36.復讐、絶望、救済
「――あのっ! ……ねえってば! おーいカトレアさーんっ!」
「………」
「………」
「……あら、なんでしょう? シトラスさん……でしたかしら」
「はい! シトラスですっ★ ……いやそうじゃなくって! 反応おっそ!? ぼーっとしてたらいつ襲われるか分かんないよ!?」
思い詰めた様子のカトレアに対し、一生懸命声をかけるシトラス。相変わらず周囲は煙幕で分断されているが、カトレアとシトラスの二人は運良く近くにいたため、分断されることはなかったのだ。
「失礼……少々考えておりまして……」
「それはいいけど……さっきからずっとじゃないですか~。特にあの、ベリトとかいう悪魔が正体を明かした辺りから……」
「……っ!」
思い詰めたり、落ち込んだりと感情的に忙しい様子のカトレアを見て、率直な意見を述べるシトラスだったが、シトラスが『悪魔』という単語を発した瞬間、またしてもカトレアの雰囲気は変わる。
敵意のようで……寂しさも混じった……怒りでもあるような、不思議な感覚。
シトラスは昔から、人の感情を感覚で感じることが出来た。いわゆるシックスセンスという物である。ムードメーカーな性格はそこから来ているのだ。
そんなシトラスには、今のカトレアからは最初に見た時の落ち着いていて、自信たっぷりな感情が感じられなかった。言ってしまえば今の状態は不快であった。感情に身を任せた、自己中心的な考えをしている感覚がする。そんなカトレアといるのはきまずい……というか、普通に嫌! そう思ったからこそシトラスは先程から積極的に話しかけているのだ。ムードメーカーの本領発揮である。
「……過去に悪魔と何かあったんですね?」
「!」
シトラスが直球で質問すると、カトレアは反応し、強く歯を噛みしめる。今、強く感情が揺らいだ。怒りだ。どうやら予想通り、悪魔に対して相当な過去があるようだ。
「……悪魔と何か揉め事ですか?」
「違いますわ……」
「じゃあ、物を奪われたとか壊されたとか?」
「………」
わずかに感情が揺らいだ。あまり人の心に土足で踏み入るのは良くないのは分かっている。だが、今のカトレアは間違いなく不安定だ。少しでも理解してあげたい。シトラスはそう思った。そしてシトラスは質問を続ける。
「大切なものを奪われたか、壊された?」
「っ……」
シトラスが今の質問でカトレアから感じたのは、愛情――虚しさ――寂しさ――悔しさ――。そして、悲しさ。失った、奪われたものに対する感情だろう。
ならば、次の質問はこれしかない。そう思ったシトラスはこれで最後にすると決め、最後の質問を投げかける。
「……大切な人を、殺された?」
「……っ!!」
シトラスが言葉を終えた瞬間、カトレアは刺すような眼光でシトラスを睨み、直後二人の周囲には猛烈な強風が吹き始める。それによって二人を囲っていた範囲だけ濃い煙幕が消し飛び、まるで二人の周りは戦いのフィールドのようになっていた。
(これは……怒りだ。それも強烈なまでの……。もう一つは憎悪……とても深い……。そして感情のうちのかなりを占めているこれは……異常なまでの……殺意)
強い風に吹かれながら、真剣な眼差しでカトレアを見つめるシトラス。大切な人を殺した悪魔に対する怒り、憎しみ、殺意……。間違いなくカトレアは過去に誰かを悪魔に殺されている。シトラスは感情を感じ取るシックスセンスで、そこまで読み取ることが出来た。
しかし、理解は出来ても、受け入れることは出来ない。復讐のための殺意など……。
「しつこく質問してごめん。私、その人の感情が感覚でだけど分かるんです」
「……それで、わたくしに質問をして試したと?」
訝しげにシトラスを見つめるカトレア。自分のせいではあるが、シトラスはその視線がとても気まずく思えた。
だが、向き合って話さなければならない。一時とはいえ、今は仲間であることに変わりはないのだから。
「……はい」
「それで、人の心に土足で踏み入って、何か分かりましたの?」
カトレアの言葉は酷く冷たく、感情を読むまでもなく怒っていることは察せた。シトラスは、やっちゃったかな……と内心少し焦っていた。
「多分、カトレアさんが家族か友人を昔悪魔に殺されて、復讐をしようとしているのは分かりました」
「……そう、ですわね。大体当たってますわ。そこまで分かるなんて、凄いですわね? 俗に言う第六感……シックスセンスというものかしら?」
シトラスは、自分が感じたままを嘘偽りなく素直に話す。カトレアと向き合い、理解し、話し合うためだ。きっと彼女には嫌われるだろうが、復讐心で誰かを殺すような、救えない者を生み出すよりかはずっといい。
「でも復讐で悪魔を殺すなんて……! それじゃ悪魔と同じだよ!」
「悪魔は皆狡猾で、簡単に人を騙し、遊び半分で人を殺す……そんな種族、全員消してしまえばいいんですわ」
「そんなっ……! でも……悪魔達だって、私たちと同じように感情があって、私たちと同じように生きてるんだよ!? 住む場所は違えど、きっと優しい悪魔だっている。それを無視して全員消すだなんて、絶対に言っちゃダメです!」
