4.子供じゃないし!
一人残らずきつく縛り上げられたボロボロの盗賊団を前に、ルナは未だに苛立ちが残っていた。
「……もう! 人のこと子供扱いばっかして!」
ふん!と鼻を鳴らしながら盗賊たちに文句を垂れる。
「くそっ! まさかこんなガキに……いでぇっ!?」
不平不満を言う盗賊は懲りずに子供扱いをして、ルナの地雷を踏み抜き、まだ言うかと思いっきり腹を蹴られた。
「とにかく貴方たちは街まで連れて行きます! コロンの人たちにしっかり罰を受けるといいです!」
「「「「もう罰ならだいぶ受けてます……」」」」
観念したのか盗賊たちは項垂れたまま、ずるずるとルナに引きずられ、盗賊三兄弟が使っていた馬車に乗せられた。
しかしいくら大きめの馬車とはいえ、十数人も一気に乗せて走るのは無理がある。
そんなことは流石にルナも解っていたため、馬の元へ歩いて行き、自分よりも一回りも二回りも大きい馬の体に手を乗せる。
「ごめんねお馬さん。ちょっと重いだろうけど頑張ってくれる?」
優しく声を掛けると、乗せていた手に魔力を集中させ魔法を行使した。
「身体強化と疲労回復でいいかな。………『大地よ。私は祈る。豊かなれ。そして恵みを分け与え給え。……光よ。私は祈る。天よりいでて我らを輝き照らせ――』クラス5【フィジカル・リジェネレイト・エンチャント】!」
ぽわぁ……
ルナが苦手な完全詠唱を使い、淡い光が馬の全身を包むと馬は急に気合が入り、大きく嘶いた。
今のは土魔法と光魔法をかけ合わせ、二重詠唱したクラス5の複合上級魔法である。さらにそれを得意な付与魔法でエンチャントしたのだ。つまり、実質的な三重魔法ということになる。
しかし三年経っても相変わらず、詠唱して魔法を撃つのは苦手なままのようだった。
「はぁ~、疲れた……。やっぱり完全詠唱って疲れるからきらい……! ……とりあえず、付与魔法を掛けたからこれで大丈夫。街までよろしくね!」
ルナは詠唱に文句を言いながらも、優しく馬をそっと撫でる。すると馬は頭をすりすりしてきた。
「ヒヒィン…」
どうやら人の馬ではあるが、懐いてしまったようだ。恐らく盗賊たちに良いようには扱われてこなかったのだろう。
そしてルナは御者台に座り、御者の知識は特にないが自分が御者をするしかないため、なんとなくで手綱を握った。
「それじゃあしゅっぱーつ!」
「ヒヒィィィィン!」
ダダダダダダ……!
身体強化によって強化された馬は、十数人が乗っているにも関わらず、その凄まじい馬力によってとてつもない速さで馬車を動かしていた。
しかし、身体能力を強化しても疲労は当然来る。そのために二重に継続回復魔法、"リジェネレイト"をかけて疲労も減らしたのだ。
最強の馬車。そう呼ぶに相応しい馬車がここに誕生した。
道中、森に寄り道して、手土産に食材となり得る、鹿や猪などを数体狩っていった。
そんな最強の馬車が街にたどり着くまでには、時間はそうかからなかった。
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コロンへ着くと、すでに夜は明け、街の人々は起床し、活動を開始していた。
凄まじい勢いで街へ入り急停止した馬車は街中の注目を浴びていた。
「おはよーございます! 町長さんはどこですかー! 盗賊捕まえてきたんですけどー!」
「「「!?」」」
馬車から降りてきた少女の突然の爆弾発言で、街にはざわめきが広がり始める。
興味本位で家の窓や出店からルナを見ている者もいた。その中にはあの宿屋の男もいた。
「あっ、宿屋のおじさん! 町長さんの家ってわかる?」
男と目が合ったルナは町長の家の場所を尋ねる。
宿屋のような街の中心的な建物の亭主ならば、街の大体のことは把握しているだろう。
「いったい朝からなんなんだ、藪から棒に……。町長の家なら……ほら、あそこに赤い屋根の家があるだろ? あれだよ」
亭主が指を差した方向を見ると、他の家より一際赤みが強い色の屋根の家が見えた。
