38.絶望。
ルナはマナ達の元へ合流すると、マナから事情を聞いていた。あの空間の中は外の音も聞こえず、激しい震動くらいしか届かなかったため状況を知らないのだ。
「ええっ!? 悪魔!?」
ルナが驚愕するのも無理はない。悪魔など、本に出てくる物語くらいでしか見ることはない。そんなものがこの場に現れたなど、到底信じられないことだろう。
――と、マナは思っていたが……。
「……って何?」
「「「「いや知らないんかいっ!」」」」
溜めに溜めた結果、とぼけた顔で質問するルナ。まさかの悪魔を知らないというどんでん返しに、思わずマナだけでなく側にいたアルとガウェイン、カトレアまでもが口を揃えてツッコんだ。
「いい? 悪魔ってのは魔界に住んでる種族で……こう、角と翼と尻尾があって――」
「ふむふむ……!」
やれやれと言った様子でマナがジェスチャーを混ぜながら悪魔についての説明を始め、ルナはそれをいたって真剣に聞いていた。別にさっきのとぼけた様子も、ふざけていたわけではないのである。
「――で、そいつに皆やられてこの惨状なのよ。……エディンは殺されたし、ラフィとトリスタン……それにモルドレッドも、急いで治療しないと時間の問題よ……! でも呪いで治癒魔法も効かなくて……」
「そっか……私がいない間に色々大変だったんだね。ごめん、皆……エディンさんもごめんね」
マナからベリトのことや怪我人の状況を聞いたルナは、自分がいたら何か変わったかもしれない惨状に、まだ意識のない者や、すでに逝ってしまったエディンに対して謝罪する。流石に仲間に死者が出たとなれば、ルナも思うところがあるようであった。
そんなルナを見て、どこかいつもと雰囲気が違うように違和感を感じたマナがいた。
(この子、いつもなら慌てふためきそうなのに、こんなに冷静だったかしら……? いったいあの黒い球体の中で何が……)
マナが疑問に思うのも無理はなかった。少し前のルナであれば、状況を聞くなりすぐに慌てて怪我人全員を抱えて病院に駆け込んでいくであろう。
しかし、アロンダイトの魔力の中で時間の感覚が狂い、凄まじい孤独感を味わったことで精神的に成長したルナは、仲間の死を聞いてショックではあったが、冷静に気持ちを保っていられたのだ。
「じゃあ、早く皆を治してあげないとね! 私がやるよ!」
気持ちを切り替えたルナは、ラフィを少しずつ治癒し延命させているマナに対して切り出す。だが、ベリトが掛けた魔剣の呪いによって治癒魔法は阻害され、その効果を著しく低下させる。それはほぼ無効化といってもいいほどだった。長い延命治療によってそれを深く実感していたマナからは当然反論が出る。
「話聞いてなかったの!? 魔剣の呪いで治癒魔法はほぼ阻害されてっ……」
マナが反論し、ルナに再度説明しようとするが、直後……奥のほうで氷が崩れる音と共に何かが落下した。……そんなもの、十中八九ひとつしかないのだが。
「三度目の正直……第三ラウンドってことですわね……。もうわたくしは動けますわ……! シトラスさんはもう少し安静になさっていて!」
「う、うん……」
立ち上がったカトレアが顔を顰めながら呟く。あの威力の魔法ですら倒せていないとは、なんともしぶといものである。いや、薄々そんな感じはしていた……。ベリトの圧倒感はそれほどまでなのだ。
前に出てガウェイン達に合流したカトレアは、細剣を握って再度あの絶望との戦いに備える。
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「大丈夫だよ。私に任せて。マナちゃんはもう少しだけラフィちゃんのことを助けてあげて?」
「分かったけど……ルナ? 一体何を……」
カトレアが去っていった後、それだけを言い残すと、ルナはマナをそこに置いて、少し遠い前方で警戒を高めているガウェイン達の元へと歩いていく。