カトレアの憎しみの深さは分かっている。だが、悪魔にも住む場所があって、仲間もいて、命も、感情もある。環境に見た目や思想は違うかもしれないが、根本的には人間と大差ない種族だ。それらを全て消そうとしているカトレアは絶対に間違っている。
「でもっ!!!」
「……っ!」
らしくもなく大きく声を張り上げるカトレア。その体はぷるぷると震え、目には小さな雫が滲んでいた。
「それなら……わたくしの大切なものを理由もなく突然奪っていったあの悪魔はなんなんですのよ……っ! アイツとも分かりあえると!? それにあのベリトとかいう悪魔! あの悪魔もアイツも同じですわ……人殺しを楽しんで……世の中には分かりあえない人だって多くいますのよ! それが私から家族を奪ったアイツですわ!!」
涙を零しながら、膝をついて思いを吐露するカトレア。シトラスと話しているうちに、感情が溢れてきてしまったのだろう。いつしか、周囲に吹いていた強風は止んでいた。
シトラスはカトレアに寄り添い、背中をさする。きっと自分が思っている以上に残酷な出来事があったのだ。それを少しでも自分から話してくれたカトレアには感謝しかなかった。
そしてシトラスは気持ちを切り替え、一つの決心をする。
「よし、分かった! じゃあ私がカトレアさんを手伝うよっ!」
「は……? さっき復讐はダメだって言ってたのはあなたでしょう……?」
「もちろん復讐はダメです! 悪魔を殺すのも……相手にもよるけど、無害そうならダメということにしておきましょう!」
カトレアの前に立ち上がり、腰に手を当てて宣言するシトラス。そんなシトラスにカトレアは心底困惑していた。
「カトレアさんがこれからするのは復讐じゃなくて、仇討ちです! そして悪魔は強いでしょうし、私も仇討ちならば加勢します!」
「何を勝手なことを仰って……それに、復讐も仇討ちも一緒じゃ……」
突然突拍子もないことを言い出すシトラスに、さらなる困惑を抱えるカトレア。だが、シトラスは明るい顔で言葉を続ける。
「いーんです! それに似てるようで、全然違いますよ? 憎しみだけしかない復讐よりも、愛する家族への思いやりでの仇討ちです! さっきカトレアさんに質問した時、色々な感情が流れてきました。怒り、憎しみ、殺意……他にも悔しさや悲しさ、そして何より愛情がありました……!」
先程の質問で、カトレアから流れてきた感情は負の感情が多い中、唯一あった正の感情、それが愛だ。憎しみで動く復讐ではなく、家族への愛情を証明するため仇を取る。シトラスが言いたいのはそういうことだった。要は原動力や気持ちの問題、正当性という奴である。
「憎しみの復讐ではなく、愛する家族のための仇討ち……」
「そーです! 仇討ちなんて、亡くなったご家族は望んでないかもしれないですけど、自分達のために復讐する娘さんなんて、ご家族はもっと望んでないと思いますよ?」
「……!」
シトラスの言葉を聞き、カトレアの心は大きく揺らいでいた。確かに今まで、家族への想いを棚に上げて、復讐心に駆られるあまり、ただ憎い悪魔を殺したいと、そう思っていたかもしれない。いや、思っていたのだ。
長い間復讐心によって忘れていた、家族への愛を思い出させてくれたシトラスに、カトレアは感謝していた。そして同時に、またしてもカトレアの目からは涙が零れ始める。
「ごめんなさい……! わたくしは、今まで大事なことを忘れていましたわ……。そしてありがとうございますシトラスさん。大事なものへの想いを、思い出させてくれて」
「良かった! カトレアさんの感情が、私の好きなカトレアさんに戻った感じがする!」
「カトレアでいいですわよ」
「……はいっ!」
シトラスはカトレアに手を差し伸べ、立ち上がらせてそのまま固い握手をする。まだ根本的な解決にはなっていないが、カトレアはシトラスの手を借り、大きな第一歩を踏み出したのだ。これからは憎しみに駆られ、衝動で悪魔達を全て葬るなどとは考えないだろう。
「何があったかは詳しく聞かないけど、いつでも手は貸すからね! その悪い悪魔を倒す時まで!」
「ええ! まずはとにかく、今降りかかる災厄を払い除けるところからですわね!」
そう言って張り切る二人。こんな状況だが、二人の仲は深く進行したようである。
『――ふふっ、やっぱり自信家のカトレアが一番ねっ! あのシトラスって子には一応感謝しておこうかしらっ!』
そしてカトレア達の聞こえない位置で、安堵したように小さく呟くシルファであった。彼女も彼女なりに思い詰めるカトレアを心配していたのだろう。
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「それで、この煙……中々晴れないけどやっぱりあの悪魔の仕業だよね?」
「恐らく、そうですわね。わたくし達を分断して邪魔が入らないよう効率よく始末するつもりなのでしょう」
気を取り直した二人は、周囲を覆っている濃い煙幕について考察していた。十中八九ベリトの仕業であることは予想できたが、皆の姿が見えないのは心配だ。よって……二人は視線を交わす。
「んじゃあさっそく……」
「ええ、ですわね」
「「吹き飛ばしますか!」」
そう言うと二人は拳と細剣を構え、吶喊――!
