41.推薦状
「やぁやぁそこの可愛いお姉さん!! この後僕と一緒にお茶でもどうかな~?」
「ごめんなさいね。私これから用事があるのよ……」
そこはデュランダル王都の都内。いつもどおり賑やかな大通りでは、道行く女性に声をかけて回る男がいた。所謂『ナンパ』というやつである。王都には人も多い。こういうことをしている者も少なくはないのである。彼女いない歴イコール年齢のB級冒険者であるフォーグもその一人だった。
「また断られてしまったか……おっ! あの子も可愛いな!」
つい先程失敗したばかりだというのに、懲りずにすぐさま別のターゲットに目をつけ、見つけた赤髪の女性に駆け寄っていくフォーグ。だが、またしてもその先で断られてしまった様子のフォーグ。肩を落とした男は一人、街をとぼとぼと歩き続ける。
「まずいなぁ……。そろそろ彼女の一人や二人作らないと……いや、二股は良くないか。でも、両親や他の冒険者達に合わせる顔がないんだよなぁ……」
フォーグの身の回りの冒険者は最近、皆彼女が出来た……彼女が可愛い……などという話題が多く、このままでは自分だけ置いていかれるのではと危惧したフォーグは焦り、こうして人の多い王都の街中で良さげな子を見つけるたび声をかけて回っているのだ。
そしてまたしても振られてしまった彼だが、そのメンタルはB級冒険者相応に頑強であり、フォーグの視界はすぐさま次の可愛い子をサーチし始めていた。その視界が次に捉えたのは、腰まで伸びた美しいブロンドの金髪を揺らした女の子と、その子と一緒に話しているワインレッド色の毛先がくるりとロールしている髪の女の子の二人だった。
「だから! ルナの看病は私がするって言ってるでしょ! もう問題はないってお医者様は言ってたけど、まだ一応休養を取らないといけないんだから!」
「いいえ! わたくしですわ! 大体マナさんはいつもルナと一緒なんですから、たまにはわたくしだって世話を焼いても良いでしょう!?」
街路で大声で揉めているのはなんとカトレアとマナであった。どうやらまだ病み上がりのため休養が必要なルナをどちらが看病するかで揉めている様子だった。思いやりの溢れた二人の優しい喧嘩だが、今は気の強い二人が意地を張り合っている状態……間に入るのは危険……だが、そんなことは知らないフォーグは声をかけてしまう。
「やあやあお嬢さん達! 喧嘩はよして僕とデートでも――」
「「邪魔ッ!!」」
「お、おおっ……!?」
空気を読まず割り込もうとしたフォーグだったが、セリフの途中で一蹴されてしまう。あまりの気迫に尻もちをついてしまったが、そんなことは気にもせずにマナとカトレアの二人はどこか別の場所へ歩いて行ってしまった。
それを愕然とした様子で見送りながらゆっくり立ち上がったフォーグ。先程の二人……まるで獣に吠えられたかのような勢いだった……。そういえばどこかで見たことがあるような……?そんなことを考えつつ、メンタル強靭なフォーグは再度、気を取り直して別の伴侶を探そうと街中を歩き始める。
(まるで嵐のようなおなご達だったな……まあ僕はこの程度じゃ屈しない。少しエリアを変えてもう一度……おや?)
最初の場所からエリアを少し移したフォーグは、先程のカトレア達のことを思い返しながらも新たなエリアで周りを見渡すと、視線の先に見えたのは羊のようにふわふわとした白髪の、おっとりした雰囲気の女の子だった。
(可愛い……! 少し幼いが、僕と年の差は5つか6つ……といったところだろう! 先を見据えてああいう子にも声をかけてみるか!)
