55.テティス・グランマーレ 2
今は15歳のテティスが、まだ6つの頃。
テティスの家は王都からかなり離れた場所にある小さな村にあり、母と父、テティスの3人で暮らしている普通の家庭だった。
父はB級の冒険者で母は元B級の魔術士。テティスの両親は同じ冒険者同士での繋がりから発展した夫婦だ。
元々冒険者時代に同じチームだった者同士がくっつくというのはよくある話で、引退した冒険者が昔チームを組んでいた者と暮らしているなどというのは今の時代そう珍しくない。
一部の冒険者はそういった出会いを求めてチームに勧誘したり入りたがる者もいる。
母はすでに引退した身だが、父は未だに現役の冒険者。二人はどちらもランクはB級と、冒険者の中でもベテランに入る部類だった。
しかし幼いテティスはそんな二人に憧れはしていなかった。
何故か。それは両親の環境にある。
テティスの母はすでに冒険者を引退しているが、引退した理由は結婚が理由でも、子供ができたからでもない。……B級から上がれなかったのだ。
冒険者の多くは力を、富を求めて活動する。テティスの両親も例外ではなく、父は富を、母は力を求めて冒険者となった。
父はランクが上がれば実入りの良い以来を受けられると、母はS級こそが力を求める冒険者の到達点と言われていたためそこを目指していた。
しかし人の才能には限界がある。並大抵の努力では超えられない壁というものがあるのだ。
母は日々魔法の研鑽を積んでいたが、B級半ば辺りから伸び悩み、A級の昇格試験に3度落ちた。実力が伴っていなかったのである。
ある日、母が頭を抱えながら魔法の研究をしていたところ、部屋に入ってきた娘……テティスに気づく。
「……どうしたの、テティス? ごめんね、お母さん魔法の研究で忙しくて遊んであげられないの」
申し訳無さそうに告げる母。今研究しているのは、書店で購入した魔力を底上げするための方法が書かれた本についてだ。
その本には特殊な魔法がかけられており、一定量以上の魔力を持つ者でないと本を開くことが出来ないのだ。
母はその本を開くための魔力が足りず、どうすればいいかを必死に考え、この数日間はずっとその本について研究していた。
テティスはもっと母に構ってほしかったが、子供ながらにして精神的に大人びていたテティスは我儘を言ったことなどなかった。
「このほんはなに?」
そう言って幼いテティスは母の机に置いてあった大きな本を手に取る。
「それはね、大きな魔力を持った人じゃないと開けない魔法の本なの。お母さんでも魔力が足りないみたいで……」
母はテティスに優しく説明するが、こんなことを娘に話しても仕方がないか、と我に返り本を返してもらおうとする。
ぱさっ……!
「……!?」
直後、幼いテティスは本を床に置いて簡単に開いてみせる。母ですら開けなかった魔法の本をあっさりと。
「あはっ! おかあさん、開いたよ!」
母の話をしっかり聞いていたテティスは本が開いたことに素直に喜びを表す。
本が開けないと悩んでいた母のために本を開ければ褒めてもらえると思ったからだ。
子供というのは残酷で、時に親の予想を裏切り、思ってもない行動に出る。喜んでもらえると思ったテティスの純粋な行動は、母の心を打ち砕くには十分だった。
(私じゃダメだわ。でも、この子なら……)
意図せずテティスの才能に気付いたテティスの母は、なにか超えられない壁のようなものを実感して自分の限界を自覚し、ならば自分の娘にとその日からテティスに魔法の稽古をつけるようになった。
毎日魔法の研究ばかりで構ってくれなかった母が、魔法の訓練の時には沢山側にいて教えてくれる。それを喜んだテティスは断ることはなかった。
テティスの成長は早かった。母指導の下、毎日魔法の勉強、勉強、勉強、稽古……。
娘に才能があることを母から聞いた父も乗り気になり、両親はテティスに過度な期待を寄せるようになってしまった。
『お前ならできる』『貴女ならできる』『私達の娘なんだから』
最初こそ楽しんでやっていたテティスだったが、次第に両親の視線と期待が重荷になっていき、だんだんと義務のように鍛錬を積むようになっていった。
母が示した目標を達成すれば、母は喜び、父は褒めてくれた。両親が喜んでくれるのならばと、もはや鍛錬を積むことへの喜びなどすでに失せ、ただただ両親のために勉強と訓練をし続ける毎日。
目標を達成出来なければ母が悲しむ。それを嫌がったテティスは必死に努力した。
……しかし、ある日を境にテティスは魔法がたまに思ってもいない威力で放たれることが増えた。
それは両親の期待に答えなければと考え始めた時期からだった。いつものように魔法の訓練をしていたテティスは、庭で中級魔法の訓練をしていたのだが……。
魔法を撃つと3回に1回程度の割合で予想外の威力が出るのだ。違和感を感じたテティスはすぐに母に相談し、それは魔法の暴発だと気づいた母が医者に見せてみたものの、身体に異常はなし。