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「ハァッ……ハァッ……! 人間如きが……調子に乗るなよ……!」
殺意を溢れ出させながら恨み深く呟いているのは、翼もボロボロになり、血を流しているベリトだった。それに相対するようにアル、ガウェイン、カトレアの三人は立っていた。
「あれでまだこんなにピンピンしてやがるのか……!」
「奴が傷を負えども、こちらも満身創痍……到底状況は変わらないぞ戦友たちよ……!」
「悪魔は危険……ここで倒さないとまた別の犠牲者が出るかもしれませんわ! やるしかないんですのよ!」
初めて深い傷を負っているベリトを見てもなお警戒を解くこと無く、構える三人。その判断は正しく、ベリトは傷の見た目に反して未だピンピンしていた。カトレア達にすぐにでも距離を詰めて殺せる程に。
そしてお互いに一触即発の空気が漂う中、三人の間を抜けて前に出たのはルナだった。
「待て少女よ! どこへ行く! あいつは危険だ!」
ベリトの方へ一人向かっていくルナを止めるように声をかけるガウェイン。当たり前だ。突然現れた年端も行かぬ少女が死地へ赴こうとしているのだから。
しかしルナは別にみすみす死ににいこうと思っているわけではない。
「三人は下がってて! 皆怪我も疲労も凄いでしょ? 代わりに私が行く!」
「なっ!? 無茶だ! 奴一人に何人やられたと思っているんだ!」
「おいおいルナ嬢……流石にそりゃ無理があるだろ? 確かにお前は怪我も疲労も無えみたいだが……」
ルナが突然言い出した提案に、ガウェインとアルは否定的な態度を取る。気絶している者も含め、今まで戦ってきた全員は戦闘に続く戦闘での疲労が溜まっていたのもあって、コンディションは最悪の中戦っていたが、万全とはいえ一人で戦うなど無謀にも程がある。
しかしただ一人、カトレアだけはそうは思っていなかった。
「……自信の程は?」
「ん~わかんないけど……五分五分?」
「あの悪魔相手に……ふふ。そうですの……」
カトレアがルナに訊ね、質問の意図をなんとなく察したルナは答える。その答えに対しカトレアはどこか呆れたように笑うが、スッと踵を返して素直に後ろへ下がる。
「わたくし達がいては邪魔になるだけですわ。ここはルナを信じて下がりましょう」
下がりながら二人に向かってそう告げるカトレア。カトレアはトリアの街の闘技大会で、一度ルナと戦っている。そのため実力はよく知っていた。あれでまだ本気じゃなかったということも……。故に、ルナならなんとかしてくれるのではないかと思ったのだ。少なくとも、今の手負いの自分達よりかは勝算があるように思える。
そしてカトレアの言葉を聞いたガウェインとアルは、困惑したような表情で顔を見合わせる。
「しかし……戦友よ、本当にいいのか?」
「まー、カトレア嬢がそこまで言うなら信じてみるか! それに、俺たちはもしものために怪我人を守る役だしな」
「ふむ……あい分かった! ならば俺も信じてみよう! あの少女も、戦友のことも!」
カトレアやアルと違い、ルナのことを知らないガウェインは少し不安げだったが、ガウェインが実際に手合わせして実力を知っているアルがそういうのであればと、同じようにルナを信じてみることにした。
それに、トリスタンやモルドレッドなどの怪我人が増えた今、守る側の役目もかなり重要だ。万が一流れ弾が無防備な怪我人に直撃でもしたら……それを加味すれば、やはりここは彼女に任せるしかないだろう。
そして、後ろへ下がって治癒を続けるマナを守るようについたカトレア達を確認したルナは、それら全てを守るようにして前に立ち、こちらを睨むベリトと対峙する。ルナの愛剣は爆風か何かが原因で部屋の壁に刺さっているため、今はその手にないが、ルナは武器が無くとも不安の表情はなかった。
「お前の仕業かァ? さっきのふざけた魔法はよぉ……ちィっとばかし効いたぜ? 見ろ、俺の翼が穴あきだ! こんなんじゃ魔界でも笑いもんだぜ!? あっはははははァ!!!」