フォーグは今年で冒険者歴5年。年齢は18歳。まだまだ若く好奇心旺盛で色々なことが出来る。彼の視線が捉えた可愛い少女は11歳か12歳くらいに見えるが、あと3、4年もすれば立派な大人だ。結婚も出来る。ならば希望はある!……そう思ったフォーグはカトレア達のことなどすっかり忘れ、羊のような少女に声をかけることした。
「やあそこの可愛い君! こんなところで何をしてるんだい!? 良ければ僕と一緒にお茶とかどうかな!」
「……別に。ただ歩いてただけ。……ベル男の人苦手。だからいい……」
フォーグが思い切って声をかけると、ベルと名乗った少女は透き通ったような声で小さくぽつぽつと言葉を返す。今までと違い、初めてまともな返答をしてくれる相手にフォーグは可能性を感じていた。返事自体は否定的だが、押せば行けるのではないかと。
「君はベルっていうのかい!? 僕はB級冒険者のフォーグっていうんだ! そう言わずにどうかな! 少しだけでいいんだ!」
「…………」
フォーグはこの年頃で、この気の弱そうな雰囲気の少女ならば押せば間違いなくいけると判断して、名乗りつつもガンガン攻めていった。だが、対する少女の顔はみるみるうちに不快そうなものへと変わっていった――。
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ルナが目覚めてから二日が経った頃……。ルナの休養期間はまだ続いており、一人で街を歩きながら独り言を呟いていた。
「もー、カトレアもマナちゃんも心配性すぎだよね~! いくら私が十日間も寝てたからって、二人がかりで看病なんてしなくてもさ~……」
マナとカトレアの二人は、街中でルナの看病について揉めていたのだが、二人の議論はどちらも譲ることがなく中々終わらなかった。そこでマナが提案したのは、『いっそのこと二人で看病しましょう!』という吹っ切れた提案だった。
何を血迷ったか、カトレアもその案を飲んでしまい、議論の結果は二人がかりでの看病というなんとも雑なものに決まってしまったのだ。ルナの与り知らぬところで起きたおせっかいたちの一面であった。
そんなルナは一応休養ということなのでギルドで依頼を受けることも出来ず、特に一人ではやることもなく、途方に暮れてぼーっと散歩していた。最も、依頼を受ける受けないは本人の問題のため、受けれないことはないのだが、マナとカトレアが許してくれないだろう。如何せん二人は心配性すぎである。
そしてぼーっと歩いているうちに、気づけばルナは冒険者ギルドまで来ていた。職業病というヤツであろうか。無意識に辿り着いてしまったのだ。
「まあ、ギルドに寄るぐらいはいいよね?」
依頼さえ受けなければマナ達に怒られることもないだろう。そう思い、ルナはギルドの中へ入っていく。ギルドは依頼を受けるだけでなく、酒場や憩いの場にもなっている。それが目的で来る者も多いのだから問題はないはずだ。
中へ入ると、相変わらずギルドは大勢の冒険者で賑わっていた。なんだかここへ来るのは久々な気もするが、事実……十日以上来ていないのだからそれもそうである。
「あれ、あそこにいるのって……」
ルナがギルドを見渡していると、視界に入ってきたのは見覚えのあるいつもの面々……マナ、カトレア、クロエの三人だった。ルナが近づくと、向こうもこちらに気づいたようで小さく手を振って声をかけてくる。
「あら、ルナじゃない? ちょうどよかった。これから呼びにいこうと思ってたのよ」
「えっ、そうなの? なにかあったの?」
声をかけてきたマナ達だが、集まっていた理由はちゃんとあったらしい。ルナが訊ねるとマナは答えてくれた。どうやら『ここのギルドマスターが我々エクリプスを呼んでいる』らしい。王都支部の冒険者ギルドのマスターともあろう人が、直接『エクリプス』を指名するなど、一体何の用だろうか。
ルナにはギルドマスターがどれだけの人物なのか分からなかったが、A級であるカトレアとマナや、聡明なクロエはその出来事の珍しさに一抹の不安を覚えていた。皆何年と冒険者をやってきたが、今までギルドマスターに呼び出されたことなど一度もない。三人が不安を感じるのも当然といえば当然だった。
「――なぁ知ってるか? 最近原因不明の昏睡状態になる冒険者が増えてるんだってよ……」
「聞いた! 二日前にも一人運ばれてきたんだって! 確かB級冒険者のフォーグって人で――」
ルナ達が話していると、どこかの酒の席から冒険者同士の会話が聞こえてくる。ルナが不思議そうな顔をしていると、同じように会話が聞こえていたマナ達が軽く説明してくれる。