「根性おおおぉぉぉぉっ!!! おらおらおらおらあぁっ!」
凄まじい拳圧での乱打を煙に向けて放つシトラス。魔法を一切使っていないただのフィジカルだというのにも関わらず、煙はみるみるうちに移動していく。
「さぁ【シルファ】! 行きますわよっ! 【ストームブリンガー】!!」
そして同時に、隣にいたカトレアはシルファの力も借りて、周囲に複数の暴風を生み出す上級風魔法を発動する。トリアの街の闘技場でルナと戦った際に、今と同じようにルナが焚いた煙幕を払うために放った魔法である。
二人の生み出す風は、みるみるうちに煙を吹き飛ばし、あっという間に玉座の部屋は元通りに見通しがよくなる。
だが、二人が周囲を見ると、立っているのはマナとガウェイン、そしてトリスタンとその横に血を流して膝をついているモルドレッド、そして同じく刀を杖のようにして膝をついているクロエだけだった。
「煙が晴れた……カトレア達の仕業ね!」
カトレアとシトラスの手によって煙が晴れ、満足そうなマナ。
「ようやく晴れやがったか畜生……」
そして煙幕の中で一人戦っていたのか、傷だらけで疲弊した様子のクロエ。危険度が一番高そうではあるが、そこはアルの腕の見せ所だろう。
「モルドレッド! しっかり! 皆いるよ!」
「ああ、まだ俺はやれる……!」
モルドレッドはトリスタンといたようで、クロエのように襲われたのか、上半身に出来ている斜めに深く入った裂傷からは血が滲んでおり、トリスタンに肩を借りていた。
再び合流することが出来てホッとする一同だったが、同時にやってきたのは絶望でもあった……。
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「嘘……! エディンさん! ラフィ!? お願い、目を開けてぇっ!」
「そんな……っ!」
へたりと座りこんで泣き叫ぶシトラスと、ショックで呆然としているカトレアの目の前には、地面に黒焦げになって倒れているエディンと、腹に剣で突き刺したような穴が空いて血だらけで倒れているラフィがいた。
悪魔とは、時に人に手を貸し、時に人を騙し、時に人を殺す。そういう種族なのだ。残酷にも、分断されてしまったのが近接戦闘に弱い二人だったということもある。一切の抵抗の痕跡もなく、二人はやられていた。なんと虚しいことか――。
「くっ……!」
泣き喚くシトラスを見て、カトレアの中で先程消えたはずの、どす黒い感情が芽生える……。殺意――。憎悪――。悪魔とは、こういったことを平然としてくる生物なのだ。やはり存在していてはならない――。
だが、負の感情に包まれる寸前で、血が滲むほど強く拳に力を入れるカトレアの手をシトラスが握る。その手はとても暖かく、再度黒く染まりかけた心をゆっくりと溶かしていく。
「ぐすっ……落ち着いて、カトレア。さっきの私の言葉、もう忘れちゃった?」
「……ふーっ。……いえ、ごめんなさいシトラスさん。ありがとう。そうでしたわね……」
「うん……」
流していた涙をこらえ、シトラスはカトレアを優先して優しく声をかける。今一番辛いのは、仲の良かったラフィがこの状態であるシトラスの方のはずなのに……。おかげでカトレアは頭が冷めた。先程約束したばかりではないか。憎しみによる復讐心ではなく、家族への想いで戦おうと。
「どいてっ! 診るから!」
そして異変に気づいたマナは、ガウェインと共にシトラス達の元へと駆けてくる。このメンバーでは、治癒魔法がそれなりに使える者はマナくらいしかいないのだ。生きていれば……生きていれば治癒が出来る……。
「くっ……! エディンはもう……」
「そんな……」
エディンはすでに息をしておらず、その時から随分と経っていた。もう手遅れだったのだ……。そして、マナは次に腹に穴が空いている血だらけのラフィを診る。
彼女はエディンから少し距離があり、恐らく近くにいたエディンが不意打ちか何かで殺された際に、助けを求めて煙の中を彷徨ったのだろうということがマナには推察出来た。獲物を追い詰める狩人のような残酷な手段だ。マナは心のなかで反吐を吐いていた。
