49.ルームメイト!
「ふふ……そうなんだ。不安だよ、正直私は。この先本当にやっていけるのか。……応援してくれるのかい? ――そうか、ありがとう。友達だねやはり、持つべきものは……」
………
「んぅ、ん……? ニーシャ? 誰と喋ってるの……?」
翌日の、夜更けよりも少し前の時間帯。ルナは真っ暗な部屋の中でニーシャの話し声を聞いて目が覚める。ルナが起き上がり目を向けると、ニーシャは暗い部屋の中、ベッドに座って見えない『何か』と楽しそうに会話していた。
まだ夜中だが、彼女の活動期間は昼ではなく夜だと言っていた。これぐらいの時間は彼女にとって、自分達でいうところの昼間ぐらいの感覚なのだろう。
ルナが声を掛けると、ニーシャはランプに火をつけてこちらを向く。
「話していたんだ、友達と。言っただろう? 昨日。 死霊術士だからね私は。話せるんだよ、この世の者ではない者達と」
起き上がったルナが訊くと、なんとニーシャは死者と会話が出来るという。死霊術士が死霊を召喚する魔法を使うことは昨日聞いたが、まさか魔法を使わずとも死者と対話が出来るとは驚いた。クロエの刀に取り憑いているというアルキュオネウスと似たようなものなのだろうか?
「不気味だろう? 死者と話す人間なんて……。いいんだ、慣れてるから。散々気味悪がられてきた。今までも。親にも、友達にもね……いや、私だけだったのかもしれないね……友達だと思っていたのは……」
自分を嘲るように小さく笑うニーシャ。こんな夜中に、こんな暗い部屋で、死者と会話しているのを見られたのだ。気味悪がられても当然だろう。自分と相部屋になった以上、いずれバレることなのだから仕方がないと思い、ニーシャは最初から諦めていた。
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王都から離れた辺境の村で暮らしていたニーシャは、幼い頃からこの世ならざる者が見えた。幽霊、亡霊、亡者、死霊……言い方は様々だが、死者の魂が生前の姿となって見える力を持っていた。昔からそれが当然のように見えていたため、それがおかしいことだとは微塵も思っていなかった。誰にでも見えている、普通のことなのだと。
ある日、ニーシャは母親と近くの街まで出かけた際、街を歩いていると公園の木陰からこちらを儚げに見つめる少年に気づく。周りには誰もおらず、少年は独りぼっちで、ニーシャにはとても寂しそうに見えた。
「おかあさん、あの子とあそんできてもいい?」
心優しい少女だったニーシャは、そんな少年を見て可哀想に思ったのだろう。少年に向かって指を差して母親に訊ねる。街での用事も終わり、後は帰るだけだった親子は時間にも余裕があった。
しかし母親は、そんなことを言うニーシャの指差す方向を見てゾッとする。何の気なしに娘が指を差す方向には誰もいないのだ。ただ木があるだけ……。しかし娘は至って真面目な顔で、まるでそこに誰かがいるかのように話す。
違和感を感じた母親は『何言ってるの、誰もいないわよ?』と言うが、ニーシャにははっきりと少年が見えていて、お互い話が噛み合わない。寒気を感じた母親はニーシャを連れて、逃げるようにそこから立ち去り街を後にした。
――そこからニーシャの人生の歯車は狂い始めた。ニーシャがおかしなことを言い出したその日から、娘を気にしていた母親は後日、何もいない場所に向かって楽しそうに会話をしているニーシャを見かけてしまう。
事はそれだけではなく、ニーシャの周りでは物が浮いたり、奇妙な物音や嫌な寒気を感じることが増えたのだ。原因はニーシャが仲良くしている『お友達』のただの悪戯だった。……だが、そんな事情を知らない母親は娘が悪霊に憑かれていると思い、その悪霊を払ってもらうために娘を連れて聖教会へと向かうことにしたのだ。
「おかあさん? 私取り憑かれてなんかないよ? おかあさんは最初からいないみたいに話すけど、私は友達と話してるだけだよ?」
「……っ! いい? ニーシャ。貴女が友達だと思ってるものは友達じゃないの。貴女が見えているものは本当は危険なものなのよ……!」
幼いニーシャには、母親がなぜそうまでして自分が『友達』と話すことを嫌がるのか分からなかった。彼女にとって『彼ら』は物心ついた頃からずっと側にいる存在なのだ。そして半ば無理やり連れてこられた聖教会では、無事お祓いの儀が執り行われた。……しかし、家に帰ってからというもの、お祓いをしてもらったはずなのに怪奇現象は止まなかった。
そうして数日もの間、怪奇現象に悩まされたニーシャの母親はストレスから精神を病んでしまう。父親に慰められながらどうするかを考えていたある日のこと――。
ガタガタガタ……
ドタドタ……!