ルナが目の前に立ちはだかると、ベリトはいつもの調子で笑いながら皮肉を溢す。ベリトの口癖である皮肉たっぷりな口調は、他人だけでなく自分を対象にすることもあるようだ。確かに傷は負っているはずだが、変わらずピンピンした様子だ。カトレア達が予想していた通り、ベリトはまだ余裕があるのだろう。
「あー……あれ当たっちゃったんだ! アロンダイトの魔力? っていうのから脱出するために撃っただけなんだけど……私のせいで魔界で笑われちゃうかもしれなくてごめんね?」
「ぶふっ……!」
とぼけた顔でベリトに言葉を返すルナだったが、本人は無意識だろうがその言葉にはベリトの言葉以上に皮肉がこもっており、話が聞こえていたカトレアは思わず後ろで吹き出す。ルナが皮肉など使いこなせるはずもない。何食わぬ顔で棘を刺しまくるルナがツボに入ったのである。
「てめェ……言うじゃねえか。アロンダイトの魔力空間を壊して脱出だぁ? ホラ吹くのも大概にしとけ! あんなもん壊せる奴なんざ、それこそ俺たち魔族並の魔力の持ち主ぐらいだろうよ! ナメやがって……人間のガキが調子に乗るんじゃねえッ!」
「嘘じゃないんだけどなぁ……まぁいっか。実際に手合わせすれば分かることだし! ほら、早く戦おうよ悪魔さん。ガキに嘗められたままは嫌でしょ?」
ただのひ弱そうな人間の少女に平然と皮肉で言葉を返され、感心すると同時に怒りを感じている様子のベリト。しかしベリトはルナの言葉を信じていないらしかった。それもそのはず。アロンダイトの魔剣の力は、カリバーン王国でも一か二を争うほどの魔力馬鹿であるガウェインすら洗脳する程の力なのだ。それをただの小娘が破壊したなど信じられるわけがない。
そしてにやりと小さく笑みを浮かべ、一部言葉を強調しつつベリトを挑発するルナ。その目は笑っておらず、瞳の奥からは怒りが感じられた。
……平然としているように見えるが、その実、ルナは怒っていた。それはベリトにガキと言われたこともあるが、それだけではない。城や仲間達の惨状……そしてその場に居れなかった悔しさ……。死者も出ているのだ。仲間をこんな状態にしたベリトに……そしてその場にいなかった自分に対してルナは怒っているのだ。
「ガキが……! ぶっ殺す!!」
そしてルナの挑発を受けたベリトは、鋭い眼光を光らせながら剣を構えて突進する。相変わらず凄まじい速度だ。並の人間ならすでにここでリタイアだろう。
しかしルナは横薙ぎに振られた魔剣を、身を仰向けに反らすことで簡単に避けてみせる。こうしてルナとベリトの一対一での戦いが幕を開けた――。
凄まじい速さで立ち回り、様々な方向から高速で振るわれるベリトの攻撃をひょいひょいと身軽に躱していくルナ。小さな体躯を活かしたその身軽さは、相も変わらず健在のようだ。だが、ルナはずっと無言で避けているだけで攻撃することはなく、一方的にベリトだけが攻撃し続けていた。
「どうしたァ! 避けてばかりじゃ何も始まらねえぞ! それとも俺の攻撃が速すぎて手が出せねえのかなあ!? 早くしねぇと仲間の時間切れが来ちまうぞォ!」
ルナはベリトの攻撃に対し、決して余裕がないわけではなかったが、あることを考えていた。だから避けることに専念していたのだが、確かにベリトの言うことも一理ある。このままでは徒に時間が過ぎ、ラフィやトリスタンの命が尽きてしまうだろう。今はマナが頑張っているとはいえ、それも時間の問題だ。故にルナはベリトの言う通り、攻撃を避けながら右手を小さく構える。
「【フローズンバレット】――」
ベリトに向けて短詠唱で放ったのは、カトレア戦でも見せた上級氷魔法……氷で作られた複数の素早い弾丸が相手を襲う、中級魔法であるアイスバレットの上位魔法だ。アイスバレットよりも数が多く、大きさも小さくさらに素早くなった弾丸は、凄まじい速度で形成され、こちらへ接近するベリトへ向かって飛んでいく。
