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天才と脳筋は紙一重  作者: たんすちゃん
《第二章》-王国奪還編-
32/100

32.帝国、決着!

 ―――真っ暗で何も感じない……聞こえない……。今、私は本当に目を開けているの? 意識はあるの? 声を出してみても、それは本当に実際に口から出ている言葉なの? 手を伸ばしてみても掴むのは闇ばかり。今、私はどこにいるの?

 あの魔剣の魔力の中へ閉じ込められてから、もうどれだけの時間が経っただろうか。相対したとき、殺気や気配すら何も感じなかった魔力は、その中すらも何も感じず、自分がどこにいるのか、自分が目を開けているのかも分からず、そして何も感覚のない闇の中では時間の感覚すらも狂い、もう何時間、何日も経ったような気さえしていた。

 まるで意識のみが覚醒した眠りの中にいるような状態に陥ったルナは、そこから抜け出すことは敵わず、ただ永久にも感じる時をそこで過ごしていた。そうして変化のない時間を虚無感に包まれながら漂っていると、何も聞こえないはずの耳に久しく声が届く。


『私、約束を破るのは嫌いなの』

『友達……だし?』

『チーム『エクリプス』結成ね!』


「マナちゃんの声……初めて会った時、温泉に行った時、チームを組んだ時……他にも……」

 果たしてそれは実際に耳に聞こえているのか、無意識に脳内で思い出を再生しているだけなのか、あまりの虚無感に幻聴が聞こえてしまっただけなのかは分からない。いずれにせよ、時の流れが狂ってしまったルナに届いた数時間、数日、数ヶ月ぶりにも感じる懐かしい声は、さらなる孤独感を生み、寂しさが込み上げてくるだけだった。


『こ、こんにちは! 僕、クロエって言います! よく間違われますけど、一応これでも男です!』

『僕と歳も背丈も大して変わらないのに、ルナちゃんは強いんだね』


『決勝で待ってますわよ!』

『いつか本当の本気を出させて差し上げますわ! その時はリベンジ、ですわよ?』


「クロエくんにカトレア……私の大事な思い出……。会いたいよ、みんなぁ……」

 聞こえてくる声はマナだけでなく、クロエやカトレアの物もあった。何も感じない闇の空間に独りぼっち。そんな中で聞こえる仲間の声は、寂しさをより一層強くする。

 強い孤独感による寂しさ、切なさ、虚しさは、ルナの心をこの空間のような深い闇の底へと(いざな)っていく。

 次第に瞳からは光が消え、虚無へと向かいゆっくりと進んでいくルナは、アロンダイトの魔力に包まれて、その意識を完全に手放した。寂しい孤独感を胸に抱いて――……。


_

_

_


「ちぇすとおぉぉぉっ!!」

 拳に力を込め、ランスローテの元へと急接近し吶喊するシトラス。


シュシュシュッ!!


「動きが直線的だ。デュランダルのA級冒険者とはこの程度のものなのか?」

 だが、その振り抜いた拳はするすると簡単に避け切られてしまう。直後、後方からラフィの詠唱した中級炎魔法が飛んでくるが、それも魔剣アロンダイトによってあっさり弾かれた。


「あーもうっ! さっきから避けてばっかじゃん! 早くルナちゃんさんを助けないといけないのに!」

「当然だろう! 私はあの少女の洗脳が終わるまで時間を稼ぐだけでいい。貴様らを始末するのは容易いことだが、折角ならば仲間同士で戦うところを見てみたいと思うのは普通だろう?」

