42.少女達の邂逅!
翌日のこと……。ルナは四日後に迫る入学式のため、しっかりとした準備を――
「ふんふふーん♪」
――していなかった。ルナはのんきに街を歩いていた。『今日はいい天気だ。何か出会いがあるかも!』と、ルナの直感が告げていた。
こんな様子ではマナに怒られる……と思うかもしれないが、実際ルナにはスエズから貰った異次元ポーチがある。昨日言っていた通りルナは大事なものは全てポーチの中に入れている。そして唯一大事なものでポーチに入れていないのは、今もしっかりと背中に背負っている大剣『レーヴァテイン』くらいなものだ。
クロエのように誰かに学園生活をすることを伝えるような相手もいない。カトレアのように情報集めをするのも苦手だし、マナのようにしっかりと準備する必要もない。ので、ルナは朝突然ビビッときた直感に従って街を散歩していたのだ。
ルナには昔から鋭い直感がある。それは突発的に感じることが多く、起きたときには滅多に外れることはなかった。そしてそれはスエズとの厳しい修行の中でだんだんと研ぎ澄まされていき、旅に出る頃には直感が外れない程にまで成長していた。
厳しい山籠りの修行を二重身体強化などふざけた魔法を使いながらも乗り越えられたのは、この直感力によるところが大きいだろう。長い山籠りで鋭い直感と気配察知能力を鍛えられたルナは、人間というよりは獣に近い感覚を持っていた。
それは紛れもなくルナの持つ"シックスセンス"だった。シトラスの持つ、相手の感情を感覚で感じられることの出来る能力と同じように、この世界に多くいる人々のうち、一部の者はシックスセンスというものを持っている。
シックスセンス。それは先天的であったり後天的に開花したりもする、人間や獣人、エルフや竜人といったヒト種に多く見受けられる、魔法や固有魔力とは違った、身体に備わった特殊能力のことである。
魔法を使わず物を浮かせたり、シトラスのように感覚で感情を読んだり、相手の心を読んだりというエスパー的な力を持つ者もいれば、草木や動物と会話したり、人を惹きつける魅力や、ルナのように超人的な直感を持っている者もいる。
それら原理を証明出来ない特殊な異能は全て、第六感……シックスセンスと呼ばれている。これは全国共通だ。そしてそんなルナの持つシックスセンスである直感が告げているのだ。『今日はなにかある気がする』と。
「おー?」
それを証明するかのように、街を歩いていたルナは広場の小さな噴水の縁で座っている少女に気がつく。羊のようにふわふわとした白髪の、おっとりとした雰囲気の女の子。歳はルナと近いか少し下くらいに見える。
不思議なことに、その少女の周りには人がいなかった。広場に人がいないというわけではない。その少女の付近だけ人が寄らないのだ。まるで誰も気づいていないかのように。そんな少女は少し下に俯いて、どこか物寂しそうに足を揺らしながらぼーっと地面を眺めていた。
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「…………?」
「……なんか、気配感じる……」
少女は無言で地面を歩く小さな虫達を見つめていたが、ふと気配を感じて顔を上げると、自分の真隣で地面にしゃがんで同じように歩いている虫を眺めている謎の銀髪の少女がいた。
(な、なに……この人……誰!? ていうか、背中の剣でか……)
少女は動揺していた。音もなく突然現れて、他人が眺めていた虫を一緒になって眺め始めるなんて……それも無言で。そんな人は明らかにおかしな人だ。それにあの背中に背負った身の丈ギリギリの大剣……今どきあんな大振りな得物を使う冒険者などいない。
不審というか不思議というか意味不明な要素の塊であるその銀髪の少女の存在に気づくと、少女はぼーっと黄昏ているどころではなくなった。
そして不審で謎な少女に対してどうすればいいか困惑していると、こちらが気づいたことに対して、同じように気づいた向こうもこちらを見て、口を開く。
「こんにちはっ! さっきから一人で何してるの?」
