43.入学式、ですわ!
「ベル! 今日もどこかへ行ってたのか!?」
「ん……ただいま、おとーさん」
まるで黄昏時のような暗い雰囲気の土地に立った巨大な屋敷。ベルが大扉を開け、家族全員が集まり顔を合わせたり食事を摂るための会合の部屋へと入ると、そこで夕飯の支度をしている途中だったのか、エプロンをつけた一人の男が声をかけてくる。
男は輝くような短い金髪で、ベルがやや見上げるほど背が高く、切れ長で蒼い瞳をしている家庭的な外見をしていた。『おとーさん』とベルに呼ばれた金髪の男は、ベルが部屋へ入ってくるなり忙しそうに手を動かしながらも、どこに行くのかも告げずに外へ出かけていったベルに対し、少し不満気な様子だった。
「全く……みんな出かけるなら一言くらい私に声をかけてほしいものだ……」
自由な家族達全員に対し、文句を垂れる金髪の男。ベルには『おとーさん』以外にも、あと七人の家族がいる。この大きな屋敷には、ベル達含め、合計九人の大家族で暮らしている。そんな家庭を管理している『おとーさん』である金髪の男は色々と苦労も多いのである。
そして、他の皆は未だに出払っていて席がほとんど空いているこの会合の場には、おとーさんとベルの他に、あともう一人がいた。
「しょーがないでしょ。いちいち出かける度にあんたに言うほうがめんどくさいっての」
文句を垂れるおとーさんに対し、連なるように文句を上乗せする水色の髪を後ろで一纏めにした女性。ベルの『おねーちゃん』である。おねーちゃんは席に座って前髪につけた可愛らしい黒いヘアピンを弄りつつ、甘いものを食べていた。
「おねーちゃん。それちょーだい」
「ちょっとだけなら良いわよ」
甘いものを食べているおねーちゃんに対し、ベルは羨ましく思ったのか夕飯前だというのにも関わらずそれをねだる。気の強そうなおねーちゃんだが、彼女はベルに対していつもどこか甘いため、少しだけならと食べていた菓子を分け与える。
「めんどくさいとはなんだ! 誰がいつも家事をやってると思ってるんだ全く……! あとお前は夕飯前におやつを食べるのをやめろ! それとベルにもあげるな!」
そこで金髪の男は、菓子を食べているおねーちゃんだけでなく、それをねだるベルにも当然注意をする。しかし時はすでに遅く、ベルはおねーちゃんから貰った甘菓子をもきゅもきゅと美味しそうに頬張っていた。この家庭は、一番幼いベルに対して皆甘い。それは注意をしている『おとーさん』とて、例外ではない。
やれやれといった様子で、特にそれ以上の言及はしなかった。そのまま夕飯の支度を続けるおとーさん。もうじき他の面々も帰ってくる頃だ。ベルはおとーさん、おねーちゃん、と呼んではいるが、厳密には全員、血が繋がっているわけではない。ただ同じ家に暮らしている家庭なだけ。しかしそれでも立派な家族だ。
そしてベルはここ数日の間にあったことを話しておこうと、静かに家事をする音だけが流れる会合の間で声を発する。
「おとーさん……」
「お母さんと呼べ!」
だが、『おとーさん』と呼び止めた辺りで、本人から言葉を遮られる。お父さん……ではあるというのに、お母さんと呼べという要求。意味不明なことを言い出したように思えるが、この家庭ではよくあることだった。この家庭では父の役割も母の役割も、どちらもこの金髪の男がこなしている。とはいえ定期的に呼び方を変えさせるのは、本人の性格が変わっていることに間違いないのだが。そしてそれを聞いていたおねーちゃんは呆れたように横から割って入る。
「あのねぇ! 昨日『お父さんと呼べ!』って言ってたのはあんたじゃないの? ほんっとにめんどくさいわね……! そもそもなんで毎回呼び方変えさせるのよ! 意味わかんないわ!」
「めんどくさいとはなんだ! 大体お前だって――」
よくあることとは言っても、うんざりしていることに変わりないのだ。おねーちゃんは再度おとーさん改め、おかーさんに面倒くさいと文句を垂れる。あまり強く物を言えない性格のベルに代わってくれているのだ。そこで言い返そうとしたおかーさんだったが、口論が盛り上がる前にそれを遮るようにベルは言葉を紡ぐ。
「……おかーさん、おねーちゃん。ベルすきなひとできた……」
