39.希望の終着点!
――魔剣で腹を貫かれたルナは、同じように腹を貫かれたラフィやトリスタン同様致命傷だった。しかし、条件は二人と同じではない。馬鹿げた魔力を宿し、スエズとの修行によって光魔法の造詣が他属性よりも深かったルナがいたからこそ、ラフィやトリスタンは助かったのだ。
だが、ルナは違う。この場で治癒魔法が使えるのはマナとクロエだけ……。しかしクロエはそもそも光魔法が得意ではないし、アルが身体を借りている以上治癒魔法を使うのは無理だ。そして得意属性が光魔法であるマナですらラフィの傷は治せなかった。それは即ち、打つ手なし……絶望を意味していた。
「ははははは!!! 仲間を気にしてっからこうなるんだよ! あんだけの魔力を持ってんだ……最初っから足手まといは無視して、周りなんか気にせず俺を殺すつもりで魔法を撃ってりゃ良かったものをよォ!!」
目は虚ろで血をだくだくと流して倒れているルナを、ゲシゲシと踏み躙りながら勝ち誇ったように笑うベリト。相変わらず剣は腹に突き刺さったままだ。勝ちを確信し、笑っているベリトは隙だらけのようにも思えるが、実際は常に殺気を放出し続けており、迂闊に攻撃を仕掛ければ手痛い反撃を貰うことは容易に想像できた。故にルナを救いたくともガウェイン達は手を出せずにいた。
「悪魔とは名ばかりではないようだな……」
「チッ、下衆が……!」
ガウェインとアルはベリトに対して悪態をつくが、それを聞いたベリトはむしろ心地よさそうに笑う。
「ハッ! 褒め言葉だなァ! 実力じゃ劣ってるからって強い言葉で自分を大きく見せようとするのは今も昔も人間らしいこった!」
アル達に皮肉を返しながら笑い、ルナを踏みつけるベリト。何度も挑発を重ねてくるベリトだったが、この状況で迂闊に突っ走っていくような者はいない。だがそんな中で一人……拳を握り、怒りに身を震わせている者がいた。
「……なさいよ」
「あァ?」
ガウェイン達の背後から聞こえた小さな声。それはラフィを延命するために治癒に勤しんでいたマナの声だった。ルナのおかげで応急措置が必要ない程にまで回復したラフィ達を確認したマナは、立ち上がって剣を握っていた。その手は怒りで震えており、俯いていて顔は見えないがその表情は怒りに溢れていることが気配で分かった。
ぼそりと呟かれたマナの声に、聞き取れなかったベリトは笑顔を崩して怪訝な顔で聞き返す。そしてマナはカッと目を見開いて再度強く言葉を吐く。
「その穢れた足を、私の親友から退けなさいって言ってるのよ!!!」
「……チッ!」
そう叫んだマナは、ザッと大きく前へ踏み込み、目も止まらぬ速度でベリトに距離を詰める。その速度は先程ベリトと戦っていた時の三倍は速かった。ルナの治癒魔法によって怪我や疲労が完全に回復したからだろう。……いや、それだけではない……マナのルナを想う気持ちが、普段以上に身体の力を引き出しているのだ。
ガキンッッッ!
「おいおい、随分と速ぇな? 実力を隠してた……ってわけじゃなさそうだがァ?」
「くっ……! お前……!」
だが、怒りに身を任せたマナの突撃は、速度は上がっていても一直線で読みやすく、ベリトの頑丈な左手であっさりと剣を受け止められてしまう。マナの想いも虚しく、ベリトは相変わらず足をルナの上に乗せたままだ。
そして間髪入れずベリトは左手でマナの剣を握る力を強くし、アロンダイトを握っていた右手で拳を作り、逃げられなくなったマナの顔面に強烈なストレートを叩き込む。
「ぶっ……!?」
どごおおぉぉっ!!!
