52.幕間 推薦組
「ふーん、それで英雄研究会に。貴女、ゼウスの冒険譚大好きだものね」
学園でのやることを終えた午後。ルナはマナ、カトレア、クロエの三人と学園内の日向で座りながら互いの近況報告をしていた。
今しがたルナの学園での出来事を話し終えたところだ。そして次はマナの番。学園トップである古竜寮がいったいどんな雰囲気なのか、マナがクラスメイトや寮のルームメイトとどういった関係を築いているのか。他の三人はそれらが気になっていた。
「魔狼寮と古竜寮はバチバチですわ。クラス内では早速、対古竜寮の作戦とか色々立案し始めているみたいでしたし、古竜寮もそうなんですの?」
くるくるとカールした髪を弄りながらカトレアが訊ねる。
どうやら古竜寮と魔狼寮がライバル関係というのは一年生でも変わらないようで、寮の雰囲気がそうさせるのか、教師がそう教えこんでいるのか、クラス内では早くも古竜寮に勝つための作戦を考えているという。
まぁ、目的はどうあれ、早い内から団結し始めているというのはルナの精霊寮と同じで良いことである。
「それがね……確かに魔狼寮に対する意識はあるけど、なんていうか……傲慢なのよ。皆ね」
マナは複雑そうな顔を浮かべながらも古竜寮について語り始める。
「先生は厳しい人みたいで、あの人あってこそのトップ寮なんだなってのは分かったわ。ただ、皆自分の実力に驕りがあるっていうか、他人を見下してるのよね……」
古竜寮の担当教師は、かなり厳格な人物らしく、学園での態度や他寮に対する気の持ち方などを鋭く指導してきたという。主に上昇志向の強い寮だからか、他寮に負けないことについては特段厳しくなるらしい。
クラスメイトが傲慢……というのは、恐らく侯爵以上の名門貴族の集まりだからであろう。貴族は長年厳選されてきた血筋のおかげで生まれ持って色々な才能が高く、保持する魔力も高い。実力もあり、地位もある……初めから全て持っている者というのは、どうしても力に驕ってしまいがちなのである。
「あの、それなんですけど……僕、というか僕たち、聖獣寮の先生に学園を案内されてた時、実は古竜寮の先輩方とすれ違ったんですが……凄い蔑んだような目で睨まれたんです」
途中、マナの話を聞いていたクロエから衝撃の発言が飛び出る。どうやら古竜寮は地位や実力の高さからか、他寮……特に平民を見下しているようだった。実際、ルナも同じような体験をしている。聞く限り、聖獣寮よりも酷いようだが。
「あ! それ私もあったよ! すれ違いざまに古竜寮の先輩に『下賤な平民が――』みたいなこと言われた!」
「うわ……それ、僕の時より酷いね……」
ルナが学園案内の時に体験したことを話すと、あまりの態度の悪さにクロエはドン引きしていた。あの優しいクロエですらドン引きするほどである。精霊寮、どれだけ立場が弱いのか……。
「それよ! 平民に対するヘイトが高すぎるのよ! いくら貴族だからってああまで酷いものかしら!? 私も一応平民って扱いで入学してるせいか凄く視線が痛いし……」
「そうですわ! 魔狼寮も同じで平民を見下しまくってますのよ! 貴族としての振る舞いがなってないですわ全く!」
クロエとルナの話を聞いて憤慨した様子のマナ、そしてカトレア。どうやらルナ達平民を見下しているのは古竜寮だけでなく魔狼寮も同じらしかった。
マナも王族という身を隠し、あくまで平民という触れ込みで推薦入学しているため、クラスメイトや同寮の先輩などからの視線はそこそこ感じるようだった。
尤も、流石に同じ寮に入ってこれるだけの才能は認められているようで、精霊寮ほど格差があるわけではないようだが。それを聞いてマナがクラスで孤立していないことを確認出来たので一同は一安心だった。
「でもそのおかげって言っていいのかわからないけど、精霊寮は古竜寮を見返すために盛り上がってたよ! 試験とかで結果が出せればきっと認めてくれるよね!」