銀髪の少女は目を真っ直ぐ見据えて話しかけてくる。いや、何してるの? はこちらのセリフである。どうして一人で座っている相手に無言で近づいて同じような行動を取り始めたのか。もしかしておちょくられている? ……しかし悪意は感じない。
「……いや……なにもしてない。……ベルはただ、黄昏てただけ……」
事実だ。嘘は言っていない。ただ噴水の縁に腰掛けて、ゆっくりと時間が流れていくのを眺めていた。それだけのことだ。強いて言うならお腹が空いている……けど、初対面で、しかもなんか変っぽい人にわざわざ言うまでもない。
「ふーん、そっかぁ……あ、私ルナっていうの! よろしくね?」
少女の言葉を聞き、納得した様子のルナ。そこでルナは思い出したように自己紹介を始める。
(……やっぱり悪意感じない……不思議なだけの人? ……怪しい人とか、敵対的な人じゃない……)
「……ベルはベル。自然のまほうつかい……」
ルナから悪意も敵意も一切感じられなかった少女は、警戒を解いて『ベル』と自分の名を名乗り、自己紹介を返す。これは礼儀だと家族に教わった。
ベルはルナと似たように、悪意を気配で感じ取るシックスセンスを持っている。それを駆使して苦手な人間とのやり取りを今まで上手いこと躱してきたのだ。……二日前に声をかけてきたフォーグという男の人のように。
「ベルちゃんっていうんだ! ベルちゃんも魔法が使えるの? ってことは冒険者!?」
「……ううん。ベルは冒険者じゃない。でもベル強い……」
お互い名乗りを終え、ベルが自然魔法を使えるということまで聞いて、冒険者ではないかとぬか喜びするルナだったが、残念ながらベルは冒険者ではないようだった。しかし、実力には自信があるらしい。
「おお、すごい自信……それで、ベルちゃんはどうしてここに? 私は直感に誘われるがまま街を歩いてきたらベルちゃんがいたんだ!」
「ベルは――」
ルナの問いにベルが答えようとしたところで、ぐぅー……と、ベルのお腹が鳴る。少しの間、二人は見つめ合って沈黙したまま時が流れるが、ふとルナは立ち上がる。
「お腹空いてるの? ちょっと待っててね!」
自信たっぷりにそれだけ言うと、ルナは声をかける間もなくどこかへ全速力で駆けて行ってしまった。ベルは首を傾げつつも、その背中をぼーっと無言で見つめていた。
ベルが相変わらずぼーっとしたまま暫く待っていると、そのうちどこかで色々と買ってきたのか、大量の食べ物を丁寧に抱えたルナがゆっくりと戻ってきた。
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「ん……満たされた……ありがと」
「そっか! 良かった!」
数分後……ルナが出店か何かで買ってきた食料をもきゅもきゅと小動物のように食べていくベルは、あっという間に全て平らげてしまい、満足気に息を吐いていた。
ベルは家族からしつこく聞かされていた、『何かしてもらったらお礼を忘れない』という家訓のようなものを思い出し、ルナにしっかりとお礼を告げる。顔は変わらずおっとりとしたままだったが。
本当は持ってきた食べ物のうち、2割くらいはルナが自分で食べようと思っていたものだったのだが、まさか全て食べてしまうとは思ってもみなかった。それほど腹が空いていたということなのか……ベルは表情に出ないため分からないが、どちらにせよ、本人がそれで満足したのならそれでいっか! と適当なことを考えているルナである。
「……ベルは家族に内緒で王都に遊びに来た。……でも、ベルお金持ってない……だからお腹空いてた」
腹を満たして満足したベルは、一息つきながらも事情を説明し始める。どうやら話を聞く限り、彼女は元々王都出身ではないようで、外から家族に秘密で遊びに来ているようだった。
それにしても、どれくらい遠くから来ているのかは分からないが、わざわざ王都に遊びに来ているのに一銭も持っていないとは、よほどの世間知らずなのだろうか……。
「もしかしてベルちゃんって、結構世間知らず?」