「戦友!!」
「マナ嬢ッ!!」
「マナさんっ!」
ガウェイン達のマナを心配する声が響く。激しく音を立てて崩れ落ちる部屋の壁。勢いよく吹き飛ばされたマナは瓦礫にまみれ、頭から血を流しながらも、まだその目から殺気は消えていなかった。それを見たベリトはさらに挑発を重ねるようにマナを煽る。
「ヒヒッ! 怖えなァ! それが一国の姫がする目かよ? ほら、まだ俺の足はお前の親友の上から動いてないぞ? それで終わりか?」
「ふーっ……! ふーっ……! お前……ッ!! すぐにその足退かしてやる……っ!!」
ベリトに煽られたマナは、未だかつて見たことが無いほど激昂していた。それは初めて出来た大切な友達が目の前で殺されかけていることに対する怒りか、それを馬鹿にしたように踏みにじられていることに対する怒りか……否、両方であろう。
息を荒げながら瓦礫を押しのけて立ち上がったマナは、再度怒りのまま矛先をベリトへと向けて突撃しようとするが、歩き出したマナを傷が治って立ち上がったシトラスがすかさず後ろから羽交い締めにして止める。
「待って下さいマナさんっ! そんな感情的になったまま突っ込んでいったらあの悪魔の思う壺ですよぉっ!!」
「放してっ! 放しなさい! このままじゃあの子が……ルナが死んじゃう!!」
マナは背後から羽交い締めにされ、激しく抵抗するが、シトラスは拳闘士だ。筋力ではやや負けているため、シトラスの拘束は振りほどけなかった。
シトラスがマナを無理矢理止めたのは、シトラスが感情を感覚で理解できるシックスセンスを持つからでもあった。シトラスがマナから感じたのは、激しい怒りと焦燥……このたった二つだけだ。
……感情とは、いついかなる時も様々な状況下で必ず生まれるもので、それはいつも複数の感情を同時に含む。喜び――愛情――悲しみ――後悔――疑念――不安――怒り……数え出せばキリがないが、少なくとも三つや四つ、またはそれ以上。自分でも自覚しているものと無意識に心が感じている感情というものがある。その数によって心の占有度が違う。
例えば、喜びと後悔と不安を感じていたとしよう。そうなれば毎回そうというわけではないが、心の占有率は一つの感情毎に、自覚しているものが50%、残りが25%ずつとなる。そしてこれはシトラスの持論だが、マナの現在の心の占有度は怒りが70%、焦りが30%というふうに感じられた。
感情が二つしか存在しないというのは占有度が跳ね上がるということでもあり、それ即ち心の余裕がなくなることを表していた。……あくまで感覚的な話だ。しかし、物心ついたころから付き合ってきたシックスセンスをシトラスが疑うことはない。
そしてシトラスは感じていた。怒りと焦りだけが心を占有してしまっている今のマナをこのまま戦わせるのはまずいと。冷静さを欠き、感情のままに武器を振るう。それではあの悪魔には勝てないだろう。……むしろ、殺されてしまうのはマナの方だ。
シトラスは今まで、あの悪魔からは『楽しい』『怒り』『喜び』『殺意』という四つの感情を感じており、喜びや楽しいという感情が大きく占有していた。だが先程から感じる感情は、種類は変わらなくとも、占有率に変化があった。それは楽しさや喜びに混ざって、殺意の感情が占有率を上げていたのだ。つまり、そろそろ誰かを殺そうとしている……ということだ。
事実、ベリトはすでにこの戦いに飽き始めており、そろそろいたぶるのはやめにして全員殺してしまおうかと考えていた。シトラスがマナを止めたのは正解だったのだ。
「ダメですってばぁ! そのままじゃきっと殺されちゃいます!!」
「シトラスッ! 放してっ!! もしこのままルナが死んだら貴女を恨むわよ!!」
相変わらずじたばたと藻掻いてシトラスの拘束を振り払おうとするマナ。シトラスは必死にマナを止めようとするが、話を聞くどころか、マナの怒りの矛先は向かうところを知らず、ベリトだけでなくシトラスにまで飛び火しようとしていた。そんなマナを見兼ねたカトレアは、どすどすと足音を鳴らして近寄っていく。
「いい加減になさいな!」
「………!?」