ルナ達精霊寮の生徒はテティスを筆頭に、見下してくる貴族達に一泡吹かせようと躍起になっていた。いつ叶うか分からないが、定期的に来る試験や日々の授業で成果を出せれば他の寮の生徒達も認めてくれる。暢気なルナはそう考えていた。世の中そう甘くはないのだが……。
「どうかしらね? ああいう連中はプライドが高いから、試験で勝っても簡単には負けを認めようとはしないだろうし……」
(なんなら、あの手この手で妨害までしてくる可能性もあるわね。ルナに被害が及ばないように出来るだけ気を配っておかないと……)
貴族はプライドを傷つけられたり、貶められることを酷く恐れていて、とても嫌っている。そのため自分たちのためなら手段を選ばない可能性があるのだ。
マナはルナが学園に入るのを心から楽しみにしていたことを知っているため、出来るだけルナには学園生活を平穏に送ってほしいと思っていた。特に深い意味はなく、ただのお節介。マナの優しさだ。照れくさいので絶対に口には出さないが。
そして話は古竜寮と魔狼寮の態度の話から、互いの寮部屋のルームメイトについて変わっていく。
「皆のルームメイトはどんな子なの? 仲良くなれた?」
「私のところは侯爵家の明るい子ね。やっぱり古竜寮だから貴族の位は高いけど、侯爵家には思えないぐらい良い子ですぐ打ち解けたわ」
マナのルームメイトはかなり距離の詰め方が大胆な生徒で、上級貴族の令嬢にも関わらず、貴族っぽさは薄く身分も気にしないため、かなり馴染みやすい少女らしい。
感覚的に言えば、ルナに近い性格と言えるだろう。あのルナよりもオープンな性格らしいが……。ここまでいい話を聞かない古竜寮ではあるが、悪い生徒ばかりではないようだ。
「わたくしのルームメイトは同じ伯爵家の方ですわ。侯爵家から伯爵家までの生徒がいる中で、同じ伯爵家同士で同じ部屋になれたこともあって、縁を感じてすぐに仲良くなれましたわ!」
カトレアはどうやら上手くやっているようで、楽しそうに語る。古竜寮や魔狼寮には気難しい貴族も多いようだが、二人ともルームメイトには恵まれたらしい。
それと余談だが、同じく魔狼寮に選ばれたラフィも試験のインパクトの強さからすでに何人かと打ち解け、仲良くなっているそうだ。ラフィは平民だが、魔狼寮は古竜寮に比べればそこまで差別が激しい寮ではないのかもしれない。
「三人とも良いですねー……。僕はあまり上手く行ってない……というか、多分そういう性格の人なんだと思いますけど……」
ルナ、マナ、カトレアの寮事情を聞いたクロエはあまりいい顔をしていなかった。クロエのルームメイトはメガネを掛けた如何にも真面目そうな年上の生徒らしい。
その生徒は勉強熱心なのか読書家なのか、ずっと何かの本を真剣に読んでいて、最初の日以降言葉を交わしていないそうだ。
恐らく彼がそういう性格なだけでクロエが嫌われているわけではないはずだ。クラスではそれなりに上手くやれているというし。
本をいつも読んでいるため、本が好きなのかもしれないが、いかんせん話しかけにくい雰囲気を漂わせているので中々踏み出せずにいるらしい。
クロエも本は好きなので、趣味があえばきっと楽しい寮生活になるはず。そう思って一歩踏み出そうと葛藤している真っ最中だそうだ。人当たりの良いクロエのことだ。きっと打ち解けるのも時間の問題だろう。
「さて、近況報告も済んだことだし、そろそろ行きましょうか? 学生になったとはいえ、私達は冒険者なんだから依頼をこなさないと!」
「それもそうですわね!」
「この数日間は休暇だったから冒険者としての活動も出来てないもんね!」
「なんだか久しぶりな気もしますね?」
マナがキリの良いところで声をあげると、他の三人も同意して立ち上がる。学園のスケジュールは主に午前。午後は自由時間のため、こうして集まれば冒険者として活動を続けられるのである。