しかし……とても速い弾だがそれはベリトの全速力よりは遅く、まるで埃を払うかのようにベリトはその鋭く硬い凶悪な左手でルナの魔法を弾く。
「こんなカスみてぇな魔法効かねえな! どうせならさっきみたいなもん撃ったらどうだァ!?」
腐っても上級魔法。そんなあっさりとどうにか出来てしまう代物でもないのだが、手で払うだけで簡単に弾かれてしまった魔法を見て、ルナは先程考えていたことを再度頭に浮かべ始める。
(分かってたけど、やっぱりこれじゃ効かないか。思った通り、このままじゃ時間かかっちゃうな……ラフィちゃん達にも限界があるし、大技撃つにも私って詠唱遅いから隙がどうしてもなぁ)
ルナは最初から直感でベリトが簡単には倒せないことには気づいていた。それ故倒すまでに時間がかかり、ラフィ達のほうが先に命の限界を迎えてしまうと考えていたのだ。しかし、一撃に全てを委ねた大技を使おうにも、ベリトの攻撃は非常に速く殺意が高い。そんな隙を見せればベリトは見逃さないだろう。しかし時間がないのも事実……。
「しょうがない……背に腹は代えられないともいうしね! ……『光よ、私は祈る――』」
故にルナは決心した。時間切れより先に倒すことは諦めようと。だがそれはラフィ達を見捨てるわけでも、ベリトとの戦いを放棄するわけでもない。そしてルナは腰を落とし、完全回避の姿勢を取りながら氷魔法の次に得意な光魔法を詠唱し始める。時間はかかるが、ルナの苦手な完全詠唱だ。
(……!? このガキが得意なのは氷魔法のはずだ……それは最初の馬鹿でかい威力の氷魔法を見ればわかる。なら……なぜ元素の五属性の中でも殺傷能力の低い光魔法なんか詠唱し始めた? ……つまり攻撃魔法じゃねぇな、身体強化か! んなめんどくせぇもんさせるかよォ!)
ベリトは突如として光魔法を詠唱し始めたルナを見て、高速で脳をフル回転させて考える。この状況で攻撃魔法を使うなら、光魔法は得意属性でもない限り不毛だ。ならば攻撃魔法はない。光魔法といえば身体強化魔法や治癒魔法、補助の効果が高い魔法がメジャーだ。ならば隙の大きい大魔法じゃなく、身体強化で肉弾戦をしにくるとベリトは考えたのだ。
そしてベリトはみすみす相手に有利な状況を作るほど甘くはない。大魔法でなくとも、わざわざ完全詠唱をしているのなら隙は大きい。そこを突くようにベリトはルナに距離を詰め、剣を振るう。
「『――天より出でて我らを輝き照らせ……』……っ!」
「随分と隙を見せてくれるなガキィ! そんなもん使う前に死んじまったら元も子も無えぞ!!」
詠唱を続けるルナの元に振りかざされる刃。ルナは詠唱を止めることなく、慎重に言葉を紡ぎながらその攻撃を避ける。本来、詠唱をしながら動き回るのは熟練の魔術士でないと難しいが、ルナの天才的な感覚はそれを軽々と飛び越え、高速の連撃を避けながら詠唱をすることを可能にしていた。
しかしさすがのルナといえど、脳のリソースを複数のことに使い、集中を分散していれば、攻撃を完全に回避するのは難しく、直撃はなんとか避けていたものの、身体には徐々に傷が増えていく。小さな傷といえど、その傷は治癒阻害の呪いがかかったアロンダイトでつけられた傷……治癒で治らない傷は、大きさ深さを問わず数が増えれば重傷となるものだ。
だが、それすら厭わずほぼ捨て身のルナは詠唱を止めることはなかった。身体につけられた傷たちはチクチク、ズキズキと脳に鋭い痛みを送ってくるが、そんなものは無視した。
「なんだコイツ……! 隙だらけだってのに攻撃が直撃しねぇ……!? 詠唱を止めやがらねぇ……っ」
ベリトはこれほどまでに攻められ傷が増えても、意地でも詠唱を止めないルナに、久しく忘れていた悪寒を感じていた。それは何かをしようとしているルナに対してのものではなく、傷を負ってでもそれを絶対にやめないというルナの意思に対してのものだった。
「『光芒巡る道よ、我らを導き癒やし給え』――!」
「……ッ! この詠唱……身体強化じゃねえ……っ!? これは……!」
