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天才と脳筋は紙一重  作者: たんすちゃん
《第三章》-王立学園編-
57/100

57.閑話 クロエとアルの出会い

 これはクロエがダンジョンを攻略し、聖遺物である刀に宿る亡霊アルキュオネウスと出会ってからの話。

 アルと出会い、契約し、初めて刀を振ってダンジョンを真っ二つにした後のこと……。


「実に200年ぶりの運動だ! やっぱり身体を動かすのって最高だぜェ! オラァッ!」

 薄い霧がかかった森の中、現れるモンスター達を片っ端から斬り伏せながら走り回るクロエ……基、アル。

 忌々しいダンジョンの呪縛から解放された今、アルを縛るものはもう何もない。アルはクロエの身体を借りて、存分にその猛威を振るっていた。


『流石元剣豪……伝承では臆病者とかいわれてるけど、やっぱり凄く強い……。それにこの身体の感じ……自分で動かしてるわけじゃないのに、まるで本当に自分が刀を振って敵を倒してる感覚だ……!』

 アルに身体を貸しているため意識下で呟くクロエ。アルとの契約内容は『アルに身体を貸す代わりにクロエを強くする』といったものだった。クロエ自身、アルの境遇が哀れに思えたために契約しただけなので契約の内容は特に気にしていなかったのだが……これはすごい。

 身体が勝手に糸に引っ張られたかのように動き、アルの思うがままに刀を振る。しかしそれは一応は意識があるクロエにもしっかりと伝わっており、自分で剣を振っているのとなんら変わらない感覚。

 かれこれ2時間程度こうして森を駆け回っているが、このまま戦い続けていればアルに身体を貸さなくとも、自分でも刀を振るえるのではないかと感じていた。契約の時にアルが言っていた通りの現象が起きている。


 そうしてモンスターを倒して森を駆け巡っているうちに何時間と時間が過ぎていき、最初にいた位置から随分と移動した頃……。アルの洗練された感覚がひとつの違和を捉える。


「……!」

『……アルさん? どうして急に止まったんですか?』

 常に走り続けていたアルが急にその動きを止めたことに対し、意識下のクロエは怪訝そうに尋ねる。

 真剣な表情で刀を握るアルは周囲に目をやりながら小さく呟く。


「何かいる。結構強いぞ」

 そう言うと方向を定めたアルはこの辺りでは一際太い樹が生えている方を見つめて刀を構える。


『ア、アルさん? いったいなにが……』

 クロエが言いかけたところで突如その大樹はバキバキと大きな音を立ててクロエ達の方へ倒れてくる。


「ちっ!」

『木が!?』

 クロエが声を上げるが、アルは倒れてきた大樹を横に跳んで咄嗟に回避する。避けた先から折れた大樹を見ると、そこにいたのは巨大な白い体毛に覆われた猿だった。

 200年前からこの森で修行をしていたアルだが、見たことのないモンスターに眉を顰める。長年の時間の経過で生態系もかなり変わっているのだ。アルが知らない魔物がいてもおかしくはない。


「あの猿……見たことねぇな。クロエはわかるか?」

 自分が知らないモンスターということを即座に判断し、この時代の人間であるクロエに尋ねるアル。図書館通いで知識豊富なクロエならばあのモンスターのことも知っている可能性も高い。

 そしてアルの判断は正しかった。クロエはアルに訊かれてすぐさま答える。図鑑で見たことのあるモンスターだったからだ。……尤も、実際にそれを目にするのはこれが初めてだったが。


『あれは図鑑で見た……!? S級認定されている凶悪な魔物、名前はホワイトエイプ! 出会ったら目を合わせずに逃げることが推奨されてる危険なモンスターです!』

「目を合わせず逃げるつってもなぁ……もうバッチリ目合ってんだけど」

 クロエの忠告を聞いた後ではすでに時は遅く、アルはバッチリとあの白猿と目が合ってしまっていた。

 そして同時に、ホワイトエイプはすでに臨戦態勢に入っており、いつでも襲いかかってこれそうな雰囲気を漂わせていた。


『あわわわ……!? 万が一戦闘をする場合はA級冒険者が5人はいないと勝てないって言われてます! 僕の身体じゃ絶対無理ですよ! 早く逃げましょうアルさん!?』

 ホワイトエイプはS級のモンスターで、その強靭な剛腕から繰り出される拳や振り回し攻撃は当たれば最後、間違いなく軽傷では済まないと言われている。先程大樹を薙ぎ倒した腕力からもそれは窺える。