 ルナが暗闇の空間で心までも包まれていく一方で、シトラス達は頑丈な球体を破壊することは諦め、発動者のランスローテをどうにかしようとしていた。

 だが、シトラスとラフィは時間稼ぎに徹するランスローテに中々攻撃を当てられずにいた。


「何やってんですかシトラスさん! 早く倒してくださいよ! 急がないとルナさんが!」

「ええっ、私~!? ラフィだってさっきから魔法一回も当たってないじゃん!」

 シトラスがランスローテから一旦距離を取ったところで、下がってきたシトラスに対して不満を垂れるラフィ。なんとも理不尽である。


「私は別にいいんですよ! 魔法って前衛職の方達が思ってるより当てるの難しいんですからね!?」

 確かにラフィの言うことも一理ある。魔法は武器を振るよりも色々と考えることが多く、制御も難しいため狙ったところに寸分違わず完璧に当てられる者は少ないのだ。詠唱、イメージ、相性、規模、狙い――それらすべてを思考しなければいけないのだから。

 それを聞いたシトラスは、確かに……といった顔ですんなりラフィの言葉を受け入れてしまう。ちょろい……ちょろいぞムードメーカー……。


「なるほど……じゃあ私が不甲斐ないってことか!」

「そうです! シトラスさんが軟弱者なんです!」

「……もしかして、ラフィって私のこと嫌い……?」

 自分を棚に上げ続けるラフィの毒舌っぷりに、流石のシトラスも少し傷ついたようだった。まさか? と肩を竦めるラフィを横目に、シトラスは気持ちを切り替えてランスローテを見据える。相変わらずランスローテは時間稼ぎのため、こちらが話している間も何もせず見ているだけだった。


「とにかくこのままじゃキリがないし、私がランスローテさんの動きを抑えるから、ラフィは一番得意な魔法を準備しておいて!」

 急に真面目モードになったシトラスは、気を取り直してシンプルな作戦を伝える。それを聞いたラフィは小さく頷くとスタッフを構えて詠唱の準備に入る。


「……分かりました。では遠慮なく完全な長詠唱で魔法を使わせてもらいます。私は暫く支援ができなくなるので気をつけてくださいよ? シトラスさんが先にやられちゃったら意味がないんですからね! 『――燃え盛る炎よ、今――その形を変え……』」

 それだけ言うとラフィは魔法の詠唱に入ってしまった。完全な長詠唱とまで言うのなら、きっとかなり強力な魔法に違いない。シトラスはあまり魔法は得意ではないが、それだけはなんとなく理解できた。


「おっけー……じゃ、あわよくば倒せたらいいって感じで……行っちゃうよっ!」

 シトラスはラフィに頷き返すと、自分に言い聞かせるように呟きつつ、拳を構えてランスローテの方へと駆け出した。




「おや、作戦会議は終わったのか? 私としては、そのままそこで二人芸を披露していてもらって……構わないんだがなぁッ!」


がちんっ!!


 ゆっくりと話しながら、高速接近するシトラスの攻撃を剣の腹で受け止めるランスローテ。ぶつかりあった箇所からは、弾けるような金属音が響き渡る。

 シトラスの身に着けているタクティカルグローブは、『マウンテンロックベア』というA級のモンスターの皮を加工して作られた、剣を弾き岩をも砕く頑丈な手袋だ。そのため剣ともこうして、殴り、渡り合えるのだ。


「私があなたをぶっ飛ばすってことは決まったよっ! だから大人しくやられてくださあぁぁい!」

 

がちんっ!

がんがんがん!


 凄まじい乱打を繰り出すシトラス。先程とは全く動きの違う猛攻。恐らくまだ本気ではなかったのだろう。だが、その連打もランスローテの剣捌きによってすべて上手くガードされてしまう。


「どうした! 威勢の良いことを言う割に、少し動きが変わっただけか? その程度では私を倒すなど夢のまた向こうだぞ!」

「私のせいでデュランダルの冒険者が弱いなんて誤解されないように……ランスローテさんにはちょっとびっくりしてもらおうかな!」

「なに……?」

 余裕の態度で煽ってくるランスローテに対し、啖呵を切ってわずかに距離を取るシトラス。その自信は長い間鍛錬した一つの特技にあった。怪訝な表情を浮かべるランスローテから視線を外さないように、シトラスはゆっくりと横に歩き始める。