カトレアがマナを弾くように叩いたビンタの音とカトレアの怒号が鳴り響く。マナは突然頬を叩かれて呆然としていた。見ればカトレアはベリトの警戒はガウェインとアルに任せ、わざわざ前衛からこちらまで下がってきたようだった。
「ルナが心配なのはあなただけじゃないんですのよ!? でも、マナさんのことも心配してくれている方がそこにいるでしょう!! それを恨む!? 怒りで我を忘れるのもいい加減になさって!!」
「……っ! わ、私は……」
呆然としているマナに対し、シトラスにちらと目をやりながら強く訴えるカトレア。カトレアはマナ同様珍しく怒っている様子だった。だがそれはマナとは違い、感情に振り回されない正当で静かな怒りだった。
そしてカトレアの心の底からの言葉を聞いたマナは、だんだんと頭が冷え、落ち着いていく。――そうだ。今はこんなことで争っている場合じゃない。何をやっているの私は……。カトレアだってあいつにムカついてないわけがないのに……と。
「ごめんなさいカトレア……私がどうかしてたわ。それにシトラスも、ごめんなさい……それと、止めてくれてありがとう」
「良いんですのよ、今はわたくし達が冷静さを欠いてはいけない状況ですわ。落ち着いていきましょう!」
「あぁっ! わ、私は大丈夫ですっ! マナさんが正気に戻ってくれて良かった!」
落ち着きを取り戻したマナは、叱咤してくれたカトレアや止めてくれたシトラスに感謝と謝罪を述べる。もう感情に振り回されて無茶をすることはない。マナも戦いに参加出来るのだ。
そしてようやく纏まった一同に対し、飽きたような声色でベリトが声をかけてくる。
「おいおい内輪揉めか? 仲間割れは好物だが、そろそろこの戦いにも飽きちまってさァ……」
そう言いながらベリトは両手を前に出し、マナ達に向けて構える。その割に何も起こらないが、これは間違いない……魔力を溜めているのだ。
「く……!」
「何か仕掛けてきますわ……っ!」
「またさっきのビリビリ玉かな……あれだったら私でもなんとか弾けるかも……!」
当然マナ達は警戒する。シトラスはベリトの感情から殺意を深く感じ取っており、これから放とうとしているのは間違いなく殺すつもりの魔法だろう。しかし、先程ルナが身体で抑え込んだあの"極大紫電龍弾"であれば、多少余波は受けるかもしれないが軌道を逸らしてなんとか出来るとシトラスは考えていた。……だが、世の中そう甘くない。
バチバチバチッ!!!
ベリトの周囲に突如として漂い始めた濃い魔力。それらは目視でハッキリ見えるほどの紫色の電撃を散らしていた。さっきのベリトが放った魔法とは違う……そんなことはマナ、カトレア、シトラスの三人にはすぐに理解できた。
そして、ザッ……と三人の前に立ち、魔力を溜め始めたガウェイン。そしてアル。あの一撃は間違いなく危険だと二人が直感で気づき、逃げる――避ける――ではなく、迎撃するという思考に至ったのだ。
「おいおいおっさん、あんた無茶してんじゃねえか? 俺たちと戦ってた時も、さっきも、あれだけデカい魔法を何度もぶっ放したんだ。もう魔力も残っちゃいねえだろ?」
カトレア達の前に立ったアルが、魔力を溜めながら同じく隣にいるガウェインに対して話しかける。先程のルナの治癒魔法で傷と疲労は消えた。だが、治癒魔法はそう都合よく魔力までは回復させられない。ガウェインの魔力残量は限界に近く、アルの予想は当たっていた。しかしガウェインはそんな状況でも笑う。
「無論限界だとも! 俺が超級魔法を撃てるのはあと一回……ヤツに大打撃を与える時のために取っておいたが、どうやら今が使い所らしい! それに、無茶でもこんな状況で女を守るのが騎士……いや、漢というものだろう?」
「……!」
歯茎を見せながら強く言い放つガウェイン。とうに魔力の限界は迎えている。だが、ここでか弱き乙女達を守らねば、何が騎士か。何が漢か。そんなガウェインの侠気に、アルは心打たれる。
「あぁ最高だぜガウェイン! それでこそ漢だ!」
アルはガウェインの答えを聞いて、にかっと笑って刀を持つ手に力を入れる。そして刀を両手で持ち、後ろに構えて水の魔力をありったけ込める。それはガウェインとの戦いで見せた雨剣の構え。
(――クロエ……済まねえな、俺はここでコイツの侠気に付き合ってやりてぇ!)