すると家のほうから五十代後半くらいの中年男性が向かってきていた。
「お、噂をすれば町長のおでましだな」
町長は、どうやら騒ぎを聞きつけて出てきたようだった。
「俺が町長だが、何の用かな? 可愛らしい旅人殿?」
可愛らしいと言われて少し照れるルナだったが、どうやら可愛らしいという表現は、ルナの中では子ども扱いには入らないようだ。
ルナは頬を少し染めながらも早速本題に入る。
「えと……昨日宿屋でこの街が野盗で困ってるって話を聞いて……。今朝そのことについて調べようと街を散歩してたら怪しい人達を見かけて……」
ルナは明け方起きた事を事細かに説明してみせる。
神妙な顔をして話を聞いている町長と宿屋の亭主。街の人々も耳を澄ませているようだった。
「……それで、馬車と追いかけっこをして盗賊のアジトを潰してきたと……?」
説明を聞き終えた町長たちは唖然としていた。このような幼い少女がたった一人で盗賊のアジトを潰したということももちろんだが、馬車との走り合いで追いつけるということが何よりも驚きだった。そんな町長たちの気も知らず、ルナは言葉を続ける。
「はい! それでこの盗賊さん達は街の偉い人に引き渡したほうがいいかなって思って!」
ルナは馬車から降ろされ縛り上げられた盗賊たちを見ながら語る。
「君一人でか……。到底信じがたい事だが、この現状、事実なのだろう。……あいわかった! そちらの賊たちはこちらで処理しよう。……それと、此の度の功績に深い感謝を。ありがとう」
町長は相手が少女だろうと、礼儀正しく、深く頭を下げ礼をする。
「いやいや! 私が勝手にやったことだし! ……それに子供扱いされてムカついたのもあるし……」
「謙遜謙遜! 良い育ち方をしたのだな! 最後はよく聞こえなかったが……」
大笑いしている町長と最後のほうだけ口を尖らせてぼそぼそと喋るルナ。
「あ! あとお土産に食材も獲ってきたから、宿屋のおじさんにあげるね!」
思い出したかのように、笑顔で亭主にそう言うと馬車の幌を広げて、帰路に獲った猪や鹿を露出させる。
「あ、あぁ……。ありがとな、とても助かる。お礼に今日の夕飯は豪華にしよう」
「ほんと!? たのしみ!」
朝食と昼食は仕込みに時間がかかるため、いきなり豪華に、とは行かないが、夕飯なら間に合う。
まだ朝だが、早くも夕飯に期待が高まるルナであった。
この街における盗賊問題が解決し、寂れた空気から一変し、明るい雰囲気になった街は一気に歓迎ムードになり、街の人々はルナに感謝を述べ、果物をくれたり装飾品や小物をくれたりと、色々とサービスしてくれた。
貰った装飾品や土産などは、昔スエズにもらったダンジョンの戦利品だという、見た目以上に収納性が高い『異次元ポーチ』に仕舞っておいた。
このポーチがあるおかげで一見軽装でもルナは旅が出来るのだ。
昼の時間をそうして過ごしたルナは日が暮れだす頃、部屋へ戻り明日の予定を立てていた。
「あんなに感謝されたのなんて初めてだったなぁ。なんだか色々ともらっちゃった。いい人たちだったし、またいつか来よっと!」
ベッドで足をパタパタさせ、貰った土産物の小さな木の彫刻を見ながら呟くルナ。
「ここから王都方面へ向かう途中に大きい街があるみたいだから、明日からはそこに向かって出発しよっ」
街の住人が教えてくれた情報を頼りに次の目的地を決めたところで、誰かが部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「嬢ちゃん、夕飯の準備が出来たからいつでも食堂に来てくれ」
宿屋の亭主だ。どうやら夕食の支度が終わったらしい。昨日の寂しいメニューに比べて、一体どれほど豪華になったのかが気になるところである。
呼ばれたルナはベッドから起き上がるとそのまま食堂へ向かった。
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食堂へ着くと昨日と違って沢山の人で賑わっていた。この宿に泊まっているのはルナだけなため、ここに集まっている人達は全員街の住人なのだろう。