 大きく円を描くようにランスローテの周囲を慎重に、かつ丁寧に歩き続けるシトラス。暫く続けていると、意味のない謎の行動にしか見えないそれは、やがて状況に変化を(もたら)す。


「なんだ……これは……?」

 声を漏らすランスローテの視線の先には、相変わらずゆっくりと歩き続けるシトラスがいた。しかし、その傍にはもう一人のシトラスが後をつくように歩いていた……。気づけば周囲の足音も増え、次第に一人……また一人とシトラスの分身は数を増やしていく。


カツ……カツ……カツ……


ザッ……ザッ……ザッ……!


(これは……幻覚? それともなにかの魔法か……? だがそんなものを使う素振りは見せていなかったはず……)

 今まで見たことのない異常な光景に困惑を隠せないランスローテ。こうしている間にもシトラスの分身体はその数を増やし続けている。

 しかし、これほどの数の分身……実体は一つしかないはず。こんなもの、ただの目眩ましだ。魔力を探れば本体がどれなのかなどすぐに分かる。そう考え、少し驚いたがすぐに冷静になったランスローテは意識を集中させ、魔力を宿している分身を探す。

 そしてそれを悠長に待っているはずもない十数人もの分身となったシトラスは、一斉にランスローテへ向かって拳を振りかざし襲いかかっていく。


「「「「くらえええええっ!!」」」」


 ランスローテは次々と殴りかかってくるシトラス達の攻撃を、気にすることもなく簡単に剣で薙ぎ払って掻き消していく。実体ではないと分かっているのだ。ただの偽物(フェイク)……当たるわけがない。そしてランスローテはそれらを無視しながら、ついに一つの魔力を宿すシトラスを捉える。――本体だ。間違いない。


(見つけたぞ、小賢しい小娘が!)

 直後、その魔力を宿したシトラスも分身に紛れて背後からランスローテへと突進してくる。――この女は私がすでに位置を特定できていることを分かっていない……そう確信し、ニヤリと笑みをこぼしたランスローテは、まるで隙を見せたように見せかけ、突如背後へ振り向き剣を突き出す。


「そこだ! 見えているぞ冒険者ッ!」

「……!」


ブシュッ……


 嫌な音と共に、突き出した剣は背後から飛びかかってきていたシトラスの腹を貫く。――死んだ。そう思った。勝利を確信した。……だが、次の瞬間ランスローテの顔からは笑みが消える。

 貫いた()()は手応えがなかったのだ。よく見れば、血も出ていない。そして何より、聞こえるはずの苦痛の声がない。そう思い、まさかと肝を冷やしていると――。


ゴォッ!!


「グッ……!?」

 自分の腹に深く沈む拳。突き刺すような痛みが脳をビリビリと現実へ引き戻す。ランスローテの懐にいたのは魔力を宿していないただの分身……ではなく、シトラス本人だった。

 気づけば、貫いていたはずのシトラスは剣先からモヤのように姿を消し、残っているのは周囲を漂う数人の分身と、今目の前にいる本体のみだった。鈍い痛みから苦痛の表情を浮かべ、冷や汗を流すランスローテ。


「……どう? 驚いたでしょ? ふふっ♪」

 いたずらな笑みを浮かべてランスローテに問うシトラス。


「……ああ。恐らく骨が数本折れただろうな。女とは思えん力だ」

 対するランスローテは皮肉たらしく言葉を返す。先程の一撃……かなり嫌な音が鳴っていた。一歩間違えれば折れた骨が内臓に刺さる可能性もあり得るだろう。

 するとランスローテはシトラスを振り払うべく、剣を素早く引いて周囲を薙ぎ払う。内臓を気にもしない豪胆な姿勢。乗っ取りとはいえ、一応は王というだけはあった。当然この程度の大振りの攻撃に当たるはずもなく、シトラスは予想通り華麗に回避し、二人は再び距離を取る。周囲には相変わらず五人程度の分身が漂っていた。