『はい、分かってます。皆さんを守れるなら、僕の身体がどうなっても構いません!』
心の中でアルはクロエに語りかける。この身体はあくまでクロエのもので、アルは身体を借りて力を貸しているだけなのだ。だがそのアルが自分のためにクロエの身体を使わせて欲しいと願った。クロエはそれに答えたかった。それに、仲間も守れるならそれでよかった。そう思ったクロエは覚悟を決め、強く頷いた。
「よく言った、お前も立派な漢だ!」
アルが叫ぶと、周囲の魔力の流れは激しく揺れ始め、空気が変わる。そしてベリトは魔力の充填が終わり、両手の間に稲妻の魔力を集中させ、みるみるうちにバチバチと音を立てながら紫色の電撃を纏った巨大な玉が生成される。
「止めれるもんなら止めてみろよ!! 【超・極大紫電炸裂弾】ッッ!!」
ベリトの両手の間に生成された巨大な紫玉は、バリバリと雷を迸らせながらマナ達に向かって進撃を開始する。その速度は質量の重さからか、ゆったりとしていたが、それはわざとだ。マナ達の側には気絶しているアーサー達もいる。避けるわけにはいかない。ベリトはそれを分かっていたため、あえて速度を削り、魔法の出力を上げたのだ。
「これが俺の最後の一撃! 超級炎魔法……【炎羅・ホノカグツチ】――!」
「漢見せるぞ、クロエ――ッ!! 【雨剣・ユウダチ】!!」
迫りくる電撃に合わせるように、ガウェインとアルは魔力を全開にし、全力の一撃を放つ。どちらもガウェイン戦で見せた面の広く取れる範囲の大きい技だ。ベリトの巨大な電撃玉に合わせてこちらも巨大で質量の高い技を選んだのだ。
そして双方の攻撃が衝突し、弾けて周囲に激しい魔力の衝撃波を発生させる。ガウェインの常人を上回るほどの炎の魔力と、アルの全力を振り絞った水の魔力は、相反する属性二つが合わさり一つとなることで奇跡を起こし、新たな合体魔法を生んだ。
水火の一撃は、一旦はベリトの強大な魔法を押し留めるが、打ち消すことも跳ね返すことも敵わず、ベリトは膠着した状況をすぐさまひっくり返すように力を込める。ベリトにはまだ余裕があったのだ。
「ぐっ……ここまでか――」
「奇跡は二度も起こらねえ……ってことか……悪ぃな、クロエ――」
すぐさま押し戻された魔力の波は、みるみるうちにガウェインとアルの元へと迫る。二人は限界を超えて粘ってみせるが、とうに出せるものは全てこの一撃に込めている。限界を超えてなおベリトとの差は大きく、二人は押し返された魔力の波に飲み込まれる。
_
「クロエっ! ガウェイン……っ!!」
白く弾けた魔力の爆発が晴れると、ボロボロで倒れていたのはガウェインとアル。しかし二人の全力の賜物か、周囲は最小の被害で済み、背後にいたマナ達やアーサー達は無事だった。マナはすかさず二人に駆け寄り治癒魔法を行使するが、度重なる治癒の影響でマナの魔力も限界が近く、思わず膝をつく。
「無茶なさらないで! 貴女ももう限界なのでしょう!?」
「そうさ、無茶はすんなよ? すぐに楽にしてやるからさァ……」
疲労で膝をついたマナを支えるようにして声をかけるカトレア。それをさぞ滑稽そうに嘲笑うベリトは、追い打ちをかけるように再度左手を構え、魔力を充填する。バチバチと音を立てて大きくなっていく電撃の玉。ガウェイン達の努力も虚しく、それは大きなクールタイムを要さないようだった。
「くっ……! 悪魔っていうのはこんなにも……!」