言われた通り、律儀におかーさんと言い直し、いつもは無表情のベルが、少しだけ顔を赤らめながら照れくさそうに告白する。無論、『すきなひと』というのは、ルナのことである。そんな珍しい様子のベルのセリフを聞いて、思わずガタッと立ち上がるおねーちゃんと、皿を取り落としそうになるおかーさん。
「な……なにいぃ!?」
「ふ、ふーん……。まさかあのベルが、ねぇ……」
思わず立ち上がってしまい、恥ずかしげに喫驚しつつ座りなおすおねーちゃんと、対照的に愕然とした様子のおかーさん。ベルが誰かに対して好意どころか関心を持ったこと自体が初めてだったのだ。驚くのも無理はない。
「ベル! それで……ど、どんなヤツなんだ!?」
初めて義娘が好意を持った相手。それもかなりハードルの高いあのベルがだ。当然喉から手が出るほど気になったおかーさんは鬼気迫る表情でベルに訊ねる。その質問は、おねーちゃんも横から興味ありげに聞いていた。
「……優しいひと」
変わらず、照れくさそうに口を隠しながら目をそらして呟くベルは、恥ずかしさからか、それだけ告げるとスッと席を立ち、扉を開けて自分の部屋へと向かっていってしまう。
「ふーん……優しい人、ねぇ……」
「……ベル、それがどういう結果になるか、本当に分かってるのか……?」
ベルがそれ以上語ることなく自分の部屋に戻ってしまったため、詳しくは分からず不完全燃焼に終わってしまったまま会合の間に残された二人。ベルの残した『優しい人』という言葉だけを聞いて思い耽るおかーさん達であった……。
ガチャッ……
「ルナ……また会おうね……」
部屋のドアを閉めて一人きりになったベルは、静かな空間の中で、いつかまたルナと会える時を楽しみにして、ぼそりと小さく呟くのだった。その顔はいつもながら分かりにくい表情のままだが、少しだけ笑っているように見えた。
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「忘れ物なし……。――よしっ、準備万端! 出発だぁ!」
意気揚々と支度を終え、猫耳受付嬢マリーに手を振って見送られながら、張り切って歩いていくルナ。その背中には忘れずにしっかりと大剣を背負っている。向かうは事前に決めていたマナ達との待ち合わせ場所……冒険者ギルド前だ。しかし、今日はいつもと違い依頼を受けるわけではない。
今日はついに王都の学園の入学式の日なのだ。それは即ち、推薦入学をするルナ達の入学式でもある。ルナは念願の学校に通えるのだと、喜びですこぶる気分が良さそうだった。幼い頃からの夢の一つだったのだ。それが今日叶う。喜ぶのは当然のことだろう。
「おはよーっ! みんなー!」
少し歩き、ギルド前まで来ると、すでに集まっていたマナ、カトレア、クロエの三人を見つけて手を振りながら声をかける。どうやら到着順はルナが一番最後のようだった。
「おっ、来たわね! 置いて行っちゃって悪かったわね!」
「朝から元気溌剌ですわね……。わたくしはまだ少し眠いですわ……」
「おはようルナちゃん! 忘れ物は大丈夫?」
ルナに気づいた三人は、ルナに手を振り返したりと反応を返しつつも合流する。マナとルナは同じ宿に泊まっているのだから、一緒に宿を出ればいいものだが、マナもどこか張り切っているのだろう。ルナより少し早めに宿を出て合流場所に向かっていたようだ。
そして学園に向かって歩き出したいつもの『エクリプス』の四人。今ルナ達がいる場所、冒険者ギルド前から、王立アーレス学園までは徒歩10分程度かかる。近くないが遠くもない……といった位置である。間に色々と民家や商家も建っているにしては、立地的にまぁ悪くないだろう。
「寮生活ってどんな感じなんだろー! 楽しみだな~っ!」
「寮……ってなると、大きさにもよるけど、場合によっては複数人のルームシェアになるわね。もしそうなら同室の子にはしっかり挨拶するのよ?」
学園へ向かいつつ、道中話しながら歩いているとマナがルナにそう注意する。寮部屋は誰かとの相部屋が多い。大体は2~4人……大きければ6人部屋の時もある。同室の者とは長い付き合いになるのだから、その辺りはしっかりと徹底しなければこれから大変だ。それを危惧しての注意喚起であった。