「分身の本体は魔力を宿しているのが相場……だが……どうやら、その意識こそが貴様の策略だったらしいな」

「そう……これは魔法じゃなくてただの歩法。それに誤魔化しで魔力を混ぜてフェイントをかけたってわけ! タネが分かれば簡単でしょ? 名付けてシトラス歩法っ!」

 シトラスの分身は質量を持たぬ、言わば残像や影のようなものだ。それはシトラスが冒険者としての長い経験の末、独自に編み出した、『始めは非常にゆっくりと歩きつつ、たまに足を早め、相手がそのスロウな動きに慣れてきた辺りで少しずつ加速しては、またしてもゆっくりに戻る』といった、五感の錯覚を利用したかなり特殊な歩法。それがこの『シトラス歩法』だった。


 元々魔力が少なく、魔法が使えないシトラスが考えた混合技がこの分身体なのだ。これは少量の魔力消費で済む上、敵に対するデコイにもなりうる合理的な戦法だ。特に、魔力感知や対人戦に長けている者ほどよく引っかかる。今回のランスローテのように……。逆に言えば、気配察知に長けている者が相手ではほぼ効かない技とも言える。……だがまぁそれでもフィジカルの高いシトラスならば大した問題になりはしないだろうが……。


「魔力感知には頼りきれないというわけか。ならば全ての分身ごと貴様を叩き斬るまでだ!」

 そう言ってシトラスの方へと踏み込むランスローテ。シトラスの実力を理解し、このまま時間稼ぎに徹し続けるのはリスクが高いと判断したらしい。

 そして話している間にも分身を数体増やしていたシトラスは、こちらへ接近してくるランスローテに対抗するように分身たちと共に向かっていく。

 分身は、ただの見せかけで質量はない。そのためフェイントにはなってもランスローテに攻撃が命中することはない。そんな分身を恐れるわけもなく次々と掻き消していくランスローテ。当然だが、分身の中には数体ほど魔力を宿しているものもある。魔力感知に頼っていては先程のように不意を突かれてしまうことは分かっていたが、人はだれしも条件反射というものがある。頭ではわかっていても、つい反射で行動してしまうのだ。

 直後、ランスローテは数の増えた分身たちを軽く倒しながらも、背後から飛びかかってくる魔力の混ざった分身を、フェイクと見抜いてスルーする。その予想は見事に的中。背後から飛びかかってきていた魔力の宿る分身は、ランスローテの体にぶつかるとモヤになって消えていく。


「やはり、魔力持ちはフェイクだったか……。それと本体は……そこの魔力のないお前か?」

 そう言って指を差すと、その先にいた拳を構えている分身……ではなく、シトラス本人がにへらと笑って口を開く。


「ありゃ? さすがに二回目はバレちゃうか~。流石だねぇ、ランスローテさん」

 どうやらランスローテは早くもシトラスの戦法に慣れて、本物を見切り始めたようだった。恐ろしく早い順応能力である。しかしまた、それが欠点になることもあるということなのだが……。


「じゃあ次は全力で行くよ!」

 シトラスは分身のうちの半数に魔力を宿し、その中に紛れ込む。そして分身達全員は高速で駆け、ランスローテの周囲を回り始める。注意を引きつつ、こちらに集中させるための撹乱だ。

 周囲を旋回していた分身は、その中から五体が飛び出しランスローテへと向かっていく。魔力持ちが三体、魔力なしが二体。本物が紛れていてもおかしくない構成だ。そう思ったのかランスローテは大きく飛び退り、分身の攻撃をしっかりと回避してから反撃する。

 すると斬り払われて反撃された分身の中に本体はおらず、五体すべてがモヤとなって空気に溶けていく。だが、絶え間なく追撃は続いた。

 次にかかるのは前方と後方からの二体ずつ、計四体のシトラスだった。前方の二体は魔力なし、後方の二体が魔力持ちと分かりやすい構成。先程よりも素早く、バラけた動きで接近する四体のシトラスは同時に対処するのはほぼ不可能……どちらかを断捨離するしかなかった。そして……。