マナを支えているカトレアを庇うように前に立つシトラスは悔しそうに呟く。あれほどの威力の魔法……魔法が使えないシトラスには防ぐ術がない。鍛えられた肉体で残った二人の盾になることしかできなかった。そんなシトラス達を見たベリトは、魔法を構えた左手とは逆の手で再度刺さった剣に手をかけ、足元のルナに語りかける。
「おい、まだ生きてるかよ? 早く立ち上がらねえと、次死ぬのはお前が命懸けてまで助けた仲間の番だぜぇ?」
「……ひ……りよ……」
腹に刺さった剣をぐりぐりと押し付け傷口を抉りながら、無理な事を分かっていて嘲笑うように言葉を投げかけるベリト。話しかけられたルナは、まだ意識があるのか、その痛みからか、虚ろな目で小さく声を漏らす。
「――てん………げ……」
「あぁ? 聞こえねぇよ。何が言いたい? クソガキ」
まだ小さな声で何かを訴え続けるルナに対し、ベリトが怪訝な顔をして聞き返す。するとルナはゆっくりと手を伸ばし、腹に刺さったアロンダイトの刃をガシッと掴む。
「……!?」
突然剣を掴まれたベリトは、思わず反射的に剣を持つ手に力を入れて気づく。その力は重傷とは思えないほど強く、剣が微動だにしないということに。そして目を見開いたルナは血を吐きながらも続けて言葉を紡ぐ。先程よりも、明確に、はっきりと。
「ぷっ――……光風……霽月!」
ドオッ!!
「ぐっ……てめぇ! まさか、さっきから詠唱を……!?」
ルナが言葉をハッキリと告げた瞬間、ルナの身体からは白く激しい魔力が吹き出す。剣を掴む力はさらに強くなり、離れなくなる。それは身体強化の力だった。ベリトは気づく。先程からぼそぼそと小さな声で喋っていたのは、身体強化のための詠唱だったということに。
ルナは素手にも関わらず、抜き身の刃を気にもせずに掴んだまま、ゆっくりとその馬鹿力でグググ……と腹から剣を引き抜く。そして腹から憑き物が消えたルナは、ベリトを見つめたまま口を開く。
「――ねえ、知ってる? 身体強化魔法ってね、限界を超えれば……自分の傷も治せるんだよ」
「なにをっ……!?」
突如放たれたルナの荒唐無稽な発言を聞き、困惑と同時に動揺した様子のベリト。だが、ルナを見ると、しゅぅぅ……という音と共に、白い煙……いや、オーラのようなものを立てて、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
身体強化魔法は本来、魔力を身体に纏わせたり、筋肉の補強や神経の精度を上昇させ、フィジカルによる肉弾戦や戦闘における立ち回りを有利にさせる効果を持つ。しかし、身体強化魔法も結局根源は光魔法なのだ。そして光魔法は治癒魔法と直結している。
身体強化魔法は同時に二重で掛けることによって、一時的に身体の限界を超えて擬似的に治癒魔法のような副次効果を得ることが出来る。そしてそれは治癒魔法のようであっても治癒魔法ではなく、ただの自然治癒力……即ち、アロンダイトの治癒阻害はほぼほぼ効かないのである。
だが、ルナは身体強化魔法をいつ二重で行使したのか? 今使ったのは一度の身体強化だけ。……に思えたが、ルナは先程ベリトの電撃魔法を受け止める際に上級身体強化魔法を行使していた。その効果はまだ切れていなかったのだ。――故に、今のでルナの身体には二重で身体強化魔法がかかり、限界を超えることに成功したのだ。
「なんッだよそれ……! 聞いたことねェぞ! ふざけたことをしやがる……っ!」
ベリトは思わぬルナの復活による動揺で、溜めていた魔力が霧散し、二発目の電撃弾は不発に終わる。そして直後、ルナは刃を握る手にさらなる力を込め、剣からはピシピシと音が鳴り、次の瞬間――。
バキンッ……!!
