23.雨とお化けと情報共有。
「はぁ~!? 戦争ですの!?」
「ええ。どうやらそうらしいわ……多分私たちは強制参加だけど、近々……早ければ明日にでも召集がかかるはずよ」
夕暮れ時。あまりいい成果ではなかったものの、わずかに成長を遂げたカトレアはマナと偶然合流し、今この国が置かれている状況を聞いていた。
「アロンダイト帝国といえば、近年での勢力の拡大が凄まじいと噂の国ですわよね? ……はぁ。まだ修行の途中だといいますのに、どうしてこのタイミングで……」
「詳しいことはまだ分からないけど、多分、私が襲われたのと関係してるみたいなのよ……」
「こないだの黒いローブの連中ですの? どうしてマナさんに関係が……?」
ため息交じりに愚痴を垂れるカトレアを宥めるマナ。まだ修行中でこれからだというときに邪魔が入って不満が募っているのだ。
マナが国の情勢を話した後、必須であろう自分の素性も説明しようと思った時。遠くからこちらへ向かって物凄い勢いで誰かが走ってくるのが見えた。
「やっと見つけたー! おーい、マナちゃーん! カトレアーっ!」
「「ルナ?」」
ズザザーッ、と急ブレーキをかけてこちらまで走り寄ってきたルナ。どうやら街中を走り回ってマナ達を探していたようである。それにしては息が全く上がっていなかったが……。
ルナは二人の元へ来ると、ハッとした様子で少しふざけたようにマナに向かって片膝をつきながら手を拝借し、いつもとは声色を変えて挨拶する。
「王女殿下。ご機嫌麗しゅうございますか? ……なんちて」
「げっ……どこで覚えたのよそんなの! っていうか、もしかして誰かから事情を聞いたの!?」
「お、王女殿下? 二人ともさっきから一体何の話ですの……?」
ふざけて似合わぬ動作でマナに挨拶するルナに二人は驚愕と困惑に包まれていた。事情を知らぬカトレアからしてみれば、先程から困惑の連続でもうどうにかなってしまいそうだった。
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「えええっ!? マナさんがこの国の王女!?」
「うん、そうだよ! カトレアは私とは違う驚き方だねー?」
「あんまり大きい声で言わないでよ……恥ずかしいんだから」
二人からマナの素性について説明を聞いたカトレアは、レイラから説明を聞いた時のルナとは違い、素直に大きく驚いたリアクションをしていた。街中でそんなに大声で驚かれては人目に付きそうで不安だったが、時は夕暮れ。すでに人通りは少なく、幸いにも聞いている者はいなかったようだ。
「まぁ普段から容姿や立ち振る舞いが貴族のような感じがありましたし、どこかの貴族だとは思っていましたけど……。まさか王族などとは思いもしませんでしたわ。それにしては少々お口が……ですけれど♪」
「何が言いたいのよ!」
どうやら元々、暫く行動を共にしてきて、マナの行動の節々にそんな感覚を覚えていたという。同じ貴族のカトレアだからこそ薄々気づいていたのだ。尤も、マナは口や態度があまり良くなく、貴族らしくはないため確信はできなかったのだろう。徒に口に手を当てて濁すカトレアにマナは訝しげな顔で文句を垂れる。
「……ごめんなさい。同じチームなのにこんな大事なこと隠してて……。いつか話そうとは思ってたんだけど、まさかこんなタイミングになるとはね。でも……私が王族だからって今までと接し方は変えないでよね! 私堅苦しいの苦手だから! 特にさっきのルナのやつとか!」
「ええ。勿論ですわ! たとえ王族だろうとマナさんは『エクリプス』の仲間で、大切な友人ですもの!」
「うん! むしろ、もっとマナちゃんのこと知れてよかった! いじるネタが増えたかも~?」
最初のルナの行動にはドキッとさせられたが、自分が王女であることを知っても、二人ともいつもと変わらぬ態度で良かったと安心したマナであった。
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「それで、このことをクロエにも話しておきたいんだけど……。貴女たち、彼がどこにいるか知らない?」
ルナと情報の共有を済ませ、先程デイナから聞いた内容とほぼ同じ話をレイラという職員から聞いたらしいことを確認したマナは二人に訊ねる。朝ギルドで別れてからというもの、一度も姿を見かけていないのだ。
「ううん。私は今日一日中王都を散歩してたけど、知り合いに会ったのは今話した職員のレイラさんだけだったよ」
「わたくしはそこの訓練場でずっと瞑想していましたから、当然知りませんわ」