恐らくルナはそんなこと全くもって考えていないであろうから、マナの心配する気持ちも仕方がなかった。ルナに足りていない『常識』はマナが隣で支えながらこうして少しずつ教えているのだ。もはや保護者である。
「寮はそれぞれ4つあるそうですから、どういった分け方をするのか知りませんが、僕たち全員が同じ寮になるのはかなり難しそうですね……」
「そうですわね~。もしそれが実力テストなどであれば、この中で一番強いルナが古竜寮、実力が恐らく近しいわたくしとマナさんが同じ寮、クロエさんが他の寮……という感じになるのかしら?」
ギルドマスターのバラッドから軽く聞いただけではあるが、学園内には4つの寮があり、それらは特殊な選ばれ方で決められるという。クロエはその制度があるのでは皆が一緒の寮……というのは難しく思えた。そしてその中のひとつ、古竜寮が尤も優秀な者が多く、貴族も上級貴族が集まっているらしい。
ルナは貴族ではないが、実力が十二分にあるのは間違いない。古竜寮に選ばれてもおかしくはないはずだ。カトレアはそう予想していた。
……結局のところ、自分たちは学園の詳しいところは何も知らないのだから、確信も持てず、予想することくらいしか出来なかった。そんなことを話しているうち、気づけばルナ達は学園の門まで辿り着いていた。近くには同じく入学式の予定の生徒と思しき同年代くらいの冒険者や貴族達が次々と門をくぐって行く。
「ま、詳しくは実際に見てみないとね! 行きましょ!」
マナがそう言うと三人も頷いて、一行は他の入学生たちと一緒に門を抜け、アーレス学園への最初の一歩を踏み出していった。
学園へ入ると、一行がまず最初に向かったのは大きく広がる校庭の一角、恐らく入学生である人が多く集まっている場所である。途中、ルナはキョロキョロと辺りを見回しながら目を輝かせていたが、今にも駆け出していってしまいそうなルナをマナががっしりと腕を掴んで静止していた。……本当に保護者である。
ルナ達が迷いなくそこへ向かった理由のひとつは、人が多く集まっていたから。そしてもうひとつは入り口からここにかけて、馬鹿馬鹿しくもでかでかと『新入生はこちら!』と書かれた矢印型の看板が等間隔で刺さっていたからである。なんとも親切なものだ。
「凄い人の数だね……!? これ全部私たちと同じ入学生ってこと?」
「まぁ、十中八九そうでしょうね……。ただ一つ違うのは、彼らは推薦で入った私達とは違って厳しく難関な受験を乗り越えて来た者達ってことね」
ルナが入学生達の人混みを見てなぜか嬉しそうに呟くと、マナがそれに同意するように言葉を返す。推薦入学のルナ達は大した苦労はしていないが、ここにいる彼らの多くは前もって行われていた厳正なる試験を受け、そこで成績を認められ、選ばれた者たちなのだ。
「この数……一体新入生は何人いるのでしょう? 学校とだけあって、見たところ同年代が多いですわね」
「150人とか、それくらいはいそうですね……! ギルドマスターは学年は三つあるって言ってましたけど、一学年だけでこの人数って……受験難度に対して結構多いですね?」
カトレアは周りを見渡しながら首を傾げる。こうしている間にも次々と入ってくる新入生達の数は、すでに100を超えていた。そんなカトレアに補足するように周りの様子を伺いつつ人数を大まかに数えるクロエ。
アーレス学園の受験は倍率が高く、同時に難易度も高い。しかしそんな学園の試験を受けられるほどに将来有望な小さな芽を無暗に摘むわけにはいかない、という学園長の図らいで、合格者の枠は少し多めになっているのである。
ちなみに、一般的な村々や街などにある学校の新入生の数は、大体100名以下、小さなところでも精々が20~50名といったところである。それに比べると、大きく差があることが分かるだろう。
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そうして数分間待ちぼうけていると、やがて新たに入場してくる者も減り、遅刻者がいないのであれば入学生は全員が揃ったことになる。すると巨大な校舎の方から、一人の男が歩いてくる。
背が高く、キリッとした目に自信たっぷりな表情。蒼いマントを羽織った、真っ赤で短い髪の男は、集っている者たちの前までやってくると、皆の顔をぐるっと見渡してから口角を上げてその口を開く。