「馬鹿なっ……!? 力だけで魔剣を……!」
ベリトの持っていた魔剣アロンダイトは、ただの少女による力技で大きな音を立てて粉々に砕け、辺りに散る。ベリトは思わずルナから素早く距離を取るが、ただでさえ膂力が凄まじいルナが、魔法によって限界を超えて強化された今、ベリトの超人的な動体視力を超えるほどの速度で動くのは容易かった。
ベリトが立ち上がったルナを見て、ほんの一瞬……瞬きをした直後――ベリトの視界からは立ち上がったルナの姿が消えていた。
「速い!?」
「一瞬見えなかった……」
「なんて速度……!」
同時に、後方からそれを見ていたシトラス達は何が起きたか理解していた。動揺するベリトの視点からは消えたように見えたルナだが、軽く地面を踏み込んだルナは凄まじい速度でベリトの死角である懐に飛び込んだのだ。
そして懐に飛び込んだルナは右拳を構え、吶喊する。ルナの拳が触れる直後、ベリトは懐にいるルナに気づくが、時はすでに遅かった。
「な――――!?」
「ちぇすとおおおおおぉぉぉっ!!!」
「ぐああああぁぁぁ―――ッ!?」
咆哮と共に、ベリトの鳩尾に炸裂するルナの拳。速度はイコール威力になる……。音を置き去りにする程に速さの乗ったルナの拳は、強烈な威力を生み出し、急所に入ったベリトは血を吐き出しながら断末魔と共に玉座まで吹き飛んだ。
「もろに入ったわね……」
「絶対喰らいたくないですわ」
「あ、あれがフェンリルを倒した程の実力者……!」
あの凶悪な悪魔を滅茶苦茶な身体強化による肉弾戦で制したルナを見て、マナ達は感心と共にあれだけは喰らいたくないと願うのだった。
そして、衝撃でぱらぱらと崩れ落ちる部屋の壁の音と共に、土煙が晴れて姿を見せたのは、翼はズタズタになり血まみれでボロボロのベリトだった。悪魔というだけあって、その身体は頑丈な作りになっているのか、あれほどの一撃を喰らいボロボロになってもベリトは未だに立ち上がってきた。
「まだ立ち上がりますの!?」
これでもかと存在感を何度も与えてくるベリトに対し、カトレアは汗を流しながら愚痴をこぼす……が、ルナもまだ立っている。それどころか限界を超えた二重身体強化魔法のおかげで、傷は最初よりも少なくなっていた。
二人の戦いは第二ラウンドに突入するかと思われたが、対するベリトは息も絶え絶えに言葉を零す。
「ハァ……ハァ……! くそっ……アロンダイトも壊された今……俺がここにいる意味は無ぇ……。真の強者は引き時も理解してんだ……今は引く……!」
「………!」
そう言ってベリトは何もない空間に掌を向けたかと思うと、空中には黒い裂け目のようなものが現れる。悪魔は魔界に棲んでいるという……つまり、魔界への出入り口……なのだろう。
「いいかァ! しっかり覚えてろよ、人間共……! 俺はグリモワールの悪魔、序列12位のベリトだ! いつか必ず殺しにくる! その時まで震えてやがれ――!!」
「お待ちなさいっ! わたくしはまだ貴方に聞きたいことが……っ!!」
「………」
ベリトは恨めしそうな顔をして指を指しながら言葉を残し、そのゲートに入っていき姿が消えると、周囲に漂っていた凶悪な気配はさっぱり消え、圧迫感のようなものはまるで最初からなかったかのように普通の空気が帰ってくる。
カトレアはベリトに聞きたいことがあったようだが、その静止も聞かず、悪魔は姿を消してしまった。聞きたいこと……というのは、十中八九、カトレアの探している悪魔のことだろう。同じ悪魔ならば知っていてもおかしくはない。
「やっと終わったのね……ルナ! ほんとに良くやったわね!」