「ここ最近、昏睡状態で運ばれる冒険者が多いみたいよ? なんでも、すでに被害は数十人を超えてるとか……」
「被害者はなぜか全員殿方らしいですわね?」
「新手の流行り病かも……とも言われてるみたいですね!」
どうやら、帝国との戦いが起きるよりも以前から被害はあったらしいのだが、ルナが意識を無くしている間に急激に被害が増え始め、冒険者たちの間では話題にもなり始めているらしかった。
マナ、カトレア、クロエ達もルナと違ってすでに立派な冒険者だ。その辺りの情報はしっかりと耳に挟んでいるようだ。
「なるほど……! 私が寝てる間にそんなことが……」
「まぁ、私達が気にしたところでしょうがないわ。さ、行きましょ!」
噂など話すだけ時間の無駄だと思っているストイックなマナは、そう言ってさっさと話を切り上げると、先頭を歩いてギルドの奥の部屋へと向かっていく。その部屋の向こうがギルドマスターの待っている部屋のようだった。
いつものギルド職員であるライラに通され、奥の部屋の前へと案内されたマナ達は、ゴクリ……と息を呑みつつもマナが代表して部屋のドアをノックし、ゆっくりと押し開ける。皆、実際にギルドマスターを目にするのは初めてだ。ドアを開ける手には緊張が感じられた。
ギィ……
『エクリプス』の四人が部屋へ入ると、中は来客用のソファーが二つ、机を挟んで向かい合わせになっており、奥には大きな窓とその手前に立派な執務机。……の上には山積みになった書類の束。あまりにも書類が多すぎて少し揺れただけで一気に崩れてしまいそうだ。
それを見て怪訝な顔をしている四人だが、よく見れば書類の山の後ろには誰か座っているようだった。恐る恐る身体を傾けて覗き込むと、ドアが閉まる音でようやく気づいたのか、書類の裏からは整えられた無精髭を生やした壮年の男性が顔を覗かせる。
「おぉっ? すまんすまん! 呼び出しておいて気づかないとは……って、アァーーーッ!?」
怪訝な表情を浮かべるこちらに気づいて、慌ただしく席を立とうとした男は、椅子に足を引っ掛けて盛大にずっこける。どかん!と大きな音を立てて倒れた男と、部屋に舞い散る大量の書類の数々。十中八九、このドジなガッカリおじさんがギルドマスター……なのだろう。
「緊張して損した気がするわ……」
「全くですわね」
「だっ大丈夫ですかっギルドマスター!?」
「私は紙拾うね~?」
尊大で威厳のある人物を想定していたためか、反動で凄まじい喪失感のようななにかを感じているマナとカトレア。そして転んで動かなくなったギルドマスターの元に慌てて駆け寄るクロエと、それに合わせるように散らばった書類を拾い始めるルナであった……。
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「いやはや、重ね重ねすまなかった! あいにく書類仕事が追いついていなくてな……。ほら、最近は男性冒険者昏睡事件とか、アロンダイト帝国とのごたごたとか、カリバーン王国の復興とか、色々あっただろう? それで書類が凄いことになっててね……」
「「「「あー……」」」」
情けなく笑いながら頭を掻くギルドマスター。確かに最近起きている出来事は色々と多く、国を代表する王都の冒険者ギルドともなれば、上の者はなにかと大変なのだろう。
それにしても、なんとも威厳の感じられないギルドマスターである。こちらを緊張させないようにそう振る舞っているのか、はたまた素でこれなのか……どちらにせよ、こういった物腰の柔らかさがギルドマスターにまで上り詰めた理由なのかもしれない。
「こほん……。改めて、私がこの冒険者ギルド王都支部のギルドマスター、バラッドだ。引退した身だが、一応これでも元S級なんだぞ?」
小さく咳払いをして取り直したギルドマスターは、バラッドと名乗り、簡潔な自己紹介を済ませる。他の支部もそうだが、ギルドマスターというのは引退した高ランクの冒険者がなることが多い。というのも、やはり経験が豊富な冒険者でなければ務まらないからである。
尤も、地方の村や街にあるギルド支部のマスターはS級でなく元A級だったりするのだが、王都というだけあってここは元S級という高ランクのバラッドがギルドマスターらしい。
……冒険者にはSS級もいるが、そもそも彼らは経験でなく、強い力や膨大な知恵、莫大な富や特別な能力を評価されてSS級となるため、若い者が多くギルドマスターには向いていない。それに国を飛び回る自由人が多すぎるのだ。故に元S級であるバラッドが選ばれたということだ。