「おはようッ! 新入生諸君! そしてようこそ、王立アーレス学園へ!! 私がこの学園の学園長、アレス・フォン・アストレアスだ!」
両腕を広げ、皆によく聞こえるよう高らかな声で挨拶する男。彼がギルドマスターの言っていた学園長『アレス・フォン・アストレアス』……元SS級冒険者で剣聖と呼ばれた英雄だ。わざわざ学園長自らが出迎えとは、殊勝な男である。
英雄と名高いアレス本人を目の前にして、生徒達の中には『おおっ……!』とざわついている者もいた。やはり英雄と言われているだけあってか、冒険者や貴族たちの間でも彼は有名らしかった。なお、ルナ達はアレスのことは詳しくは知らないため、そこまでざわつくことはなかった。
「普段は色々と忙しく、他の教師に案内を頼んでいるんだが、今年は少し無理をして私が直々に君たちの案内をすることになった! よろしく頼む!」
アレスは一同の空気が落ち着くのを待ってから続けて口を開く。どうやらルナ達は運良く? 偶然にも普段表に出てこないアレスが案内担当の時期に入学することとなったらしい。他の生徒達も運が良い……のだろう。
そしてアレスはこの学園について、ルナ達新入生に自分についてくるよう指示をしつつ、歩きながら説明をし始めた。生徒たちはその後をついていきながらその説明を聞く。
「まず最初に、我がアーレス学園は魔法学部と冒険者学部の二つの学部があり、魔法学部には戦闘魔法学、補助魔法学、魔導具学がある! それぞれ戦闘魔法について……補助魔法について……そして魔導具の技術などの授業を受けることができる! これらは特に興味がある生徒が多いんじゃないか? 魔法に知識は重要だからな。
そして冒険者学部だが、冒険者学部はその名の通り冒険学だ! 冒険者についての知識や歴史……冒険をする上での必要な知識を学ぶことができるぞ! 冒険者は出払った際に野宿をすることも多いからな。そういったサバイバル知識も教わることができるというわけだ」
アレスは校内を歩きながら、学科等についての説明から始める。尤も、これについてはルナ達はギルドマスターから予め聞いていたので、すんなりと頭に入ってきたが。
こうして歩いているうちに、やがて辿り着いたのは一つの大きな寮舎だった。日頃授業などを受ける本校舎は、中央にあり、それを十字に囲うようにそれぞれの寮舎が建っている。そしてここは中央にある本校舎から東側に位置する寮舎である。壁には大きく緑色の縁取りに巨大な竜が描かれたエンブレムのついた旗が提げられていた。
「この学園には四つの寮がある。一つ目はここ古竜寮……"リンドヴルム"だ! この寮にはより高貴な血筋の者が多く集まりやすい。現在在学している上級生の中だと、公爵家から侯爵家までの貴族が多かったか? もちろん、例外もあるがな!」
古竜寮には上級貴族が集まりやすい……というのは、恐らく寮分けはくじ引きや試験などの成績か、学校側が直接選ぶのだろう。貴族というのは大きな才能を持って生まれやすい。それは純粋な血統による影響が大きい。
貴族には騎士爵、男爵、子爵……果てには公爵や王族などがあるが、上の階級になればなるほど血筋は濃く純粋に洗練されたものとなり、生まれてくる子供は強大な力を秘めていることが多くなる。マナの兄妹たちがいい例だ。……故に、逆にマナが珍しいということでもあるのだが……。
「そしてここが二つ目、魔狼寮……"フェンリル"!」
古竜寮を紹介したのち、対岸である向かい側にしばらく歩くと、見えてきたのは同じような形の寮舎。中央の本校舎から西側に位置する場所である。壁には大きく青色の縁取りに猛々しい狼が描かれたエンブレムの旗が提げられている。ルナとマナにとっては見覚えのあるエンブレムである。
「魔狼寮は古竜寮の次に上級貴族が集まりやすい。確か侯爵から伯爵家までが多かったかな? そんな古竜と魔狼寮はライバル関係にあり、いつも高みを競い合っている。互いに切磋琢磨できる相手がいるのは成長に繋がる! 良いことだ!」
うんうん、と一人で頷きながら魔狼寮についての説明を終えるアレス。どうやらこの学園での寮の序列は古竜寮がトップ、二番手が魔狼寮……といった感じのようだ。