そしてついに詠唱を終えたルナが発動したのは、身体強化ではなく治癒魔法だった。しかし誰に? 目の前にいるのはベリトだけだ。敵に使うはずもない。だが治癒魔法は自分にかけることは出来ない。ならば答えはただひとつ――。
「超級光魔法――クラス9【癒しの光冠】……!」
「ぐぉっ……! なんつー魔力だ……とてもじゃないが近寄れねぇ……! だが……」
完全詠唱で魔力を最大限込めて発動した超級魔法は、周囲に膨大な魔力の渦を作り出し、あまりの風圧に近くにいたベリトをも弾き飛ばす。その奔流は外からは近寄れないほど強く、ベリトは尻込みしていた。ベリトだけではない。背後にいた仲間達も同じようにルナの魔力に驚いていた。
「なんてふざけた量の魔力……ここは任せろというだけはありますわね……!」
「とぼけているようで、予想を裏切るこの力……これも作戦のうちだったということか?」
「馬鹿おっさん、ルナ嬢にはそんな器用なことできねーっての」
凄まじい質量の魔力の中、目を離さずそれを見ていたカトレア達三人は、ベリトと同じようにルナの発動した魔法の規模の大きさに圧倒されていた。そしてルナは周囲に渦巻く光の奔流を大胆に動かす。
「それっ!」
ルナが体全体を大きく使って腕を動かすと、膨大な光の魔力はカトレアやマナ達、そして倒れている怪我人達を包み込む。圧倒感は凄いが、これはあくまで治癒魔法なのだ。当然ルナが向かわせるのは仲間の元である。
「得意属性でもないのに、凄く濃い魔力……! 私でもまだこんな魔法は使えない……それにこの魔法、とても暖かい……。けど、治癒魔法は……」
暖かな光に包まれたマナは、自分の得意属性である光魔法が、得意ではないルナの手でもこれほどの規模の治癒魔法を生み出せることに驚いていた。しかしそんな治癒魔法を身体で感じたマナは、ベリトも同じだが、マナも同じ考えに至る。
「馬鹿が!! そのザコ共の傷はこのアロンダイトでつけた傷だ! 治癒魔法は阻害されて傷は治らねえんだよォ!! クッハハハハァ!!」
(あいつの言う通り、あの魔剣でつけられた傷は治癒魔法じゃ治せない……全く効かないわけじゃないけど、本来の効果と比べても九分九厘効果が阻害されてる……)
治癒の光で一同を包んだルナを見て、馬鹿にしたように嘲笑うベリトと、認めたくはないがその言葉に納得するしかないマナ。先程からラフィを延命措置のために治癒し続けているマナにはそれが痛く実感出来た。
「え……?」
そして暖かい光は皆の頭上で形を変え、まるで巨大な王冠のような形に成ると、ふとマナは異変に気づく。いや、マナだけではない。近くにいたカトレア達や、意識のあったシトラスも気づいていた。
「これは……!」
「傷が……癒えていく?」
ルナの暖かな光の王冠が皆を包み込んだかと思えば、みるみるうちに傷口を塞ぎ、傷を治癒していくではないか。凄まじく圧倒的な魔力の力のおかげか、他の者と比べて比較的軽傷なマナ達はあっという間に傷が完治し、マナやカトレア、ガウェイン、アルは痛みも消えて力が漲る。そして脳震盪の影響で身体に力が入らなかったシトラスも、傷が治ったおかげでその場ですくっと起き上がる。
そして重傷だったラフィやトリスタンやモルドレッドの深い傷も、ゆっくりだが確実に傷が塞がっていく。すぐさま出血は止まり、相変わらず気絶したままだがその表情は苦しそうな表情から、安らかで落ち着いたものへと変わっていった。
「な、なんだと……!? てめぇっ! 何をしやがった!」
それを見たベリトは声を荒らげてルナに問い詰める。治らないはずの傷が、まるで最初から呪いなどなかったかのようにみるみる治っていく様は、治癒阻害の呪いをかけたベリト本人からすれば異様な光景だった。
そして次々と傷が治っていく皆を見ながら、ゆっくりとベリトに振り向いたルナは口角を少し上げながら答える。