そうして『エクリプス』の四人は学園を後にし、ギルドで依頼を受けたルナ達は久々の冒険者活動に勤しむのであった。
_
_
_
「今年の推薦入学者は全員、冒険者ギルドマスターからの推薦の六人のみ。ルナ・アイギス……マナ……カトレア・フォン・ローズマリー……クロエ・ミール……シトラス……ラフィ。どうやら皆冒険者で、偶然なのか全員顔見知りらしい。
ギルドマスターからの情報によればルナ、マナ、カトレア、クロエの四人は『エクリプス』というチームを組んでいて、シトラス、ラフィの二人は『パッションフレア』というチームで活動しているのか。知り合い同士を纏めて推薦してくるとは……過去にあまり例はないな……」
学園長室にて、残っていた今日の分の雑務を片付け休憩をとっていたアレスは、今年の推薦入学で入ってきた新入生達の情報を見ていた。
推薦枠は毎年変わった生徒が集まる。個々の才能が抜きん出ている者。圧倒的なカリスマを持つ者。この学園に、良くも悪くも変化を齎す者。もちろん、一般枠の入学者も皆優秀な力があるからこそ入学出来た。全員期待株ではあるのだが、一際浮いてみえるのが推薦枠というだけである。
尤も……今回の推薦枠の彼女達は試験の結果を見る限り、そこまで何かが飛び出ているわけでもないように思えた。アレスにとっては。
「試験を見ていたが、皆たしかに優秀ではあるんだが……」
マナは魔法適性試験で平民ながらも最上級光魔法を行使してみせた。それにキャティアが古竜寮に選ぶ程の才能がある。
カトレア・フォン・ローズマリーは伯爵家の令嬢として、他の同じ伯爵家にも引けを取らない成績、才能で魔狼寮に選ばれた。
クロエ・ミールは終始不安そうな表情をしていたものの、武術試験では侯爵家の少年に負けない程の成績。魔法適性試験でも平民なのに貴族の平均値ほどの成績を出し、才を見出されて聖獣寮に。
ラフィは武術試験では悲惨な結果だったが、魔法適性試験では最上級炎魔法を豪快に披露してみせた。試験では最上級魔法を放ったのは彼女が一番最初だ。その後の試験の勢いを作ったと言ってもいいだろう。そんな彼女は武術よりも魔法の才を大きく評価されて魔狼寮へ。
「……ここまでの四人はここまで十分すぎる結果を見せているな。貴族達にも並び、追い越している者もいる。特にマナとクロエ・ミール。この二人は個人的には今後の動きに注目したいところか……」
問題は残りの二人、ルナ・アイギスとシトラスだ。この二人は試験では悪いとは言えない結果だが、推薦枠の中でも一際成績が低い。
シトラスは武術試験では拳術での打撃を打ち込み、ダミーに攻撃した。その動きは力強く、しなるような腰つきで放たれる拳の一撃は、さすがA級冒険者というだけはあった。
ただ、魔法適性試験があまりに酷い。魔力が110という悲惨な結果。きっととことん魔法に向いていない体質なんだろうが……。全生徒の中でも最低値。まぁ、キャティアが別の才能を見出したのか、聖獣寮にはなったが……。
そしてルナ・アイギス。彼女に関しては謎多きものだ。武術試験では凄まじい覇気を放っていた気がするが、ダミーが寿命でバラバラになってしまって結果は散々……。まあ仕方がない。運も実力と言うし。
魔法適性試験では時間をかけて丁寧な完全詠唱の氷魔法を放った。威力もそこそこ、派手さも中々、魔力は1251と、上級氷魔法にしては少し低めだったが……全体的に見ると極めて普通、平均以下だ。
「シトラスは聖獣寮に選ばれるだけの才はあるようだし、魔法はダメでもきっと拳術や他に伸ばせる部分があるんだろう。きっと問題ないはずだ。
しかしルナ・アイギス……彼女は試験の結果がアレで、さらにキャティアに精霊寮に選ばれた。推薦入学してきた生徒の中でここまで……中々、な子は初めてだな」
気を使ってか直接的な表現は控えたアレス。アレスは推薦入学の6人、ルナ達一同について色々試験の様子も踏まえて考えていた。