「魔力持ちはフェイク……ならば、前方の分身が本物だッ!!」

 そう言って背後を無視して剣を構えるランスローテ。先程からシトラスの分身は毎回魔力を宿している方が偽物だった。それがシトラス歩法とやらの戦法なのだろう。そう思っていた。だが、ランスローテはそこで思考を切り替えた。


「……と、見せかけて――」

「……ッ!?」

 前方の分身へと向いていたランスローテは、突然背後から飛びかかる分身たちに向けて剣を構え直し、右の分身は無視して左のシトラスへと剣を突き刺す。


ざしゅっ……!


「……貴様はわりかし頭がキレそうだ。だから……そんなシンプルな戦法ではないのだろう?」

「あはー……もうバレちゃったかぁ……」

 嫌な汗が噴き出し、崩れた苦笑いで言葉を返すシトラス。ランスローテの剣はシトラスの脇を掠め、シトラスの脇腹からは痛々しく血が滲んでいた。飛びかかっていた三体の分身は消え、背後にいた魔力を持った一体が本物だったのだ。

 シトラスの腹部のど真ん中を貫くべく狙いを定めた剣は、幸いにも咄嗟にギリギリ反応できたおかげで致命傷とはならなかった。……が、脇腹は深く抉れ、ジリジリとした激痛が走っていた。


「……なんで、分かったの? 猛者の勘……ってやつ?」

 息を上げながら尋ねるシトラス。熟練の戦士は皆戦いの中で培われた鋭い勘というものを持っている。それはシトラスも同じで、当然ランスローテもそうだろう。だが……。


「勘じゃあない。最初の一手の経験から、魔力感知に頼るのは悪手だと思ったが、貴様の分身に宿る魔力がやたらと目についてな。まるで本体はここだと主張しているように……」

 ランスローテは考えていた。一度目は魔力持ちに釣られて不意を突かれた。二度目はその経験を活かし、魔力を宿す分身をフェイクと見抜いた。だが、途中で違和感に気づいたのだ。何故――これほどまでに魔力持ちの分身が視界に入ってくる? 何故――これほどまでに意識が削がれる? もしや、逆に意識させないように存在感を放っているのではないか?

 そう思ったランスローテは、『魔力持ちの分身に気を取られないよう魔力感知を抑える』のではなく、逆に『最大限まで魔力感知の範囲を深く広げた』のだ。そしてランスローテはついに違和感の正体に気づいた。普通の魔力感知では気づけないほどごく微弱ではあるが、小さく少し違和感のある魔力を宿している分身が一体だけいるではないか。そう、それはつまりシトラスの本体ということを表していた。

 シトラスは今まで、デコイに存在感を持たせ、自分の魔力は極小にまで抑え気配を隠していた。さらに今度は魔力を抑えずにデコイに紛れることでさらなる不意打ちが成功しやすくなる。それがシトラス歩法の正体だった。そしてそれにランスローテが気づいたことでシトラスの裏の裏をかくことに成功した……というわけである。


「こんなところだろう。そんなもの、ただの初見殺しだ。仕組みが分かってしまえばどうということはない」

 シトラスに対し、そう言い放つランスローテ。それに対しシトラスは嘲るような態度で言葉を返す。


「んふふふ……全部見抜かれちゃったか! でも……私の狙いは、それだけじゃないんだよ?」


がしっ!