 A級が5人がかりでも"なんとか倒せる"というレベルで、ただのD級であるクロエの身体ひとつでは到底叶うはずもない。

 そして何より凶悪なのがホワイトエイプは肉食で、動物だけでなく人をも好んで食すという生態にある。目があってしまった今、街まで逃げてもあの災厄を連れて帰ってしまうだけだ。どこかでうまいこと撒くか、あるいは……。


「そんなもん、一択だろ!」

 にぃっと口角を上げて笑って見せるアル。その漢の辞書に、逃げるという文字はなかった。アルは刀をしっかりと握りなおすと、様子を窺っていたエイプに向かって飛び込んでいく。

 クロエは戦うのが自分の身体ということもあってか絶対に勝てるはずがないと半ば確信的でアルを止めようとするが、アルは今更逃げることもできないことは分かっていたため静止を振り切る。


『S級のモンスターに僕の身体で勝てるわけない……けど、連れたまま逃げるのも危険だし……』

 まだアルとは契約したばかり。いくらアルが生前剣豪と言われていたからといって、本の虫だった影響でそこまで鍛えられていないクロエの身体を使っても勝てるとは思えない。

 かといってホワイトエイプを連れたまま街に逃げるわけにもいかず、上手く撒いたとして、次にこの森に入った者が危険に曝されるかもしれない。そんな不安からクロエはどうすればいいか判断しあぐねていた。


「S級の魔物だ? おもしれぇ! 肩慣らしには丁度いい相手じゃねーか! 安心しろクロエ。お前の身体を傷つけたりはしねェからよ」

 そう言うとクロエの身体を借りたアルは刀を脇に差し、水の魔力を込めて斬撃を飛ばす。先程ダンジョンを真っ二つにした凄まじい水圧の斬撃だ。


「【静剣・ヨコシグレ】!」


ザヒュゥッ!


「グアアアアアアアアアァァッ!!!」

 凄まじい水圧と速度の斬撃は白猿の反応速度を超え、丸太のような太さを持つ左腕を一撃で両断する。迫りくる一人の少年をいつものように食ってやろうと考えていた白猿は、予想外の見えぬ攻撃からくる激痛に咆哮を上げる。


『一撃で腕を……!?』

 クロエが驚く中、発狂したホワイトエイプは怒り狂い、感情の赴くままにアルに向けて突撃してくる。しかし冷静さを欠いた行動は冷徹なまでに落ち着いた達人のアルの前では隙だらけで、残った右腕で振り抜かれる拳をひらりと躱したアルは再び刀を居合で抜刀する。

 距離を取ったアルの前で痛みに悶える白猿。その姿はS級クラスのモンスターとしての威厳や恐ろしさなど見えず、左腕も斬り落とされて身体から血を流してボロボロの姿はすでに狩る側ではなく狩られる側になっていた。


 クロエは感じていた。剣豪と呼ばれたアルの強さを。まだ契約したばかりで慣れないはずの自分の身体で剣を振るい、S級クラスのモンスターを圧倒している。

 まだアルはウォーミングアップの途中で、数時間程度しかクロエの身体を使っていないのだ。にも関わらずこれほどの実力……真にクロエの身体に慣れた時、アルはどれだけの力を発揮するのだろう……。


「終わりだ――! 【霧剣・キリサメ】」

 再度暴れながら突進してきたホワイトエイプを見切ると、寸前、アルは身を翻しながら刀を振る。


「……―――」

 腹を一閃され、大量の血しぶきを散らしたホワイトエイプは真っ白の体毛は真っ赤に染まり、ドスンと大きな音を立ててその巨体は地に伏した。

 ヒュンッ! と刀を振って血を払ったアルは、ハァ……と一息つく。先の宣言通り、クロエの身体にはかすり傷ひとつついていなかった。


『まさか本当に無傷でS級のモンスターを倒しちゃうなんて……』

「言ったろ? お前の身体を傷つけたりしねえってよ」

 他人の身体、さらには長年のブランク、単身でのS級モンスターの討伐という無茶を成し遂げたアルに唖然とするクロエ。それもまだアルにはかなりの余裕がある様子だった。


「この時代の魔力を使った戦闘ってのにも少しずつ慣れてきたな。よし、続き行くぞクロエ!」

『ええっ!? まだやるんですかぁ~!?』

 アルは一歩間違えれば命を落とすかもしれないホワイトエイプとの戦いで、魔力を使う戦闘を試していたらしい。アルのいた時代は魔法剣士のような武術と魔法を合わせた戦闘スタイルは主流ではなかったため、この時代の戦闘方法に慣れるためにリハビリをしつつも、新たな戦闘スタイルを試していたのである。