「……! まだラフィは息があるわ……!」
「本当に!?」
そしてラフィを診ていたマナは、わずかだが息があり、弱々しくも心臓と脈が動いていることに気付く。まだ生きている。それに真っ先に反応したのはシトラスだ。しかし……。
「でも、出血があまりにも酷い……! それにアーサーの言っていた魔剣の呪い……本当に治癒魔法がほとんど効かない……! 申し訳ないけど、私の治癒魔法じゃわずかな延命くらいにしかならないわ……」
ラフィも、襲われてから随分と時間が経っていた。むしろ生きているのは奇跡に近かった。それは本人の生命力の高さゆえであろう。すぐに傷の治癒を始めたマナだが、やはり魔剣の呪いによる治癒阻害は凶悪なもので、全く効かないわけではないようだが、マナの治癒魔法では焼け石に水。そう言ってマナは残酷な現実を告げる。
しかし、まだ生きているのであれば、助かる可能性はあるのだ。諦める理由にはならない。そう思ったのか、シトラスはマナに訊ねる。
「じゃあすぐにお医者様の元に連れて行けば!」
「……ええ。助かる可能性はあるわね……でも、まずは"アイツ"をなんとかしないことには始まらないわよ」
そう言ってマナが視線をやるのは、玉座に座って悠々とこちらを見ている一人の悪魔だった。そして視線を受けたベリトは、玉座に座ったまま口を開く。
「なんだ、そいつ生きてたか。そりゃ良かったなァ! でもこの後全員死ぬんだから今延命しようが関係ない話だよなァ~?」
そう言ってゆっくりと立ち上がるベリト。その背中には煙幕が展開される前にはなかったはずの黒い翼と黒い尻尾が生えていた。より悪魔らしくなったというべきか。
「私とガウェインがつけた傷もない……。第二形態とか、真の姿とかそういうやつかしら?」
「くっははははっ! ……まあそんなところさ! ほら、さっさと俺を殺さねえとそこの女が死んじまうぞ?」
相変わらず皮肉たっぷりな発言ばかりだが、それも事実だ。急がなければラフィの命は危険だ。だが、マナは延命措置のため動けない。よってマナを守るように側に立ったのはガウェインとアルであった。
「お互い一度戦った仲だ。どういう戦い方か、手の内はもう知ってるだろ? おっさん!」
「おうともさ! 戦友は死んでも俺が守ってやるよ! もう一人の戦友よ!」
「おっ! いいなぁ戦友! 俺も使おっかなぁ~?」
すっかり意気投合し、頼もしくもある二人は無防備なマナを守るためにそこに立つ。それはマナ、クロエ、ガウェインが一度戦った仲であることも関係していた。言葉には出さないが、ガウェインなりの、せめてもの罪滅ぼしなのかもしれない。
そしてベリトと戦うために前に出たのはトリスタン、モルドレッド、シトラス、カトレアの四人である。負傷はしているが、それぞれのチームから出た最高のメンバーだ。
「ぁん? そこの黒髪のガキは結構やるようだから、守る方じゃなく攻める方に来てほしかったがなァ?」
煙幕の中、一人でベリトと善戦していた様子からも見て取れるが、ベリト本人からしてみてもアルは中々の実力だったらしい。さすがは昔の達人といったところか。
「あいにくだけど、お前は僕たちが倒すから、すぐにそんな余裕こいてる暇も無くしてあげるよ!」
トリスタンはベリトに対し、自信たっぷりに啖呵を切るが、余裕など微塵もない。ただの虚栄だ。だが、自分達がやらねばどのみち全員死ぬのだ。血反吐を吐いてでも勝たなければいけない。
「イヒヒヒッ……! 言うじゃねえかトリスタン! 俺はお前も強いから好きだぜェ? そこのボロ騎士様と違ってザコじゃねえからなあ?」
「くっ……ほざけ……!」
ベリトに小馬鹿にされたモルドレッドは、吐き捨てるように言うと、クラレントを構えて魔力を込める。それに合わせるようにトリスタン、カトレア、シトラスの三人も武器を構える。戦闘開始だ。
「さァ、第二ラウンドと行こうぜェッ!!!」