ルナは今日、皆とギルドで別れ、マリーに土産を渡してからずっと王都の中をぼーっと歩いていたが、出会ったのはレイラくらいで、あとはずっとマナを探して走り回っていたのだ。
カトレアに至っては訓練場に籠もりっきりで街を歩いてすらいない。そんな彼女がクロエの居場所を知るわけもなかった。
「図書館に行くって言ってたけどいなかったのよね……。もう家に帰っちゃったのかしら?」
マナはカトレアと合流する前、先に朝クロエが行き先を告げていた図書館を見に行ったが、すでに彼はそこにはいなかった。ダンジョンを探しに行っているのだから当然なのだが、彼女たちはそれを知る由もない。
今から探すにしてももう日が暮れている。家に帰った可能性も考え、今日はここで解散することにした。きっと明日か明後日にでも会えるだろう。時間はないが、猶予はある。その時にまた話せばいい。
「じゃ、また明日会いましょ!」
「ええ! 今日は色々あって疲れましたしね。マナさんも気をつけるんですのよ~?」
「またね、カトレア~!」
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翌日、雨の降る中ギルドに訪れたルナとマナ。そこにはすでにカトレアも来ており、優雅に紅茶を嗜みながら待っていた。その姿は貴族さながらである。色々有名になりつつあった『エクリプス』だが、カトレアも例に漏れずしっかりとギルド内の注目を集めていた。
「おはよーカトレア!」
「あら、随分早いのね? クロエは……いないわね」
「おはようございます、お二人とも。クロエさんならまだ来られてないですわよ」
挨拶を交わしながら、ギルドに入ってからすぐ右手にあるカトレアの座っているテーブルにつくルナとマナ。普段はこの時間に、このポジションが『エクリプス』の集合場所と決めている。の、だが……、いつまで経ってもクロエは現れない。今日は用事でもあるのだろうか?
尤も、必ず集まらないといけないなどというルールもないため、待ち合わせの時間を少し過ぎるくらいまで待っても来なければ、このメンバーのまま行動を開始することになっている。
「それじゃ、今日はこの三人で適当な依頼を受けましょうか」
クロエに話したいことは多々あるが、都合が合わないのならば仕方がない。国の状況次第ではあるが、今はまだそこまで急ぎでもないのだから。
そうして三人は少し考えてから依頼を見繕うと、早速出発した。依頼内容は『薄霧の森に最近大量発生しているウィングラビットの討伐。要求ランクはC以上、報酬は3万ヘラ』というシンプルな討伐依頼だった。選んだのは今回もルナである。
ウィングラビットは耳が羽のようになった兎で、速度が非常に速いため動きを捉えるのが難しく、群れで行動する。その速さは並のE級やD級の冒険者では捉えられないほどで、危険度自体はD級程度のモンスターと、そこまで高くはないのだが、数が増えすぎるといずれ危険に繋がるため、要求ランクC以上という形で討伐依頼が出されたのだ。
「薄霧の森はここから数十分の距離よ。まぁ私たちは身軽だし、走って行きましょ!」
マナがそう言うと、ルナとカトレアも頷き、三人は王都を出て、途中まで馬車に乗る……ということはせずに森の方向まで全速力で走って向かうことにした。そこそこの距離があったが、A級二人にA級並以上が一人のチームなので森にはあっという間についた。
「依頼によればここでウィングラビットが大量発生してるらしいんだけど……」
「少しかかった霧のせいでよく見えないですわね」
薄霧の森は名前の通り、濃霧ほどではないのだが数メートル先がぼやけたり足元が少し靄がかかっていたりと、本当にやや薄い霧がかかっている森なのだ。……そして、クロエが図書館で見つけた地図に記されていた森でもある。
「ともかく、奥に進みましょ!」
「「了解!」」
マナを先頭にしてついていく形で森を進んでいくと、一同はついにウィングラビットの群れと遭遇する。大量発生している、とは書いてあったものの、そこまで遭遇せずにちょうど困惑していたタイミングだった。気づけばいつの間にか周りは多くのウィングラビットで囲まれていた。
「ようやくおでましね!」
「やっと出番だー!」
「先手必勝ですわ! 【ピアシングストライク】!」
各自散開して周囲の敵を掃討しにかかる三人。恐ろしく速いウィングラビットだが、こちらはA級クラスが三人、しかもその一人は風を纏い、速度に圧倒的な自信があるカトレアである。三十匹程いた兎達も、そんな彼女たちの前では呆気なく処理され、討伐に時間はそうかからなかった。
「ふぅ。な~んかこう、数だけが多いと、ただただ面倒ね~……」