そしてアレスが次に向かったのは中央校舎から北側に位置する寮舎だった。壁には大きく黄色の縁取りに立派な角が生えた馬が描かれたエンブレムの旗が提げられていた。ルナ達にとって、古竜や魔狼のエンブレムは本などで見たことのある生物だったが、このような生物は見たことがなかった。
「ここは聖獣寮……"ユニコーン"だ! ここには伯爵から子爵までの貴族が多く、ライバル関係である古竜や魔狼と違い、中立的立場で温厚な寮だ。主にティーパーティーなど作法に関連した行事をしていることが多いな! 落ち着いた雰囲気で私は良いと思うぞ!」
聖獣ユニコーン、一角のツノが生えた白い馬のことだ。神話や神獣などの本で情報だけは見ることができる……が、本当に実在するのか確信が持てない不思議な生物だ。その神聖なツノに触れれば、どんな病すらも治すという。ルナ達は聞いたこともなかったが、よく本を読むクロエだけは僅かながら知っているようだった。
聖獣寮は古竜寮や魔狼寮と違い、競い合うようなことはしておらず、第三者のような立ち位置にいるらしかった。争いごとに首を突っ込まず、自分たちの寮内で趣味を嗜む……この学園では一番平穏な寮と言えるだろう。
そして寮は全部で四つ。最後に向かったのは四つ目の寮だ。寮舎の外見はどこか荒れた様子で、ところどころ窓が割れていたり壁に落書きがされていた。壁にはそれぞれ赤、青、緑、白、黒の、元素の五属性と同じ色をした球体が描かれたエンブレムの旗が提げられている。
「最後にここが精霊寮! その名も"スピリット"! ここは男爵から平民までの者が多く集まる。もちろん、全ての平民がこの寮になるわけではない。古竜や魔狼などの他の寮にも、その才を認められた平民の出の者が複数在籍している。……だが……」
スピリットと呼ばれた寮の説明を始めたアレス。どうやら旗に描かれた五色の球体たちは世間一般に語られている精霊の外見を模したものらしい。平民が多く在籍する寮ということは、他の寮とは平均的な力の差が大きいのだろう。貴族のほうが才能が高く、平民は低いことが多い。それは世間ではよく知られたことだ。
貴族に比べて、平民の才能が低い理由はシンプルで、才能がある者から無い者まで、様々な者たちの混血として生まれてくるからである。貴族は才能ある者同士で子を成すため、そういったことが非常に少ないのだ。もちろん世界は広いため、一部例外もあるにはあるが。
そしてアレスは精霊寮について説明していた途中で、複雑そうな顔で言葉を詰まらせる。
「だが……少しこの寮は問題児が……というか、治安が良くない、というか……私も少々頭を悩ませているんだがな……。いや! 生徒はどの寮も皆優秀だし、全員大事な生徒だ! 精霊寮も決して悪いところではないぞ! 元気な生徒も多いし!」
言いにくそうに顔を歪めるアレスだったが、ハッとしたのか、すかさず不穏になった精霊寮に対する雰囲気を取り繕う。学園長ともあろう者が、一つの寮に肩入れや、その逆で悪評を広げていては示しがつかないというものだ。尤も、生徒達の間ではアレスの漏らした言葉の影響で、すでに精霊寮に対してやや不安な気持ちが湧いていたようだったが……。
ルナ達も今のアレスの言葉を聞いて、明らかに本音が漏れてしまった感が出ていて、精霊寮は何かやばそうな雰囲気を感じ取っていた。
「争い合ってる古竜と魔狼もアレだけど……」
「この寮が一番なにかありそうですわね……」
「話を聞く限り、聖獣寮が一番平和そう?」
顔を合わせながら残念そうにうんうん、と頷き合うマナとカトレア。そして今までの説明を聞いた上で聖獣寮が一番良さそうだと思うクロエであった。
「なんか逆に興味湧いてきたかも……」
そんな三人とは裏腹に、ルナは精霊寮に対して興味を持ち始めていた。具体的にどうやばそうなのかは分からないが、アレスが濁したのもあって純粋なルナは逆に気になってしまっていた。
「さあっ! 寮の紹介も終えたところで、早速だが君たち新入生諸君には、寮決めを行ってもらう!」
アレスがそう言うと、次に向かったのは先程の校庭ではなく、校舎の裏手にある大きな訓練場だった。王都一の学園とだけあって、校庭も校舎も大きいが、訓練場も立派なものだった。というか、王都デュランダル……街中やギルド裏など、訓練場が多すぎるのではないだろうか?