「治癒阻害……だっけ? 初めて聞いたし凄い力だなって思ったけど、治癒魔法を完全に遮断出来るわけじゃないんでしょ? ……なら、その呪いよりももっとずーっと大きい魔力で治癒魔法をかけてあげればいいだけなんだよ」
「な……なんだと……? そんな力技が通用するわけ……」
あっけらかんとした様子で簡単に言うルナ。確かにベリトのかけた治癒阻害の呪いは、完全には治癒魔法を無効化出来ない。九割九分。九分九厘。99%。どうしても呪いの限界値はそこまでだ。しかしそれでもたった1%しか効果がないのでは、まともな治癒など出来ない……出来ないはずなのだ。
だがそれでも傷を治していくルナを見て、ベリトはここにきて初めて戦慄していた。治癒阻害を無視しての治癒など……それは呪いをかけた本人であるベリトよりも強い魔力でないと不可能だ。
(ま、まさか……こいつは魔族であるこの俺よりも魔力が……!? ありえねェ! 信じられるかそんな事! 人間如きがこの俺よりも……!)
そう。ベリトよりも魔力が高くなければ不可能なのだ。つまりそれはルナの放った治癒魔法の魔力が、呪いをかけたベリトの魔力を上回ったということだった。
「そんなもん……そんなこと……認められねェんだよッ!!!」
「……はっ!?」
――自分の魔力が目の前の小さな人間よりも劣っている? そんなことは許せない。許さない。……激昂したベリトは剣を鞘に仕舞い、素早く横に飛びながら禍々しい両手を構え、バチバチと音を立てながら巨大化していく紫色の魔力で出来た玉を作り出す。エディンを襲った謎の魔法弾の正体はこれだったのだろう。
その玉から感じられる大きな魔力と、ベリトが位置を変え、狙っているのが自分ではなく後ろで気絶したままのアーサー達であることに気づいたルナは、すぐさまベリトの移動に合わせるように前に出ようとするが、ベリトはそれを待たずに魔法を構える。
「まずい!! 怪我人を狙うつもりだ! 俺たちでは間に合わん……っ!!」
「あの悪魔の動きが速すぎてわたくし達では追いつけませんわ!」
「クソッ! 遠い……!」
「だめえぇぇぇっ!!」
気づいたガウェイン達やマナが叫ぶが、三人は傷は治れど、そこからではベリトの速さに追いつくことは出来ずに、ついにベリトは魔法を発動させた。
「【極大紫電龍弾】ッ!!! 死に晒せえェッ!」
ベリトが全力で放った渾身の魔力弾は、バチバチと激しい電撃を散らせながら高速でアーサー達の元へ迫る。炸裂すれば間違いなく周囲は大きな爆発に飲まれ、気絶している者だけでなく、近くにいるカトレアやマナ達すら巻き込まれることだろう。そのため、こちらも魔力弾を当てて撃ち抜く……といったことも出来なかった。しかしカトレア達では追いつくことも出来ず、体を張って受け止めることも敵わない。すると一人の声があがる。
「せっかく命の危機が去ったのに、そんなことさせないっ!!」
そう言って全力で地面を踏み抜き加速したルナ。その速度は先程の全速力のベリトよりも速く、あっという間にベリトの放った魔力弾の前に辿り着く。
「馬鹿が! 前に立ってどうする? 受け止めれば全員爆発に巻き込まれて死に、そこで攻撃して爆発しても全員死ぬ! 結局死ぬんだよお前らはァ!!」
ベリトの言う通り、あの魔力弾に込められた魔力はとても濃く、そして攻撃的だ。少しでも強い刺激を与えれば激しい爆発が起こり、すぐさま周囲は包まれ我々ごと消し飛ぶだろう。
「ふぅっ……! クラス6【シャイニーフル・エンチャント】!」
ルナは頬に汗を伝わせつつも、短詠唱で身体強化魔法をかける。そして覚悟を決めたルナは魔力弾を前に、腰を落とし腕を広げる。その構えは、まるで飛んできた頭サイズのボールを身体でキャッチする時のような構えだった。
そしてベリトの極大紫電龍弾がいよいよ目前に迫った時、ルナはそれを腕で捕まえ、全身を使って抑え込む。バチバチと身体に電撃が流れるが、その痛みは身体強化の効果で無理矢理無視した。そして――。
ドオオオオオォォォォォンッッ――!!!!!