「それで、わざわざ私たちを呼び出して一体何の用なのよ?」
マナが話を切り出し、早速本題に入る。こういった大事な場面では『エクリプス』のリーダーであるマナが対話を務める。ギルドマスターが相手だろうと、相変わらず態度はいつも通りだが、相手にナメられないようにという点でも冒険者としては間違ってはいないだろう。何より、マナは敬語が非常に苦手である。
「ふむ。話は早いほうが好みのようだね。ではそうしよう。早い話が、もうじき王都にある学園の入学式が迫っていてな。推薦枠がまだいくつか空いているんだが、お前たちもどうかなと思ってな?」
「「「「学園?」」」」
マナの態度を見て、手早く本題を告げたバラッド。学園……という聞き馴染みのない単語が出てきて、一斉に首を傾げるルナ達。特にルナは学校など、本でしか見たことがないレベルだ。そしてバラッドはさらに詳しい説明を続ける。
「お前たち『エクリプス』はまだ若く、冒険者歴も長い者でも三年程度とかなり浅い。A級が二人もいるが、それはあまり関係のないことだ。だから若い芽を摘んでしまわないように、この王都で一番の学園、冒険者学校に通ってほしいんだよ。
推薦入学の枠があといくつか空いているから、推薦状を書くから君たちに入ってほしい。……ということなんだが、どうだろうか? 学園に行けば、きっと学べることも多いはずだ」
『エクリプス』は冒険者歴がマナとクロエが一年、カトレアが三年ほどだが、それでもまだまだ未熟という扱いらしく、皆歳も若く経験もまだまだ浅いため依頼では危険も多い。そのためギルドマスターは、その危険を少しでも減らすために冒険者学校に入ってほしいということだった。そして言わずもがな、ルナは経験が浅いというレベルではない。
無理強いではないが、危険な依頼も多いA級ともなれば、学校に通ったことのない若い者にはそれを告知する義務があるのだろう。マナ達は考えていた。どうするべきかを……。
冒険者学校……正式名称は王立アーレス学園。魔法学や冒険者学の知識を多く学べる王都最大の学園だ。今のS級冒険者や有名なSS級冒険者達も、そのほとんどがこの学園を通ってきたという。強くなるため、S級以上を目指しているマナにとっては必然的に通る道といってもいいだろう。
(うーん……。王立アーレス学園……私としては通いたい……。入学受験は母数が多くて中々難しいらしいし、多くの冒険者はここを通っていく……なら私も強くなるために、この推薦を受けるべきなのかしら……)
マナは必死に考えていた。自分の目標であるS級。そこに辿り着いた者たちが皆通る道。それは自分も同じなのではないか。ならば断る理由はない……が、他の皆の都合もある……勝手には決められない。
(冒険者を三年もやっているわたくしでもまだ心配される側なんですのね……? 聞けばアーレス学園は貴族も多く通うとか……同じ貴族として、負けられないですわね。それに、わたくしの目的のための情報も手に入るかも……)
カトレアは前向きに考えていた。三年間も冒険者としてやってきた身だが、未だに熟練ではないというのか。ならばちょうどいい。悪魔についての情報集めも兼ねて、実力アップのために入学するのもやぶさかではない。……しかし、他のメンバーの意見が気になるところではある。
(学校かぁ……。僕としては冒険者としての経験はまだまだ浅いから通っておきたいなぁ。図書館で読んだけど、かなり大きい学園らしくてイベントも多くあるみたいだし、気になるなぁ……!)
クロエは慎重に考えていた。冒険者歴は一年だが、その程度ではまだ熟練には遠く及ばない。勉強はしてきたが、経験はあまり積めていないのだ。そういったチャンスはしっかりと利用していきたい。……だが、自分の都合で決める事はできない。自分たちはチームなのだから。
「学校っ!? 行きたい行きたーい!!! 私って今まで辺境で暮らしてて街にもいったことなかったから、学校なんて本の中のお話かと思ってたよ!」
ルナはしっかりと考え――ていなかった。全く何も考えていなかった。ただ好奇心の赴くままに。本で読んだ憧れのひとつのために。学校というものに通ってみたかったのだ。こんな大チャンス、当然逃したくはなかった。
目を輝かせてウキウキした様子のルナを見て、真面目に考えていたのがバカらしくなってしまったマナ達。三人は顔を見合わせると、苦笑いしながら頷き合う。ルナがここまで言うのなら、断る理由もないだろう。皆、満場一致だった。