「こら! いい加減にしなさい! おかあさんたちが困ってるでしょ!」
いつものように家具がガタガタと揺れていたり、屋根裏から物音が聞こえたりと怪奇現象が起きていたのだが、怯えた様子で震えている母親と不安そうな表情の父親を見かねたニーシャは、突然居間で何もいない空間に向かって大きな声をあげる。
するとどうだろうか。今まで鳴り響いていた揺れや物音がピタリと止んだではないか。まるでニーシャの言うことを聞いたかのように。この数日間、おかしくなってしまいそうだった両親は、声を荒らげて何度もやめてくれと叫んでいた。しかし一向に怪奇現象が収まる気配はなかった。それが今、娘が一声かけただけで静まったのだ。
静まった家では、相変わらず何もいない空間に向けてニーシャが笑顔でお礼を言っている。そこに誰かがいるかのように。……両親はその光景を見て、ついに今まで娘に対して思わないようにしてきた感情が溢れ出してしまう。―――『不気味だ』と……。
その日から両親のニーシャを見る目は変わってしまった。ニーシャが何かと話していると、隠すことなく不気味そうな表情を浮かべ、ニーシャがそちらを向けばすぐに目を逸らす。その違和感には幼いニーシャでもすぐに気づいた。
怪奇現象は止んだが、娘の奇行は終わらない。お祓いに行っても効果はない。八方塞がりになってしまった両親は次第にニーシャを気味悪がるだけでなく、距離を置くようになっていった。
村でも同じだった。ニーシャはいつも独りで誰かと楽しそうに話している。村の人間達にそんな現場を何度も目撃されており、村では変わり者、取り憑かれている、精神が壊れているなどと散々な言われようだった。おかげで村の友達にも気味悪がられ、いつからか距離を置かれ、遊ぶこともなくなってしまった。
「おまえ気持ちわるいんだよ! いつもひとりでぶつぶつと! もう俺たちに近よるな!」
「急に笑いだしたり、誰もいない部屋で誰かと会話してたり……正直気味わるいよ?」
……と、友達と思っていたはずの同年代の子にもはっきりと突っぱねられ、ニーシャは独りぼっちになってしまった。家に帰れば親はいるが、いつしか会話はほぼしなくなった。まだ家から追い出さないだけ温情とも言えるだろう。仮にも血の繋がった娘なのだ。壁はあるが、親としての務めくらいは果たしてくれている。
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「どうしておかあさんもおとうさんも村の皆も、私を気味悪がるのかな? 私はただ、君たちとお話してるだけなのに……」
村の外れにある大きな木の下でニーシャは独りで座りながら呟く。幼くして、村に居場所がなくなってしまった今、この大樹だけが唯一の居場所なのだ。ここなら滅多に人が来ることはない。ニーシャにとっての特別な場所だった。
周りの皆の反応から、今まで自分が話してきた死者の魂達は本来は見えない者だということは分かっていた。そしてそんな彼らと会話していた自分が如何に不気味に見えたことか。ニーシャは幼いながらに理解した。
「え? 君たちと話すのをやめればまた仲良くなれる? ……うーん、そうかもしれないけど……でも、私にとっては皆大事なんだよ? おかあさんやおとうさん、私に悪口を言ってきたあの子達も……そして、君たちも。
どうして友達を蔑ろにしないといけないの? どちらかを捨てないと私は何も得られないの? ……なら私は君たちを選ぶよ。村の皆と違って優しいし、私を寂しくしないから……」
幼いニーシャにとって、死者たちは心の支えだった。死者の魂というのはどこにでも漂っていて、たまに変な霊もいるけど、皆親切で暖かかった。独りになってしまった原因は死者たちと話していたせいかもしれないが、そうなってしまった以上、生者の友達よりも長い付き合いの死者の友達のほうが大事に感じるのは仕方がないことかもしれない。
ニーシャにはどちらかを捨てどちらかを取るなどという選択は出来なかった。まだ精神的にも幼いのだ。この世の理不尽に対し、理解ではなく不満を垂れる年頃だ。
気味悪がられたとしても、決して両親は嫌いじゃない。だがニーシャは死者達を切って捨てることは出来ず、今の状況を受け入れることに決めた。気味悪がられても傷つくのは自分だけ。自分がいれば死者達は寂しがらない。死者達がいれば自分は寂しくない。そう言い聞かせて……。
こうして生者よりも死者達と接し続けることを選んだニーシャ。そこから数年の時が流れた――。