原因不明の暴発とされ、母はここまで順調だった娘の問題に頭を抱える日々。母はすでにその時には冒険者を引退し、娘の成長に心血を注いでいた。自分が成し得なかった目標を、自分が育てた娘に代わりに達成してもらえば、力の証明になると信じて疑わなかったからだ。
父も冒険者を続けながら原因を探ってくれていたが、解決の糸口が見つからないまま時間が過ぎていくのみ。両親とも、娘に大きな期待を寄せていたが故に、ショックが大きかったのだろう。次第に笑わなくなってしまった両親は、家庭の仲も不穏になっていき、テティスも両親とはあまり話さなくなっていった。
それから数年が経ち、テティスが10歳になった頃。相変わらず笑わなくなってしまった両親とは少し距離を置いたまま。テティス自身も魔法が暴発するようになってから解決はしていない。
テティスもあれから色々と試行錯誤を重ねて、魔法が暴発しないよう訓練を繰り返していた。それが達成できれば、また両親は笑って褒めてくれると信じていた。
そんなある日、村に商団を連れた貴族の馬車がやってきた。何分辺鄙な村だ。旅人がよることすら稀だというのに、貴族と商団とはこれまた珍しく、家にいるのも気まずかったテティスは、物珍しさからその商団を一目見に行ってみることにした。
「随分小さな村だが……本当に良いんですかい?」
「ああ? 構わんさ、退屈しのぎには丁度いいだろう」
馬車を仕切っていた男が、腹の出た貴族らしき男に何かの確認を取る。貴族の男は何食わぬ顔で許可を出す。
頷いた男は商団全体に指示を出し、村の入り口で商売道具を展開し始める。それを見ていたテティスは、よく分からないがあの貴族はここで商売する許可を出したのだろうと考える。
村の者達は商団の来客という珍しい出来事に興味を惹かれ、何か変わったものはないかと集まってきていた。テティスもその一人だ。
「おやおやお嬢さん、何か探しものかい?」
他の村人達と同じように商店の一角を覗いていたテティスは、商人の男に声をかけられる。別に何か欲しいものがあるわけではないが……。
「何を売ってるの? 私、商人なんて見るのはじめて……」
「他の連中は食料品や消耗品が主体だが……俺はちぃとばかし変わり種を売るのが好きでね」
男が広げた敷物の上には、どういった用途で使うのかも分からないような魔導具や、テティスには読めないような文字で書かれた本などが並べてあった。
テティスが気になったのは最初に目についた本だ。なんと書いてあるのかは読めないが、母が本をよく読んでいたのを思い出して目に留まったのだ。
「その本は魔法について色々書かれた本さ。様々な属性の魔法や生活魔法の使い方、魔法が暴発した時の対処法とか色々とな……」
「……!」
その言葉を聞いて、テティスの耳はピクリと反応する。魔法の暴発の対処法。それはまさに今テティスが求めていた情報ではないか。どこの商団かは知らないが、外から来た商人なら珍しいものを持っていても不思議じゃない。
テティスはすぐに食いついたが、男に本の値段を聞くと持ち合わせでは足りないことに肩を落とす。しかし諦めきれない。テティスは家に戻って両親に初めてのお願いをしようとその場を後にする。
全速力で家に向かいながら、テティスは考えていた。あの本さえ手に入れば。きっと自分の魔法が暴発する原因も分かる。それを解決できれば父も母もまた笑って褒めてくれる。
もはやテティスの脳には強くなるためではなく、どうすれば両親とまた笑って暮らせるかという考えしかなかった。また笑って褒めてくれる母の姿を想像し、テティスは走りながら自然と笑みがこぼれた。
だが……家についたテティスの前にあったのは、火が放たれて火の海となった自分の家だった。
「ぇ……?」
思わず声が漏れる。思考が追いつかなかった。燃えているのは自分の家だけではない。そこ一帯の住居や木々、気づけば村の半分以上に火の手は回り、テティスの周囲も炎が囲んでいた。
先程までいつもの光景だった村が、少し目を離していたうちに真っ赤に染まる。ほんの十数分前、ついさっきまでそこには村の者たちが、家族がいたのだ。
黒く焼け焦げ崩れていく家を見ながら、テティスは現実味のない感覚を覚えつつハッとする。
「まだ……まだ中で閉じ込められてるだけかもしれない……!」
そうだ。テティスが家を出てから、まだそう経っていない。自然火災や事故なら火の手が回るのはそこまで早くない。気づくのに遅れただけでまだ家の中で脱出しようと試みているかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、テティスは魔法を行使する。幸いにも自分が得意なのは大海魔法。火を消すにはもってこいだ。
……しかし、何度やっても魔法は上手く発動せず、時間のみが過ぎていく。ようやく発動出来たかと思えば威力が小さすぎたりあらぬ方向へ飛んでいったりと散々な結果。
そう、魔法が暴発しているのだ。まだテティスは魔法の暴発を上手くコントロール出来ていない。焦りで集中出来ていないせいもあっただろう。涙を浮かべながら自棄になったテティスは火に包まれた家に飛び込もうとする。