 その結果がS級モンスターをあっさり討伐するという結果になったのだが……アルの戦闘センスの高さが窺える。

 この時代においてはかなりの大物を倒したにも関わらず、それを気にも留めずにリハビリの続きをするため刀を構えて森を駆けていく。


 そして疲れることを知らないアルのリハビリは翌日まで続き、後日、変わらず森で暴れていたクロエとアルは偶然にも薄霧の森に依頼を受けてやってきた『エクリプス』の面々と遭遇するのであった……。


_

_

_


「お兄ちゃん、最近変わったよね。少しだけだけど……なんか勇ましくなった?」

「そ、そうかな……? 仲間ができたからかもしれないね」

 妹のシロエに唐突に言われて照れくさそうに頬を掻くクロエ。まだ日は浅いがルナ、マナ、カトレア……そしてアルとの出会いで気弱だったクロエも少しずつ成長しているのかもしれない。自分では自覚がなく、身近の妹にだけ分かる程度のものだが……。


 今日は色々とあってクロエは明日以降に備えておかねばならない。マナの正体や国が置かれている現状を聞いたためだ。B級以上はほぼ強制招集である緊急依頼が出るらしいが、チームメンバーのマナやカトレアが参加するのであればD級とはいえ自分も参加しないわけにはいかない。

 しかし戦争となれば普段の依頼よりも危険度は高く、今までクロエが受けてきたE級やD級の依頼とは比べ物にならない危険がつきまとうだろう。

 ……もしかすれば、妹とこうして話せるのも今だけかもしれない。明日以降、冒険者に招集が来た場合はクロエも戦いに参加するつもりだった。最悪の場合、命を落とすかもしれない。

 クロエは今のうちにシロエとしっかり話しておこうと思い、シロエの頭に手を乗せる。


「……? 急に撫でたりしてどうしたの、お兄ちゃん?」

 突然兄に優しく頭を撫でられて困惑するシロエ。別に撫でられる事自体は珍しいことじゃない。日頃から仲のいい兄妹で優しい妹思いの兄だ。こうして褒めてくれることは多かった。

 だがいつになく真剣な表情のクロエを見て不思議に思ったのだ。そしてクロエは今この国が置かれている状況や、近頃冒険者として招集され、戦地に赴くことになるかもしれないことを話す。勿論、その危険度も……。


「まだ決まったことじゃないけどね。僕はただのD級冒険者だし、そんな危険な役割を任せられることはないと思うけど、一応ね」

 国からの緊急依頼はB級以上が強制招集なのだ。勿論それ以下のランクの冒険者も参加は出来るが、B級以上でない者に重要な役割を任せるとは思えない。故にそこまで危険な内容は飛んでこないはず……。だが、万が一もある。ので、話を重くしないため、にへらと笑ってやや楽観的にシロエに伝える。


「でもお兄ちゃん、物事はいつだって何が起こるか分からないよ。……だから」

「シロエ?」

 話を聞いたシロエは少し考えると寂しそうな顔をしてクロエにそっと身を寄せる。


「……もし危険な役目を任されても、絶対死なないでね。お兄ちゃんがいなくなったら私も悲しくて死んじゃうよ」

「あはは……それは大変だなぁ。大丈夫、シロエを寂しくしないために僕、頑張るからね!」

 そう言って優しく妹を抱き寄せるクロエ。シロエはそんな兄の温もりを噛みしめるように感じていた。もし……もし最悪の場合が起これば、こうして話すことも、抱き合うこともできないかもしれないのだ。

 そして二人からは少し離れた空中を漂いながら、刀の亡霊アルはその光景を静かに眺めていた。


『兄妹水入らず、ってな』

 別れとは、いつ訪れるかも分からない。ましてや戦いなど、命のやり取りだ。それをよく知っていたアルは二人の絆に水を差すようなことはせず、そっと見守っていた。


 そうして今日あった出来事や今後の話をした後日、思っていたよりも早く招集がかかったため、クロエは心配そうなシロエを置いてギルドへと赴くことになるのであった。


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