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「あれから随分経ったな……今日でもう11歳か。いい加減この村にいるのもうんざりしてきたよ」
生者達との人間関係よりも、死者との絆を取ったあの日から、すでに5年が経っていた。すでに人格はしっかりと形成され、一人の少女として立派に成長していた。……尤も、村での立場も交友関係も、家での距離感も、昔から変わらないままなのだが。そんな村に流石にうんざりしてきていたニーシャは、いつもの大樹の下でふと呟いた。
「出るか……この村。――どう思う? ……うん。でも、私にはやりたいことがあるんだ。……うん、そうか。分かったよ」
相変わらず死者との会話はお手の物。呟いたニーシャは自分にだけ見えている『友達』に訊ねる。そして寝転がっていた身体をバッと起き上がらせ、決心する。
そして家へ走って向かったニーシャは数分後、机を挟んで家族と話していた。
「母さん、父さん。私は出ていく。今まで面倒見てくれてありがとう。それと……気持ち悪い娘でごめん。でも、私にはやりたいことがあるんだ。いつかそれを成し遂げられたら、きっと恩を返しに来るよ」
「「………」」
ニーシャの言葉を聞いても両親は何も言わなかった。止めることも、勧めることもなかった。ただ、複雑そうな顔で話を聞いていた。
そしてニーシャはそれだけ伝えると、席を立って荷を纏めてから玄関のドアを開け、振り返る。
「じゃあね、二人とも。……元気で。大好きだよ」
最後に両親に正直に想いを伝えると、ニーシャは手を軽く振って、新たな夢に向けて旅立っていった。
「ニーシャ……」
「……がんばって」
そんな背中を、小さく涙と言葉を漏らしながら見送る両親達だった。
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「私が旅に出るからって、着いてこなくても良いのに。……え? 私のやりたいことって何……って、そうだな……この数年間で私に出来た夢だよ。『君らみたいな現世に迷える死者の魂たちを、全員解放する!』成仏出来ずに苦しんでる霊もいる……そんな彼らを救いたい。それが私の夢さ!」
いつも大樹で話を聞いてくれた死者に対して答えるニーシャ。数年間、自分にだけ差別的になった村で暮らし続けた中で生まれた一つの夢。それはいつも傍にいてくれる死者のためのものだった。
ここまで育ててくれた両親にも、いつも一緒にいてくれる死者達にも、恩返しがしたい。そう思ったのだ。数年経っても両親のニーシャへの態度は変わらないままだったが、逆にニーシャの両親への愛情も変わらなかった。相手がどう思っていようと、死者への恩返しが済んだら、次は両親に恩を返そうと決めていたのである。
ここは辺境の村だ。向かう場所には何十日もかかるだろう。ニーシャは目的の場所に辿り着くためにかなりの大荷物を持っていた。まずは馬車だ。近くの街から馬車が出てる。それに乗ろう。そう決めたニーシャは歩を進める。
「ん? どこに向かうのかって? ふふ……そりゃもちろん……」
「王都デュランダルさ!」
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(あれから色々あった。けど、乗り合い馬車の中や道中の街でも、人々は不気味そうに見ていた……死者と会話している私を。見た人全員ね……)
道中の馬車でも街でも、村と同じように不気味がられた。きっとどの街でも一緒なんだろうとニーシャは思っていた。でももう慣れた。きっとこのルナという少女もそうなんだろう……そう思っていた。しかし。
「死んだ人と自由に会話出来るの!? すごいすごいっ! 実は私の友達にも刀に取り憑いた亡霊さんと会話出来る子がいるんだけど、きっとそれよりも凄いことだよね!?」
「んぇ??」
むしろ、ルナは死者と話しているニーシャを見て興味深々だった。それどころかかなり食いついてきた。今までの人達とは違い、初めての反応にニーシャは戸惑っていた。
『時間もあるし、もっと教えて! ニーシャのこと!』とルナにぐいぐい押され、初めての経験で困惑に困惑を重ねるが、ここまで誰かに興味を持たれたのは初めてで、ニーシャは嬉しかった。
「ふふ……変わってるね、君は。いいよ。教えてあげるよ、私がここに来た理由と経緯を。それが終わったら君の番だよ次は。興味が湧いたからね、少し君に」