賑わっている食堂の一端には町長もいた。町長はルナに気づくと、にかっと笑って手招きをしてきた。
ルナは町長に招かれるままに対面の空いている席に座ると、周りを見回しながら気になっていた質問を投げかける。
「なにがあったんですか? これ……。こんなにいっぱいの人で満席になっててびっくりしちゃいました」
「君が長い間積もっていた問題を解決してくれたからな。今日は皆でパーッと騒ごうということになったのだよ。改めてありがとう小さな英雄よ! さぁさぁ、どんどん食べたまえ!」
昼間に色々とお礼と呼べるものはもらったのだが、改めて礼を告げる町長。話しているとステーキやソテーなど様々な料理が運ばれてきた。昨日の夕食とは天地の差だ。
「わぁ! ほんとに豪華だ! このためにお昼は抜いたから食べがいあるなぁ!」
"小さな"英雄と言われたことに対する反応は、目の前に出された豪勢な料理を前に消し飛んでしまったようだ。これでは子供扱いされても仕方ないものである。
そしてルナが料理を楽しんでいると、ふと隣にいた町民から質問を投げかけられる。
「ルナちゃんはどうして旅をしているの?」
「ふぇっ!? もぐもぐ……ごくん。えっと、私小さい時から冒険者になりたくて……」
「それで王都を目指してるのね!お姉さん、応援してるわ!」
料理を食べながら、隣に座っていた女性の質問に答えていると、周りにいた人々も次々と集まって質問を投げかけてくる。旅人が来ることが珍しいのもあるのだろう。
「ルナちゃんってどこに住んでるの!?」
「むぐ……、国の端っこくらいの辺境の家に……」
「そのでっかい剣ってなんなの~?」
「家を出る時におじいちゃんにもらったの!とっても大切な物なんだよ!」
「うちの息子と見合いでもどうだ?」
「旅人なので……!」
「すきです!」
「ごめんなさいっ!」
わはははははは………!
大人から子供まで、街の者からの質問攻めや世間話の相手をしていると、楽しい時間はあっという間に過ぎていくのだった。
そんな楽しい時間も気づけば終わり、皆解散し、そして日は沈み次の日がやってくる。
「お気をつけて~!」
「また来てね、おねえちゃん!」
「怪我には気をつけるのよ~!」
夜が明け、皆が起床した翌朝、ルナは街の皆に見送られコロンを発った。滞在期間は二日と短いものだったが、濃厚な二日間を過ごせてルナは満足のようだった。
「んふふ……。『おねえちゃん』かぁ……」
ルナは年下の子に初めてお姉ちゃんと呼ばれ、どこか嬉しそうな顔をしながら歩を進めるのだった。
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次に向かうは、『温泉街バルネア』だ。コロンの住人達から聞いた情報によると、非常に大きく栄えた街で、様々な方面から客が来る観光名所となっているらしい。
ルナの目的地である王都デュランダルからも行き来する者が多いらしく王都とバルネアとの間にある村や都市間を繋ぐ道はかなり整備されているそうだ。
「温泉街かぁ……! 入ってみたいなあ、温泉っ!」
目をキラキラさせながら期待を胸に歩を進めるのだった。
バルネアまではそれなりに距離があるため、徒歩のルナは道中の二日間は野宿をしなければならない。
ルナは気長に行こうとコロンで貰った果物を食べながら歩いていた。
観光名所付近は聞いていた通り整備されているだけあって、獣道ではなくしっかりと街道になっていて迷う心配はなさそうだった。
「すごい大きい街で人も沢山いるみたいだし、お友達とか出来たらいいな……」
幼い頃からスエズとしか接してこなかったため、ルナには友達がいない。それゆえ、街の人との触れ合いは何もかもが新鮮で初めての体験なのだ。
ルナは新たな出会いに期待を寄せて、遠くに見える街を目指すのだった。
語彙力と文章力が欲しい今日この頃。