そんな様子のベルを見て、思わずルナの口から溢れる発言。だがそれは、日頃から色々と抜けていて、同じかそれ以上に世間知らずであるルナにだけは言われたくない言葉であろう。
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「……ベルは満足したから……もう行くね。ばいばい……」
「あっ、うん! またね! 次からはお金を忘れないようにね!」
そして二人はそのまま少し話した後、頃合いを見たベルは立ち上がり、そろそろ帰ることをルナに告げる。ルナは笑顔で注意を促しつつも見送り、ベルは相変わらず表情が分かりにくいままだが、こちらに小さく手を振って王都の向こうへと歩いていった。
ルナはその姿が見えなくなるまでベルの背中を見送っていた。――なんとなくだが、ルナの直感は感じていた。なんだかあの少女は縁が遠い子ではない気がすると。
「なんでだろ、ベルちゃんとはまたどこかで会える気が……」
ルナはそんな予感を感じていた。ルナの勘はよく当たる。少し変わった少女だったが、せっかくならもっと話したいとも思っていた。そんなことを考えつつ、ルナも噴水広場を後にするのだった。
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翌日……そんなルナの勘が当たったのか、再度ルナが噴水広場を訪れると、昨日と全く同じ場所で相変わらずぼーっとしているベルがいた。
「お……ほんとにいる……! おーい、ベルちゃーん!」
なんとなくもう一度来てみただけだったが、本当にいることに気づいたルナはベルを見つけて手を振りながら声をかける。昨日と同じように、相変わらずベルが座っている場所の周囲には人っ子一人いない。
「ん……昨日の……誰だっけ」
「ルナだよっ! ちゃんと覚えて!」
ルナが声をかけると、ベルはルナの存在に気づいて返事をするが、顔は覚えているようだが名前を忘れてしまっているようだった。それを聞いてショックを受けたようにルナは再度自分の名を名乗る。しっかり覚えて、と念を押して。
するとベルはそれに対して交換条件のようで、そうでもないような無茶苦茶なことを言い出した。
「分かった、ルナ。ねえ、ベルおなかすいた……。名前覚えるからご飯ちょうだい?」
「う、うん……それはまぁいいけど……」
なんとも支離滅裂で唐突な要求だが、友達が困っているのなら断る理由もないと、ルナはあっさり承諾した。どこかで悪い大人に騙されてしまいそうである。それにしても、ベルはまたしてもお金を持っていないようだ。一体彼女は何をしにきているのだろうか。
そして適当な出店で食べ物を買ってあげたルナは、ベルと共に街を食べ歩きしながら昨日話せなかったぶん会話を楽しんでいた。
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「――それでね! D級になった時に友達になったクロエくんも誘って四人でチームを組んでるの!」
ルナが話しているのは、家を出てマナに出会い、まだ王都に来たばかりということや、最近冒険者になって充実した毎日を送っていること、そこで出来た仲間の話や依頼で起きた出来事の話だ。
ベルはもぐもぐと出店でルナが買ってあげた食べ物を食べながらその話を聞いていた。聞けばベルは強いが冒険者ではないという。冒険者としての話題に少し興味があったのだろう。ベルは楽しそうに話すルナに訊ねる。
「ルナ、冒険者……楽しい?」
「うん! 凄く楽しいよ! 友達もできて仲間もできて、色々な経験ができて! この短い間に沢山楽しいことがあったよ!」
ベルからのシンプルな質問に、ルナは満面の笑みで答える。ルナが冒険者になってから、まだ一月も経っていない。だが、この短い期間で、ルナは様々な出来事を経験し、沢山の思い出を作っている。もちろん、楽しい思い出ばかりではないが……。
「ふーん……じゃあベルも冒険者なる。……そしたら楽しい?」