凄まじい閃光を放ったかと思えば、周囲には巨大な爆発が起き――……いや、巨大な爆発音が鳴り響いただけだった……。
「っ………??」
「一体なにがおきたんだ……?」
「爆発はしたはず……」
困惑する一同。……そして周りを見渡して一同は気づく。爆発は確かにしたはずなのに周囲には何の変化もないことに。そして、一人……小さな身体から黒い煙を上げ、電撃の残滓をぱちぱちと残しているルナの姿に。
「ぐうっ……ビリビリするぅ……! 痛ぁい……でも、上手くいった……!」
真っ黒に焼けた手を見つつ、膝をついたまま後ろを見て被害がないことを確認して安堵するルナ。ルナは身体強化で身体の頑丈さを増強し、全身で魔力弾を包み込むことによって無理矢理あの爆発を抑え込んだのだ。ルナは簡単にやってのけたが、普通の身体強化魔法の使い手では魔力が足りず、身体が崩壊することだろう。……だが、安心したのも束の間――。
「「ルナッッッ!!!!」」
「……!?」
「――イヒッ……!」
突如背後から叫ばれるマナとカトレアの声。そしてそれに反応してルナはハッとするが、時はすでに遅かった。無防備なルナの前には勝ち誇った下卑た笑みを浮かべ、アロンダイトを振りかぶったベリトがいた。あの爆発の閃光が周囲を包んだ瞬間にベリトはルナに向けて距離を詰めていた。あの魔力弾は気絶している者を狙って放ったのではなく、それを守るために動くと予想したルナを狙ったものだったのだ。
そして言葉を吐く間もなく、ベリトは容赦なくその剣を斜めに振り下ろし、ルナの身体を深く斬り裂いた。
「がはっ……!」
斬られた身体からはビシャッと血が激しく噴き出し、痛みに顔を歪めるルナ。ルナがここまでやられているところは見たことがないマナとカトレアは、思わず声すら出せずに口を抑えていた。ルナ自身、これほどの傷を負うのは数年ぶりだ。
そしてルナは痛みと共に、身体が仰け反って倒れようとするが、寸前……ニヒッと笑ったベリトはさらに剣を突き立て、ルナの腹を容赦なく貫いた。
「イヒヒッ……良い姿だなァクソガキィ……! まさか爆発ごと身体で抑え込んじまうとはなァ……っても、もう言葉も出せねぇか?」
「ぁぐっ……が……ぁっ……!?」
あまりの激痛に言葉すら出ないルナ。腹からはどろどろと血が流れ出し、内臓もぐちゃぐちゃになっていることだろう。剣に貫かれたルナはそのまま仰け反った体勢で固定される。目は虚ろになり、指すら動かせなくなっていた。
「あぁ……そんな……いけませんわ……ルナ……っ」
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そんなルナを見て、絶望の表情でガクンと膝をついたカトレアと、親友が貫かれた瞬間を見てしまったマナの悲鳴が辺りに木霊した――。




