルの中では、話に聞いた銀髪の少女とやらはまだ興味が湧いた程度。相手にする価値があるかどうかはこの結果で決まる。グラウ、ベリト、ギャリルという三人の悪魔を差し向けて、どう対応するのか。それで全てが決まるのだ。
ベリアルにとって、グラウという悪魔はベリトやギャリルとは一線を画していると考えているようで、それを同行させるのならば勝ち目はないと思っているようだった。
尤も、結果は誰にも分からない。未来というのは想定は出来ても確定が出来ないのが面白いところだ。そう考えていたベリアルはこれからの結果を楽しみに、会合の場へと赴くのであった……。
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「いいか~てめぇら。槍系魔法ってのはクラスや階級によって種類があんだ。下から、ランス、スピア、ジャベリン、グングニルだ。メモれや」
「ふむふむ……ボクはスピアまで使えるから、まだ二段階上があるということか!」
「へぇ、魔法毎に決まった種類があるのね。勉強になるわ……」
ルナら精霊寮の生徒達は今日も今日とて授業を受けていた。今日の授業は教室での座学で、槍系魔法についての授業だった。
魔法にも色々とある。魔力で剣や槍、矢などを創成する武装魔法。予め持っている実際の剣や槍、矢などの武器に直接魔力を流して纏わせ、強化する強化魔法。
他にも色々あるが、武器を扱うものはこれらが基本であり、今回の授業の議題となっているのは前者である武装魔法の階級についてだ。
武装魔法には段階、階級が存在し、その中でも最もよく使用されるのは槍系魔法で、魔力で創り出した槍はその手に握って扱うことも、魔力を操って対象に向けて飛ばすことも容易な魔法なのである。
魔法を扱う者の中で最も使用される頻度が高いのが槍系魔法というだけで、本来手に持って振るうはずの剣を飛ばしたり、逆に魔力の矢を握って戦ったりなども出来るが、両方を器用にこなせる槍と比べてあまりにも非効率なため、滅多に使われないのだ。
「ランスは基礎魔法だ。攻撃魔法が少しでも使えるなら誰でも出来る。スピアはその上位版だ。威力も硬度も高く、会得難度も比較すると高くなる。
ジャベリンはさらにその上位。熟練の魔術士はコイツをよく使いやがるな。均整が取れていて、燃費も悪くねぇ。射程も長く、安定した性能を誇る。魔術士の中じゃ、槍系魔法はジャベリンが一番人気だな」
「「「なるほど……」」」
スピア、ランス、ジャベリンについて詳しく説明するアルバート。剣系魔法や弓系魔法、槌系魔法に斧系魔法など他にもあるが、王都最大の学園で教えるべきは最も使用頻度が高く、強力な槍系魔法ということだ。
(んー……槍魔法かあ。私は使ったことないなぁ)
ルナは忘れないようメモを取りながら、槍魔法について考えていた。スピアはトリアの街でカトレアが、ランスはエント村付近の森でマナが使っていた。あの二人が使っていたということは、先生の言う通り使い勝手が良いのだろうということはルナにも納得出来た。
「んで、最後にグングニルだが……コイツはジャベリンとは対照的に、扱いが非常に難しい。魔力の消費も多く、会得難度も最高難易度だ。
まぁただ、威力と質量、デカさはコイツが一番だな。でけぇ獲物に使うんならコイツは使える。が、普通に使うにゃ向いてねぇ。確か入学の時の試験で使ってる生徒がいたか……」
「魔術士の最終的な到達点ではあるけど、目的地ではないということね!」
「そうっスねえ。結局、使い勝手の良いジャベリンがゴールってことっスかねぇ?」
「そのグングニルを使ってた生徒、覚えてる……古竜寮に選ばれてた人だよね……凄い魔法だった」
最後に、槍系魔法の最上級魔法であるグングニルについて語られると、他生徒達は各々で感想を述べる。今までの説明を聞く限り、やはりジャベリンが最も使いやすく、安定性も高い。グングニルは魔獣クラスの巨大な対象にならば使う機会もあるか、といったところ。
そして先生と生徒の一人が話していたように、ルナもその魔法を使っていた人物を思い出していた。
(魔法適性試験でマナちゃんが使ってた凄い魔法、これだったんだ! これって今説明されてた槍系魔法の最上級魔法なんだよね? そんなのを使いこなしちゃうなんて、やっぱりマナちゃんは凄い人なんだなぁ)
そう。入学時の試験、魔法適性試験でグングニルを使っていたのはマナただ一人だ。印象に強く残るような凄まじい結果を残した生徒は多かったが、マナもその一人で、覚えている生徒は少なくないようだった。