「じゃ、ご厚意に甘えて、そうしましょ。『エクリプス』はその推薦を受けるわ!」
マナは代表して皆の意見を告げる。内心では皆通いたいと思っていたのだ。当然文句は出なかった。それを聞いたギルドマスターは満足そうな顔で大きく頷く。
「そうか! では早速推薦状を書いて学園に提出しておこう! 入学式は五日後だ!」
「「「「いや早いな!?」」」」
受験ではなく推薦入学……とはいえ、五日後とは中々急である。四人は思わず声を揃えてツッコんでしまう。そしてギルドマスターは学園についての説明を詳しくし始めた……。
――王立アーレス学園。王立という名の通り、国王が直々に建てさせた王都最大の学園である。学園長は元SS級冒険者であり元剣聖とも呼ばれた、アレス・フォン・アストレアス。デュランダルが誇る英雄の一人だ。
SS級冒険者には自由奔放な者が多い中で、アレスは唯一真面目で国を想って活動していた、国王からも民からも信頼を置かれている人物だ。学園名も彼の名から取っているという。
学園には魔法学部と冒険者学部があり、魔法学部には戦闘魔法学、補助魔法学、魔導具学の三種類。冒険者学部には冒険学という冒険者に必要な知識を軒並み教えてくれる学科が存在する。どちらを受けるかは希望者次第だという。
「まぁこれほどの学園に通うくらいなのですから、魔法学も冒険学も両方を選ぶ方達ばかりでしょうね」
「魔導具学……っていうのは多分、戦闘が専門外の技巧派な人たちの専門でしょうから、そこだけは人が分かれそうですね!」
カトレアやクロエが説明を聞きながら学園のシステムについて予想する。入学難度の高い学園に入れたのだから、魔法学か冒険学片方しか取らないというのは非常に勿体ない。カトレアの予想は概ね当たっていた。
魔導具学も実際、戦えない者たちや、将来そういった仕事に就きたい者たちが多く取る学科のため、クロエの予想も当たっていた。
そして学園内には4つの寮があり、皆入学式の際に寮を決められ、学園生活中はそれぞれの寮で暮らしていくという。期間は一年から三年。期間にブレがあるのは、成績次第では早く卒業することも可能だからである。
バラッド曰く、願わくば古竜寮だが、帝国での任務を乗り越えたお前たちならきっと問題ないだろうと言っていた。どうやら寮にはそれぞれ上位クラスと下位クラスがあるらしく、上位のてっぺんに位置するのが古竜寮という寮らしかった。
「とまあこんなところだろう。あとは学園内で説明があるはずだ。五日間、しっかり準備をしておくようにな?」
そう言って話を切り上げるギルドマスター。まあ、ここで説明する分にはもう充分だろう。彼の言う通り、きっと学園での説明があるはず。そう思いルナ達は席を立とうとする。そこでギルドマスターは思い出したように声をあげる。
「あぁ、そういえばお前たちに客がいるんだったな」
「私たちに客?」
突然放たれた言葉に対し、不思議そうな顔を浮かべる一同。結成したばかりでまだまだ新人チームである『エクリプス』に用がある者などそういない。するとギルドマスターは入り口に向けて大きく声をかける。
「ラピス! もう入ってきていいぞ!!」
ギルドマスターがそう呼ぶと、執務室の扉がガチャリと開き、杖を二本背中に差し、水色の髪を三つ編みにした一人の女性が入ってくる。それは対アロンダイト帝国の作戦会議にて、第二チームの臨時リーダーを務めていたS級魔術士、ラピスであった。
「ご無沙汰しています。S級のラピスです。作戦会議以来ですね、『エクリプス』の皆さん」
「すまんな。彼女がどうしてもと言うもんで……元とはいえ同じS級で後輩のよしみだ。頼みも断れなくてな?」
「おーっ! S級!?」
相変わらず丁寧に挨拶をするラピスと補足で説明を付け足すギルドマスター……と、目を輝かせるルナ。どうやらこの状況はギルドマスターが彼女に頼まれてセッティングしたようだった。
「帝国以来ね……だけど、S級の貴女が私たちに何の用なの?」
マナ、本日二度目の疑問である。新人である『エクリプス』に用事がある者は少ない。それがましてやS級ともなればさらに謎は深まる。まだ格上の者との縦の繋がりは浅いのだ。
聞けばラピスは帝国での任務で同じだった面子に挨拶して回っていたらしい。あの時の別働隊は臨時チームだったため、皆はすでにそれぞれ自分のチームの元へと戻っているためバラバラだ。かなり時間がかかったことであろう。