 痛みで汗を流しながらも歪んだ笑みを見せると、シトラスは左手で剣の刀身を抑え、右手で剣を握っているランスローテの持ち手をガッチリと掴む。突然の出来事にランスローテは思わず動揺する。


「なにを……っ!?」

「――ラフィッ!!」


………


「タイミングバッチリ、準備もバッチリですよ! シトラスさん!」

 シトラスが叫ぶと、遥か後方で魔法を長詠唱していたラフィが声をあげる。その周囲には時間を掛けただけあって相当な量の魔力が渦巻いていた。

 そしてラフィはスタッフを構え、左手を添えて仕上げの詠唱を遂げる――。


「『――(たけ)(くる)いて、(またた)(はじ)けっ!』最上級炎魔法――クラス7(セプタ)【ブレイジングエクスプロージョン】!!」

 ラフィが最大限に魔力を高め、最大限に時間を使って詠唱した()()()()()は、周囲に渦巻いていた莫大な魔力を残さず吸収し――蓄え――猛り――そして部屋を埋め尽くさんばかりに大量の、手のひらサイズの小さな火球となる。

 それはラフィの周囲で浮遊し、漂い続けていた。一見小さな初級魔法のファイアボールにしか見えない火球は、通常の炎よりも濃い赤をしており、チリチリ、パチパチと小さな弾ける音を鳴らしていた。その火球に込められた魔力量はかなり多く、小ささと相反して、威力は相当なものであることが窺えた。


「ばっ……馬鹿な!? これほどの魔法を使える者が……いや、そうか……! 私はまんまと時間稼ぎに嵌められたというわけか……皮肉な話だ」

 数百を超えるとてつもない破壊力を秘めた火球を見て、ランスローテは冷や汗が溢れ出す。そして同時に、皮肉にも時間稼ぎをしていた自分がシトラスに時間を稼がれていたことに気づく。最上級魔法などという高等技術、簡単に扱えるはずがない。魔法の完全詠唱に加え、詠唱を普段よりも長くし、安定性……威力……範囲を拡げる長詠唱。それらを駆使せねばならないがための時間稼ぎだったのだ。

 だが、ランスローテが今更気づいたところですでに手遅れだった。シトラスに剣も腕も掴まれ逃げられない状況。そして当のラフィに対し背を向けてしまっているこの状況。勝敗は決した――。


「私ごと……来おおおおおぉぉぉぉいっっっ!!!」

「そりゃもちろん……問答無用! シトラスさんごと逝けええぇぇぇぇぇっっ!!!」

 シトラスの声に共鳴するように、ラフィは叫び、手をかざす。すると周囲に浮いて待機していた極小の火球たちは燻り、加速し、ランスローテとシトラスの元へと急接近する。そして―――。


「よせ……この私がこんなところで……!! よせええぇぇぇっ!!!」

「私も死にそおおおおおおおおおぉぉぉっっ!!!?」



ドゴオオオオォォォォォンッッッ!!!!!!



 ランスローテとシトラス。両名の最後の断末魔を皮切りに、一発目の火球が高速で着弾し、その小ささからは考えられないほどの爆発が巻き起こる。

 そしてさらに二発目、三発目と連続で火球たちが煙の中へ潜っていき、中で連鎖的に大爆発を起こし続ける。



ドゴゴゴォォォッッッッッ!


ドオオオォォォォッ!


バゴオォォォォォン!!



 もはや煙幕で何も見えないが、爆発する火球の追撃は終わらない。最上級魔法というものは準備に時間がかかるぶん、それほどに破壊力も範囲も効果も絶大なのだ。



ドドドドドドドドォォ……!



「最上級魔法なんて……ほんと久々に使いましたけど……我ながら、相変わらず凄い威力……。シトラスさん……貴女の勇姿、忘れません……!!」

 もうすでに何百発撃ち込まれたのか分からないが、ようやく残弾を打ち尽くしたラフィが一人寂しく呟く。そもそも、ラフィのブレイジングエクスプロージョンは元々対人用には向いていない。大型の魔物や、A級、S級クラスのモンスターや、魔界の魔獣などを相手にする際に使うべき高火力魔法なのだ。それを人間二人に対して放つなど、過剰。オーバーキルにも程がある……。

 そして、激しい魔法の嵐のあと、土煙がようやく晴れるとそこにあったのは天板や柱が崩れ落ちて重なってしまった瓦礫の山と、壁が崩れおちて街の光景すべてが見渡せるようになった大穴が空いていた。ラフィは一人、そこに立っていた。……ルナの入った黒い球体と共に。


「ああシトラスさん……死んでしまうなんてなさけない……じゃなくて、悲しいです……!」

 ラフィが一人でわざとらしく呟くと、近くの瓦礫が突然振動し始める。


バカァン!!