そして終始、黙ってそれらを静観していたルナ。ベリトが消えると、ようやく終わったという安堵感と解放感でマナは無言で立ち尽くしているルナの元へ駆けてくる。その後ろをカトレアやシトラスもついてくる。結局、ベリト一人を相手に、13人もの実力者たちの中で最後に立っていたのはルナ、マナ、カトレア、シトラスのたった4人の少女達だけだった。連戦での疲労があったとはいえ、やはり悪魔の恐ろしさが窺えるだろう。
「……まぁ、聞きたいことは聞けませんでしたけれど、とりあえずは一件落着? ですわね」
「さすがルナちゃんさん! やっぱり強いしかっこいいしかわいいなぁ!」
何はともあれ危機は去ったのだ。ルナを囲んで盛り上がる一同。その後ろでは気絶していた面々にも動きがあった。
「う……んん……? 気絶していたのか、私は……。そうだ! 悪魔! ……は……どうやら、彼女たちがやってくれたようだな。なんと礼を言えばいいのか……」
「……ハッ!? 私は確か……あの悪魔に……」
気絶から目覚めたアーサーとランスローテ。アーサーはすぐさま周りを見渡し状況を把握。少し遅れて目覚めたランスローテはまだ動揺しているようだった。そして――。
「ん……うーん? ……あれ、ここが天国……? それとも地獄?」
「あ、ラフィさん。どうやら天国でも地獄でもないみたいだよ! 僕ら生きてる!」
「えっ? あれ! 刺されたはずの傷がない……!?」
ぼんやりと目が覚めたのは眠りの中で死の淵を彷徨っていたラフィとトリスタンの二人だった。いつ死ぬか分からない状態だった二人も、ルナの力押しの治癒魔法で無事回復したようだった。
そして目が覚めて起き上がったラフィを見つけ、真っ先に飛び込んできたのは――。
「ラフィ――――ッ!!!」
「ゴォッ!?」
病み上がりの身体に強烈なタックルをかまして抱きついてくるシトラス。その目には喜びで涙が浮かんでいた。ラフィがやられて一番悲しんでいたのはシトラスなのだ。嬉しくて当然だろう。
対するラフィはシトラスの硬い石頭が顎に直撃して悶絶していた。
「良かったよぉ~っ!!」
「うぅ……心配かけてすみません、シトラスさん。えっと一応聞きますけど、本物ですよね? 剣とか持ってませんよね!」
「ええっ? 何それどういうこと~?」
冗談半分で訊ねてくるラフィに困惑するシトラス。結局、その反応を見て本物なのはすぐに理解したラフィは、解放された気持ちと一人で怖かったという思いが蘇り、シトラスに強く抱きついて涙を流し始めた。急に抱き返され、シトラスは相変わらず困惑していたが、感極まってシトラスも涙が溢れ始め、最終的には二人で抱き合ってわんわん泣いていた。
「まだ気絶している人達もいるけど、皆無事みたいで何よりだわ」
「ええ。……エディンさんは残念でしたけれど、むしろ被害がこれで済んでいることのほうが奇跡ですわ。悪魔など、災害のようなもの……普通はもっと死者が出てもおかしくありませんわ」
「それも皆の力とルナのおかげね。結局は逃しちゃったけど、次会うまでにはもっと強くなってみせるんだから!」
目を覚まし始める者たちを見て、悪魔という災厄を受けて、この被害の少なさに感動するマナとカトレア。ベリトは去り際、『いつか必ず殺しにくる』と言っていた。それはいつになるかは分からない。数日後かもしれないし、数カ月後かもしれない。だがあの怪我ではすぐには来れないだろう。それまでに強くなればいい話だ。マナはそう思い、再度強くなることを決心する。
「……ところで、さっきから喋らないけど……ルナ、大丈夫?」
「……」
ふと気づいたようにずっと無言だったルナに声をかけ、肩を掴むマナ。するとルナは力無くあっさりと姿勢を崩し、そのままマナの身体にもたれかかる。ルナは立ったまま気絶していた。ベリトが去っていく最中から、ルナにはすでに意識がなかったのだ。
突然倒れたルナを見て、思わず驚愕し身体を揺すって声をかけるマナとカトレア。
「ちょっとルナ!? ルナ!」
「ルナ! 目を開けて!」
「「ルナ―――!!!」」