ルナの話を聞いて、楽しそうだと興味が湧いたのか突然そんなことを言い出すベル。家族に内緒で王都に遊びに来ていると言っていたが、それどころか勝手に冒険者などなってしまっても大丈夫なのだろうか? それに、冒険者もただの遊びではない。定期的に、きっちりと依頼を受けてこなさなければ冒険者の権利を剥奪されてしまうのだ。
「絶対楽しい! ……けど、ちゃんと依頼もこなさないといけないから、大変だったりもするよ?」
「……じゃあやめる。ベルめんどくさいこと嫌い……」
ルナは冒険者になるうえで必要なことをしっかりと伝えると、ベルはくるりと態度を逆転させる。どうやら彼女は面倒事や、やらなければならない義務などが嫌いらしい。ベルは怠惰な性格のようだ。
しかし、その判断も間違っていないのかもしれない。ベルはルナよりも2、3個年下に見える。自分では強いと言っているが、どれほどの実力かも分からない。冒険者は確かに楽しいが、常に危険も付き纏う。モンスターや盗賊だけでなく、冒険者同士の人間関係も中々にややこしい。子供扱いされるルナよりも幼いベルには、まだ向いていないのかもしれない。
「うーん、そうだね……無理におすすめは出来ないかな……。こないだ、国からの任務で隣の国まで行ったんだけど、強い人が沢山いて、しかも最後は悪魔っていうのが出てきてね? A級の人が一人死んじゃったんだ……そういうのも考えると、やっぱり危険なこともあるからやめたほうがいいのかも……」
ルナは先日のアロンダイト帝国での一件についてベルに詳しく話す。冒険者としての危険度を教えるためだ。もちろん、冒険者の誰もがそんな危険な任務を受けさせられるわけではない……が、そういうのもある、ということは伝えておかねばならないだろう。身近で死者が出ているのだ。冒険者になる以上、いずれ通る道なのである。
「……悪魔。……その死んじゃったA級の人は、強い人?」
ルナのアロンダイト帝国についての話を聞いていたベルは、悪魔に殺されたというA級……エディンについて訊ねる。ベルは冒険者ランクの強さの度合いも知らないほど世間知らずなのだ。……尤も、ルナも最近まで知らなかったのだが。
「私はその人の事はよく知らないけど、きっと強い人だよ! A級の人はみんな凄いんだから!」
ルナはベルからの質問に対し、強く自信を持って頷く。エディンとは会議の際に顔を合わせただけで戦い方は知らないが、A級にまで上り詰め、国の重要な任務に選抜されるほどなのだから、きっと強いはずである。
そして同時に、ルナの頭の中には他のA級二人……マナとカトレアの姿が浮かんでいた。彼女たちもまた、ルナの知る人間の中ではとても強い方だ。A級のマナ達があの強さならば、他のA級冒険者達も負けないくらい強いだろう。ルナはそう思った。
「ルナは、悪魔嫌い?」
「えっ? うーん……」
次に続けて投げかけられたベルの質問の意図がいまいち分からず、ルナは頭を捻って考える。悪魔に対して思うこと……そんなこと、考えたこともなかった。むしろ、ルナは今まで悪魔というものの存在すら知らなかった。ただ、身近に降り掛かった危険を退けただけだ。
「別に、私は悪魔が嫌いってわけじゃないかな。ただ、殺意を振りまいて危険なことをしてる悪魔は追い払うけど、それは人も同じだし……」
「……」
悪魔は確かに危険な種族と言われている。だが、それは魔族が元々持つ魔力量と身体能力が高いのと、魔界での環境や生まれの影響で気性が荒い者が多いからだ。最初から力があれば驕る者も出てくる。……だが、それは人間も同じだ。力を手にすれば驕るし、育った環境次第では荒くれ者のような実力者も現れる。自分の地位を良いことにふんぞり返っている一部の貴族などもいい例だ。
ルナは、シトラスとは少し違った捉え方ではあるが、悪魔も人間も大して変わらないのではないかと思っていた。
「……ルナは他人を……他種族を広い視点で見れるんだね。……ベルは悪魔も人もそんなに好きじゃない……家族以外、ベルにはないから」
(過去に何かあったのかな……?)