一同がアレスに連れられるがまま訓練場に着くと、訓練場にはすでに数人の上級生や他の教員が何やら準備をしながら待っていた。
「君たちには今から順番に武術試験と魔法適性試験をしてもらう。君たちの力をおおよそ測るためだ。そして最後にそこにいる組分け猫……おほん、キャティア先生に一人ひとり寮を決めてもらうんだ」
生徒達がアレスの指す方を見ると、二段に積まれた台の上には、黒と白のハーフカラーの猫が偉そうに座っていた。不思議な色合いの猫だが、『キャティア先生』というだけあって、この学園の教師の一人……一匹……なのだろう。猫だが。
「「「「猫じゃん……」」」」
台の上でゴロゴロと身を捩りながら寝転がり始めたキャティア先生を見て、生徒たちの何人かは思わず同じことを呟く。こんなただの猫に自分たちは寮を決められるのか? と不安に思っている者もいた。するとキャティアはその心を読んだかのようにスクッと起き上がり、生徒たちを見渡し……そして口を開いた。
「失礼にゃ考えをしているヤツがいるみたいにゃけど、そんにゃの毎年のことだからもうどうでも良いにゃ。ワタシはキャティア。お前らの寮を決めてやる偉い猫だぞ。媚び諂え!」
((((しゃ、しゃべった!?))))
尊大な態度で生徒たちを見下しながら自己紹介をするキャティア。猫が喋るという衝撃的な光景に生徒たちの多くは呆気にとられていたが、精霊や竜なども人語を理解するという。なら猫が喋ってもおかしくないのでは……と、次第に冷静に戻っていった。さすがこの学園の受験を通った生徒たち、思考の展開速度は優秀である。
キャティアはそんな生徒たちを見て、ふぅん……と小さく鼻を鳴らしつつ、試験について説明を始めた。
「せっかくだからワタシが説明をしてやろう! さっきアレスが言ったように、今からお前らには武術試験と魔法適性試験というものを受けてもらうにゃ。武術試験はバカでも分かるくらいに簡単にゃ。用意されたダミーに向けて魔力抜きの物理攻撃を叩き込むだけにゃ。ただ、ダミーは金剛石を含む様々にゃ素材で出来てるから、並大抵の攻撃じゃビクともしにゃいにゃ。
魔法適性試験は学園の備品である魔導具……通称、『魔力測定結晶』に向けて、お前たちの全力の魔法を叩き込んでもらうにゃ。それで数値が測定できるから、その数値を見てお前らの魔力を測るのが目的にゃ」
キャティアは非常に口が悪いながらも、武術試験と魔法適性試験についての説明を終える。確かに、彼女の言う通りバカでも分かるくらいシンプルなものだ。物理で殴る武術試験と魔力で殴る魔法適性試験。どちらも簡単なことだ。
「――にしても口の悪い猫ね……態度も悪いし、学園長まで呼び捨てなんて良いご身分だわ」
「「「えっ……」」」
キャティアの説明を聞き終えたあと、マナが呟く。どうやらキャティアの尊大な態度が癇に障ったようである。……だがその後ろではルナ、カトレア、クロエの三人が『お前が言うのか』と言わんばかりに困惑していた。同族嫌悪、という言葉が世の中にはあるのだ……。
そんなことを思われているとは考えてもいない自覚のないマナを置いて、キャティアによる試験の説明が終わったため、早速準備が完了した試験を開始することとなった。
まず最初に行われるのは武術試験。金剛石並の硬さで作られたダミーが置かれており、横ではそれを測定するために上級生が二人と試験官である教師が二人。そのうちの一人はキャティアである。今回はアレスもいるため三人だ。
順番は特に決まっておらず、試験官の先生が目についた生徒を順に指名していき、その都度生徒たちがダミーに対し、魔力なしの純粋な武術、剣術、槍術、弓術……自分が最も得意とする攻撃手段で攻撃を与えるというものだ。魔術士のような前衛ではないものも内容は同じ。
試験といっても点数がつけられるわけでも、上手くいかないからといって悪いことが起きるわけでもない。すでに受験を通過した者たちなのだ。これはただの寮決めのための指標となる試験だ。武術試験でも魔法適性試験でも、苦手な者が不利ということではない。ただ、自分の力を示せればいいだけなのである。
生徒たちの中には張り切っている者もいたが、中には不安そうな者もいた。ルナ達はどちらかと言えば張り切っている側の生徒であった。そしてついに試験官が武術試験の始まりを告げる。
「それでは最初の試験を始めます!」