難なく討伐を終えたマナは剣をぷらぷらとさせながら愚痴を呟いていた。討伐推奨ランクは群れでの数も含めD~C級とそこそこ強いモンスターのはずなのだが、マナにとってはただ面倒なだけだったようである。
「私はなんか雪合戦してるみたいで楽しかったよ! 飛んでくる玉を避けたり反撃したりみたいな!」
「随分独特な感性をしてらっしゃいますのねルナは……」
今しがたの戦闘に対して変わった感想を述べるルナに呆れたような感心したような反応を見せるカトレア。そんなのほほんとした空気が流れる中、あっさりとCランクの依頼が終わるはずもなく……。
ずらっ……。
「およ? また囲まれちゃったね? さっきよりも多い感じかな?」
暢気に話しているうちに、気づけば先程の倍以上……六十匹以上はいそうなウィングラビット達に囲まれていた。流石のルナ達でも、あの速さで動くモンスターをこの量相手にするのは少し骨が折れそうだった。
「っ……他のモンスターも釣られて集まってきてますわ!」
「つべこべ言ってないでさっさと片付けるわよ!」
先程よりもさらに増え続けるモンスター達を見て、再度大きな戦闘に備える三人だったが、身構えていると、ふと囲んでいるモンスターたちの外側から、何者かが全速力で走ってくる影が見えた。
「―――うおおおおぉぉぉっ……!!」
「なんですの……?」
「誰かこっちに向かって来てる?」
「ちょっ……二人とも伏せなさい!!」
困惑しているルナとカトレアの後ろから覆いかぶさるようにマナが二人を押し倒す。その直後、聞き覚えのあるような無いような声色で叫んだ声と共に、広範囲に亘る高速の斬撃が辺りのモンスター達を一掃した。
「おらぁっ! 【霧剣・キリサメ】!」
ずしゃあっっっ!!!
霧に溶け込むように消えた刀身は、雨を切り裂く音と共に辺り一帯の敵を超広範囲に亘って両断した。
「っしゃあ! おい見たか!? チョー気持ちいい一撃だったぜ!」
『は、はい! 見てました! ……ってそこにいるのは……!』
聞き覚えのある声で、とてつもない一撃を放ったのは……そう、クロエの身体を借りたアルキュオネウスだった。ズバッと数百の敵を一掃し、気持ちよさそうにクロエに語りかけるアル。しかしそれは何も知らない者が見れば、クロエが独り言を言っているようにしか見えないわけで……。
「クロエが……」
「クロエさんが……」
「「グレたあああああああああ!!?」」
「あ、クロエくん、やっほー!」
当然、それを見たマナ達が信じられないものを見たような反応になるのは自明の理であった。尤も、ルナだけは動じず、昨日ぶりに出会うクロエに気さくに挨拶していた。はたしてそれは天然だからなのか、気にしていないだけなのか……。
「お? 知り合いか? よう嬢ちゃん達!」
『ちょちょ、ちょっと! それ僕の身体ぁぁぁっ!!』
そして素の状態でいきなりルナ達に声をかけようとするアルを必死に静止するクロエであった……。
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「す、すみません……。さっきのは本当に僕じゃないんです……いや、僕ではあるんですけど」
お互い、久々に会ったような感覚を覚えながらも、ルナ達はクロエから今の態度の謎について事情を聞いていた。
「荒唐無稽な話ね……刀に取り憑いた亡霊だなんて」
「ゆ、ゆっ……幽霊なんて、いるはずありませんわ!!」
「何? もしかしてカトレア……貴女幽霊ダメなの?」
「ままま、まさか! ですわ! そんなもの存在しませんもの!」
クロエの話を聞いて、半信半疑の様子のマナとカトレア。そしてカトレアはこの話に対し、特に反応を示していた。どうやら彼女は幽霊が苦手らしい。するとふと背後から近寄ってきたルナが……。
「あっ!! カトレアの後ろに白い手が!!」
「いやああああああああああっっ!!!」
ガツン!
「なんちゃっ――ぐはあっ……!?」
「悪い冗談はやめてくださいまし! 怒りますわよ!」
もう怒っている気もするが、幽霊に怖がっている様子のカトレアを後ろから悪ふざけで怖がらせるルナに対し、美しくも豪快なアッパーをかますカトレア。それは見事なクリーンヒットが決まっていた。するとクロエがそんな彼女達に声をかける。
「あの、多分皆さんにはアルさんの声とか姿は見えないんですよね?」
「見えてないけど……どこにいるのよ?」
「えっと……その、カトレアさんの背後にマジでいます……」
「いやああああああああああああああああああ!!!!!」
『ハッハッハ! この嬢ちゃんの反応おもしれぇな?』
スパァン!!