推薦枠の生徒はかつてから、一般入学の生徒と比較するととても目立った成績を残していた。誰一人として抜けることなく。だが今年は初めて、その常識が崩されたのだ。ルナという少女によって。
……尤も、ルナは武術試験では転んで失敗してダミーを粉々にしてしまっただけであり、魔法適性試験では全力で手を抜いただけなのであるが……。どうやら剣聖とも云われたアレスですら、ルナの中級氷魔法を上級氷魔法と信じて疑っていないようだ。ルナの作戦通りである。
「心配しにゃーでも、ルナ……あの少女はやべー才能を持ってたにゃよ」
書類を確認していたアレスの背後から急に声がかかり、アレスは驚いた様子で振り返る。するとそこにいたのは音もなく学園長室に入ってきていたキャティアだった。
「おや、いたのか? 心配しなくても、というのはどういう意味だい? ルナ・アイギスを精霊寮に入れたのは君じゃないか?」
「あれはあの子が自分で選んだ寮にゃ。ワタシは元々古竜に入れようとしてたんにゃよ? あんにゃ逸材、千年に一人現れるレベルにゃ……」
キャティアの言葉を聞いてもなお、理解に遠い様子のアレス。とはいえ、彼女のことは信頼している。ルナが普通ではないことは理解した。どう普通ではないのかは予測もつかないままだが。
キャティアはルナの才能を持ち前の固有魔力で覗いた時、見たことがないほどの景色を見た。言葉に言い表せないような……様々な才能が流れる川のようなもの。
才能を見る魔力は数字や文字が脳内に現れるわけではない。地平線まで続くような広い平原にいくつもの川が流れている。その川一つ一つがその者の才能だ。
川の数、長さ、流れる速度、水の質。キャティアはそれらで才能を判別しているのだ。
普通の人間は川が4つ程度。長い川が1つ、短い川が3つ。長い川と短い川の一つは流れる速度が速く、水の質も良い。といった感じだ。
この場合、長い川が剣術だとすると、剣術の才能が高く、成長も速い。流れが速く水の質が良い短い川は魔法の才能としよう。その場合、魔法の才能が少しあり、成長が速い。しかし川が短い分、成長限界も早く来る。川が長ければ長いほど成長出来る最大値は高くなるのだ。
得意な属性は、魔法の才能を示す川から枝分かれして伸びている川の数、質、色、流れる速さで判別する。尤も、ここには属性と魔力を判別出来る魔導具があるためそこまで必要ではないのだが。
そうして生徒たちの川という名の才能を見ていったキャティアだが、ルナの川は他の者とは次元が違った。
ルナの才能の世界に入ったキャティアがまず見たのは、水平線のどこまでも伸びている巨大な川の数々。そして雷が鳴り響く豪雨のような天候。その影響か、荒れ狂い、激しく波立つ川の流れ。
すでにその時点でキャティアの中にあった常識はどこかへ川の水と一緒に流されていってしまった。天候が嵐に? 終わりが見えない川? 波立ち荒れ狂う清流? そんなもの、見たこともなければ想像したこともない。そして一瞬で理解したのはただ一つ。
『この少女は途方もない才能を持っている』
……それだけだった。
「ワタシはルナが自分で選んだ精霊寮でどうにゃっていくのか、それが気ににゃって見守ることにしたにゃ」
「そうか……推薦組は皆いい結果を残している。これから成長するであろう片鱗も、僅かながら見せてもらった。私も彼女達の先には期待しようじゃないか」
キャティアとアレスは学園長室で推薦入学組であるルナ達の今後を想像し、未来に期待を寄せるのだった。
そして同時に、アレスは机に積まれた書類に向かう。今日の雑務は終わったが、それは今日の仕事分。残業分が残っているのである。荒れた問題寮の後処理が……。
「それよりもまず、精霊寮の損害届の処理をしないとな……」
「ま、頑張ってにゃ~」
自由気ままな猫はそんなアレスを尻目に、優雅にドアを押し開けて部屋を出ていくのだった……。