しかし、前にマナといた時は『ルミナスランス』を使っていたと思うが……この短い期間の間に一体どれだけ成長をしているというのか……。マナが自慢してきた光の魔導書とやらの影響は、ルナが思っているよりもずっと大きいらしい。
「てことで今日はここまでだ。……ふぁ~ぁ。んぁ、そういや最近王都で謎の意識不明になる現象が起きてるらしいが、お前らも気をつけろよ~」
キリの良いところで、大きな欠伸をしながら授業を切り上げるアルバート。彼が言っているのは入学前、マナやクロエ達がギルドで言っていた冒険者達が昏睡状態で運ばれてくるという話だろう。
あの話を聞いてからすでに約一月は経っているが、未だに被害は増え続けているらしく、生徒たちにも気をつけるよう各寮で声掛けしているようだった。といっても、原因不明なのだから対処のしようがないのだが、まぁそういった意識は大事である。
そうして足早に先生が去った後、クラスでは自由な時間が流れていた。
「謎の意識不明かぁ……。いったいこの国で何が起こってるんだろうね~?」
「合法的に昼間外に出なくて済むね。私も意識不明になれば。ふふ、ふふふ……」
「えぇ!? だめだよ! いつ目覚めるか分かんないんだよー!?」
「う……ルナ、やめてくれ……酔いそう」
ふと気になったルナが言葉を溢すと、隣で聞いていたニーシャは気怠げに冗談にもならないことを言う。それを本気にしたルナに肩を掴まれ、ぐわんぐわんと体を揺すられたニーシャはあまりの勢いに顔色が少し悪くなる。ルナは冗談の判別がまだ曖昧なのである。
そんな二人の横で、何やら真剣な顔で考え事をしていたイズが二人に声を掛けてくる。
「ねぇ二人とも。この件、ちょっと調べてみない?」
「「え?」」
じゃれ合っていたところに、突然突拍子もないことを言われ、思わず二人揃って聞き返してしまう。
「こういったことに首を突っ込むのは野暮かとも思ったんだけど……原因不明の謎の現象! 気になるでしょ! 世間では流行り病とも言われてるみたいだけど、私はその謎を解きたい!
……で、せっかくだし二人もどうかなって思って! いつもなら一人で情報集めするんだけど、こればっかりは人手がいるだろうし……」
……と、いうことだった。イズは一連の現象の謎を紐解きたいと考えているらしい。それは使命感でも誰かのためでも無く、ただの好奇心から来るものであった。
彼女は不思議な現象……スピリチュアルなものが特に好物であり、元々広報委員会に入ったり、情報収集が趣味なのはそういった情報を集めるためなのだ。そんな彼女からすれば、今回の件はその枠にハマる案件らしい。
「おぉ~? いいね!! よくわかんないけどなんか楽しそう!」
「お、ルナは随分乗り気じゃーん! で、ニーシャはどう?」
イズの提案を聞いて、深くは考えずにいつも通り自分の直感に頼って参加の意を表明するルナ。それを聞いてイズは嬉しそうな反応だった。
そしてイズ、ルナと来れば最後はニーシャだ。無理にと言うつもりはないが、イズにとってこのクラスで一番仲が良いのはルナとニーシャだ。この三人で謎を解くために協力出来たら……そう、ルナの言う通り、楽しそうだ。
そして訊ねられたニーシャは顎に手を当て、思慮深く考える。楽観的なイズやルナと違い、ニーシャはこの中では慎重な性格である。少々不思議ちゃんではあるが……。
「……ふむ。…………ふふ。それも良いか。面白そうだ。それに、"情報収集"という面ならば活躍出来るはずだ。私もね」
長考した結果、ニーシャもルナと同じように、その提案に乗ることにしたようだ。ルナのように何も考えずに、というわけではなく、しっかり自分にも役割を持てそうだと判断した上でのものだったが、"面白そう"という考えは皆共通しているらしい。
まぁ、何事も自分が面白いと思うかどうかは大事である。特にルナはその意識を重要視している。
「よーし、決定! それじゃあここに、私達三人の『冒険者昏睡事件調査隊』を結成するよーっ!」
「おぉ、カッコいい!!」
「イズ……長いよ、名前が」
「良いんだよ~ニーシャ~! こういうのはそれっぽければさ!」
ルナとニーシャの賛成票も得たところで、イズは景気よく作戦グループの結成を宣言するが、イズの考えた名前にルナは目を輝かせ、逆にニーシャは呆れたような顔をしていた。
まぁ、即席で考えたのだから仕方がないだろうが、それっぽければいいという発言に妥協したニーシャは、『まぁいいか』と渋々納得する。
そして改めて……。
「私たちでこの事件の謎を解くのだ! えい、えい、おー!」
「お~!」
「お、おー……」
こうして、精霊寮の仲良し三人組は新たに調査隊を結成し、謎の昏睡事件を解決するべく動き出したのだった。