「待てテティス! 死ぬつもりか!?」
既のところでテティスの細い腕を掴んで静止したのは、近所に住んでいて、両親が忙しい時によくテティスと遊んでくれていたマートンおじさんだった。
火に囲まれ、村に誰もいなくなってしまったように感じていたテティスはマートンの姿を見て一瞬我に返る。……が、すぐに父と母を助けなければという思いが再燃し、腕を掴むマートンの手を振りほどこうとする。
「離して! お父さんとお母さんが!」
「ダメだ! ……もう手遅れだ! 珍しい来客かと思えばやつら……商団を装ってこんなことをするとは……!」
必死に腕を振りほどこうとするが、大人の力には到底敵わない。マートンが後半に言っていたことはよく理解出来なかったが、手遅れと聞いて意味ぐらいは察せた。
絶望に打ちひしがれ、膝から崩れそうになっていると、遠くの方で叫び声のようなものが聞こえた。村の入口のほうからだ。
「まずい……! テティス、いいかよく聞け。もう村のほとんどに火の手が回ってる……入り口には奴らがいて通れない。俺たちは裏手から抜け出してここを出るんだ!」
「う……うん……」
マートンは宥めるようにそう言うと、テティスの手を引いてまだ僅かに火の手が回っていない道を通りながら裏手に抜け、二人はなんとか村を脱出した。
生き残ったのはわずか数名のみ。そのまま村から離れ、歩き続けて数時間。外れにある街に逃げ込むように転がり込んだテティス達は無事、難を逃れた。
後から聞いた話だが、村にやってきた貴族はその土地を管理していた貴族で、連れていた商人達に気を引かせ、村に火を放ったのだという。
テティスは外の話をあまり知らなかったため初耳だったが、この村のように小さく木々が多い村が放火され、住民が皆殺しにされるという事件がこの頃相次いでいたらしい。
暫くして犯人である貴族とその部下は捕まり、土地の管理を任せられた貴族は別の貴族へと変わったが、失ったものは大きかった。
捕まった貴族が何故そのような行動をしたのか、その理由は明らかになっていて、『ただの道楽、暇潰し。地図にも乗らないような小さな村ならバレないと思った』そうだ。実際、何件もそういった事件を起こしてきたのだからバレにくかったのは間違いない。
その出来事からテティスは貴族の事が嫌いになり、同時にいざという時何も出来なかった自分を酷く恨んだ。幸いにも助けてくれたマートンはとても良くしてくれて、逃げ込んだ街で暮らし慣れた頃にはテティスの心の傷はほぼ癒えていた。
それから時が経ち、テティスは王都を目指して街を出た。ここまで育ててくれたマートンに恩返しをするため、そして死んだ父と母に報いるため、冒険者になろうと思ったからだ。
テティスが冒険者になり大成すれば、きっと母や父は天国で喜んでくれる。そう願いたかった。S級になり、冒険者として出世すればマートンにも恩を返せる。そのためには王都にある学園を目指すのが一番良いと判断してのことだった。
「お母さん、お父さん、不甲斐ない娘でごめんなさい。……きっと成長して帰ってきます。それまで……待ってて」
街から少し離れた場所にこっそり建てた小さな墓に花を添えると、テティスは街を出発した。――目的地は王都デュランダルにある王立アーレス学園だ。
___
__
_
「そうして私はこの学園に来ました。両親に報いるため、魔法を使いこなせるようになり、S級冒険者を目指すために」
ここに来るまでの経緯と過去を語り終えたテティスは胸に手を当て、ホッ……と息をつくと肩の力を抜いてみせる。この話を聞いて、魔法が暴発することを解決する糸口になれば良いのだが……。
「デディズぢゃんは頑張ったんだねえ~~~!」
「いや親身になりすぎ……」
話を聞いてガチ泣きしているルナをよそに、マナは冷静に考える。
「……まぁ、貴女も苦労してきたんだなってことは分かったわ。よく頑張ったわね。
それで、話を聞く限り……やっぱり貴女の魔法が暴発する原因は肩に力が入りすぎなことだと思うわ」
辛いであろう過去を話してくれたテティスを称賛しつつ、改めて暴発の原因を予想するマナ。
テティスの育った環境からして、恐らくは両親からの期待の視線、それに答えようとする純粋な精神。その影響で身体は緊張し、力が入ってしまって魔法が上手く使えないのだろう。
そしてさらに長い間その状態で暮らしてきたのだから、きっと身体に癖がついてしまっているのだ。だから今もなお魔法が上手く使えない。
「なるほど……確かに、両親の期待に答えようとし始めてから魔法が失敗するようになった気がします。しかし先程も言ったように、自分ではそこまで力が入っているようにはあまり感じないのですが……」
「長年染み付いてしまった感覚を変えるのはとても難しいことよ。何かいい手があればいいんだけど……」
「あるよ?」
「「え?」」
マナとテティスが良い解決案は無いものかと頭を悩ませていると、背後で泣き止んだルナが唐突に声をあげた。