儚げな瞳で呟くベルを見て、カトレアのように過去に悪魔と何か一悶着あったか、人間関係で何かあったのかと予想するルナ。しかしそれは聞いていいことなのか分からなかったため、ルナは聞かずにおいた。家を出てからというもの、ルナはだんだんと周りにさりげなく気を使えるように成長してきているのである。
そんな気遣いレベルがあがったルナは、話題を変えようと明るくなれそうな話を振る。
「そうだ! 冒険者にならなくても、依頼の同伴くらいなら出来るかも! どう? 冒険者の真似事というか体験というか、予行演習みたいな!」
唐突にルナが話題を振った内容は、冒険者登録をする前に一度依頼を体験してみるというものだった。冒険者以外の者には依頼を受けることは出来ないが、ベルにはギルドの適当な席で待っていてもらい、ルナが依頼を受けてそれに同行する形ならば問題ないだろう。
尤も、冒険者ギルド的に問題はありそうなものだが、同じようなことをしている冒険者を何度か見かけている。きっとグレーゾーン……なのだろう。恐らく。
冒険者に興味を持ち始めていたベルにとっては悪くない提案だろうと思ってルナは提案してみる。するとベルは怪訝な顔で訊ね返す。
「……それ、平気?」
「内緒にしてればたぶん大丈夫!」
心配そうに訊ねるベルに対し、どこから湧いてくるのか軽薄な態度で自信満々に胸を張るルナ。相変わらず胸はないが。
そうと決まれば早速行こう! と、即断即決したルナに連れられ、二人は冒険者ギルドへと向かった。ルナは休養することを強く命じられており、依頼を受けたことがマナ達にバレれば色々と後で面倒になりそうなので、ギルド内ではキョロキョロと仲間がいないことを確認しながら入場したため、かなり挙動不審で怪しかった。
そしてルナはD級なので、単独で受けられる依頼はC級までだ。ベルは自分のことを強いとは言っていたが、実際どれくらいの実力かも分からない。……ので、ルナはとりあえず適当にD級くらいの依頼に決めて、受付へと向かっていった。
依頼内容は常駐依頼として貼ってあるゴブリンの討伐、または納品である。場所は問われていないが、この間マナとゴブリンの巣発見の依頼で行ったフィエリの森がちょうど良いだろう。
ゴブリンの討伐推奨ランクはE級からD級。振れ幅の理由は数の差や武装しているゴブリンなど、どれも状況によるものだ。だがまぁゴブリン相手であれば万が一ということもないであろう。何より自分がついている。
「よし、じゃあ行こっか! レッツ冒険者!」
「おー……」
依頼を受け、ギルド内の席で待たせていたベルと合流したルナは、拳をあげて出発を合図する。ぼーっとした様子のまま、ベルもそれに乗って声をあげる。あまりやる気がある顔には見えないが、それは恐らく表情筋が硬いだけであろう。
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「うわぁ、ベルちゃんってばほんとに強いなー……」
あれから数十分が経った頃……二人以外の冒険者がいないフィエリの森では、森の至る所から湧いてくるゴブリン達を、得意の自然魔法を使いこなしてズバズバと簡単に処理していくベルの姿があった。
ルナは今回ベルの実力を見たかったため、二人チームの後衛として後方から支援する形になっていたのだが……如何せん、思っていたよりベルが強かった。自分で言うだけのことはある。
「ルナ……D級の依頼、こんなに簡単? ……あんまり楽しくないよ」
山積みになったゴブリンの死体を背後に、一帯のゴブリンを処理し終えたベルはそう呟きながらルナの方へ歩き寄ってくる。その顔は期待外れ、と言った様子で、どこかしょんぼりしているように見えた。
「ベルちゃんの実力が知りたくて少し下のランクの依頼にしたんだけど……これじゃC級の依頼でもちょっと過剰な戦力かも?」
ベルが倒したゴブリン達を異次元ポーチにスポスポと仕舞いながら、ルナは次の依頼をどうするか考える。その隣ではベルがその光景を不思議なものを見るような顔で眺めている。ゴブリンの討伐よりも、こちらのほうが見ていて楽しいと思っているようであった……。
そしてルナは今日はこの辺りにしておいて、後日自分が受けられる最高ランクの依頼であるC級の依頼を受けてみることにした。納品したゴブリンの収益はもちろん全てベルに渡した。彼女はお金がないようであるし、功績ポイントはちゃっかりルナに入ってくるのだから、これでギブアンドテイク、共存関係だ。