「分かった! なんでも話すよ! ルームメイトだし!」
ルナの色々と破茶滅茶な態度に興味が湧いたニーシャは、自分が昔、村でどういった扱いを受けていたのか……そして夢を持ち、その夢のために王都まで来たことを話し始めた。あまり他人と関わってこなかったため、誰かに話すのは初めてだ。
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家を出てから、十四日程かけて王都に辿り着いたニーシャ。気味悪がられることは分かっていても、死者との対話は決して蔑ろにしない。自分にとって、生者も死者も対等の存在だ。
そんなニーシャは、自分の夢を叶えるためには、まずは良い学び舎が必要だと思った。そして大図書館で調べると、ここ王都には王立アーレス学園というデュランダル王国一の学び舎があるという情報を手に入れる。
だが、入学には厳しい難関の受験があるという。筆記と実技両方をこなせる力が必要らしい。そのハードルは王都というだけあってとても高かった。ここしかないと思ったニーシャは、アーレス学園の入学を目指すことに決める。
今のニーシャは世間一般的な知識と、僅かな魔法の知識と実力しかなかった。得意属性は扱いが難しい闇。今のままでは入学どころか受験を受けることすら夢のまた夢。そう思ったニーシャは年月をかけて猛勉強することにした。
「今の私じゃ絶対無理。でもここならきっと相応の知識が学べるはず。時間はかかるし、それでも難しいだろうけど、やるしかないね……!」
幸い、この王都には膨大な知識量が蓄えられた大図書館がある。ここで毎日半日以上勉強を続ければ、筆記はなんとかなるだろう。……筆記だけは。しかし筆記だけでは合格は出来ない。肝心の実技。これが問題だった。武術の腕も魔法の腕もからっきしだ。
本さえ読めば、魔法の知識は得られる。だから少しくらいは魔法の腕は上がるだろう。……しかしそれだけでは足りない。独学でもいいが、一番効率が良いのは師匠を見つけることだ。ニーシャはそういった効率的な考え方を好む性格だった。
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そして三ヶ月後が経った頃……。ニーシャは筆記のほうはもうこれ以上無いだろうというところまで知識を蓄えていた。元々勉強は得意なのだ。尤も、一日に半日以上の勉強時間を三ヶ月というハードなメニューだった影響で、目の下には取れない隈が出来てしまったが。だがその過程で十分な魔法の知識は得られた。足りないのは魔法の腕のみ。
三ヶ月の間に冒険者登録をしたニーシャはE級まで上がっていた。王都で暮らすための宿代を稼がねばならなかったからだ。そして同時に、魔法の腕を磨くためでもあった。結果はあまり良いものではなかったが、少しは上達したと言えるだろう。
受験では筆記と実技があり、実技のほうは武術、魔法、どちらか片方を選ぶ内容になっている。そこで点数が取れればあとは筆記次第で合格出来る。故に筆記はほぼ完璧と言える状態になった今のニーシャに必要なのは、魔法の実力だけだった。
そこでニーシャは師匠を探すべく、王都を巡ることにした。
「と言ってもね。中々見つかるわけもないんだが……。王都には冒険者が多いし、誰か良い師匠がすぐ見つかると思っていたんだけど……」
ニーシャは半日近く王都を探し回ってみたが、全く成果はなし。道行く冒険者たちは実力者揃いではあるが、皆自分のチームを持っていて、冒険者として活動している以上弟子を取る暇などないのだそうだ。
そうして途方に暮れていたニーシャだったが、いつも大樹で時間を潰している時から一緒にいる紫の人魂『リアン』から声をかけられる。彼はすでに死者だが、ニーシャにとって相棒のような存在だった。
『―――!』
「……え? 君が探してくる? でも君のことを視える人間は……。
……そうか! 亡者ならばそこらに多くいる上、きっと時間もある……! その中から生前実力者だった者を探せば……! リアン、君は天才だ。ぜひ任せてもいいかい?」
ニーシャにリアンと呼ばれた紫の人魂は、ニーシャの頼みを了承するとそのままどこかへふわっと消えていく。
リアンはニーシャが村で煙たがられ始めた頃、大樹で出会った心優しい亡霊だ。見た目は紫の人魂だが、きっと生前は歳の近い少年だったのだろう。喋り方や気の合い方で何となく察せた。彼が生前の姿になれず人魂の姿なのは記憶がないせいだという。名前も覚えていないらしく、名付けたのはニーシャだ。リアン……絆という意味を込めた初めての親友への名前――。