「死んでなあああぁぁぁい!!!! 死にかけたけどっ!!」

 なんと瓦礫をぶん殴って瓦礫の山の中から産まれたのは、ススだらけでボロボロのシトラスだった。なんとあの状況でも生きていたのだ。シトラスの素の頑丈さが窺えるだろう。


「ああっ! シトラスさん!? 生きててほんとに良かったです!」

「いやなんかさっき馬鹿にされてた気がするんだけど!? ていうか殺意すごかったんだけどおっ!?」

 詰め寄るシトラスだったが、ラフィは目を逸らして知らん顔で口笛を吹いていた。すると……。


「……ん……ぐうっ……あぁッ!」


がしゃん!


 シトラスより遅れて、同じように瓦礫の山から這いながら顔を出したのはランスローテだった。その姿はシトラスよりもボロボロで、同じようにススだらけで真っ黒になっていた。


「ランスローテさん!? 私が言えたことじゃないけどお互いしぶといね……?」

「まさか生きてるとは……驚きました」

 二人はランスローテを見て一瞬警戒するが、明らかにすぐ動けるようには見えず、様子もどこか違和感があって警戒を少し緩める。


「はぁっ……はぁっ……! 目が、覚めたら……瓦礫の中……私は今まで……一体何を……?」


「………! もしかして……?」

 明らかに先程と比べて様子の違うランスローテを見て、なにかに気づいたラフィ。ラフィは少し距離を置いたままランスローテに声をかける。


「ランスローテさん! 今どんな気分ですか!?」

「ん……? 起きたら全身激痛で最悪ですが……キミたちは……?」

 今の質疑応答でラフィは違和感に確信を得る。


「ん? なに? どしたのラフィ? なんかランスローテさんも元気ないし……」

「違いますよ! これ洗脳解けてますって! ランスローテさん正気に戻ってます!!」

 ランスローテは喋り方も雰囲気も明らかに変わっていて、先程までの面影は一切なくなっていた。何よりシトラスとラフィのことを本当に初対面のように話すのだ。確定である。というか、ボロボロなこととこの城に大穴が空いている状況に触れないのは、ランスローテの素なのだろうか? それともただ困惑で状況を理解できていないせいなのか……。

 何はともあれ。偶然にも殺意マシマシのラフィの魔法がランスローテの目を覚ましたのだ。ついにアーサー軍の目的とデュランダル軍の目的の両方が達成されたのである。


「やったぁ! じゃあこれで私達の完全勝利ってことだ! 疲れたーっ!」

 そう言ってばた~ん! と床に仰向けで倒れるシトラス。その隣に静かに座るラフィ。


「私も今の魔法でほんとに疲れました……でもこれでようやく……終わったんですね!」

「ぐっ……! はぁ、本当に何が起きたのか分からない……。あの……キミたち、よければ事情を説明してくれませんか?」

 ランスローテはゆっくりとボロボロの体を起き上がらせてその場に座る。そして横にいるシトラスとラフィの方へ向き直して質問する。記憶が飛んでいる上、この惨状だ。当然の質問だろう。


「分かりました。では、私たちの知る限りですが、この国で起きたことをお話ししましょう」

 そして困惑するランスローテの頼みを聞き、ラフィ達がここへ来る前にトリスタンから聞いた帝国の事情、ランスローテの身に起きた事情、自分たちの目的、そしてなぜこの部屋がこんなことになっているのかを説明し始めた……。


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