ベルと翌日またあの噴水広場で落ち合う約束をしたルナは、今日のところは解散することにし、納品と依頼報告を終えたばかりのギルド前で二人は別れた。
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そして翌日、日を改めて昨日と同じようにギルドやマナ達には内緒で依頼を受けたルナは、ベルを連れてC級の常設依頼『オークの討伐、または納品』の依頼達成を目的に、王都から数十分歩いたところにある巨大な森『アルピナ大森林』へとやってきていた。
王都の周辺には、薄霧の森やフィエリの森の他にも数カ所ほど森があるのだが、その中でも少し王都より遠く、そして一番大きなアルピナ大森林を選んだ。その理由は単純に、広さ故にあまり人目に付かないことや、オークが多く……いや、高頻度で出現するからというのもあった。
「私ね、二日後に学園の入学式があるんだ。それに病み上がりだから大人しくしてろって言われてるから、ほんとはこうして依頼を受けてることがバレるとすっごく怒られちゃうんだけど……」
ルナは森に入ってから、早速出現したオークを相変わらず簡単に蹴散らしていくベルを後方で眺めながら、まだまだ余裕のありそうなベルに向かって語りかける。
「ルナ……ベルのせいで怒られる? ……ベル、迷惑?」
ルナの話を聞いたベルは、表情は変わらないままだが、どこか少し悲しそうな声色でルナに訊ねる。元々冒険者の真似事というか、体験をしてみたいと今に至ったのは、ベルが冒険者に興味を持った様子にルナが気づいてくれたからだ。そのせいでルナが怒られるのであれば、子供心なりに気を遣うのだろう。
「あっ! そういうわけじゃなくてね? そんな状況だから、この数日で新しく友達が出来ると思ってもなかったから嬉しいんだ! 入学したら会える機会も減っちゃうかもしれないけど、これが終わってもまた一緒に遊ぼうね!」
ベルの心配も必要なく、ルナはこの五日間という短い期間の間に新たに出来たベルという友人を、非常に嬉しく思っているようだった。出会いは唐突なもので、ベルからすればルナの第一印象は変な人……ではあったが、ベルのシックスセンスも相まって、なんとか打ち解けることが出来たのだ。
学園に入学すれば、きっと本で読んだ通りならば授業などで忙しくなるだろうし、アーレス学園は寮生活と言っていた。冒険者としての活動を継続させるにしても、ここ数日のように連続で会うことは難しいだろう。
しかし、この期間に出会えたことはきっと何かの縁だ。ルナのシックスセンスである直感がそう告げている。ルナは自分と同じくらいの年齢に見える少女が、自分と同じように冒険者に興味を持ったことに気づき、ベルとの関係は大事にしていきたいと願っていた。
「……ベル、家族以外の人苦手。みんな心のどこかで悪いこと考えてる。……でも、ルナはへーき。……ご飯くれるし」
「ご飯くれるから好き……餌付け?」
ベルがルナに警戒心を緩めた理由を聞いて、ルナはまるで動物に餌付けをしたような気持ちになっていた。もちろんそんなつもりではないのだが……。
「ベルは気まぐれであの場所にいる。いつでもいい。会いに来て」
『あの場所』というのは、初めて出会った噴水広場のことだろう。ベルは相変わらず感情が分からないほど無表情だったが、多分嫌われていないだろうということはルナにも理解出来た。ルナは笑顔で強く頷き、また暇さえあれば彼女に会いに行くことを誓う。
「うんっ! 絶対行くよ! 今度は昨日話したマナちゃん達も連れていくね! きっと仲良くなれるよ!」
「ん……」
そうしてルナが入学した後も必ず会うことを約束した二人は、適度な頃合いを見てオークの討伐依頼を終え、オークはポーチには入らないためルナが力技でオーク達を持ち上げ、帰路についた。今回も昨日と同じように報酬はベルへ、功績ポイントはルナへ、といった内訳になった。
C級以上推奨の依頼ではあるが、どうやらこれもベルにとっては余裕の依頼だったようである。それはルナにとっても同じだが、これ以上の依頼はルナのランクが上がるか、マナかカトレアを連れてこなければ受けられないため難しいだろう。
果たして、ベルの真の実力を知れるのはいつ頃になるのか……。
そして、二日後の入学式まであと一日猶予があるため、次の日もルナとベルの二人は同じように噴水広場で待ち合わせをして、また別の依頼を受けてみたりなどして冒険者業を堪能するのだった……。