数十分後、帰ってきたリアンは、壮年の男の亡霊を連れてきた。男はいかにも魔術士といった外見で、立派な樹木から作られたであろう杖と、王城で宮廷魔術士にのみ与えられるエンブレムが縫われた緑のローブを羽織っていた。
(大当たりだ……)
壮年は経験を積んでいる証。魔術士は今求めている魔法の腕のため。宮廷魔術士のエンブレムのローブを羽織っているのは魔術士の中でもトップクラスということ。まさに今ニーシャが求めている人材だった。
『君かね? 師匠を探しているのは。エルダ・フォン・ガイアズ……名前だ、私の。助けになろう、私で良いのならね』
「願ってもない。これからよろしくお願いします。師匠……!」
変わった喋り方をする男、エルダは弟子を取ることに抵抗はない様子だった。こうしてニーシャの師匠は決まり、そこからは厳しい修行が始まった。人間じゃなく亡霊が師匠だが、そこには何も違いなんてない。死者だって元々生きていた人だ。それが視え、協力を仰げるニーシャは、むしろ有利と言っても過言ではないだろう。
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「そこから3年の修行を経て、闇魔法と死霊魔法の腕を上達させた私は平民ながら入学出来た。学園に。頭が上がらないね、師匠には」
ニーシャの師匠、エルダの生前の願いは弟子を取ることだった。それを偶然にも成就させたニーシャは、長い修行が終わりエルダの魂を成仏させ、初めて夢の一歩、迷える魂の解放を成し遂げたのだという。
「色々頑張ったんだね、凄いや……! 話を聞く限り、ニーシャのその不思議な喋り方は師匠から移ったんだね?」
「不思議……? 自覚がないけどね、自分では」
ルナは話をしっかりと聞いていたが、話に出てきた師匠の喋り方と今のニーシャの喋り方が同じということに気づく。話の中のニーシャは違ったのに。つまり、移ったのだろう。長年付き添っているとそういうことも良く起きる。ルナもスエズと長く暮らしていた影響で移った癖もいくつかあるし、何となく理解出来た。尤も、本人には自覚がないようだが。
「確かに色々とあったよ、修行での影響は。私が陽の光を嫌いなのは訓練の影響だ、闇魔法の。習慣付いてしまってね。日中活動しないのは闇に慣れるための修行の一環だし、よく考えてみれば、かなり多く受けているね、師匠による影響は」
「な……なるほど……」
一体どんな修行をしていたのか。闇魔法を使ったことがないルナは想像もつかなかった。ルナは魔法を知った10歳の頃から、『怖そうだから』という適当な理由だけで闇魔法を敬遠してきたが、それは今でも変わらず、ルナは闇魔法を使えないままなのである。
「さ、君の番だよ次は……と、言いたいところだけど……もう明けてきたな、夜も。また後にしよう、話すのは」
「あ、うんっ! そうだね! そろそろ起床時間だし、皆起きてくる頃だ。初めての授業、楽しみだなぁ……!」
話に夢中で気づかなかったが、窓を見ればすでに夜は明けていた。もうじき他の生徒も目が覚める頃だ。ルナ達は朝の授業に備え、準備をするのであった。
そこで、ランプの火を消しながらニーシャは改まってルナに声を掛けてくる。
「ルナ」
「どうしたの?」
「昨日、挨拶を返していなかっただろう? 興味が湧いたんだ、君に。これから良いゆ……ルームメイトになれたらいいと……」
良い友人に、と言おうとしたところで、過去の抵抗があったのか、つい言い換えてしまうニーシャ。生者の友人など作ってもまた気味悪がられて嫌われる。そんな潜在的なトラウマがそうさせたのだ。……しかし。
「うん! これからよろしく! 絶対良い友達になろうね!」
「……!」
ルナはニーシャのことを気味が悪い、イカれたヤツ、などとは微塵も思っていない。ニーシャの不安はよそに、ルナは明るい笑顔で手を差し伸ばし、ニーシャの予想を飛び越えた回答で答えてくれた。
そんなルナを見て、ニーシャは思わず目から一筋の雫が零れ落ちる。その感情は悲しみや嫌悪、不安などではなく、間違いなく喜びだった。ニーシャが大きくなってから初めて、死者以外の相手を信じてもいいと思えた瞬間だった。
「……これからよろしく。なれるといいな、私でも。……良い、友達に」
ニーシャは小さく笑み、そっと手を伸ばしてルナの手を握り、二人は固い握手を交わすのだった――。