「なんで私いぃぃっ!?」
なぜか再度華麗なアッパーを食らうルナ。静かで薄い霧のかかった森の中に、一人の少女の阿鼻叫喚と、一人の少女の理不尽を訴える声が響き渡るのだった。
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「で! なんだってこの森に貴方がいるのよ?」
刀の事情は聞いたが、クロエがここにいる理由はまだ聞いていない。この質問が出るのも当然だった。
「この刀……アルさんを見つけたダンジョンがこの森にあったんですけど……。契約を結んだ後、試し切りをしようってことになりまして……」
クロエは図書館で見つけた地図のこと、霧のダンジョンで刀を手に入れアルキュオネウスと契約したこと、ダンジョンを出たあと、試し切りと称してあれから今まで一日中この森の中のモンスターを狩って狩って狩りまくっていたことを説明した。
「一日中って……さらっととんでもないこと言ってますわね」
「だから森に入った時全然モンスターと遭遇しなかったんだね~?」
一日中森のモンスターを狩り続ける行為は、まるで死ぬ直前に200年前のこの森で修行をしていたアルキュオネウスのようだった。まあ実際その本人なのだが……。
『クロエ、俺が話していいか?』
「あ、はい……。アルさんが話したいそうなので身体と意識を委ねますね? あ、僕の意識はちゃんとあるので言葉は聞こえてます!」
「え、ええ……」
そう言うとクロエは鞘に収めていた刀を再度抜き、少し目を閉じてからすぐさまカッと見開いた。刀を抜かないとアルはクロエの身体を操れないのだ。
「いやークロエの身体借りて、二百年ぶりの運動をしてたんだよ! 鈍っちまってるだろうからな。それはもうスッキリしたぜ!」
「うわっ、あの真面目なクロエがすごいラフな感じに……」
急に目の前で態度が豹変したクロエ……いや、アルを見て、一同は不思議なものを見た気分になっていた。
「姿が見えない契約者……ってわたくしの契約しているシルファみたいですわね。まあ幽霊なんて、見えてたまるものか、ですけれど」
カトレアは、クロエにとってのアルの存在が自分と契約している風の精霊と似ているように感じていた。尤も、幽霊など存在を認めたくはないが。
「ほー、嬢ちゃんもなんか連れてんのか? その隣に浮いてる緑の球っころみたいなやつか?」
「えっ、見えてらっしゃるんですの!?」
『は? あたしが見えてるの!?』
「見えてる見えてる! そらもう丸見えよ」
『変な言い方しないでよっ!!』
どうやらシルファの姿は、契約者であるカトレア以外の者には見えないはずなのだが、幽霊であるアルには何故か見えているらしい。勿論声も。幽霊だからなのか、同じ契約を結んでいる仲だからなのか、それはわからないが……。
そして同じように、シルファにも幽霊状態のアルが見えているようだった。原理は分からないが『契約』が関係しているのは確かである。
「それにしてもクロエくん、あんなにすごい技使えたんだね! 私たちだけじゃ大変そうだったから助かったよ!」
「あ! それは僕じゃなくてアルさんがすごくて……! 僕たちの時代に合わせるなら、多分……冒険者ランクがSS級ぐらいの強さだと思います……!」
またしてもスッと人格が切り替わったクロエが恐る恐る説明する。一日中傍で彼の戦いを見てきたのだからその強さはすでによく理解していた。あれはクロエの身体と魔力を借り、アルの研ぎ澄まされた戦闘センスによってその場で編み出した剣技。それがアルの放つ雨技なのだ。
「え、SS級……たしかに、さっきのあの技……とてつもない威力と範囲だったわ……」
「マナちゃんが気付かなかったら私たちも真っ二つだったかもねー?」
「悪ィ悪ィ! 人がいるとは思わなくてよ! 片っ端から斬り捨ててたからな! ハッハッハ!」
「なんだか、ころころと人格が切り替わって慣れませんわね……」
カトレアがボソッと呟いたが、それにはマナもルナも同意だったようで頷いていた。クロエはすでに昨日のうちに慣れてしまったようだった。
どうやら、クロエはこの短い間に戦力的に大きく成長を遂げたようだ。昨日あまり成果がなかったカトレアは、内心それを羨ましがっていた。
「それでクロエを探してた理由なんだけど……」
そして話題は変わって本題に入り、マナはクロエに自分の素性と、今この国が置かれている状況を明かした。
「ええええ!? 王女様ぁぁっ!?」
クロエの反応は、どうやらカトレアと同じタイプのようであった……。