「他のチームだった方々にはすでに済ませたのですが、『エクリプス』の方々はルナさんが気絶していたので後回しにしていました。ルナさんが目覚めたと聞いたので、ギルドマスターの呼び出しに乗りかかる形でこうして挨拶に伺ったわけです」
「わざわざ律儀なことですわね……」
ラピスはどこで情報を得たのやら、ギルドマスターがルナ達を学園の話で招集することを聞きつけて来たようだった。S級特有の情報網というヤツなのであろうか……。
「私はいつもこうして依頼を共にした方には挨拶に回っているのです。"縁"というのは複雑に絡み合っていて、どこでどのように繋がっているかわかりません。なので私は縁というものを大事にしているのです。
……改めて、今回の任務ではご一緒出来て良かったです。次またどこかで会う機会があればよろしくお願いしますね」
そう言って全員の顔をしっかりと見ながら丁寧にお辞儀をすると、ラピスはこの場を設けてくれたギルドマスターにも一礼し、入り口へと向かっていく。
「あれ? もう帰っちゃうんですか?」
「ただの挨拶なので長い用はありません。礼儀を以って言葉を交わすことが大事なのです。……では、失礼します」
あっという間にその場を去ろうとするラピスに対し、クロエが不思議そうな顔で訊ねるが、ラピスは長い時間よりもその時の質を重要視しているらしく、心から礼儀を尽くして挨拶を交わした今、もうここに残る理由もない。
それだけ告げるとラピスは再度部屋にいる一同に向けて会釈をすると、静かに扉を開けて部屋から出ていった。
「またねー!」
「なるほど……縁を大事に……ね。それもS級になるための秘訣なのかしら?」
皆に見送られながら部屋を出ていったラピスに、手を振りながら声をあげるルナ。そしてラピスの変わった考え方を参考に真剣な顔でなにやら考え込むマナであった。
するとギルドマスターは彼女について軽く説明しながら席を立つ。
「ラピスは冒険者としては少し変わった考え方をしている女性でね。彼女も言っていた通り、ああして依頼で共になった冒険者には終わった後に律儀に挨拶をして回っているんだ。何かのこだわりなのか、誰かの教えなのかは分からないが、かなり真面目なんだよ彼女は」
机に積まれた大量の書類たちを整理しつつもラピスについて説明するギルドマスター。合同依頼などで一緒になった相手にチームの勧誘や別れの挨拶をする者は決して少なくないが、わざわざ毎回、それに十日間意識のなかったルナを待ってでも挨拶をしにくるような者はラピスくらいであろう。
バラッドの言う通り、ラピスは非常に度が過ぎた真面目な冒険者なのかもしれない。S級以上の冒険者は変わり者が多いというが、彼女も例外ではないようだ。
「それでは、わたくし達もそろそろお暇致しましょうか?」
「そうね、五日後に向けて色々と準備をしておかないと! ルナとクロエ……あなた達もしっかり準備しておきなさいよ? 寮生活は宿にも家にも多分だけど中々帰れないんだからね?」
話を切り出したカトレアに合わせるようにマナも席を立って扉へ向かいつつ、ルナ達に注意を促す。一人にすると色々と不安なのは年下であるルナとクロエなのだ。学園では寮生活になる。しっかりと持っていくものを準備しておかねば後で後悔するかもしれない。
真面目でしっかりしているクロエならば問題はないはずだが……特に心配なのはルナの方だ。変なものを持ってきたり、忘れ物をしたりしそうである。いつも背中に提げている大剣を忘れたり……などは流石にないだろうが。
「はい! 妹のシロエにも暫く学園で寮生活することを伝えておきます!」
「多分大丈夫! 大事なものはポーチに入れてあるし! 入学式が楽しみだねっ!」
マナに注意され、自信たっぷりに頷くルナ達。そんな様子も見てもまだ少し不安そうなマナだったが……まるで我が子を心配する母親のようである。
「推薦状はしっかりと書いて学園長に送っておくから、そちらの心配はしなくていいぞ」
「はーい!」
ギルドマスターの念押しを最後に、『エクリプス』の四人は執務室を退室した。そしてギルドを出たところで四人はそこで別れた。それぞれ学園についての情報を集めに行ったり、入学式に向けて準備をしに向かったのだ。
そして大量の書類と共に部屋に残されたギルドマスターは一人執務室で呟く。
「『エクリプス』で四人か……まだ推薦枠が残っているな。ふむ……なら、彼女達にも声をかけてみるとしよう。……はぁ、それにしても本当に多いな……書類……」
ギルドマスター、バラッドは、机の上に積まれた大量の書類を見て憂鬱になりながらも、まだいくつか残っている推薦枠の候補に目をつけるのだった――。




